第五幕【ピカレスクロマン】③
「やっほー、
「……久し振りです」
「久し振りって返しているけど、僕が誰なのか分かっているのかな? 久し振りって言われたから久し振りって言っているだけじゃない? 天音ちゃんってそういうところあるよね」
「大丈夫です、ちゃんと分かっています。ええ」
「へぇ、誰なのか当ててみても」
「
「正解。正解。一応訊くけど、なんでそう思うんだい?」
「絶対にもう話すことが出来ないけど、話せない相手は貴方ぐらいだからですよ」
「自分を誘拐した人間と話したいなんて、相変わらず変わっているよね……だから僕はキミを誘拐してしまった訳だ」
「後悔しているんですか?」
「後悔して、罪悪感を感じて、自殺したんだよ」
「──自らの意思で、計画的に罪を犯したのに、罪悪感を感じるというのもおかしな話ですよね」
「そうかな? 僕はそう思わないよ。まあ自己肯定のために言っているだけ──と、言われたら否定出来ないけど」
「後悔するなら、まあ理解出来なくはないんですよ。僕も後悔はそれなりにしますから。ああしておけば良かったとか、そういうことは誰でも思いますから。けれど、どうしてなんでしょうね。どうして罪悪感を感じるのでしょう? 良く分からないです」
「悪いことをしている──という認識があるからだよ」
「悪いことを、自分からやっているのに? 悪いことだと知らずにやっていて、後から悪いことだと気付いたのなら、まあまだ理解出来なくはないですけど」
「難しいだろうね──キミのような人間には」
「罪悪感というものを感じたことがないので、確かに僕では理解出来ないでしょうね」
「後悔したことはあるのに?」
「ええ」
「天音ちゃんって、相変わらず、特殊だよね。特殊な人間だから、僕は罪を犯してまで手元に置いておこうとした。その結果、我が身を滅ぼしてしまった」
「綺麗な自滅でした」
「あのときは本当にごめんね。謝ったところでどうしようもないことだし、許されることもないんだろうけど。許されないなんてものじゃない。本当に、僕は、愚かなことをした。僕は馬鹿だ。愚か者だ。良かったら嘲笑してくれよ。キミはしてくれないんだろうけど」
「嘲笑? しませんよ。する理由がありません。僕は始めから怒っていませんし、謝って欲しいと思っていません。一部に目を潰されば、良い暮らしをさせて貰ったと思っていますので、寧ろ感謝する気持ちさえあるぐらいなんです。そこまで思い詰める必要ありませんよ。罪悪感を感じなくても良いんですよ? お話を聞く限り、罪悪感とやらは理屈で結び付けられる感情ではないんでしょうけど」
「そんなことを言うのは、世界でただ一人──キミだけだ。そして気にしていないのも、世界でただ一人──キミだけだ。キミのご両親や、キミの妹達は、確実に気にしている。現に、キミの両親は、僕のせいで自殺している──そして、キミの妹達は、両親の死の原因ある僕のことを恨んでいる。キミは罪悪感を理屈で結び付けられる感情ではないと言っていたけれど、本質的に感情と理屈は相性が悪い。水と油だ。説明することは出来なくはないだろうけど、数学とかの法則とは違うから、万人に受け入れられるとは限らないよ」
「そうなんですよねえ。だから、中々言えないんです。別に僕は誘拐されたことを気にしていないし、勝手に周りが気に病んでいる困っているぐらいだ──って」
「……キミ、本当に馬鹿じゃないの? 愚かで馬鹿な僕よりも馬鹿だよ。そんなんだから、悪質とか言われるんだよ」
「誘拐した貴方が言いますか」
「一番トラウマを抱えていそうな立場にいる人間が、無傷なんだから──色々言いたくなるよ。これは完全に八つ当たりだ。今の僕は、こうして天音ちゃんの夢に出て、こうして言葉を発することしか出来ない存在なんだから」
「僕の目が覚めたら消えるんですかね?」
「そうだよ──僕からすれば、今回は非常に機会なんだよ。天音ちゃんは滅多に夢を見ないし、僕はキミの夢に必ず出て来れる訳でもない。天音ちゃんの夢に寄生する意思だけの存在であり、天音ちゃんのことを待つだけの存在──こうなってしまったことを嬉しく思う反面、どうしてこうなっちゃんだろうっていう気持ちもある」
「…………」
「僕は生前、自分は異能力ではないと思っていたけれど──実はそうじゃなかった。死を切っ掛けに、異能力が発動したらしく、その結果、こんな状態になっている。それが良いことなのか、悪いことなのか分からないけど──キミが死ねば消えると思うと、本当に安心する。キミと共に消えると思うと、幸せな気分になれる」
「僕が死んだら消えるかどうか──そんなことは僕が死ぬまで分からないじゃないですか。僕が死に掛けたとき、存在が消えそうになったことがあるのならば分かりますけど……貴方の死後──僕は、肉体の話になりますが、死に掛けたことがありません。一歩間違えていたら死んでいただろうなという出来事はありますが、それで肉体の大きな怪我が出来た訳ではありませんからね。死に掛けたとは言えないでしょう」
「本能で分かるんだよ。意思だけの存在になったから分かるっていうか……」
「その辺りの感覚は、良く分かりませんが、そこまで言うならそうなんでしょうね」
「それ、適当に言ってない? こう言っておけば良いでしょとか、思ってない?」
「そんなことないですよ」
「どうだか。キミは平気でその場凌ぎの返事をするじゃないか」
「そこは否定出来ませんが、今回は本当にそう思っていますよ」
「仕方ないからそういうことにしておいてあげるよ。天音ちゃんと言い合いをしても、無意味だから。暖簾に腕押し、糠に釘」
「へぇ……」
「ところで天音ちゃん、今回は何を企んでいるのかな?」
「何も企んでいませんよ。僕は基本的に何かを企むということをしません。皆どうしてなのか、僕が腹に一物抱えた、悪質な存在だと思い込んでいるんですよね。そんなに悪いことしそうな人間に見えますか?」
「企んでいないという言葉自体は、嘘ではないのだろうけれど、事実上企んでいると言っても過言ではないことを、今回はしただろう? 少なくとも、今回は。あんなことをしておいて、何も企んでいないは──通用しないよ」
「そんなことはないのにな……あんなことって、大したことはしていませんよ」
「大したことしているよ」
「そうでしょうか?」
「そうだよ」
「…………」
「良く分からないって反応しているね。天音ちゃんにとっては大したことじゃないんだろうし、それは否定出来ないな。天音ちゃんのことを、僕は知ってしまっているからね。死んだ後も近くにいるから。ずっと、意思だけの状態で、傍にいたから」
「ストーカーみたいな発言だね」
「ストーカーであり、誘拐犯だ」
「死人がストーカーって凄いですよね。死んでいるから、誰も邪魔出来ません」
「そうだよ〜。無敵無敵」
「僕もなってみたいですね、無敵とやらに」
「天音ちゃん、ストーカーがくっ付いて離れている状態よりも、無敵であることの方に、意識が向くのか……」
「気になると思いますよ。なってみたいと思いませんか? 無敵とやらに」
「無敵になる前は憧れたりしたけど、こんな形で無敵になるぐらいなら、無敵じゃなくて良いやって、今は思うよ」
「本当に?」
「本当だとも」
「それなら、無敵にならなくて良いです。色々考えたら、敵がいないというのも、それはそれでつまらないですよね」
「敵がいないのはつまらないと、言えるほど、僕は達観していないよ……」
「僕の場合は──達観というより、諦観ですけどね」
「諦観する必要があるレベルで、敵がいる人生は遠慮したいよ……そうだな、次いつ会えるのか分からないし、折角だから聞いてみようかな」
「何を?」
「なんで天音ちゃんは、自分のことを『僕』っていうの? 私って、いいそうなキャラしているのに」
「そんなことが気になっていたのか……御存知の通り、僕は一卵性品胎児だから、区別が付き易くなるように、努力しているんだよ。見た目だけじゃなくて、声も似ているからね。僕の一人称が僕なのは、妹達と間違われないための工夫」
「大した理由なんてないと思っていたけど、意外とちゃんとした理由があった。個人的な感想なんだけど、言っても良いかな?」
「どうぞ」
「悪いけど、天音ちゃんと他の姉妹と間違える人はいないと思うよ。
「どうしてそう思われるんですか?」
「一人だけオーラが違う」
「オーラ……」
「一人称を僕にしている理由は分かったよ。それで、天音ちゃんの妹達は、他の姉妹と間違われない工夫って何をしているのかな? 良かったら教えてよ」
「深空ちゃんは、ウェーブ掛かった髪を毎日ストレートにしてて、伊達眼鏡も掛けているよ。穹莉ちゃんは、髪型をシニヨンにして、顔に黒子を描いているよ。そのために毎朝化粧道具引っ張り出して、鏡の前に立っているよ」
「へぇ、あの黒子──わざわざ化粧で足してるんだ」
「化粧よりも、髪をストレートにする方が面倒臭そうですけどね……良く続けられるなあと思います」
「結構他人事だね」
「僕のことじゃないですからね」
「自分のことすら他人事じゃないか、キミは」
「自分のことが自分のことだと、正しく認識している人間って果たしてどれぐらいいるんでしょうか? その場を過ぎたら、一秒経過した後でも、他人事みたいに思えるときがあります」
「そうかもしれないね。キミと出会ってからの僕は、本当に僕なのかと、死んでからも疑っているし。僕にキミのその意見を否定することは出来ない。しかし自分のことをいつでも他人事に出来るとは思わない方が良いよ。僕みたいに自滅しちゃうから」
「自殺はしませんよ」
「自殺とは言っていない。自滅と言っている。僕の自滅の仕方は自殺だったけれど、天音ちゃんの自滅の仕方が自殺とは限らない」
「僕の自滅は、自殺ではないのは、確かでしょうね」
「天音ちゃんの場合は、誰かに殺されるような気がするよ」
「僕を殺すこと自体は誰でも出来ますからね。いえ、誰でもは言い過ぎですね。流石に赤子には殺されません。けれど、殺そうと思えば、幼児でも僕を殺せます。僕は決して強くない。戦士じゃないんですから。どこにでも女子中学生な訳ですから」
「キミのような人間が、どこにでもいる女子中学生になる世界とか、それは世界が滅びるときだろうね……少なくとも世紀末な世界になっている状態でもない限り、キミがどこにでもいる女子中学生になることはない」
「僕って一体なんなんですか……なんだと思っているんですか」
「異常者」
「異常者は言い過ぎでは?」
「キミは異常者だよ」
「梓さんにとっては、異常者なんですね」
「僕以外の人間からも、充分異常者だと思うけどね」
「そうですか、僕が異常者かどうかは置いておきましょう」
「置いておいていいの? 床が抜けそうな重さだけど?」
「こんな風に、他人からボロクソに言われることで定評がある僕ですが」
「あ、スルーした」
「そんな僕が生きて良いと思いますか?」
「仮に生きるなと言ったところで、キミは平気で生きるだろう? 何を言ったところで、何も変わらないのだから、僕がその質問に答える必要性はないと思うけど……」
「梓さん視点の意見を聞いてみたいんですよ。どんな意見が返って来ようとも、僕は何も変わらないでしょうが、気になるものは気になるので、教えて下さいよ。さっき梓さんの質問に答えたんですから」
「ホント、そういうところは、穹莉ちゃんに似ているよね」
「姉妹ですからね。しかも一卵性品胎児」
「一卵性品胎児って表現気に入っていない?」
「はい。三つ子と口にするより、カッコイイでしょう?」
「言いたいことは分からなくもないけどさ……」
「それで、答えて頂けますか? 頂けませんか? どちらなんですか? ハッキリして下さい」
「……まあ、そうだね。割りと酷いことを言うけど、それでも構わない?」
「はい。どうぞ」
「ならば、純粋に思ったことを口にしよう」
「お願いします」
「僕自身の好意を抜きにした場合の個人的な感想だけど、キミみたいな奴は──」
続きの言葉聞こえなかった。
その前に目が覚めてしまったから。
けれど、僕は、彼が何を言ったのか分かった。
何を言おうとしているのか、分かっていた。
分かり切ったことを聞いたなと思ったけれど、実際に聞かなければ分からない──と、思って、聞いてみた。
あの表情と声を聞く限り──想像通りで面白くなかった。
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