第二幕【キディング】①

 昼休み、夕顔ゆうがお千紗ちさの友人である篝火かがりびまりと話をすることになった。


 破滅云々の話を最初に聞いたのが彼女らしい。


 夕顔千紗曰く破滅した七人についても知っているらしい。あくまでも、本人から聞いたというだけで、直接的にその破滅した七人を知っている訳ではないそうだ。


「アンタがともに頼まれた奴?」


 篝火鞠と思われしき人物は、明るめの茶髪が特徴的な、モデル体型の長身美人だった。


「とも?」


 誰?


「関屋智、知ってるでしょ?」


「あぁ」


 同級生であると事前に聞いていたことは覚えていたので、私は「はい」ではなく、「あぁ」と返事した。


 肩より少し長い茶髪を弄りながら、「ふぅん」と呟く。


 何やら含みを感じた。まあ思うところはあるだろう。藁にも縋ったような感じだし。


「キミが篝火鞠さん?」


「そうだよ」


 篝火鞠さんで合っているらしい。


「アンタ覚えてないの?」


「どこかで会ったの?」


「智も千紗も忘れていたし仕方ないか……」


 私の記憶力って本当にどうなっているんだろう? 致命的過ぎないか? 今までどうやって生きて来たんだろう。自分でこんなことを言うのもアレだけど。


「アタシも実行委員だったんだよ。少なくとも、スポーツ大会までは覚えていたのにな……。どうなってんだよ、アンタの記憶力」


「自分でもそう思うよ」


「まあ……これについて話しても仕方ないし、時間が勿体ないから置いておくけど。あー、それで千紗の話なんだけど──」


 篝火さんはとっとと本題に入る。


「一人目は朝顔あさがお代助だいすけっていう、当時高校生の従兄だ。当時千紗は小学二年生だったらしい」


 それだけ歳の差がある相手だから、付き合っていたとかではなく、一方的に千紗ちゃんが好意を抱いていたという感じか。


「言わなくても分かるけど、一方的に好いていたって感じだ」


 これで付き合っていたと言われた驚く。千紗ちゃんの勘違いじゃないかと突っ込んでいただろう。


「従兄の兄さんは、家を失う羽目になったんだよな」


 家を失う。それは物理的な意味で家がなくなったのか、金銭的な意味とか、そういう意味合いでなのか。どのような理由にせよ、穏やかな話ではない。


「雨で川の水位が上がってな。元々水捌けが悪い土地だから、かなり酷いことになったらしい。家の高さを底上げていたのに、駄目だったそうだ。保険には入っていたらしいんだけど、他にも色々あって、そこに住めなくなったらしくて。当時親が失業してたとかで、金がなかったことも相まって、今も親戚の家に世話になっているって言っていたよ」


 家の高さを底上げしていたのに、駄目だったんだ。相当酷かったんだろうな。保険に入っていたとしても、失業していて、お金がないとなると、まあ色々あったんだろうな。保険の内容とかもあるだろうし。


「千紗が小学生のときの話だから、詳しいことは分からないみたいだし、後から知ったっぽい」


 小学生の子供にそんな話しないだろうし、詳しいことなんか知らないは無理ないけど……。


「二人目は、小学生のとき仲良い相手だったらしい。少女おとめ雄二ゆうじって奴で、付き合っているに近い関係だったと言ってた。小学生の恋愛だから、お遊びみたいな感じだったらしいけど」


 少女おとめ……男子の名字としては結構キツそうと思ってしまったが、これは偏見という奴だろうか?


 多様性が騒がれている現代で、こんなことを公の場で発言をしたら、あっという間に炎上してしまうだろう。


 全く、恐ろしい世の中になったものだ。


「どうなったの?」


「怪我したらしくて、骨折って言ってたかな? サッカー部だったんだけど、退部する羽目になったらしい。骨折が治ってからも、体育のときは見学だったっぽいし、後遺症が残ったんだろうな」


 後遺症の程度が、どの程度なのか分からないけど、少なく見積もっても、体育の授業を受けられなくなる程度の後遺症。


 部活で骨折というのは割りとありふれた話だけど、体育の授業を受けられなくなる後遺症があるというのは、ありふれたと表現するほど良くある話ではないだろう。


 探せばいなくはないだろうけど。


 どの道、後味の良い話ではない。


「サッカーが出来なくなって塞ぎ込んでからは、あまり関わったりすることもなくて、別々の中学に進学してからはお互い会ってないらしい。自然消滅って奴だな」


 別々の学校に進学したら、自然消滅するというのはよくある話だ。私も様々な相手と自然消滅した。偶然とはいえ、この地を訪れなかったら、妹達とも自然消滅しかねなかった。


「三人目は、玉鬘たまかずら刀自とうじだ。これも小学生のときの話になるらしい。時系列で言うと、二人目が怪我して、そこそこ時間が経ってからだな」


 篝火さんは、話の内容をざっくりメモに書いているんだけど、刀自という字を見た瞬間、「うわあ……」という声が出そうになった。出さなかったけど。


 親は何故この字を選んだのだろうか。


 刀自とじと読ませていないだけまだマシか……。


 男児に付ける名前ではない。

 女児に付ける名前でもない。


 というか、乗り換えるの早いな。付き合っていた訳じゃないんだし、別に問題ないけど。


少女おとめ雄二と疎遠になり掛けていた頃だな──その頃に、ちょっといい感じになり掛けていたらしい。流石に付き合おうって気にはなれなかったっぽいけど」


 その頃はまだ二人目がいるだろうし、気不味いだろうな。


「ソイツは事故に遭って、大怪我したらしい。交通事故で大怪我。怪我の状態については詳しいことは知らないみたいだけど、酷い状態になったんじゃないかって言ってたよ」


「なんでそう思ったの?」


「轢いたのがトラックだったこととか、その後すぐに引っ越したこととか、そういうのが理由じゃないかって言っていたな」


 引っ越しした理由とトラックでの怪我の因果関係の可否は分からないけど、しかしトラックで怪我をしたのは不幸なことだ。これを破滅させてしまったとカウントするのは、ちょっと自意識過剰な気がするけど。


 二人目の彼だってそうだ。


 後遺症のこともそうだが、リハビリか何かで今は良くなっている可能性はあるし、破滅というのは些か大きな表現ではないかと思う。


 一人目も、親戚の家の世話になれているんだから、破滅というのはやはり大袈裟だ。


 破滅ではなく、不幸が正しい表現ではないか?


「話を聞く感じだと、破滅というより不幸になっているって感じ」


「アタシもそう思う。けど、表現は重要じゃないんだよ。どちらにせよ、ネガティブなイベントが降り掛かっていることには変わらないんだから」


「確かに」


「それで四人目。常夏とこなつ冬期ふゆきって奴。正式に付き合ったと言える最初の相手だな」


 夏なのか、冬なのか分からない名前だな。どっち付かずって感じ。


「入学してすぐの頃に熱烈なアプローチをされたらしくて、それで付き合うようになったそうだ。お互いのことを深く知らない状態で付き合ったからなのか、お互い合わないところが出て来て、途中からまあまあ険悪な関係になり掛けていて、拗れる前に別れようってなったんだ」


 割りとよくある話だな。

 今のところは。


「ただ別れ話をする前に自殺したんだよな」


 自殺。

 ──過去の三人と比較にならないレベルで、不幸になっている。これに関しては破滅と言っても過言ではないだろう。


「家庭環境に問題があったとかで、それが原因とか言われているらしい。いじめって訳じゃないけど、元々学校でも人間関係でトラブル起こしていて、そっちが原因かもしれないとも言われているけど、原因は不明。これはニュースにもなっているから調べれば出て来る」


 中学生の自殺なんて有名になるよな。けど、自殺なんか起きていたら、有名になっているだろうし、流石に私でも覚えている筈だ。


 いくら私の記憶力がゴミでも、流石に忘れたりしないだろう。


 自殺者については覚えていなくても、自殺が起きたことは覚えている筈だ。多分。


「だから、ウチの学校に中途半端な時期に転入して来たんだよ。噂が立って、前の学校にいられなくなったんだよな……入学一ヶ月で転学って、ツイテナイよな」


 なるほど。

 ウチの学校の生徒が自殺した訳じゃないんだ。


 そりゃあ私が知っている訳ないよな。だって私だし。他校の自殺者のことを気に掛けたりする筈がない。そもそもニュースを見ない。テレビに触れることも出来ないし、リモコンに触れることも出来ないから。


 どちらかと言えば、私は新聞派だ。


 デジカル化が進んだ時代だと珍しいかもしれない、新聞派の女子中学生って。


「五人目が、竹河たけかわまこと。ウチの学校に転入して来てから付き合った奴だ」


 四人目が死んでからどれぐらい経過してから付き合ったのか分からないけど、後二人いることを考えると、そこまで時間が経過していないのではないだろうか?


 それから四人目と五人目の間はそれなりに空いているけど、五人目六人目七人目の間はそこまで空いていないとかかもしれない。


 どっちであっても、結構図太いのではないかと思ってしまった。


 別れたいと思っていた相手とはいえ、仮にも恋人が自殺したのに、すぐに恋人を作っているか、もしくは別れて少し経過してからポンポン恋人を作っている──ということなのだから。


「ソイツは、数回停学になった末に、退学になった。退学になってからは付き合いがないな」


 四人目の自殺に比べたら大したことないな。退学も結構重い問題だけど、それより重い問題を聞いたせいか、中学までは義務教育だから、公立の方に通っているだろうし、退学になっても大丈夫だろう。


「六人目の野分のわき五島ごとうは、一年の冬ぐらいのときに付き合ったんだけど……少しして、病気が発覚して、そのままま春を迎えることが出来ずに亡くなった」


 死んでしまったのか。

 現時点で六分の二は死んでいることになる。


 破滅というのは大袈裟な表現ではないかと先程述べたが、六分の二が死んで、六分の四が何かしらの不幸が降り掛かっているのだから、自意識過剰というのは失礼な表現だったかもしれない。


「七人目、藤袴ふじばかま星二せいじ。二年になってから付き合った相手。コイツは父親が経営していた会社が潰れちまったらしい。丁度その頃に、妹の持病が悪化して、それから少ししてウチの学校を去って行ったよ」


 自殺・病死と比較すれば大したことないけど、まあまあ重いな。事業が頓挫とんざして会社が潰れるというのはありふれた話だ。


 潰れたということは倒産したということ。


 黒字倒産かもしれないし、赤字倒産でも家計が火の車になるレベルとは限らないし、会社が倒産したからといって、必ずしも不幸と断じることは出来ない。


 持病の悪化もそうだ。

 どの程度の悪化したのかにもよるだろう。


 悪化したのだから、お世辞にもそれが良いこととは言えないし、不幸ではないとは言えないだろうけど、破滅と形容出来るのかは分からないだろう。


「こんなことを言うのは失礼かもしれないけど、死んだ二人以外は、破滅とは言えなくない?」


 なんか色々考えてみたけど、冷静になって考えると、やっぱり自意識過剰だなとなってしまう。


「自意識過剰とまでは思わなくても、アタシも似たような気持ちは持っているよ。けど、本人の立場になって考えれば、分からなくはないんだよ」


「そういう異能力の持ち主ならまだしも、そうじゃないんでしょ? やっぱり自意識過剰だよ」


「千紗は異能力者じゃない。これは確かだ」


「自意識過剰になるのも理解出来るけど、冷静になれば運が悪かった以上のことはない訳だし、自意識過剰だって理解出来ると思うんだけど……」


「冷静になれないんだろ。精神的に弱っているみたいだし」


 精神的に弱っている、か。


 行動のチグハグさは精神的に弱っているから、なのかな。


 精神的に弱っている人間の気持ちは、どちらかと言えば、上の妹の方が分かるだろうけど、チグハグさという点は下の妹の方が分かるかもしれない。


 まあ、千紗ちゃんの状態に関しては、本人と対峙してみないと分からないよな。本人と対峙すればある程度見えて来るだろうけど、その前に材料は揃えておきたい。


 七人分の情報が、簡単に纏められたメモを受け取り、それに視線を向ける。


「千紗ちゃんにそんなことないよと言うのはやるし、別に難しいことじゃないけど、後少しだけ時間くれない?」


「それ自体は構わないけど、後少しってどれぐらい?」


「明日の放課後」


「理由訊いても良い?」


「今日の放課後に、篝火さん以外の千紗ちゃんの友達と会うから、それから何を言うのか考えるから、明日の放課後まで時間が欲しいなって」


「そう」


「それで一つ頼みがあって、明日の放課後、千紗ちゃんに会えるようにセッティングして貰えないかな? 千紗ちゃん、明日予定あるなら、別に良いけどさ」


「千紗に予定はなかった筈だから多分大丈夫だけど、訊いてみないと分からないな。予定がなかった明日会えるようにセッティングすることは出来ると思う」


「そうなんだ。セッティング出来たら教えて。電話とメールは無理だから、直接教室に伝えてくれるとありがたい」


「機械音痴なんだっけ? 駄目でも大丈夫でも、一応伝えるわ」


「ありがとう」


 丁度、もうすぐ昼休みが終わる頃だったので、私達はここで別れた。

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