第五幕【ピカレスクロマン】②
翌日。
電話が来た。
ただし、電話の主は私に用事がある。
電話の主──
ハンズフリーにして、携帯を持たないで、通話が出来る状態にして貰い、早蕨さんの話を聞く。
巽さんには、念のため席を外して貰った。
感電死したことと、犯人らしき人物が防犯カメラに映っていないことを伝えられた──決まってはいないが、連続殺人事件である可能性があることも伝えられた。
「防犯カメラって、関屋家が設置している奴ですよね? 視覚などを利用すれば、カメラに映らないように、屋内に侵入することも可能じゃないんですか?」
「不可能ではないが……少なくとも玄関から入ることは無理だ」
「なら玄関以外から侵入した可能性はあるんじゃないですか?」
「それに関しては断言出来ないが──可能性は薄いと思われる。今のところそのような形跡が見当たらない以上、そう言わざるを得ない」
「……そうですか」
方法なんていくらでもあるだろうし、犯人が異能力者であった場合は──防犯カメラに映らないで犯行に及べるだろうし、なんの形跡もなく屋内に侵入することも出来るだろうから、ないとは言えないんだろう。
末妹ならば──事前準備が必要とはいえ、防犯カメラに映らずに関屋くんを殺せる。
殺せるだろうではなく、殺せる。
ある程度なら対処出来るけれど、異能力者ではない私では、対処出来ない部分の方が多い。
上の妹に殺されない自信はあるけど、下の妹に殺されない自信がない。
向こうが殺す気で来たら、確実に死ぬ。
まじで死ぬ。
本当に死ぬ。
死ぬ可能性を考える方が、死なない可能性を考えるよりも楽なくらい、簡単に死んでしまう。
「現時点での見解を窺いたいのですが、
「現時点では、ないともあるとも言えない。捜査している途中」
まあ、警察に任せていれば,その内解決するだろう。
放置しておけば良い。
第一発見者であったとしても──二人が亡くなった件の犯人ではない以上、私は無関係だ。
偶然という偶然が重なり、冤罪によって犯人になる可能性が著しく低いのだから、殺人犯になる心配は数パーセントで良い筈だ。
「それと、キミのアリバイが証明された」
数パーセントから
仕事が早いな。
「──私が犯人という可能性はほぼ皆無という状態になった訳ですね」
「犯人……アリバイを訊ねた俺が言うべき台詞ではないが、殺人であると確定した訳ではないのだから、そこまで気を張る必要はない」
「あくまでも素人の発言ですので……見当違いのことを言っていたら申し訳ないのですが、私の認識が間違っていなければ、現場には感電死に繋がるような物などありませんでした。ただ風呂に入っているだけで感電死するとは思えません。溺死ならばあり得たでしょうが」
私の記憶では──彼は裸のまま、湯(もしかしたら水になっていたかもしれないけど)が溜まった浴槽に浸かっていた。
浴槽の周りだけではない。
それ以外の床とか、壁とかも、濡れていた。
シャンプーの匂いが彼から漂っていたことから予測するに、彼は湯船に浸かる前、髪を洗ったのだろう。
「彼が、自分のことをうっかり感電死させてしまう、そのような異能を持っているのなら私は別ですけど」
「彼は異能力者ではない。これは確かだ。しかし──他者の異能力で、あのような死に方をした可能性は拭い切れない。意図的にそうなったのか、偶発的にそうなってしまったのかは、判断し兼ねるが」
僕も彼も
内部資料を見たからという訳ではないが、彼が自身の異能力で死んでいた可能性は考えていなかった。
「現場を目撃している相手にはどう言っても、部屋に誤魔化しているようにしか思われないだろうから、白状しよう」
白状? なんのだ?
「ほぼほぼ殺人と見て良いだろうとこちらは考えているが、反面、殺人と見ても不可解なところがある──だから、殺人ではない可能性も追っている」
不可解なところ、ね。
「だから、現時点ではなんとも言えない」
不可解なところとやらを深堀りしたという気持ちがあったけれど、折角晴れた疑いを復活させるような真似はしなくても良いかと思い、そこは訊かないことにした。
「そうですか」
「なので、今後も色々訊ねることもあるだろうから、可能な限り協力して貰いたい」
「ええ、善処致します」
ここで会話は終わった。
それから学校に向かった。
その途中で野暮用を済ませたので、ギリギリ遅刻にはならなかったけれど、過去一全速力で走ったため、息切れする羽目になってしまった。
改めて、思う。
私って、体力ないんだな。
体育のときぐらいしか運動しないんだから、そりゃ体力が付かないよ。
「──和弥くん」
放課後。
私は彼に会いに行った。
「久し振りって訳じゃないけど、久し振り」
「ああ……」
「
「まあ、そうだろうな……立て続けに友人が二人死んだ訳だし、何よりアイツは、智と付き合いが長いからな」
「そうなんだ。じゃあ、
「千紗とも付き合いが長いからな、千紗のときは無理していただけで、あのときも相当ショックを受けていただろうな」
「へぇ」
「千紗に言われて喧嘩っ早いところを話したぐらいだからな。付き合いが長い相手を立て続けに二人亡くなったものだから、限界が迎えてしまったのだろう」
「限界を迎える……」
限界と聞いて、上の妹の存在が頭に浮かんだ。
彼女はいつ限界を迎えるのだろう。限界を迎えてとんでもないことを仕出かしてもおかしくない状態なのに。
私よりも人を殺してもおかしくない状態なのにな……。
忍耐が強いというか、なんというか──精神力がかなりおかしい。
精神の耐久力が異常だ。
「フェイトちゃんとロゼさんは? 一応学校には来ているみたいだけど」
「あの二人は、鞠ほどショックは受けていない。どちらもショックは受けているが……」
フェイトちゃんはともかく、ロゼさんはあまり動じていないように感じた。表に出ていないだけかもしれないけど。
「しかし……貴様が、そんなことを気にするとはな……」
「意外?」
「貴様は覚えていないだろうが、俺は以前貴様と会ったことがあるし、話したこともある」
「へぇ、そうなんだ」
覚えてないな。
思い出そうとしてみたけど、全然だ。何も浮かばない。
「そのときの僕ってどんな感じだった?」
「今と変わらなかったぞ」
だろうな。
「だからこそ──意外であると感じているのだ」
「へぇ」
「貴様が他者の心情を慮るような人間だと思わなかった。誤解しないで欲しいが、別に貴様のことを冷淡だと言っている訳ではない。冷淡なのではなく、無関心であると言っているのだ」
それって、冷淡というより酷くないか? 確かに二人の死に旨を痛めていないし、大して気にしていないから、そう思われても仕方がないのだけれど、無関心というほどではないつもりなんだけどな……。
「無関心──生きていようが、死んでいようが、どうでも良いという反応だと思っていた。……そして、俺達の様子など気にしないであろうと思っていた」
キッと、睨むような目付きになる和弥くん。
結構怖いな。
「貴様何か企んでいるのではないか?」
「何も企んでいないよ……どうして皆僕のことをすぐに疑うのかな? そんなに邪悪な人間に見える?」
「邪悪というより──悪質な存在であると思っている」
邪悪と言われるより傷付くものがあるな。
しかし、悪質、か。
そんなことを言われたのは初めてだな。
邪悪だと言われたことは、何度もあるけどさ。
「……悪質か。初めて言われたよ」
「気付いているのか気付いていないのか知らないが、智は、お前のことが好きだったぞ」
「知ってる。告白されたから」
「断っただろ?」
「うん、好きじゃないから」
「だから俺は、やめておけと智に言った。お前の恋は実らないからやめておけとも。そして彼女に頼ると
どちらも正しい言葉なのだけれど──しかし、和弥くんの言葉には、私が想像しているような含意が存在している気がする。
気がするのではなく、本当に私が想像していない含意があるのだろう。
「初めて会ったときから、なんとなく──本当になんとなくで申し訳ないが、勘が……こいつは駄目だと認識した。正直、関わり合いになりたくない……」
勘を馬鹿にするつもりはないけれど、勘だけを理由にここまで言われる義理はない。
思う分は自由だ。
私は人の思想を制限するほど狭量ではないつもりだし、私に大して感想を抱いたとしても、そういう感想を抱いたこと自体は否定しようとは思わない。
だが、面と向かって言われる筋合いはない……と思う。
もしかしたら、私が忘れているだけで──そう言われても仕方ないことを私がした可能性はないとは言えない。
何せ覚えていないのだから。
覚えていない以上、あり得ない、と断じられない。
妹にすら散々なことを言われる私なのだから、そういうことをしている可能性はあり得る。現段階ではそんなことを言われる筋合いはないと思うけれど、しかしそれを口に出来るだけの根拠が存在していない。
「関わり合いになりたくないなら、私に声を掛けられても無視すれば良かったのに」
だから、代わりの言葉を述べた。
「俺が応じなかったら、貴様は他を当たるのだろう? それを避けるために、こうして貴様と言葉を交わしている」
「……ふぅん」
まあ確かに、和弥くんと接触することが出来なかったら、私はフェイトちゃんかロゼさんに声を掛けただろうけど……案外良い奴じゃん、彼。
「友達を守るために、自分を犠牲に出来るのは凄いよ。僕はキミみたいな人、結構好きだよ」
あの妹の次の次の次くらいに好きないっくんは、深空ちゃんと全く似てないけど、それでも好きだと思う。不思議だな。
私には友達がいないから分からないけど、友達が出来たら、彼のように友達を守ろうと思えるのかな? 思ったとして、行動に移せるのかな? 気になるな。
「ッ⁉」
素直に好意を伝えたら、ゾッとしたような表情を浮かべられた。
そんなに嫌だったのかな……。
嫌だったんだろうな……。
「貴様のような人間に気に入られるとは……なんで日だ。今日は厄日だ……」
今にも死にそうな顔をしている。
何をそこまで怯えているのだろう?
何もしないのになぁ。
「何もしないよ?」
「何かされているかどうかは関係ない。貴様に好かれているという事実そのものが嫌なのだ」
「ストレートに嫌われてるなぁ……」
「誤解しないでくれ。決して嫌いな訳ではない。純粋に受け付けないんだ」
嫌いと言われるよりも、ダメージが大きい言葉を言われた。純粋に受け付けないって、かなりの暴言じゃないか? 中々言わないだろ、普通は。
彼は、私のことを、歩く事件か何かと勘違いしているんじゃないか?
いや──もしかすると、だが、友人を亡くしたショックを、私に八つ当たりすることで晴らそうとしているのかもしれない。
行き場のない感情をぶつけることで楽になっているのならば、下手に反発しない方が良いのかな?
「そうなんだ──そういえばさ、関屋くんが亡くなった件に関する話なんだけど」
「この流れで良くその話を切り出そうと思えたな貴様」
「うん、まあ、ちょっとね──それでさ」
「…………」
「和弥くんも聞いているだろうけど、事件と考えても、事故と考えても結構不可解なところがあるらしいよ。どうしてだと思う?」
「知るか。それを調べるのが警察の仕事だ。探偵ごっこをしたいなら、他を当たってくれ」
「別に探偵ごっこがしたい訳じゃないよ。友人である和弥くんなら、関屋くんに関して何か気付けることがあるんじゃないかと思って聞いてみただけだよ」
「俺に分かることなど何もないし、仮に分かったところで、貴様にそれを教えることはない──確実に面倒なことになる」
「面倒なことって……」
何もしないんだけどな。
二人の妹が、あの妹達が、この場にいたらなんていうんだろう? あの二人も似たようなことを言いそうだけど、下の妹はもっと辛辣なことを言うんだろうな。
「少なくとも、和弥くんに迷惑を掛けることはしないよ?」
「そういうところが信用出来ない」
──どうやら、私では彼を理解することが出来ないらしい。
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