第三幕【倚閭之望】
着替えた俺達は、無駄に
最初は俺が素手で開けようとしていたが、数秒で無理だと判断し、車に積んであった工具箱から適切な道具を使って開けようとしているのだが、この通り箱は全く開かない。
箱の中に何があるのか分からないため、あまり強引過ぎる手段は使えない。
「チェーンソーか何かでぶった切る訳にはいかないもんね……」
「中に入っている物が物なら、チェーンソーでぶった切ってもいいんだけどな」
蓋が、開いた。
ブリキ缶の中には──一回り小さいブリキ缶が入っていた。
「マトリョーシカ?」
俺も思った。
「さっきの蓋ほどじゃないけど、この蓋も固そうだね……」
「さっきの缶より手強くないなら良い」
「代わろうか?」
「いや、いい。
華奢な見た目通りの腕力をしているため、とてもじゃないが、強固に閉じられた蓋を開けることは出来ないだろう。
こちらの缶を開けるのにも、それなりに時間を要したが、一番最初に開けた缶よりはすんなり開いた。二回目だからというのもあるだろうが。
ブリキ缶の中には、先ほどより小さいブリキ缶が入っていた。そのブリキ缶の中には、もっと小さいブリキ缶が入っていた。いい加減にしろ。
「きっとこれが最後だよ……きっとそうだよ」
「そう願いたい」
祈りながら缶の蓋を開けると、どういうことか──そこには缶ではなく、紙があった。
湿気っていたが、紙自体は読めなくもない。
「図?」
「みたいだな」
何を書いているのか分からないところが一部あるものの、脳内で補完して読むことは出来なくもない。
「これ──ニプトゥーン城内の構内図?」
「ああ、多分そうだろうな」
一箇所だけ印が付けられたところ──そこに何かがあるのだろうか。
結論だけ述べると、印の場所には据え置き型照明があり、据え置き型照明に何かあるのだろうかと思って手に取ったが、何かある雰囲気はない。
「中に何かあるんじゃない?」
ここに隠せる物なんてあるのだろうかと思いつつ、据え置き型照明を解体してみる。
「本当にあった……」
中に入っていたのは──USBメモリだ。
USB。
確かに入れられなくないサイズではある。
「しかし、よくもまあこんなところに、物を隠そうと思ったな」
「こんなところだから、じゃない? こんなところまで探す人は、あまりいないと思う……。据え置き型照明、一個一個調べていたらキリがないだろうし」
まあ、それはそう。
「だが、場内に持ち込んだ箱はどこに行った? 箱の中身は恐らくこれなのだろう。ここに隠したから、中身がない。それは分かった。箱本体はUSBほど小さくない。あれはどこに行ったのだろうか? 箱は流石に隠せないだろう」
「隠していないんじゃない? 防犯カメラの死角となっている位置目掛けて、中から外へ箱を捨てたのかも。もしくは……箱が紙とかダンボールで出来ていたなら、破いて、服の中に突っ込んだりしたとか?」
「流石にあの映像では材質までなんとも言えん。鉄製でも木製ないことは、辛うじて分かるが」
「方法はともかく、中から外へ箱を捨て、手に何も持っていない状態で外に出れば、箱ごと何かを隠していると思わせることが出来、自然と箱が入らない場所は盲点となる……といったことが起きたら良いなとか、考えたのかも」
「中のデータ、確認出来る?」
「ネットに繋がっていない、壊れても良いパソコンが一台あるぞ」
「じゃあ、それで確認してみようか」
車まで戻ると、車内でパソコンを起動し、USBを挿し、中身を確認しようとフォルダをクリックする。
「どんなデータがあるんだろうね」
フォルダの中には、画像の拡張子が付いたファイルがある。タイトルには日付しか書かれておらず、適当に一番上のファイルをクリックする。
──画面には、幼い頃の
他のファイルも、基本的に幼い斬緒のみが写った物ばかり。極稀に、
この、莫大な量の画像ファイルは、全部斬緒の姿しか映っていないんだろうか。ただのアルバムでしかないのだろうか。
途中からは流すように確認していたが、あるとき、不意に手を止める。
人が写っていない画像だったからだ。
『残念☆外れ✩』
『当たりがあるから探してね☆』
と、書かれた画像。
☆が非常にうざったい。
「当たり、当たりか……」
「当たりがあるならどこにあるんだろう?」
「さあな」
「……うーん、据え置き型照明とか? USBが入っていた奴じゃなくて、別の据え置き型照明」
「…………どれだけあると思うんだ」
「うん、そうだね……」
少なくとも、五〇〇くらいあるだろう。
あれを全て調べるのは骨が折れる。
「もしかしたら、一発で当たりを引き当てられるかもしれないし」
「そもそも当たりがいくつあるんだろうな……」
とはいえ、他に心当たりもない。渋々、式葉と共に据え置き型照明を一つ一つ解体していく。
五〇個くらい解体したとき、いつまでやるのだとうんざりし、本気で嫌になった。ただでさえ、ブリキ缶の蓋を何度も開けて、腕が死に掛けたというのに。また腕を使う作業をしなければならないのか。そんな気分になる。
「あっ」
六〇個目の据え置き型照明を解体しようとしたとき、隣から声が聞こえた。
「何か見付かったのか?」
「ケースに入ったSDカードが、あった」
「本当だ……」
「これも確認しよう、当たりなら、何か得られるものがあるかも」
パソコンを使って、SDカードに保存されているデータを確認する。
「これ……」
「もしかしたら──」
俺達の考えていることは同じだった。
あることを確認すると──俺達はある人物のところまで走った。
「どうやら証拠が手に入ったみたいですわ」
「証拠?」
「貴方の殺人の証拠──です」
俺達の姿を認めると、サタナは
「姉さんの仕業?」
出雲は冷静に問い掛けて来る。答えてやる義理はないので、俺は何も答えなかったが、奴にとってはそれで充分だったらしく、「あーぁ」と、心底がっかりしたように、天から地に叩き付けられたような落胆を示す。
「姉さんに負けたんだ。また勝てなかったんだ。いつもいつもあの人は
などと独り言を呟いたかと思えば、繕った笑みを浮かべ、「では、それらしく幕を下ろしましょうか」と、言い放つ。
「
「許せなかった?」
「劣生より
そこまで言うと式葉を見遣る。
「そちらの女の子を殺す前に、バレてしまって残念です」
「ッ!!」
因幡が一歩踏み出したのと同時と言っても過言ではないタイミングで──俺も動き出した。
奴に手首を掴み、後は押さえ込むだけ──と、なったのだが、俺は押さえ込むという行動に移ることが出来なかった。
俺が掴んだと思った手首は──奴の手首ではなく、サタナの手首だったからだ。
「は?」
訳も分からず困惑した。
位置的に、誤ってサタナの手首を掴むということはない筈だ。
しかし、現に彼女の手首を掴んでいる。
二人して戸惑っていると、「変わり身の術?」と、少し離れた位置から式葉が言った。
「そうとしか思えない状態ですわね」
「ああ……まさに、そんな感じだ」
本当にしっくり来る表現であった。
今起きた出来事を名状するなら、サタナと出雲の位置が一瞬にして入れ替わり、それから煙のように姿を消した──だ。
ここからは後日談になってしまうが、浮舟因幡は子供と共に失踪したらしく、行方が分からないらしい。
会社の方も畳めるようにしていたお陰で、なんとかなっているそうだ。手続きしているのは社長である出雲ではなく、その他責任者だが。
その当たりの処理や対応は俺の仕事ではないため、詳しいことは知らない。事情聴取はされたりしたので、概要程度は知っている。
正直、あんな奴が野放しになっているのかと思うと、内心
俺達と関わることさえなければそれで良いの領域に入っている。
出雲のことは置いておくおこう。
これ以上語れることはないからな。
式葉のお陰で見付けることが出来たUSBメモリとSDカードについてなのだが、結論だけ述べると、あれはレヴェイユ雑技団が管理することになった。
出雲の殺人の証拠であるSDカード。あれは管理する前に、開発部が中身を閲覧するようだ。
あのSDカードは、隠しカメラの映像を確認する方法が書かれているファイルと、とあるURLと、どこかで使うであろうIDとパスワードが書かれているファイルがある。
式葉が自分のスマホを使い、直接URLを入力して、あるサイトを開き、サイトにIDとパスワードを入力したところ──隠しカメラの映像を確認することが出来た。
アドラシオンが殺された現場にも隠しカメラがあったらしく、彼女が殺される瞬間がしっくりと映像という形で残っていたのである。
殺され方は、微妙に違うところはあれど、大体は式葉が予想していた通りだった。
「あんなのでも因幡の妹ということなのでしょうね。全くと言っていいほど行方が分かりません。動向が全く掴めないのです」
「そうですか……」
「彼女、あの女の娘よりあの女に似ていませんが──紛い物程度にはなれそうだっただけに、本当に残念です」
紛い物程度にはなれそうだった──って、かなり失礼なことを言っているな。あの女に配慮する必要性はないだろうが……あの女が拗らせている理由の一片が、分かったような気がする。
「そんなことするぐらいなら、別の方法でどうにかした方がまだ健全じゃない? 健全だし、そっちの方が建設的だと思うんだけど」
「式葉──貴方は、因幡の信者がどれだけ面倒臭いか知らないから、そのようなことを言えるのですわ」
「そんなことをしないといけない時点で、色々間違えていると思うんだよね」
これに関しては同意する。
俺もそう思う。
だが、組織というのは大きくなり過ぎると、間違っている状態であっても突き進まなければならないという側面があり──レヴェイユ雑技団がレヴェイユ雑技団として存在し続けている以上、これはどうにかすることが出来ないだろう。
記憶を失っているだけで、式葉もレヴェイユ雑技団の犠牲者であるというのに。
そのことを本人が思い出したらどうなってしまうのだろう。
今みたいに、何も知らないまま、過ごしている方がまだ幸せでいられるのではないだろうか。
仕事を続けていく内に、記憶を失う前と同じぐらい精神が削られるとしても──。
「トカドール? 考えごと?」
「まあ、少し」
「色々あったからね」
このまま一生、何も思い出さずに、何も分からないまま、叶うことなら幸せに生きてくれないだろうか。
無理な望みだろうが、心の中でそう思った。
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