第一幕【キュリオシティ】②
とりあえず、
その際、連絡先を交換しようと言われたが、残念ながら私は機械音痴過ぎて携帯を持っていないため、連絡先を交換することはなかった。
家電の番号を聞かれたが、私が機械に触れると機械が壊れるから、家電であっても触れることが出来ないと言ったら、「それ、機械音痴とは違くね?」と言われたし、それ自体は否定出来ないけど、他にどう表現したらいいんだろう。
そんなこんなで、私は家に帰って来た。
私の保護者、
仕事に対する拘りがないため、良くも悪くも仕事を選ばないそうだ。流石に、あまりにも割に合わない仕事なら、断ることもあるみたいだが。
長い
表情から感情が読み難いこと、顔に傷があること、それらの要素が合わさって近付き難い印象を受けるかもしれないけど、話してみるとそれなりに良い人だ。
うっかり私がテレビに触れて、テレビを壊しても、驚きながらも、怪我をしていないか真っ先に心配してくれる辺り、良い人なのだろう。
下の妹は特に何も言わなかった。上の妹は、何か言ったというほどではないけれど、「悪い人ではないのかもしれませんが……」と、微妙な反応をしていた。
私ほどではないけれど、巽さんはコミュニケーション能力がある方とは言えないし、取っ付き難いところがあるから、そう思うのも無理はないだろうとか考えていたが、「そういうことではありません」と、首を横に振られた。あれはどういう意味だったんだろう? 私が突っ込んで訊かなかったなのか、彼女はそれ以上何も言わなかったから、未だにあの言葉の意味を私は知らない。
学校から帰って来た僕は、リビングで烏龍茶を飲んでいる巽さんに、
この人の表情は
「
驚くところそこなのか。
「実行委員会のメンバーだから、声を掛けられただけですよ。僕に妹関係以外での知り合いは、学校関係者ぐらいですよ」
偶然という奴だ。
「意外と学内では上手くやっているのかい?」
「機械音痴過ぎるせいで、機械に触れられないこと以外では、迷惑を掛けたりしていませんよ」
少なくとも私が認識している範囲では、トラブルが起きたという話は聞かない。僕が認識していないだけで、トラブルを起こしている可能性は大いに存在するけど。
「前々から思っていたんだけど、天音ちゃんのソレは、機械音痴というより、機械の天敵じゃないか?」
「そうかもしれません」
機械の天敵──これ以上なく、私の特異な性質を言い表している言葉だ。
指先一つが触れただけで、例え布越しであろうと壊れてしまうのは、最早呪いだろうな。
「しかし、破滅とは穏やかな話じゃないね」
「七人破滅させたらしいです」
「本人が何かしたのかい?」
「ハッキリ違うと言われた訳ではありませんが、恐らく違うのではないでしょうか?」
「本人が何かしたのなら、そこまで悩むことはないだろうね。もし、何かしたとしても、悪意があってのことではないのだろう。憶測になってしまうけど、破滅させようと思って何かをしたという訳ではなくて、結果的にそうなってしまった、あるいは何もしていないのに破滅してしまった、とかじゃないか?」
「僕もそう思います」
ああ、そうだ──と、大して興味がなかったのか、巽さんはすぐに話題を切り替えた。
「冷蔵庫にある羊羹があるんだけど、貰い物だから食べて良いよ。妹に渡すなら持って行っても良いし」
「晩御飯の後、頂きます」
飲み物を取るついでに冷蔵庫にある羊羹を確認した。冷蔵庫の扉は、巽さんに開けて貰った。僕が触れたら大変なことになる。かなり良いところの高級な羊羹だ。ノーマルな奴から、抹茶とか、芋とか、複数の味があった。
仕事で貰ったのかな?
ただのご厚意で貰ったのかもしれないけど。
宣言通り、晩御飯の後、羊羹を頂いた。
非常に美味しかった。
また食べたいと思うほど、美味しかった。
流石は高級品。
お味がよろしいことで。
一体いくらなんだろう?
一個一〇〇〇ゲルドと言われても納得出来る。
「羊羹、美味しかったです」
美味しかったことを巽さんに伝えた。
「味の良し悪しをあまり気にしないキミが、美味しいとわざわざ口にするほどだから、余程美味しいと感じたのだろうね。今度買って来ようか?」
「そうですね。上の妹はどうなのか分かりませんが、下の妹は気にいると思いますので、買って頂けると嬉しいです」
美味しかったし、土曜日、買い物ついでに、下の妹のところに寄ることにした。
羊羹を持って、教会の扉を叩き、一言断ってから中に足を踏み入れる。
何故、妹に会うのに、教会に足を運ぶのか不思議に思う人もいるだろうが、それはここに妹がいるからだ。妹はここの神父に面倒を見て貰っているのだ。
「
濡烏色の髪と瞳をした、整ってはいるが特徴的なところがない顔立ちをした、柔和な雰囲気の男性が、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
彼がこの教会の神父様こと、末妹の保護者でもある相手、
「奥にいますよ。呼んできましょうか?」
私の存在に今気付いたといった感じの様子を見せながらも、返事が来る。
「いえ、羊羹を渡しに来ただけですので。大丈夫で──あ、いや」
「?」
「やっぱり呼んで来て貰えないでしょうか?」
「えぇ」
断ろうとしたのに、言い切る前に決断を翻した私に疑問符を浮かべるけれど、そのことを突っ込んで訊ねることはない。何か他にも用事が思い出したのだと思ったのかもしれない。
数分して、下の妹がやって来た。
電話が来て、神父様は別の部屋に移動した。
「天音お姉ちゃんの方からこっちに来るなんて珍しいですね。明日台風でも来るんですかね?」
「天気予報では晴れだったよ」
「天音お姉ちゃん、自分の行動を客観視出来てないんですね」
私が主観的な人間という自覚はあるけれど、穹莉ちゃんも大概だと思う。
上の妹こと
「それで、わざわざ呼んだってことは、私に用事があるんですよね? 一体どんな用事があるんです?」
「少し質問がしたくて」
「なんですか?」
夕顔千紗ちゃんについて説明し、どう思うのかを訊いたところ、予想通りも答えが返って来た。
「そこまで自分の存在を過信することが出来るなんて、どれだけ自分のことを凄い存在と思い込んでいるんでしょう」
穹莉ちゃんはそう言うよね。だって穹莉ちゃんだし。無礼の権化と親にすら匙を投げられた穹莉ちゃんだし。言うと思ったよ。
「お姉ちゃんみたいな人を頼むなんて、その人って奇特な人なんですね」
この発言だけを聞くと、穹莉ちゃんが私のことを馬鹿にしているように聞こえるだろうけれど、その認識は間違っていないのだけれど──なんていうか、悪意とか敵意とかがあって、こんなことを言っている訳じゃない。
穹莉ちゃんは、私のことを嫌っていない。
デフォルトでこうなのだ。
ナチュラルに、相手を軽んずる話し方をする。
私はそこまで気にならないけど、深空ちゃんはそこそこ気にしているらしい。実の親をノイローゼに追い込んだ性格をしている人間が身近にいたら、色々気にするだろうけど、これはもう、そういうものと扱うべき事案で、どうにもならない気がする。
昔と比べればだいぶマシになったのは、深空ちゃんと神父様のお陰だろうけど。
「その奇特な人がどういう方なのか知りませんけど、天音お姉ちゃんに頼みごとなんて自殺行為にも等しいですねえ。奇特なのではなく、奇異な方なのかもしれません。実際どうなんでしょう?」
会ったこともない相手をここまで扱き下ろすのか。
「実際どうなんでしょうって質問してあげたんですから、何か返事して下さいよ。お姉ちゃんの質問にもちゃんと答えてあげたんですから」
それ、質問だったんだ。
全然分からなかったよ。
「藁にも縋りたいだけなんだと思うよ」
「なら藁なら役に立たないだけですけど、天音お姉ちゃんの場合は、もっと酷いじゃないですか。足を引っ張ると形容しても過言じゃないんですから、藁に縋った方がマシだと思います」
空莉ちゃんは私のことをどう思っているんだろう? そんなに危ない奴に見えるのかな? 機械の天敵であることは、かなり危険だけれども。
「カウンセリに行けって言った方が良いんじゃないんですか?」
意外と真面目な意見が来た。
穹莉ちゃんって真面目になれたんだ。
神父様のお陰かな?
「本当に深刻ならの話ですけど、親しくない他人からそう思われてるって思えれば、自分がどれだけヤバイって気付けると思いますし、悪くないと思うんですよ」
「そうだね……ありがとう、検討してみるよ」
羊羹を渡すのと、ついでに、夕顔千紗ちゃんの件をどう思うのか訊く以外に用事はない。長居するのもあれだし、ここから立ち去って、早く買い物を済ませてしまおう。
「突然来て長居するのも失礼だし、用事もあるから、そろそろ行くね」
「もう行っちゃうんですか?」
「うん」
「神父様には私から言っておきますね」
私は教会を去り、近隣のショッピングセンターに足を運んだ。お腹が減り、折角だから何か食べたいと思ったからだ。ショッピングセンター内にある適当なフードコートに立ち寄る。
何か食べると言っても、軽く食べるだけで、がっつり食べるつもりはない。そもそも私は、そこまで食べる方じゃない。どちらかと言えば食が細い方だ。少食だというと、それが自慢みたいに思う人がいるけど、別の自慢したいとかではない。マジで入らないのだ。身長が伸びないことを考えると、もう少し食べれるようになりたいとすら思っている。今更食べれるようになったところで身長は伸びないんだろうけど。
時間帯が昼間なせいか、かなり混んでいる。
席を取れたのが奇跡みたいに思えるぐらいだ。
「あ、ごめん、他に席ないから相席しても良いかな?」
声がする方に視線を向ければ、濡羽色の髪と紫水晶の瞳が視界に入る。顔には黒子があった。特筆するべき部分はその豊満な胸部だろう。少なく見積もってもGカップはあると思えるぐらいデカイ。少なく見積もってだから、実際はもっとあるんだろう。
顔立ちからして、
身長が一五〇センチもない私からすれば、本当に羨ましい限りだ。五センチぐらい身長分けてくれないかな?
「ああ、どうぞ」
なんとなく、そう返事してしまった。
重そうな丼ぶりが乗ったトレイを持っている女性に対し、混雑している中、別の席を探すように言うのは酷だろうからと理由付けをしてみる。
実際は、不意を突かれる形で声を掛けられたから、断りの言葉が出て来なかったなのに。
「ありがとね」
清楚な紺色のセーラー服を着たお姉さんはそう言お礼をって、私の目の前に座った。
座高は、あまり高くない。身長を考えると当然のことだが、私よりは座高がある。それでも身長を考えると、もう少し座高があっても良い気がするけど。足が長いんだろうな。
休日なのにどうして制服姿なのだろうかと思ったが、彼女が着ている制服が、
澄ヶ丘白鳥関高等学校は、完全週休二日制を採用しておらず、二週間に一度、土曜日に授業があるそうだ。しかも午前中だけ。
恐らく、この人は学校帰りなのだろう。だから制服のままなのかもしれない。
……一人でこの量を食べるのか。
机に置かれた丼ぶりを見た私は、お姉さんが食べ切れるのか心配になった。運動部の男子高校生が食べる量だ。もしかしたらお姉さんは運動部なのかもしれないけど、細身の女性が食べれる量とは思えない。
後少しで、お姉さんが平気で丼ぶりの中身を平らげると分かるのだが、今の私はそれが分からないので、若干不安になったのである。
後で知ったが、この人の名前は
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