第9話 終わり

「えっ?突然どうしたの」


 急に真剣な表情をした兄に俺は驚きつつも質問をした。


「今からここで災悪が発生する」

「えっ、ちょっと待ってよ。言ってる意味がわからないよ!」

「俺は未来が見えるって知ってるよな」


 兄は未来が見える。

 そのことは知っていた。

 あの日に得た力の一つらしい。

 その力を兄は戦闘で活用していた。

 だがそれは数秒先程度の話だ。


「どれくらい先の未来が見えてるの?」


 俺の質問に静かに兄は笑った。


「それは俺にも分からないんだ。見ようとし見えるのは数秒先が限界だ。だが勝手に見せられる未来もある。それには限界がないのかも知れない」

「それでここに災悪が発生することが分かったの?」

「そうだ」


 最悪に対抗する力が才能なのだから、兄がその発生に気がついても不思議はない。

 だが今まで一度も災悪が発生したことはない。

 その一つ目がなんでこんな場所で。

 いや、それよりもまずは!


「逃げないと!!」


 そうだ、災悪が発生するなら逃げなければいけない。

 今なら村の全員を助け出せるはずだ。


「残念だけど、逃げることはできない」

「どうして!?」

「そう未来が決まっているからだ」

「そんな……」


 俺は兄の凄さを誰よりも知ってる。

 だから兄が無理だと言ったら無理だと分かっていた。


「それじゃあ僕はここで死ぬの?」

「それを阻止するために俺がここにいる」

「えっ、どういうこと」

「それを説明してる時間はない」


 そういうと兄は腰に携えていた剣を抜いた。


「戦うの?」

「……守るんだ」


 兄はその剣を俺の前に刺した。


「ここから動くなよ。と言っても、もうそこから動けないはずだ」

「ライ兄!」


 俺はライ兄の場所に駆け寄ろうとしたが見えない壁にぶつかった。


「ねぇ、ライ兄!ライ兄!」


 兄は何もない空間から剣を取り出した。

 眩い光を放っている。


 そしてこちらに顔を向けた。


「ネルク、頑張れよ!」




 それは突如目の前に現れた。

 空間に裂け目が現れたのだ。

 なんの音もしなかった。

 だが現れた瞬間、体が凍りそうなほどの恐怖がはしった。

 俺は恐る恐るそれに視点を合わせる。

 その裂け目から何か禍々しい手が飛び出した。

 そして裂け目をこじ開けようとしている。


 俺は目があった。


 裂け目の先にいた何かと。


 そしてそいつは裂け目を広げて出てきた。

 頭には角、背中には羽、長い尻尾。


「悪魔だ……」


 俺はその姿を見て言葉が溢れた。

 物語によく登場するものだが、それは空想上の生き物だというのが共通認識だ。

 だがその認識がいつ生まれたのかは分かっていない。

 古代の壁画のようなものにも、その姿が描かれていたという。


 その悪魔は俺に向かって一直線に向かってくる。

 

『死』


 そのイメージが頭を埋め尽くした。


 だがそのイメージが現実になることは無かった。

 俺の視界の横から飛び出した眩しい光によって、悪魔は一刀両断されたのだ。


 しかし悪魔はその一体では無かった。

 裂け目から大小様々なものが飛び出してきたのだ。


 目の前でそいつらとの闘いが始まった。




 とても長い時間に感じた。

 俺の目の前は真っ赤に染まった戦場が広がっていた。

 そしてそこに立つ眩い光を放つ兄は、既に立っているのが不思議なほどの傷を全身に負っていた。

 だが絶望は終わらない。


 裂け目から今までと比較できないほど大きい手が出てきたのだ。

 

 裂け目がどんどん拡大していく。

 空気が震えている。


 その裂け目に向かって兄が飛んだ。


 そしてその剣を裂け目に突き刺した。


 それと同時に光がどんどん大きくなっていく。

 目の前が白い光で埋め尽くされる中、俺は兄の優しい笑顔が見えた。

 そして視界は完全に城で埋め尽くされた。




「ここは……」


 俺は強烈な全身の痛みと共に目が覚めた。

 慣れ親しんだベットではない。

 固い何かの上に俺は寝ていた。


「うっ、痛っ」


 体を起こそうとすると、痛みが全身に走る。


 俺は痛みに耐えながら重たい瞼を開けた。


「えっ、」


 そこは何もない場所だった。

 あるのは地面だけ。

 その地面にさえ何もないのだ。

 草も、木も、水さえ一つもない。

 ただ目の前には何か砕けたものが散らばっていた。

 俺はその彼らの一つを手に取った。


「これは……!」


 その瞬間俺は自分の状況を、全ての記憶を思い出した。

 

「あ、あぁ、」


 俺は周囲を見回す。

 俺のいる場所は凹んでおり、視界に収まる限りはただ何もない地面が広がっているだけだ。


「あぁー、」


 何もかもが消えてしまったのだ。

 木も、森も、村も。

 

 そして、兄も父も母もだ。


「あぁぁぁぁぁぁーー!!!」


 俺の声は誰にも届かない。

 ただ無音を掻き消すかのように、響き続けた。




災悪初観測


日時 三月七日 午前11時25分


場所 バターリャ領 イザベル管轄の森林


被害規模 不明


犠牲者 不明


 この日世界に衝撃が走った。

 恐れていた災悪が初観測されたという内容は、一瞬で世界中に広まった。

 発生場所はバターリャ領の辺境であったため、被害は少ないと予想された。

 すぐに状況確認のためにイザベル家が動かされた。

 しかし、被害状況は想像をはるかに超えるものであった。

 道は全てなくなり、地形も変形している。

 途中大きな亀裂があったため、馬車での移動が困難であった。

 そのため災悪発生地点に到着したのは、観測より二日後のことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る