第三幕【カリカチュア】②
妹から散々な扱いを受けた。
全く……まるで私が倫理観が緩い人間みたいじゃないか。
千紗ちゃん……。
死ぬには惜しい人間だった。
少なくとも私より価値のある存在だ。
「いっくん、お願いはあるんだけど」
次の日。
私はいっくんこと
総角至。
一応私の後輩に当たる男子生徒。
呂色の髪と薄墨色の瞳が特徴。
見た目は優男。
私はいっくんと呼んでいる。理由はない。
良く分からないけど、凄いコネを持っているらしい。
「お願い……」
「そんなに身構えないでよ。別に無茶振りしようって訳じゃないんだから」
いっくんは、どういう訳なのか、私のことを怖がっている。彼に何かした覚えはないし、本人も「何もされていない」と認めている。なのに、どうして私は怖がられているのだろうか。
「いっくんのコネを利用したいだけなんだよ。難しいお願いじゃないからさ」
「内容によっては断るぞ……」
「駄目なら駄目で良いんだよ──それでね、いっくん、お願いなんだけど、ある事件の情報を僕に持って来て。いっくんの情報網で知れる内容を全部僕に教えて。難しくないでしょ?」
「ある事件?」
「学校でも噂になっているから、いっくんも知っているかもしれないけど──
「そんなもん知ってどうするつもりじゃ」
いっくんは頬を引き攣らせながらそう言った。悪寒が走ったとでも言うように、ぶるりと体を震わせているし。一体何を想像したのだろう。別に悪用なんかしないのに。
「千紗ちゃんとはもっと色々話してみたくて。だから真相が気になるんだよ。誰がどんな理由で千紗ちゃんを殺したのか──ハッキリさせたい気持ちはあるんだよ」
「…………」
絶対嘘だろって言いたげな眼差しを向けなくても良いだろ。私ってそんなに信用ないかな? 直接的に私が何かをしたことなんて、数えるほどしかないというのに。てか、いっくんには本当に何もしていないのになぁ。
「とりあえずよろしくね、いっくん」
「直接儂に被害が来ないようにしてくれることが条件じゃぞ。儂はあくまでも情報を提供するだけじゃ。それ以上のことはせん」
「そもそもいっくんに情報提供以外のことは求めてないから。いっくんが巻き込まれることはないと思うよ」
絶対にそうだと言い切ることは出来ないけど、十中八九巻き込まれることはないだろう。
「何か良からぬことを企んでおるのか、ただの気紛れなのか分からぬが、儂は無関係じゃからな」
無関係という部分を、かなり強調してくる。
「うん」
そういう方向でいっくんに期待していないし、別に良からぬこととやらも企んでいない。ただの気紛れではないけど、ただの気紛れが一番近いかもしれない。
いっくんに頼みごとをした後、私は教室に戻ろう廊下を歩いていたら、
「ちょっと話があるんだけど……少し時間くれない?」
「話を聞くのは構わないよ」
こっちも訊きたいことはあるし。
「もうすぐ授業だけど大丈夫? 間に合わないんじゃない?」
「あんなことがあった後だ。別にサボっても咎められないさ。それに、アンタんところは、確か、自習だろ?」
なんで知っているんだ。
私のクラスに友達でもいるのか?
それなりにいそうだなぁ……。
「まあ、別に良いけどさ」
普通に授業があるなら迷ったかもしれないが、自習ならば復習ぐらいしかやることがないため、まあいいかと、篝火さんの後ろを付いて行く。
物置と化している空き教室まで移動すると、篝火さんは壁に凭れ掛かる。
「アンタのところにも警察が来ただろ? あー、いや、正確には警察に雇われた奴」
「神経質そうな男性と、軽薄そうな男の、二人組が来たよ。そっちは?」
名前は忘れてしまったし、見た目も殆ど覚えていないけど、そんな感じの二人だったことは覚えている。
「多分アタシが会った奴と同じだ。神経質そうな男は結構こっちに寄り添ってくれてたけど、軽薄な野郎はそうじゃなかったな。表面上は寄り添う素振りを見せて、こっちの隙を突こうとしてくるっていうか……腹の中真っ黒だよ」
「油断ならない相手って感じではあるよね」
警戒するべき対象だけど、
「僕は千紗ちゃんを殺した訳じゃないから、どんなに腹を探られても痛くないけどさ。気分は良くないよね」
「アンタはそうじゃないんだろうけど、アタシは友達を殺した奴だって疑われてんだよ? 気分が良くないなんてもんじゃないさ。アリバイを証明出来たから、すぐに疑われなくなったけど、だからといって疑われたことには変わりないんだからよ」
ああ、それもそうか。友達を殺した相手かもしれないと思われるのは、気分が良くないよね。僕に友達はいないけど、好ましく思っているを殺した相手として疑われるのは、普通に嫌だな……。
いっくんを殺したと疑われるのは、ちょっとどころかかなり嫌だ。下の妹を殺した相手として疑われるのは別に良いけど、上の妹を殺した相手として疑われるのはまあまあ嫌だな……。
「そこまで仲が良かった訳じゃねえから、それが普通なのかもしれないけど、アンタはケロッとしているな」
「そんなことはないけど……」
まあまあショックを受けているんだけどなあ。傍目からはそう見えないのかな?
「
私と篝火さん以外は来ていないんだ。へえ。
「どうしても学校に来ないといけない用事があったみたいだけど、その用事って何?」
「奨学金関係……アタシ、奨学金貰っているんだよ。それがなくなると不味い、家計が」
「奨学金か……」
私立だから学費高いし、経済状況によっては死活問題だよね。
「アタシのことは良いんだよ……頼みがあってアンタに話があって声を掛けたんだ」
「頼み?」
私に頼み? 大して仲が良くない私をわざわざ呼び出すということは、私にしか頼めないことなのだろう。一体どんな内容なのだろうか?
「智と連絡を付かないからさ、ちょっと家に行って様子を見に行ってくれない?」
「僕よりも篝火さんが様子を見に行った方が良いんじゃない?」
そっちの方が向こうも気が楽だと思うんだけどな。顔も存在も忘れていた奴に来られても迷惑じゃない? 迷惑というか、頭に疑問符を浮かべると思う。少なくとも、私ならそうなるよ。
「鈍感通り越して残酷っつーか、卑劣だな……」
鈍感から残酷、残酷から卑劣。
ワンランクずつ単語が悪化しているな。
鈍感はともかく、残酷と卑劣は思ったとしても口に出さないでくれよ。私だって傷付くんだぞ。
「ちょっとした事情があるんだよ……悪いんだけどさ、生存確認だけしてよ。とりあえず生きることが分かれば、アタシも安心だし、他の奴らも安心出来るだろうから」
どのような事情があるのか分からないけど、こちらからすれば好都合ではある。断る理由は全くない。
「住所はこの紙に書いてある通りだし、そこまで入り組んでない上に、近くに交番あるから、最悪そこで訊いてくれ」
住所が書かれたメモ帳を見て、ちょっと遠いなと思った。バスを使えば大したことがないんだろうけど、私がバスに乗ったらバスが壊れるから、自転車を使うか。
電動自転車なら触れた瞬間、ぶっ壊れるけど、電動じゃない自転車なら壊れずに済む。
「分かったよ。今日学校が終わったら行ってみるよ」
「ああ、頼む」
「篝火さんに少し訊きたいことがあるんだけど、アリバイが証明出来たって言ってたじゃない? それについてもうちょっと詳しく教えてくれないかな?」
「詳しくって言われても、大して話すことなんかないよ……アタシが駅で定期落として、駅内を探してたってだけで。和弥も探すのを手伝ってくれたから、和弥のアリバイも成立したわね」
「和弥くんも一緒に探してくれたんだ」
「女子一人置いて帰るのは忍びないんだとよ。結果的に千紗殺しの疑いが晴れた訳だから、それで正解だったんだろうな。防犯カメラの映像と、後駅にある交番で定期落としたってアタシが来た記録が残っていたから、それでアタシらにはアリバイがあるってことで、とりあえず疑いは晴れたんだよ。晴れるまでの間は気が気じゃなかった」
「定期どれぐらい探していたの?」
僕がそう質問すると、当時の状況を思い出そうと、「駅に到着したのが……」「それで家に帰ったとき……」と、ボソボソ独り言を呟く。
「駅に着いたのは、多分一六時五十分ぐらい。家に到着した時間から逆算するに、定期を探していたのは一時間半ぐらいじゃない? 詳しいことは警察とかが調べているだろうけど」
「家に帰ったときは、一九時過ぎていた?」
「過ぎてたよ」
「そっか、色々教えてくれてありがとう」
「こっちこそ、頼みを聞いてくれてありがとな」
私達は自然と自分達の教室に戻る。
放課後、一旦家に帰り、自転車を取りに行こうとしたのだが、下駄箱の中に入っている紙に書かれた内容を見て、脳内で組み立てた予定を、もう一度立て直すことを決めた。
下駄箱に入っていた小さな紙は、かなり細かく千切り、ゴミ箱に捨てる。
それから、ある場所に向かう。
学校の敷地内にあるのに、殆どの人間に忘れられてしまったのではないかと思うほど荒廃した場所。
「待っていたんだぞ」
短めのビリヤードグリーンの髪と、ナイルブルーの瞳をした彼は、見た目だけならパッと見ただけなら優男だが、それは表情などでそう見せているだけで、顔の造形は別に優男ではない。背も高いから、柔和な表情を作っていないと、結構圧を感じてしまう。
私がそう思い込んでいるだけかもしれないと一時期は思ったりもしたが、表情を作っていなくても優男に見えるいっくんと比較すれば、一目瞭然だった。
いっくんって、本当に、見た目だけなら優男なんだよな……何もしていない私に異様なほど怯えていることを抜きにしても、中身が残念過ぎる。
私の一つ上の先輩、つまり中学三年生。
皆からは良い奴と勘違いされている。私と二人切りになっているときを除けば、穏やかな態度を取っているから、そのような勘違いをしてしまうのも無理ないけど。
どういう訳なのか、彼は僕に無茶苦茶なことをして愉しむのが趣味らしく、こうして僕を呼び出しては人のことを弄んでいるとしか思えないことを平気で行う。
山に置き去りにしたり、僕がへとへとになっても無理矢理歩かせたり、知らない町に放置されたり、呼び出して置いて五時間も待たせたり、傍迷惑な奴だ。
匂宮天音を独占することで、一種の快感を得ているらしい。
自分だけの玩具が欲しかったんだろうな。そしてそれは、生き物である必要があり、その他の条件が合致したから、私が選ばれたのだろう。
この関係のことは口外してはいけないと言われている。誰にも知られてはいけないと、何度も言い聞かせられた。他人に知られたくないらしい。
そして、私の方から接触することも禁止。会いに行かない口実が出来て便利。
彼の名前は忘れた。
彼の姿すら、殆ど覚えていなかった。
こうして、この場所で対面したことで、こんな姿だったと思い出すことが出来たのである。
「遅い」
「すみません」
「天音と会えて嬉しいから、良いが……なあ、お前が俺に会えて嬉しいか?」
メンヘラってこういう人のことを言うのかな? 下の妹が聞いたらどういう反応をするんだろう。上の妹の反応は予想出来るけどさ。
「嬉しいですよ」
別に、嬉しくはない。
だからといって、嫌という訳でもない。
全てにおいて
「本当か? 嘘でも嬉しいぞ」
この人の名前、なんだったっけ? 思い出せないなあ。もうすぐで思い出せるような気がするんだけど……。
「どうして俺が呼び出したのか分かるか?」
「分かりません」
「事件のことだよ、噂だと天音は、関係者なんだろう? 何か面白い話を聞けたんじゃないか?」
ああ、そうだ。
そんな感じの名前だった。
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