第4話 強い心

 慣れ親しんだ木刀を手にする。

 

「やっぱり慣れてるじゃない」

「開始の合図はどうします?」

「君の攻撃開始が合図でいいよ!」

「わかりました」


 かなりのハンデだ。

 攻撃のタイミングをこちらで決められるなら、勝てる可能性が僅かにある。


「君は才能を持ってるの?」

「当たり前じゃない」

「そうだよね」


 僕みたいな無能の方が珍しいのだから、彼女が当たり前と答えるのは当然のことだ。


(負けたくないな……)


 兄には一度も勝てたことがない。

 それも手加減をした兄にだ。

 確かに僕は才能がない。

 でも、それを言い訳にして勝負を諦めたくない。


 木刀を下段に構える。


 大きく深呼吸する。


「いい緊張感だわ」


 目の前の彼女も木刀を構える。


(知らない構えだ)


 今の僕の知識では彼女がどこの流派なのか分からない。

 ただ、彼女が放つプレッシャーは兄に似ている。

 そう、自分より強者が放つプレッシャーだ。


 汗が頰を伝って顎へと流れていく。


「来ないの?」


 彼女の声が開始の合図になった。

 僕は木刀を地面スレスレで移動させながら、距離を詰める。

 

 まだ彼女は動かない。


 姿勢を崩さず距離を詰める。


 それでも彼女は動かない。


 僕の間合いだ。

 彼女が体の前に構えている木刀を弾き飛ばすように、下段から斜め上に薙ぎ払う。

 勢流派の最も基本的な型の一つだ。


 彼女の木刀が弾かれ、空に舞うと思った。


 だが僕の一撃を彼女は微動だにせず受け止めた。

 まるでその場にただいたかのように、ただ受け止めた。

 

 そして次の瞬間、僕の視線は青空を向いていた。


「「ズサッ」」


 気がついたら顔の真横に木刀が突き刺さっている。

 体はいつの間にか地面とくっつき、俺の上には彼女が立っている。


「まぁ、こんなもんよね」


 彼女は木刀から手を離した。

 そしてそのまま立ち去ろうとしている。


「待って!」


 僕は彼女を呼び止めた。

 なぜ呼び止めたのだろうか。


「さっきは一体何が起こったの?」

「あなたの一撃を受け止めて、無防備になったあなたの足を払っただけよ」


 なるほど、突然視界が青空になった理由がわかった。

 簡単に木刀を止められ、そして一瞬で地面に寝かされた。

 文句のつけようがないほど完敗だ。


 悔しいな……


 気がついたら涙が頰を伝っていた。

 こうなることは分かっていた。

 これが才能持ちと無能の違いだ。

 それでも悔しかった。

 ずっと努力してきた。

 だけど届かなかった。


「どうして泣いてるの?」

「悔しいからだよ」

「悔しい?あなたは才能がないのだから私に負けても仕方ないじゃない」

「それじゃあダメなんだよ。僕は才能が無くても、兄ちゃんと一緒に冒険がしたいんだ。だから、強くなんなきゃダメなんだよ!」

「……なら、剣を振り続けなさい。辛くても逃げ出してはダメよ。才能がないなら人一倍努力しなさい。それでも届かないなら、もっと努力をしなさい」

「そしたら、強くなれるかな」

「分からないわ!ただ、次に私と戦った時に名前を知れるかもしれないわ」

「……僕頑張るよ」

「そう、好きにするといいわ」


彼女はそう言い残すと、どこかへ走り去ってしまった。


 負けた。

 でも才能のせいじゃない。

 僕の努力が足りなかったからだ。

 もし彼女の流派を知っていたら、もし彼女の剣を弾き飛ばせるくらい力が強ければ……

 まだまだできることがある。

 彼女は次と言っていた。

 あの深くて綺麗な紫色の瞳が忘れられない。

 絶対に強くなってやる。



---



 兄の方もそろそろ終わっただろうと思い、村の入り口の方に向かった。


「おい、お前どこに行ってた!」

「父さん、えーと、ライ兄の試合見てたら剣を振りたくなっちゃって」

「はぁ、お前が剣を振ったってどうにもならないだろ」

「そ、そうだね」

「まあいい、はやくこっちに来い」

「何かあったの?」

「ライ兄と別れの挨拶してないだろ」

「え?」


 俺は父に腕を引かれて移動していたが、足が固まってその場に止まってしまった。


(ライ兄と別れの挨拶…?)


 どういうことか分からなかった。


「そうか、お前剣を振りに行ってたから聞いてないのか。ライオットは領主様の屋敷で働くことになった」

「……」

「これほどの才能、将来学園に行くことは決定事項だから、早めに外の世界を知っておいた方がいいということだ」


 もっとな理由だ。

 学園には貴族様が大勢いる。

 なら、小さい頃からそういった生活に慣れていた方がいい。

 でも、


「ほら、お別れの挨拶してこい!」


 俺は父に背中を押された。

 そして顔をあげると目の前には兄がいた。


「ライ兄……」

「ネルク、俺は領主様の屋敷に行くことになった。しばらく会えないだろうな」

「どれくらい会えないの?」

「とりあえず2年は帰ってこれない」

「そんなに……」

「心配するな、兄ちゃんは上手くやるよ」

「でも、僕一人だと、」

「大丈夫だ。ネルクは強い!」

「強くなんかないよ。さっきも、勝負に負けちゃったし」


 ライ兄がいなくなる。

 僕一人だけになる。

 ずっと一緒にいたのに。


「ネルク、俺の目を見てくれ」


 下を向いていた俺の顔を兄は手で持つと、前を向かせた。

 兄と目が合う。

 綺麗な青色の瞳だ。


「俺の眼の色が変わった日、覚えてるよな」

「うん」

「あの日、俺を助けてくれたのはネルクだ」

「えっ?違うよ。あの魔物を倒したのはライ兄だよ!」

「確かに俺は魔物を倒した。でも、そこで力尽きちまった。その俺を森の里まで運んでくれたのはネルクだ。もし、ネルクが助けてくれなきゃ俺はあそこで死んでたよ」

「……」

「いいか、ネルク。才能がないってのは確かに辛いかもしれない。人より努力を強いられるかもしれない。でも、そんなのは些細なことだ。ネルクは才能なんかより大切なものを持っている!」

「大切なもの?」

「強い心だよ。あの日俺を助けてくれたこと、それから毎日剣を振り続けていること、才能があるものに立ち向かったこと。全てネルクの強い心があったからできたことだ。だから、ネルクは強い。俺は何も心配してないからな」

「わかった。もっと努力して、絶対にライ兄に並んで見せるよ」

「そこは追い越すぐらい言わないとな!2年後、会うの楽しみにしてるぜ!」

「うん!」


 僕は兄とハイタッチした。


 寂しさはない。

 笑顔で兄と別れた。


 兄を乗せた馬車が村からどんどん離れていく。

 僕はそれを最後まで見続けた。

 

 絶対に強くなって見せる。

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