第二幕【キディング】②
その日の放課後。
フェイト・エルドラート。
ロゼ・エルドラート。
この三人に会って来た。
フェイト・エルドラート。
ロゼ・エルドラートの姉。
肩に毛先がぶつかるほど長いストレートの黒檀色の髪。黒檀色の瞳。垂れた目尻。制服スカートを折り曲げている。学校指定の靴下ではなく、どこかの店で買ったと思われる黒いタイツを履いていた。
ロゼ・エルドラート。
フェイト・エルドラートの妹。
光の当たり方によって、青にも緑にも見える濁った奇異な色をした、肩甲骨が綺麗に隠れるほど長い髪。眉毛は姉と同じ黒檀色だが、それ以外は自身の髪の毛と同じ色をしている。染めているとかではなく、地毛。瞳の色は
匂兵部卿和弥。
かなり硬派な見た目をしている。服の上からでも筋肉質と分かる体格が一番の特徴。身長は低くも高くもない。制服を校則違反にならない範囲で着崩している。
まずは破滅。
「正直、そういう風に思う気持ちも分かるし、悲観的になってしまうのも分かるけど、あんな風に思い込んだまま生きるのは、精神の健康に良くない気がするし、もうちょっとマシにならないかなって思う」
ワンテンポ置いて、フェイトちゃんはこのように続けた。
「別に何か悪いことをした訳じゃないんだし……本人からすれば、何か出来ることがあったんじゃないかと思うのかもしれないけど、ことがことだから、大したことなんか出来ないんだろうし」
ここで、ロゼさんが口を開く。
「私個人としては悲観的過ぎるなと思っている。運が悪かっただけなのに、何故そこまで気になっているのか──と」
「俺は、フェイトの意見もロゼの意見も、どちらも理解出来るという感じだ」
和弥くんはどっち付かずといった反応で、三者三様の意見が返って来た。
「
フェイトちゃんからの問い掛けに、
「自意識過剰だと思っている」
私が抱いている感情は、下の妹が抱いている感情とほぼ同じだ。
あちらほど辛辣ではないというだけで。
その答えに、フェイトちゃんは「そっか」と言って、私の質問に戻る。
「それで千紗ちゃんの状態だっけ? それに関してはさっきいったことと少し被るけど、精神的に良くない状態かなって。今のところ日常生活には問題ないけど、あの状態が続いたらどうなるのか分からないし──結構心配」
その言葉の真偽を判断することは出来るほど、私は彼女のことを知らないけれど、私の目には、本気で心配しているように見えた。
赤の他人である私に頼っているのは
断定することは出来ないけど。
フェイトちゃんもロゼさんも和弥くんも、心配──とまではいかなくとも、気に掛ける気持ちは多少なりとも存在しているのだろう。その気持ちは三者三様で、満場一致という訳ではないのだろうが。
「心配と言えば確かに心配だ。いつまでも気にしてくれる相手がいるとは限らないし、中学生の内は良いが、大人になったらただの面倒臭い奴だ」
中学生の時点でも充分面倒臭い奴じゃないか? いや、ロゼさんが言いたいのは多分そういうことではなく──ロゼさんが言いたいのは、恐らく、そこにイタイ、触れちゃいけないが、加わるということなのだろう。
中学生の内はそれなりに親身になってくれる人もいるだろうが、大人になると、いないとまではいかなくても、その数は間違いなく減る。
私だったらの話になってしまうが、身近にそんな人間いたら、面倒臭くて、関わり合いになりたくない。姉妹とかなら話は別だけど、他人なら関わり合いになりたくない。
中学生の女の子ならまだしも、大人の女性でこれは痛々しい。可哀想という意味で痛々しいのではなく、自意識過剰が過ぎるという意味で。
下手に触れちゃいけない感が強くなる。
二〇代ならまだ可愛いけど、四〇代なら触れてはいけないだろうな感が強くなってしまう。
「俺もその意見には賛成だ。ああいう生き方を続けていられる時間は長くない」
三人から意見を聞いた私は、三人にお礼を言って、それからある場所に足を運んだ。
ある場所。
それは
桐壺請負事務所というのは、要するになんでも屋だ。犯罪以外のことは『なんでも』請け負うらしい。警察や軍と繋がりがあるそうだ。下の妹が爆弾を見付けたことがあるのだが、どこに届ければ良いのか分からず、見付けた爆弾を鞄に突っ込み、請負事務所に持ち運んだらしい。そのときも一応対処してくれたと言っていた。
まあ、向こうは爆弾を見せられたとき、非常に驚いており、うっかり爆発する可能性もあり得たから、下の妹を連れて社員一同遠くまで避難したそうだが……。
この話を聞いたとき、「下手なテロよりも怖かっただろうな」と思ったが、面の皮が銃弾が貫通しないレベルで分厚い我が末妹はケロッとしていた。
次の日から学校で『不発の
その爆弾は、完全に中身が駄目になっているお陰で、何があっても爆発しない状態だったあんなことを言え──いや、爆発したとしても、あの末妹は同じことを言っていただろうな。
撤去費用は自腹ではない。他の地域は知らないが、うちの地域は国がお金を出してくれる。お陰で負債を負わずに済んだ──神父様が。
仮に借金することになったとしても、神父様はあの爆弾を処理しただろう。何せあの不発弾があったのは、神父様が住んでいる教会の敷地内なのだから。
到着してから、アポを取ってから来るべきだったのではないかと思ったが、来てしまったものは仕方ないので、申し訳なく思いながらも桐壺請負事務所の戸を叩く。
「失礼致します」
事務所の中に足を運ぶと、事務の女性が対応してくれて、用件などを訊かれ、依頼の内容をざっくりと伝えたところ、応接室らしき場所に案内され、少し待つように言われる。
ややあって、二人の男性が室内に入って来る。
片方は真面目そうな男性。ネイビーブルーの整えられた髪、シーグリーンの色の瞳、キリッとした吊り目という外見が特徴。
片方は、失礼だけど、軽薄という言葉が似合いそうな飄々とした男性。鉛色の瞳と
真面目そうな男性は、ラウレール・アマティスタといい、もう片方は
篝火さんから貰ったメモを見せながら、篝火さんから聞いた話を伝え、夕顔千紗本人は異能力ではないらしいことも伝え、破滅の内容と、夕顔千紗が無関係であることを今日中に証明して欲しいと伝えた。
「きょ、今日中?!」
アマティスタさんは露骨に驚いたが、空蝉さんは思案顔。
「出来なくはないけれど、理由を訊いても良いかな?」
「千紗ちゃんの精神状態が良くないので、なるべく早く無関係と証明したいだけです」
精神状態が良くないかどうかとか知らない。直接彼女に会ったことはないから。とはいえ、友人達が心配するような状態であることは間違いないのだから、なるべく早く解決させるに越したことはない。
「それ自体は構わないけれど──失礼だが、料金は払えるのかい? 今日中にとなると、特別料金は発生するし、調査に掛かった費用はそちらが負担することになるし、そこから報酬を支払うことになる」
空蝉さんの言葉を聞いて、アマティスタさんは無言で電卓を取り出し、それらを叩く。
「少なくとも、これぐらいは掛かると思う……」
と、電卓に表示された金額を見せて来る。
「払えなくはない額です。大丈夫です」
殆ど使わないせいか、気が付けば小遣いとお年玉が馬鹿みたいに溜まっている。だから、払おうと思えば払える金額だった。電卓に表示されている金額より少し増えても、余裕で払える額だ。
「四時間以内に結果を提出するから、一旦引き取って貰えないかな? 四時間後にもう一度ここに来てくれ」
空蝉さんのその言葉を訊き、私は「四時間後にまた来ます」と言って、一礼してから桐壺請負事務所を出て行こうとしたのだが──「念のため言っておくけど」と、空蝉さんは一言声を掛けて来た。
「無関係であることを証明しようとした結果、無関係ではないと証明してしまう可能性もあることが充分に留意して欲しい」
「勿論、そういったリスクは把握していますよ。例え望まない結果であっても、僕は気にしません。少なくともそれによって怒ったり、料金を支払わないということはしませんので、安心して下さい」
今度こそ、私は桐壺請負事務所を出て行く。
調査結果が出るまでの四時間の間どのように過ごしていたのかと言うと、一度
時間になると、桐壺請負事務所まで来た。桐壺請負事務所の近くまでは巽さんと一緒に来た。桐壺請負事務所に入るところで、一度別れたのである。深い理由はない。強いて言うなら、夕顔千紗ちゃんの個人情報を探っている──という事情があるから、だろうか。
「結論を述べてしまうと──夕顔千紗が、誰かを破滅させたという客観的な事実は、どこにもなかった」
そりゃそうだろう。
やはりそうか。
分かり切ったことを証明しただけになってしまった。
それが目的だから、それで良いんだけど……。
結論を述べる空蝉さんをジッと見詰め、続きが語られるのを待つ。
「そもそも、破滅したと呼べるのは──やはり亡くなられた二人だけじゃないかと、僕と空蝉先輩は思っています。ソレに関しては主観的な意見になってしまうので、これから事実だけを述べますから、そこから破滅しているか否かを判断して欲しい」
「分かりました」
一旦アマティスタさんが口を開くが、続きは空蝉さんが話した。
「一人目、
災害に人為的な要素が絡んでいたら、それは災害ではなく事件だ。
「当時彼の父親が失業していたが、業績が悪化したことによるリストラが原因で、このリストラ自体も人為的な要素は殆ど絡んでいない。大口の取引先が、別の取引先を見付けてそちらに切り替えたことが業績悪化の原因だ」
別の取引先を見付けたことに、当時小学生だった千紗ちゃんが絡んでいる筈がないし、無関係と断定しても問題ないだろう。
「現在は親戚の家で世話になっており、職も見付けて、人並みに暮らしている。人並みの暮らしは主観的表現だから、客観的な表現をしてみよう。衣食住に困らない程度の収入を得ており、例え世話になっている親戚の家を出て行くことになっても、暮らしに困ることはないだろう」
未だに親戚の家の世話になっているのは、別の事情があるということだろうか。そこは調査の範囲外だし、探っていないのだろう。探る必要性はないだろうし。
「親戚の家をまだ出て行っていないのは、通学し易い場所に家があるであって、金銭的な理由ではない。通学しているのは、朝顔代助の妹、朝顔アサギだ」
そこまでハッキリさせたのか。
尋常ではない調査力を持っているな。
「朝顔代助本人は、大企業に就職して、普通に生きているよ。仕事でも人間関係でも問題がない。本人がどう思っているかまでは推し量るしかないが、客観的に問題があると言える事実は見付からなかったのは本当だ」
予想通りで、意外性がなくてつまらない答えだが、こうなるのは当然だ。下の妹が言っていた通り、ただの人間に誰かを何度も破滅させる力はない。そのような異能力があれば話は別だろうが。
「二人目、
当時はサッカーが出来なくなって塞ぎ込んでいたのだろうが、今はそうでもないのか。
「ちなみに骨折の原因は、部活の最中に部員と激しく衝突せいなので、骨折の原因に夕顔千紗が関わっていたということもない」
彼の不幸な出来事に、彼女が何かしらの形で関わっていたという事実は一切ないようだ。
「三人目、
話を聞いたときにも思ったが、やはり破滅と呼べるものではないらしい。不幸ではあるけれど、夕顔千紗が原因ではない。
「その後の人生も、特別目立った問題はない。怪我は、綺麗に治っており、後遺症もない。最近はバスケ部の選手として活躍しているぐらいだ。肉体面では何も問題なかったと見て良いだろう」
「四人目、
自殺した彼についてだ。
「彼に関しては、破滅したと言えるだろう。しかし、破滅の原因が、彼女であるとは言えないだろうね。家庭環境に問題があったのは事実だけど、家庭環境に関しては、彼女が産まれるより前に問題の芽は存在していたし、彼が人間関係でトラブルを起こしていたのは、単純に彼の正確に問題があったからだ」
だから、千紗ちゃんも別れたいと思っていたのだろうし。
「家庭環境の問題は、夫婦仲が良くなくて、年中喧嘩しているといったものを想像して欲しい。世間体もあるし、子供が出来たから別れるに別れられなかったそうだ。親が年中喧嘩しているから、性格に問題があったのだろうね」
「性格に問題があったと言っていましたけど、どういう風に問題があったのでしょうか?」
「常に否定から入り、常に重箱の隅を
そんな人間は関わりたくないな。身内ならまだしも、ただのクラスメイトや同級生なら関わりを断つだろう。
「彼のご両親の仲が悪くなった原因は、価値観の違いだ。夫婦として共に時間を過ごしていく内に、お互いの価値観の近いが浮き彫りになってきて、しかも妥協することが出来ず、衝突する羽目になった」
当然これにも夕顔千紗は関わっていない。
「自殺の原因に、夕顔千紗という恋人との仲が悪化したことが、絶対に原因ではないと断じることも出来ないけど、絶対に原因に含まれていると断じることも出来ないだろう」
まあ、自殺の原因ではないとは言えないけど、恋人との仲が悪化したことが自殺の後押しになったとは言えないけど、破滅の原因になったと断じることも出来ないだろう。
「五人目、
本人の素行不良が原因ならば、夕顔千紗ちゃんが原因とは言えないだろう。その後もそれなりに幸せ生きているみたいだし、やはり破滅したとは言えない。
「六人目、
病気による死が、人為的なものであるというのは、かなり低い確率だろう。風邪引いていることを自覚している状態で相手に会いに行くとか、異能力を用いてウィルスに感染させるとか、そういうこともしない限り──人為的に誰かを病気にすることは難しいだろう。
病気になり易くするならともかく、病気にするというのは容易なことではない。
「七人目、
七人とも、意外性のない返答が提出された。
当たり前のことだが、ただの人間に人一人を破滅させる力はない。
「彼の父親の会社が倒産した原因は、元々投資に失敗したところに、他社の製品にシェアを奪われたからであって、そこに夕顔千紗は関わっていない。彼の妹の持病が悪化したのは、言うまでもないことだが、彼女が原因ではない。元々症状の波というものがあったらしく、比較的症状が軽い時期と比較的症状が重い時期を繰り返していたらしい。だから、持病が悪化すること自体はそこまで珍しいことではなかったようだ」
「現在はどうしているんですか?」
「今は違う事業の会社を立ち上げているようだ。元々当時の事業には先がないだろうと思っていたらしく、会社を畳もうと思っていた矢先の出来事らしい。予想より早く会社を畳むことになってしまったけれど、リスクヘッジはしっかりしていたから、倒産したと言っても、大量の借金が手元に残ったとか、そういうことはない。リカバリー出来る程度のダメージだったそうだ」
会社が潰れたからと言っても必ずしも不幸にはならない──的なことを、話を聞いたときに思ったけれど、実際にそうであったらしい。
やはり、死んだ二人以外は破滅とは言えないだろう。七分の二が破滅しているけど、彼女のせいとは言えない。
調査結果をまとめ資料を受け取ると、僕は調査費用を支払い、自宅に帰った。
──材料は揃った。
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