第2話 変わり始めた日常

「ここでいいか。ほら、ネルクも座れよ」


 兄は家の外の石垣に腰をかけ、隣を手で叩いている。

 とりあえず僕は言われた通り隣に座った。


「今日は一段と夜空が綺麗だな」


 兄はそう言いながら会話を始めた。


「ネルク、星は好きか?」

「嫌いじゃないよ」

「そうか。俺は好きだな、星」


 しばらく無言の時間が続くが、居心地の悪いものではない。

 夜風が気持ちよく、静かな時間が流れる。

 

「……才能、やっぱりあったね」


 色々と話したい気持ちになり、僕はポツリと口に出した。


「そうだな。だけど才能ってなんだろな」

「才能は才能でしょ。ライ兄は誰よりも強いし、凄いじゃん」


 兄の力はすでにそこらの大人を超えているだろう。

 今までは力を隠していたから気づかれていないだけだ。


「どうして今までその力を隠してたの?」

「……この力が自分のものだと思えなかったからだよ。なぁネルク、あの日のこと覚えてるだろ」

「うん」


 兄がいうあの日は、兄が力に目覚めた時のことだろう。


「俺は、守りたかったんだ。目の前で俺に助けを呼ぶ弟を。そう思った瞬間体に力が湧いて、それからずっとこの力が使えている。そして今日、その力が才能だったと分かった。きっとあの時俺の才能は解放されたんだ」

「神様に感謝しないとだね」

「そうだな。でも、俺はあの時才能が解放されなくても、死に物狂いでネルクを助けたよ」

「どうして?」

「そりゃ、大切な弟だからだろ!」


 僕と兄は双子だ。

 だから歳の差はない。

 それでも兄は僕のことを弟として大切にしてくれる。


「でも、僕には才能が無い」


 兄と僕は違う。

 兄は凄いのにどうして僕はこんなにダメなんだろう。

 どうして才能が無いんだろう。


 そう思うと自然と眼から涙が溢れた。


「僕はライ兄みたいになりたかった。でも、才能が無いからなれないんだ。ずっと一緒にいたいのに……」


 そんな僕を兄は無言で抱きしめてくれた。


「才能なんて無くなって、ネルクは俺の弟だ。俺は知ってる、いつも転んでいたネルクがいつの間にか転ばず走れるようになったことを。少し剣を振るだけで腕が上がらなくなってたのに、今では俺と同じだけ剣を振っていることを。諦めずに努力を続けられることは才能なんかよりずっと凄いことだ」

「ライ兄……」

「ネルクは絶対に強くなる」

「絶対に?」

「絶対にだ!だって俺には未来が見えるんだからな!」


 兄はそう言いながら自分の目を指さした。

 兄には数秒先の未来が見えるらしい。

 それを使って魔物の行動を先読みして動いていると言っていた。

 そんな兄が言い切るのだから、僕はきっと強くなれる。

 そう思うと、もう涙は止まっていた。


 たとえ才能がなくても、

 誰よりも鈍臭くても、

 兄が信じてくれるなら大丈夫だ。



---



「ライオット!訓練に行くぞ!」


 早朝、父はライ兄と共に出ていく。

 僕はそれを見届けると裏庭に出る。

 そしていつも使っている木刀を手に持ち素振りを始める。

 家の表からは木刀がぶつかる音がする。

 父とライ兄が打ち合っている音だ。

 父と母は冒険者としてそこそこの活躍をしてきたらしい。

 二人からしか聞いたことがないため話半分だと思っている。

 それでもあのライ兄と打ち合えるぐらいなのだから実力は確かなのだろう。

 僕も一緒に……


「雑念だな……」


 僕は剣に集中する。

 決して鋭くはない。

 速くもない。

 それでも、丁寧だ。

 ひたすら正しい型で反復する。


 兄が父との打ち合いが終わったタイミングで僕も家へと戻る。

 家族揃って食べる朝食の時間だ。


「ライオットはまた一段と強くなったな。今日なんて三本も取られちまったよ」

「それは凄いですね。私が教える魔法もすぐに覚えちゃうし、やっぱ天才だわ!」


 朝食中の会話はほとんどが兄についてだ。

 ごくたまに僕の話題も上がるが、たいした話題じゃない。

 そして朝食が終わると、


「よし、ライオット。今日も一緒に行くぞ!」

「はい」


 父と兄は村の防衛と魔物狩りに行く。

 父は冒険者を引退してからこの村の防衛と周囲の魔物を狩る仕事についた。

 母は家のことをしているが、父の収入で充分暮らしていける。

 それほど父の役職は重要なのだ。

 そして今はライ兄が父と共に仕事に向かっている。


「ネルクは今日も村長のところに行くの?」

「はい、僕は才能が無いので」

「そう、自由にするといいわ」


 一応許可が取れた。



---



「おじいちゃん今日も来たよ!」

「おぉネルクか、本当に勤勉じゃのう」


 僕が訪れたのは村長の家だ。

 この家にはたくさんの本がある。

 僕には才能が無い。

 だから知識を集めることにした。


「今日はこの本の続きから」 


 僕は読み途中だった本を取る。


 題名『災悪と才能の関係性』


 この本には30年前の予言について書かれている。

 ある日、教皇様が一つの預言をした。


 災悪が訪れる。

 それは人類を滅ぼすもの。

 だが対抗する力も存在する。

 これから先、才能を持つ者が多く生まれる。

 その者たちが災悪に立ち向かう存在となる。


 これが預言だ。

 この予言の後から世界中で才能を持つ者が現れるようになった。

 預言以前にも才能を持つ者がいたが、非常に少数であった。

 だが預言後はその割合が逆転するかのように才能を持つ者が生まれ始めた。

 才能に大小はあるものの、今までの人類とは明らかに違う力を持つものたちだ。

 

 この本にはそのような内容が細かく書かれている。

 どのような才能があるのか、学園はどのような場所なのか、災悪とは一体なんなのか。

 僕が知っていて役に立つかは分からない。

 それでもいつか、ライ兄の力になれるかもしれない。

 そう思って必死に知識を身につける。


「ネルクは勉強熱心だな」

「ライ兄の役に立ちたいからね。才能が無い僕にできるのはこれくらいだよ」

「そうか、才能か。ワシの時代には才能を持つ者などほとんどいなかった。それこそ本に名前が載るような者だけが才能を持っておった。もちろんワシも才能など持っておらん。だが時代は変わった……」


 村長はそう言いながら僕の隣に腰をかけた。


「今の時代、才能を持って当たり前と言われておる。才能を持たないネルクには辛い時代じゃろう。だが、絶望することはない。何故なら、ワシたちは才能が無くても幸せじゃからな。いいかネルク、才能が無いからといって、何かを諦めていい理由にはならない。だから努力を続けるのじゃ」

「努力……」

「自分の未来は自分の力で切り開く。それを忘れてはいけないぞ」

「はい!」


 自分の力で、切り開く。

 正直意味はよく分からない。

 でも、村長の言葉は心に深く刻まれた。

 僕は絶対に諦めたりしない。

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