第四幕【ギフト】①
関屋くんの家は、普通の一軒家だった。
インターフォンに付いているボタンを押す。
チャイムが鳴り、数分くらい待つと、玄関扉が開く。
「…………」
「…………」
予想していたが、玄関扉を開けた関屋くんは、困惑のあまり、素っ頓狂な表情を浮かべていた。パジャマ姿で、髪も寝癖が付いたまま。完全に外出する気がない人間の格好。顔も洗っていないらしい。
ガチャッと、数秒経過した後に玄関扉が閉じられ、屋内から騒がしい音がして一〇分程度経過した頃、再び玄関扉が開かれる。
パジャマ姿から普段着に変わり、寝癖が付いた髪は綺麗に整えられている。友達亡くしてショックを受けている割りには、見た目を気にする程度には余裕があるらしい。
少し落ち着いたのかも?
だったら、友達に連絡寄越してあげれば良いのにな。
「あー、とりあえず、中に入って。部屋はそこまで綺麗じゃないけど、汚くはないと思うから。お茶出すけど、紅茶で良い?」
好き嫌いもアレルギーもないから、何を出されても飲めるものならそれで良い。
腐っていたりしたら流石に抗議するけど、人間の体が受け付けるものであれば、他人に出してくれたものにケチを付けるほど、無礼ではないつもりだ。
「うん。突然来てごめんね」
部屋の奥へ案内しながら、関屋くんは、「あっちゃんが来るとは思わなかった……心配してくれたの?」と、問うて来る。
「
「あー、そうなのか、うん」
「突然来てごめん。電話とかで、連絡を入れられたら良かったんだけどね。ご存知の通り、僕は機械に触れないから」
機械の天敵に等しい特殊体質だから。
触れた瞬間ぶっ壊れる。
下手すると爆弾に変化してしまう。
そんなときは来ないだろうけど、即席で爆弾を作りたいときでもない限り、自主的に機械に触れようとは思わない。自分の体質のヤバさは、それなりに分かっているつもりだ。何度も機械に触れるという失敗を繰り返しているから。
上の妹ですら、私が機械の天敵である件に関しては、かなり辛辣なことを言うのだから、客観的に見てもヤバイと分かる。
赤子の頃、私に医療機器を使うと、その機械が壊れ、巡り巡って病院を潰してしまったらしいので、可能な限り機械に触れない方が良い。
「長居はしないから」
長居してしまったら巽さんの家に着く時間が遅くなるし、そうなると、巽さんが私のことを心配する。あの人、過保護じゃないけど、心配性なところがあるから。
あの人、私が誘拐され、監禁されたことを知っているし、心配するのも分からなくもないけど、どうして身内である二人の妹より私のことを心配してくれるのだろうか。
妹がドライなのか。
巽さんが心配性なのか。
それとも両方?
どれも同じくらい可能性がある。
まあ良い。
どれであろうと同じことだ。
「思っていたより元気そうで良かったよ」
この言葉を掛けたのと、リビングらしきところに辿り着いたのは、ほぼほぼ同時だった。
「……そう見える?」
彼の背後にいたため、私から彼の表情を見ることは出来なかったので、その言葉にどのような感情が込められたのは推し量ることは出来ない。
どんな感情であれ、受け取った私には伝わらないのだから。
「そう見えたけど」
正直に自分の寸感を述べたところ、「そっか」と、返って来る。深い理由がない質問だったのかもしれない。あったとしても、その理由を察することはないので、ないにと同じに等しい。
ソファーに座るように促されたので、一言断ってからソファーに座った。
柔らかいし座り心地が良いソファーだ。
「紅茶淹れて来るから、少し待ってて」
「分かった」
リビングと思われし部屋は綺麗だった。モデルルームみたいな部屋だなという印象を覚えた。お洒落で、整えられていて、映えそうな、生活感が薄い部屋とでも言えばいいのか。綺麗好きなのかな? 関屋くんではなく、関屋くんの親御さんが綺麗好きなのかもしれないけど。
五分くらいして、紅茶が入ったカップを持って来た関屋くんがやって来る。紅茶が入ったカップもお洒落な見た目をしていた。
家と良い、カップと良い、持ち物のお洒落さを気にする親なんだろう。母親の趣味なのか、父親の趣味なのか。センス良いな。
「手ぶらで急に来てごめんね」
「別に良いよ。体調を崩している訳じゃないし。
差し出された紅茶を飲んだ。
良い茶葉を使っているのか、独特だが美味な味がした。
この独特さ、どう表現すれば良いのかな。思い付かない。
「鞠も心配しているみたいだし、あっちゃんも来てくれたし、明日からはちゃんと学校に行くよ」
「無理に学校へ行く必要はないけど、音信不通になるのは辞めた方が良いよ。電話でもメールでも良いから、友達に生存報告したら良いんじゃないかな?」
「うん、そうだね……」
「僕のところ
「来たよ。
ああ、私のところに来たのも、そんな感じの名前だった気がする。
やっぱり、この人のところにも来たんだ。
来ない方がおかしいもんね。
私レベルの交友関係の人間のところにも来たのだから、友人である関屋くんのところにも来て当然だよ。
「──
このタイミングで問うことではないが──言ってしまったものは仕方ないため、とりあえず、このまま続ける。今更引っ込めたところでどうしようもない。
「誰かに恨まれていたのかな?」
「……殺されるほど恨みを買うような
「どうなんだろうね。千紗ちゃん可愛いから、逆恨みという名の恨みは買っていそうじゃない?」
正当な恨みも、それなりに買っていそうだけどね。
可愛い外見であるということを抜きにしても、反比例するあの内面を鑑みると、あり得ない話じゃない。
こちらが考えているほど悪辣な考えの持ち主ではないにしろ、そこまで深く考えていない節はあったけれど、それに近いことは考えていたと思っている。
「流石に可愛いからなんて理由で殺すことはないんじゃない? 恨むことはあるだろうけど」
「可愛いから──じゃなくても、可愛いことから派生する理由で恨むことはあるんじゃないかな?」
あんなことをするぐらいには、恋愛に
事実どうなのか、死んでしまった今となっては分からないけど。
探ろうと思えば探れるけど、そこまでする必要はない。しなくても問題ないのだから。
「…………」
彼は俯いたのまま、黙り込む。
「どんな理由せよ、殺されて良い理由にはならないだろうし、千紗ちゃん本人は納得出来ないだろうね。そりゃ殺されても仕方ないと他人が思うような理由でも──千紗ちゃんからすれば、ふざけるなよ、だろうしね」
あの娘は「ふざけるなよ」ではなく、「どうして」と思いそうだなと、言ってから思ったが、訂正する理由もないため、思うだけに留める。
「殺されたんだもん──どんな理由にせよ同じことだよね」
──千紗ちゃんからすれば。
──千紗ちゃんの親からすれば。
どんな理由にせよ、殺されたことには変わりないだろうし、許せないだろう。
どんな理由で殺されたとしても、二人の妹は私が死んだことを悲しんでくれるし、殺した相手に対して憤りという感情を抱くのと同じように。
理由によっては納得するだろうけど、それはそれで殺した相手に対して憤ってくれるし、殺されたことを悲しんでくれる。
良い奴らだよな。
私に対して辛辣になる気持ちはあるのに、ちゃんと死んだら悲しんでくれるんだから。
それでも引き摺ることはないんだろうな。それで良いけどね。引き摺られても困る。前を向いて欲しい。
「千紗ちゃん本人もそうだけど、千紗ちゃんのご両親も大変だよね。娘の死体を目撃した挙句、取り調べを受けて、葬式を上げる羽目になったんだから」
「…………葬式はもう終わったみたい」
「お葬式には行ったの?」
訊いてから、行っていたら生存確認なんて頼まれないか──と、思った。
「行ってない。連絡は貰ったけど、動きたい気分じゃなかったから」
「そっか──動きたい気分じゃなかったのは千紗ちゃんの親も同じだろうけど、葬式をしない訳にもいかないだろうし、しんどかっただろうね」
「ホントそう思う」
思っていたより元気そうだなというのは、私の勘違いで、実はそうでもないのかもしれない。
こっちのことを気を遣っていたのかな?
だとしたらそんな気遣いは無用だと言うべきなのだろうか? それとも素直に受け取っておくべきなのか? こういうとき、上の妹ならどうするのだろう? 下の妹がどうするのかは想像出来るけれど、アレは宛てにならん。奴は悉く人の気持ちを無駄にするから。例外は上の妹と神父様だけだ。
「千紗ちゃんのご両親ほどではないにしろ、関屋くんもショックを受けているのは察せるから──上手い言葉が見付からなくて申し訳ないけど、気分を変えるのは難しいだろうから、無理に学校へ行く必要はないと思う。だけど、外の空気を吸うのは大事だと思うから、庭に出るくらいで良いから、外に出てみたらどうかな?」
「外、か……」
上の妹っぽく振る舞おうとしてみたが、アイツならもう少し上手い言葉を掛けられたのかな? アレはアレで不器用なところがあるし、どうなんだろう?
神父様みたいな振る舞いは出来ないし。
うーむ。
「それならさ……今度、一緒に、どこかに出掛けない?」
「それ自体は別に良いけど……」
何故、私なんだ。
「気分転換で外に出るにしても、一人だと気分転換出来ないだろうし、千紗と親しい奴と一緒にいたら、重い雰囲気になるだけだから」
私じゃなくて、友達と一緒にいた方が良いんじゃないか──と、言おうとしたが、その言葉を聞いて、得心がいく。
関屋くんの友達は、恐らく千紗ちゃんと親しいのだろう。
親しいとまではいかなくても、希薄と呼べるほど浅い仲ではないのかもしれない。
「近い方が良い?」
「そうだな、なるべき早い方が良い」
「じゃあ今度の土曜日とかはどう?」
「土曜で良い。土曜の一〇時、俺の家集合でも良い?」
「うん、良いよ」
こんなことを言えるぐらいだから、ショックは受けているのだろうけど、衝動的に自殺したりすることはないだろう。自傷行為もしないだろう。ある程度時間が経過すれば立ち直れる。
「今週の土曜日の一〇時に、関屋くんのところに行けば良い、という認識で大丈夫?」
「大丈夫。その認識で合っている」
今週の土曜日。
一〇時。
関屋くんの家、集合。
OK──ちゃんと覚えた。
「忘れないでね?」
「忘れないよ」
「あっちゃんの記憶力って結構アレだから、ちょっと心配だけど──って、結構失礼なこと言ってるな、俺」
「そう言われても仕方がないのは否定しないけどね。でも、忘れたらいけないことはちゃんと覚えているから」
私は紅茶を飲み干し、それからゆっくりと腰を浮かす。
「じゃあ、そろそろ失礼するよ」
ソファーの脇に置いた荷物を手に取る。
「もう帰るの?」
「言ったじゃないか、長居はしないって。それに、これ以上遅くなると心配を掛けるからね」
心配性なあの人が、夜の街を駆ける前に、あの家に帰らなければならない。
「ああ、親御さんが心配するよね」
親ではないんだけどね。私のことを面倒を見てくれている、血縁でもない赤の他人の保護者。実の親はとっくの昔に死んでいる。私が誘拐され、監禁されている間に死んでしまった。
否定すると巽さんのことを説明しないといけなくなるし、否定しないでおこう。説明するの面倒臭い。
誘拐のこととか話したくない。
嫌な記憶だからじゃない。私を誘拐したあの人は、私が嫌がることはしなかったから、嫌な思い出とか思ったことは一度もない。なんか微妙な空気になるのが嫌で、この家を出る時間が伸びそうだからだ。
どういう訳なのか、誘拐された私ではなく、誘拐したあの人の方が、どういう訳か、遥かに地獄を見ていた。嫌、本当、なんで? 普通逆じゃないかな……変だよね……。
「──じゃあ、僕はこれで」
関屋くんの部屋を後にした私は、これからどうするのかについて思考を巡らす。
どうにでもなるだろう。
どう転ぼうと、同じことなのだから。
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