第二幕【ギディング】③
「今から僕は──
開口一番そう宣言した僕に、当然千紗ちゃんは困惑したような顔をした。
当たり前だ。
私にとっても──突然なのだから。
「何言ってるの?」
茶色の髪をした、少し幼い印象を受ける可愛い顔立ちを彼女は、目に見えて困惑した表情を浮かべたまま──その感情を口に出す。
「最後まで聞けば分かるよ」
一言そう告げた後、彼女の言葉を待たずに、間髪入れずに私はこう続けた。
「千紗ちゃん──キミ、本当は『付き合った相手と好きになった相手を破滅させる』なんて、思い込んでいないよね?」
何故そう思ったのかと言えば、最初からチグハグさによるものが原因だ。思い込んでいる振りをしていると──確信を持ったのは、こうして相対したときだけど。
「自意識過剰だと思われているのかもしれないけど、私は──」
「別に根拠なく言っている訳じゃないよ。キミが破滅したと言っていた人全員を調べたからね。それなりに理由はあるよ」
「えっ……」
「破滅したと言えるのは七人中二人だし、それ以外の人間は破滅したとは言えない状況だよ」
貰った資料には、口頭で説明された内容よりも詳しいことが記載されており、四時間で調べた内容なのか疑わしいぐらい素晴らしい出来だった。
それらを読み上げる。
読み上げ終えたタイミングで、千紗ちゃんはこのように反論の言葉を述べた。
「確かに、私が破滅したと思っている人が破滅していなかったのは、事実かもしれないけど──だからと言って、破滅させると思い込んでいない理由にはならいでしょ? どうしてそう思うの?」
「そういうところだよ」
自分の態度を見て、おかしいと思わないのだろうか? 自分を客観視することが出来ないタイプなのかもしれない。自分のことを客観視することが出来ていたら、このような真似しないだろう。
「呪われた人生というキャラクター──らしくない反応をしていると思わないの?」
悲観的になっている少女らしくない反応だ。そこは普通、破滅した人間が──思っていたより少なかったという事実に、まずは喜ぶべきなのはないだろうか。
その方が、らしい反応をしているだろう。
終始一貫している人間なんていないけど、設定的に軸がないとおかしい彼女がその軸からブレる言動をしているのは、おかしい話だ。
常に掌を翻し、意見の鞍替えをする下の妹でさえ、軸があり、その軸だけはブレない。
軸が一切ぶれたことがない人間なんていないというのはさておき──軸云々を抜きにしても、彼女の行動は色々とおかしい。
「千紗ちゃんってそれなりにモテるでしょ? 短期間であれだけの人数と付き合うのは、それなりにモテないと難しいと思うんだよね」
四人目、五人目、六人目、七人目と交際していたことは事実であると、資料に書かれている。資料の内容が正しいなら、彼女は相当モテる人間である筈だ。
これだけルックスが良いのだ。
これでモテない方がおかしい。
「自分のことを呪われている人間と思っている割りには──こんな風に男を取っ替え引っ替えにしている」
「取っ替え引っ替えなんて、そんな──」
「関係が終わってから付き合っているから、別にそれは悪いことじゃないよ。ただ単にキャラクターに合わないことをしているってだけで」
その違和感自体は──ロゼさんも和弥くんも感じているのだろう。
何故なら、「いつまでも気にしてくれる相手がいるとは限らないし、中学生の内は良いが、大人になったらただの面倒臭い奴だ」と、ロゼさんは言っていた。そして和弥くんは、「俺もその意見には賛成だ。ああいう生き方を続けていられる時間は長くない」と、言っていた。
確証はないが、二人は気付いているような気がする。
夕顔千紗という人物の本性(と呼ぶかどうか分からないけど)に。
「本当は──面倒なだけなんじゃない? 告白されたりするのが」
もっと正確なことを言うなら、恋愛そのものが面倒臭いだけなのではないだろうか。
「恋愛そのものが面倒臭い──なのに誰かと付き合ったりしているのは、付き合っている相手がいる方が粘着され難いし、諦めてくれる可能性が高いから」
そして付き合う人間が皆悉く、方向性は違えど何かしら不幸なイベントが起き、結果的に付き合いが長続きしないのは──
「付き合う相手と長続きしないのは、長続きしない相手を意図的に選んでいるからじゃない?
流石に自殺するのは予想外なのだろう。精神的に不安定であることは感じ取っても、まさか自殺するとまでは思っていなかったのかもしれない。
もしかしたら、そう遠くない内に自殺すると分かっていたから、付き合った可能性もあるだろうが、流石にそこまで悪辣な考えて持っていない筈だ。
そういうことが出来るタイプには見えない。
寧ろ、そういう自体を煩わしいと思うタイプだろう──彼女は。
「
つまり──長く付き合うことがない相手だから、彼と付き合った。
「
死ぬことまで予想外なのかもしれないけどね。
いや──案外病気で死ぬ分には良いと思っていたかもしれない。自殺と違って、病気なら──貴方に何か出来たんじゃないかと、言われることはないだろうから。
「
そこまでするぐらいなら──もっと違うことに時間を使った方が良いと思うけど、本人にとっては目先の面倒を回避することの方が大事だったのだろう。
私には分からないけどね。
目先の面倒を回避したいという気持ちは理解出来るし、出来るのならば皆そうしただろうけど、そこまでのことをするぐらいなら、私は目先の面倒を取る。
あくまでも私ならの話だけど。
まあもしかしたら、藤袴星二本人から色々聞いていたのかもしれない。千紗ちゃん側は分からないけど、彼自身は多少なりとも千紗ちゃんに好意があっただろうし(少なくとも付き合っても良いと思える何かはあった)、踏み込んだ内容を話したとしてもおかしくない。
「だけど千紗ちゃんは、誰かと付き合うことすら嫌になったんじゃない? だから、『付き合った相手と好きになった相手を破滅させる』と思い込んでいる振りをしたんじゃないの?」
「そ、それだと、色々おかしくない?」
「何もおかしなことなんてないよ。そのおかしなこととやらが、
理に適ったと口では言っているけれど、これが本当に理に適ったものなのかどうか分からない。屁理屈をそれっぽく言っているだけ──と言われたら、何も言い返すことが出来ない。
「不幸な出来事が身近であった三人をピックアップして、それぞれに好意を抱いていることにした──簡単なメゾットだよね。後からならなんとでも言えるんだから。後からそれらしいことを言って辻褄を合わせる──後出しじゃんけんみたいなものだよ」
言ってから、後出しじゃんけんは少し違うのではないかと思ったが、意味は伝わるだろうし、問題ないだろう。
別に表現なんて、伝わればどうでも良いのだから。
「同情もして貰えるだろうし、友人はそれなりに気を遣ってくれたんじゃない?」
「…………」
千紗ちゃんは何も答えない。
その沈黙は、肯定していると捉えても差し支えないだろう。
実際、彼女の友人達は本気で心配しているように見えた。あれを見て、そんなことはないと言えないのだろう。
嘘なんか吐くものじゃない。
「別に糾弾したい訳じゃないよ──ただ、世の中にはキミみたいなことをする人間を許せない奴はいる」
例えば、私の下の妹とか。
アイツは許せないと思うだろうな。
そして散々糾弾するんだろうな。
弱者じゃないのに弱者の振りをしている奴のことを、心底忌み嫌っているから。
半分八つ当たりに近い形で、相手のことを糾弾するんだと思う。
──そんなことをしても意味ないのに。
「だから忠告をしに来たんだよ」
「忠告?」
自分で自分のことを抱き締めながら、千紗ちゃんは疑問符を浮かべる。訳が分からないものを見る目って、こんな感じの目なのかな?
「そんな生き方をしていると──今度はキミ自身が破滅してしまうよ。僕には妹がいるんだけどさ、下の妹はこういうのは許せない
精神を完膚なきまでに破壊しているだろう。我が妹はそういうことをする奴だ。肉体的に傷付けることはなくても、精神的に傷付けることはする。
普段は敵意や悪意や害意というものに無縁だが──しかし、そういった感情が欠けている訳ではない。本気で許せないと感じたのならば、絶対に許さないだろう。
敵意と悪意と害意を持って、叩きのめす。
そこに慈悲と呼べるものはないと言って良い。
「……脅しているの?」
「脅していないよ。だから言ってじゃん──忠告だって」
脅すならこんな周りくどいことしない。会おうと思えば会えるのだから、誰かにこうして対談の場を設けて貰うのではなく、自分で対談の場を設けている。
「──ここ先に忠告を知らずに済む権利もあるけど、どうする? 聞くかい?」
脅しながら選択肢を与えないが、忠告なので選択肢を与えた。
「……先の忠告って、何?」
一応聞く気はあるらしい。
聞かない方が怖いと思ったのか。
正直これは、聞いた方が怖いと思う。
私の個人的な感想だから、千紗ちゃんはもしかしたら聞いて良かったと思うかもしれない。
本人が聞くと宣言した以上、私は素直に話すだけだ。
「──もしかすると、誰かに殺されちゃうかもしれないよ?」
これはどちらかと言えば──これに関しては忠告というより、釘を刺すという意味合いで、わざと死を想起させる言葉を使った。
殺される可能性はゼロではないし、まあ良いだろう。別に言うだけならタダだし。
「こんなことをして、恨みを買うかもしれないとは思わなかったの? 今はまだ恨みを買っていなくても、最終的には恨みを買う可能性は充分あるよね。結構粗があったし、分かる人は分かるだろうからね」
「…………」
下の妹なら、「何かあった場合──即刻貴方のことを殺します」とか、言うのだろうか。
あの妹の性質上、あくまでも言うだけであり、本当に何かあったとしても殺すという手段に出ることは出来ないだろう。
人を殺せるタイプの人間ではないのだ。
「まあ、これからは夜道に気を付けてね。可愛い顔しているんだから、恨みを買わなくても襲われる可能性はあるんだからさ」
この話はここで終わった。
本当に終わった。
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