第5話 移り変わった日常

「んっ、んっ、んー!」


 外はまだ暗い。

 だが刻まれた体内時計が、自然と体をベットから放り出す。

 まだ眠りたい気持ちもあるが、それよりも先に体が動く。

 用意してあった服に着替える。

 そしてベットメイキング。


「また日の出が早くなったな」


 窓を開けて新鮮な空気を取り入れる。

 少し寒いが、透き通った綺麗な空気だ。

 山際が紫色に染まり始めている。


「よし、行くか」


 部屋に置いてある木刀を腰に携える。


「少し、短いな……」


 そろそろ新しくしないと体に合わなそうだ。

 部屋の扉を静かに開けると、そのまま音を立てないように階段を降りる。

 この時間はまだ両親が寝ている。

 そのまま玄関の扉を開けて外に出る。


「んっ、気持ちいいな!」


 俺は木刀を両手で持って背筋を伸ばす。

 そして足や腕、背中を伸ばす。

 運動前にはこのような動きをした方が良いと、本に書いてあった。

 

 一通り体を伸ばし終えたら、木刀を腰に携える。

 そして庭を出て、走り始める。



---



 村を3周、太陽が昇る頃にちょうど走り終える距離だ。

 そしたら木刀を持ち、素振りを始める。

 一つ一つの型を丁寧に行う。

 最も大きく変化したのはこの素振りの時間だろう。

 以前は父に習った勢流派の型だけを行っていた。

 だが俺は考えた。

 このままでいいのかと。

 普通は一つの流派を極める。

 その方が強くなれるからだ。

 だがそれは普通の場合だ。

 俺は違う。

 一つの流派を極められるほどの能力は俺には無い。

 だから、すべての流派の基本を体に覚えさせることにした。

 使える手札を俺はできる限り増やしておきたい。

 勢流派以外の、激流派、華流派、寒流派の基本の型は全て本で覚えた。



「そろそろご飯にするわよ!」

「今行きます!」


 俺が全ての基本の型の素振りが終わる頃に母が呼びに来る。

 朝食は家族揃って食べることになっている。


「今日の調子はどうだ?」

「良いですよ。日の出も早くなってるので、動きやすくなってきました」

「そうか。勢流派で何かわからないことがあったら聞けよ」

「では……」


 家族との関係も良くなった。

 元々悪かったわけではないが、どうしても兄ばかりに構う両親と距離を置いていた。

 だが今では会話も増えた。

 明確な理由は分からないが、俺が鍛錬を続けているからかもしれない。

 両親も才能の無い子供をどう育てていいのか悩んでいたのだろう。

 一昔前なら当たり前だったが、現代では才能が無い者はほとんどいない。

 生活していくのにも苦労するだろう。

 だが俺には目標があった。

 目的があった。

 だから鍛錬を続け、勉強も一生懸命している。

 そんな姿を見て両親は安心したのかもしれない。


「……口頭だけじゃ伝わらないか。今度時間がある時打ち合うか」

「お願いします!」


 確実に日常は変わった。

 それもいい方向に。



---



 朝食を食べ終わると父は仕事に出かける。

 そして俺は、村長の家に行く。


「おじいちゃん、今日も来たよ!」

「ネルクか、本当に勤勉じゃな」


 村長の家にはたくさんの本がある。

 剣術の本、魔法の本、歴史の本、魔物についての本……

 本当にたくさんの本がある。

 だが俺はここにある本をそろそろ全て読み終わる。

 本から学んだことはたくさんある。

 例えば、この世界には魔法が八属性あるということ。

 火、水、風、土の基本四属性。

 雷、氷、光、闇の派生四属性。

 自身で使えないため、あまりイメージできないが、知っておくことで必ず役に立つ時が来るはずだ。


 他には地理なども学んだ。

 人類が生活しているのはパルゲアという大陸だということ。

 パルゲアは五つの領土に分けられる。

 王領スイートホーム

 バターリャ領

 サンタマリア領

 カリナン領

 アーガイル領

 そして領土を収めているのが王族と四大貴族だ。

 その大貴族に領地の管理を任されている多くの地方貴族で成り立っている。

 この村はバターリャ領、イザベルの村だ。

 イザベルというのは領主様の家族名だ。

 貴族の特徴として、家族名を持つことが挙げられる。


 そんな風に俺は午前中を村長の家で読書に費やしている。



---



 そして午後は村の手伝いだ。

 この村には若い人手が多くない。

 だから積極的に手伝いをしている。

 畑仕事、大工仕事、子守など様々なことを手伝っている。

 体力作りや、経験を積んでいると考えれば悪くない。


「ネルク、今日はこっちを手伝ってくれるか」

「今行きます!」


 今日やるのは魔物の解体だ。

 仕留めたのはきっと父だろう。

 最近魔物が増えているらしく、解体するのにも人手がいる。

 もし冒険者になるのなら、必須の技術だ。

 身に付けられるうちに身につけておきたい。


「ん?これはなんだ?」


 俺は魔物を解体していると中から結晶のようなものを見つけた。


「おっ、魔力結晶じゃないか!珍しいもの見つけたな」

「これが魔力結晶……」


 知識としては知っていた。

 魔力を多く蓄えた魔物の体内に生成される結晶。

 魔術師に需要があり、それなりの値段で売れるらしい。

 ただ俺が手にした魔力結晶は知識にあったものと少し異なっていた。


(妙に禍々しいな)


 魔力結晶は本来透き通るような綺麗なものらしいが、俺の手にあるのは透き通っているとは言えないようなものだった。


(こういう場合もあるか)


 俺はイレギュラーなものだと考えることにした。

 もしかしたら相場より高値で取引されるかもしれない。



---



 一通り村の手伝いを終えると俺は家に戻る。

 そして日が暮れるまで剣を振る。

 ひたすらに剣を振り続ける。

 父が帰ってきたら一緒に夕食を取る。

 

「最近魔物が多くなっている。お前も充分気をつけろよ」

「はい」

「まぁ、今のお前ならちょっとした魔物くらい倒せると思うがな」

「じゃあ、明日の魔物狩りついて行ってもいい?」

「それは、まだ……いや、そろそろいいか。お前は才能が無いと言われても、鍛錬を怠らず鍛え続けたからな。いいだろう、明日は一緒に魔物狩りに行こう!」

「やった!約束だよ」

「あぁ、約束だ」


 初めての魔物狩り。

 今まで何度もお願いしてきたが断られてきた。

 でもついに、父さんが認めてくれた。


 俺は夕食後の鍛錬は軽めにして明日に備えることにした。


 俺の一日はこんな感じだ。

 兄と別れてそろそろ二年が経つ。

 少しは強くなれただろうか。

 もうすぐ兄が戻ってくるはずだ。

 その時に驚かせられるように、頑張ろう。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか寝てしまった。

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