第ニ幕【阿爺下頷】②

 ある場所移動すると、式葉しきはは隅の方に隠されていた物を手に取り、それを俺に見せて来た。


 ──小型カメラだ。


 カメラから直接映像を見るタイプではなく、カメラの映像をどこかに送って見るタイプというのは、すぐに分かった。


 過去に似た物を見ていたからだろう


「これが、アドラシオンさんの死体がある部屋にあったら、手掛かりが写っているかもしれないよね?」


「管理会社が設置した物じゃないか? つまり、あの女の会社が設置した物なんじゃないか?」


「違うと思う……」


「どうしてそう思うんだ?」


「だって……誰かを殺すなら、カメラなんて置いて置かないでしょ? 私達が来ることは事前に分かっているんだから、回収しておけばいいじゃない」


「計画的犯行ならそうなのかもしれないけど、計画的犯行じゃなかったら別だろ」


「……あ、そっか──あ、いや」


「どうした?」


「…………あんまり聞きたくないけど、アドラシオンさんのご遺体って、どんな状態だったの?」


 詳しく話すと、式葉のメンタルが削れかねない。下手すると吐く。精神鈍化剤はあるが、あまり多用するのは良くない。耐性が出来るし、何より体に悪い。


 端的に状況を説明する。


 何やら考え込んだ式葉は、「憶測になっちゃうんだけど」と、前置きしてからこう言った。


「首が綺麗な状態で、窒息死って……事前に何か道具を用意してない限り無理じゃない? クッションを顔に押し当てたとかかもしれないけど……そしたらアドラシオンは抵抗しようとして、暴れるでしょ? トカドールが今話してくれた通りなら、もっと酷い状態になっていると思う。手を縛ったりしているのなら、手首、傷が付くんじゃないかな?」


「上手いこと手足を押さえ付けたりしたら、別だろうが……」


「例えば、電気とか使ったら……どうかな?」


「電気?」


 何故電気?


横隔膜おうかくまく……電気を流すと息出来なくなるんだって。何かで見た。これだけだだと、凄く根拠薄いけど……」


「横隔膜」


 横隔膜という単語を式葉が知っていることに驚いたが、電気を流すと息が出来なくなるという知識を持っていることにも驚いた。


 何かで見たってことは、本とか、テレビとかで知ったのだろう。印象的だったから、覚えているのかもしれない。


「なあ──」


 続きの言葉を発しようとしたタイミングで、足音が聞こえ、俺は口を閉じる。老朽化しているだけあって、よく足音が響く。


 相手がサタナではないと分かる。


 彼女が履いている靴から鳴ることはない足音だから、だ。


「すみません。話が長くなってしまって。娘のことで少々話し込んでしまいました」


 戻って来た出雲いずもは、少し申し訳なさそうな雰囲気をまとっていた。そんなに時間が経過していたのかと、腕時計で時間を確認したところ、思っていたより時間が経っていたようだ。


 待たせている相手に対し、申し訳ないという気持ちになる程度の時間が経過していた。


「娘?」


 きょとんと、式葉は首を傾げていた。子供いそうに見えないから、首を傾げるのも分かる。俺も「え、子供いたのか?」と思ったから。


「ええ。娘が一人おりまして」


「随分と話し込まれていたみたいですが……娘さんに何かあったのですか?」


 俺の問いに、「はい」と、肯定する。


「少々トラブルがあったみたいです。同級生に服装のことであれこれ言われたみたいで、それがトラブルに繋がったみたいです。普通に制服を着ているだけなのですけどね……。スカート丈を短くしたりとかもしていないですし」


 疲れた様子の彼女を見るに、どうもこういうことは初めてではないらしい。子供なんて多かれ少なかれトラブルを起こすものだろうが、当事者になるとそう簡単に割り切ることが出来ないのだろう。


 ありふれた表現だが、子育てというのはやはり大変なんだな。


「まあ一五歳ぐらいの子なんて、理屈と膏薬なんこうはどこへでも付くという言葉を地で行ったりしていますし、言い合っている内にヒートアップしただけらしいので、時間が経過すればどちらも落ち着くと思うのですが……」


 一五歳──斬緒の一つ下。


 子供の年齢を聞き、改めて目の前の人物の姿を見る。


 一五歳の子供がいるにしては、かなり若い。三〇前半ぐらいだと思っていたが、見た目が若いだけで実はそれなりの年齢なのかもしれない。


 本当に見た目通りの年齢で、若くして子供を産んでいる可能性もあるが。


「あくまでもこんなことがあったという報告と、お子さんと話して下さいといった内容でして──ああ、すみません。愚痴みたいなことを言ってしまって」


 ついさっきまでの棘のある態度が霧散したのかと思うぐらい、しおらしく謝罪して来る。


「気にしておりませんので。それよりも大丈夫なのですか? ここにいて」


 態度が変わり過ぎて気持ち悪いなと思うが、俺も一応大人なので、口にはしなかった。


「学校まで来て欲しいと言われませんので……暴力沙汰とかでなく、口論がヒートアップしただけですから」


 と、言うと、「姉さんの件ですが」と、言ってくる。


「何時まで城の中を探しますか? ここは古くに建てられた城なので……一応観光客を呼んでいた時期がありますし、定期的に業者が来ますから、据え置き型の照明はありますけど、基本的に、遅い時間帯まで人が来ることは想定していませんので、日が完全に沈む時間帯に歩き回ることは正直オススメ出来ません」


「流石にそこまで遅い時間帯までいません。他の業務もありますから。日が沈む頃には帰る予定です」


「そうして下さい。ほら、ここ、ご存知でしょうが、老朽化していますから。床が抜けそうとか、そういうことはないのですが、観光客を呼べるほど安全が高いと言えない状態ではあるので。やはり会社としては、安全面を考えると、そこまで残られると困ってしまいます。何かあったら、多少なりともこちらに責任が生じてしまいますから」


 アドラシオンを殺しておいて何言っているんだコイツ? まだ確定ではないが、ほぼ確定なのだろう。


「……少し話は逸れますが、何故姉さんはここを選んだのでしょう」


「人の出入りが多くなくて、広くて、物を隠せる場所が沢山あるから、とかなんじゃないの?」


 とか、適当にそれっぽいことを言う式葉は、さり気なく彼女から距離を取っていた。


「あの姉が、浮舟うきふね因幡が、そんなまともな理由でこの場所を選ぶ筈ありませんわ。なんとなくと言われた方が納得出来てしまいます。だって彼女は堅実の真逆を行く、ミス・アンタッチャブルと呼ばれた女ですから」


 触れてはいけない女ミス・アンタッチャブル

 触るな危険ということか。


「ええっと……出雲さん」


「なんですか?」


「こんな物があったんだけど、これについて何か知らない?」


 そう言いながら、式葉は小型のカメラを出雲に見せる。


 カメラの映像をどこかに送って見るタイプだから、普通に見せることが出来たのだろう。


「ウチで設置している物ではありません」


 表情こそどうにか取り繕っていたが、声に僅かながら動揺が現れていた。


「もしかしたら姉さんが設置したのかも。きっとそうよ、そうだわ、絶対にそう……。じゃないと今の今まで私が見付けることが出来なかった理由が説明出来ない」


 途中からは独り言を呟くような声だった。暫くの間、ブツブツ呟き、俺達は少しずつ少しずつ、出雲から距離を取った。その姿が完全にイッている人間のソレだったからだ。


 後数歩で部屋から出られると言ったところで、勢い良くこちらの方を振り向き──カッと大きく目を見開く。


「なんで見付けることが出来たの?」


 俺──ではなく、俺の後ろにいる式葉の方に視線を向けている。


 俺の存在なんか忘れているかのように、式葉に詰問する。


「どうしてお前が、私でも見付けられなかった物を見付けることが出来たの?」


「どうしてって……」


「どうして? どうして? どうして? 劣生ぼくより姉さんに近いの? 劣生ぼくより姉さんに近いのなんて──姉さんの娘ぐらいじゃない。斬緒きりおぐらいじゃない。あの子ぐらいの筈だわ。それなのに、どうして赤の他人であるお前が、劣生ぼくより姉さんの近いのよ。ねえどうして? どうして? どうして? なんで? 城の外もそれなりに探したのですよ? 隅から隅まで、草木を掻き分けて、土を掘り返して、もうこれでもかってほど探したんですから。一回や二回じゃありません。両手で数えることが出来ないほど、繰り返し繰り返し、手を変え品を変え、何度も探しました。それでも見付からなかったのです。それなのにどうしてお前が──」


 虚ろな瞳を向けながら、じわじわと距離を詰めて来ようとしたので──本能的に危機を感じ取った俺は、「おい」と、大きめな声を発し、式葉を庇うように一歩前に出た。


 今にも掴み掛かりかねない──なんて生易しいものではなく、式葉を殺しかねない様子だったのだ。


「お前の事情は知らないが、そんな風に誰かさんに詰め寄って良い理由にはならないだろう。いい歳した大人なんだから、冷静になってくれ」


 いい歳と言ったが、俺はコイツが何歳なのか知らない。一五の子供がいるのだし、見た目的にも俺よりずっと歳上であることは間違いない。


「…………」


 俺が言葉を発すると、ピタッと動きが止まり、大体一〇数秒ほど固まる。


「失礼しました。取り乱してしまいました。申し訳ありません」


 かと思えば、すぐに元通りになり、上っ面の謝罪を口にした。


「……ああ、うん」


 あまりの変わりように、ドン引きし、驚愕し、困惑した式葉は、生返事に近い反応を返した。


「私は仕事に戻るから……まあ、ええっと……うん、じゃあ」


 じゃあと言い切る前に、半ば強引に、俺を連れて、出雲から離れる式葉。正しい判断だ。どんな言葉が原因で、またあのように暴走するのか分からない。離れるが吉だろう。


「なあ、式葉」


「何?」


「さっきの……大丈夫だったか?」


「大丈夫ではないけど、なんとか……」


「そうか」


 恐怖ではなく、当惑という表現が似合う表情をしており、俺が杞憂していたような状態にはなっていない。少しだけ安堵した。


「あのカメラがあの人の物じゃないって分かったし、あの人のことは一旦置いておくとして……」


「置いておいていいのか?」


 そう簡単に置いておけるものではないだろう。あれ、床が抜けそうなぐらいに重いことだと思うのだが。置いておくには、ちょっと抵抗がある重さだと思うのだが。きっと今頃ミシミシ言っているぞ。


 そんな俺を無視して、「任務についてなんだけど」と、式葉は続ける。


「ああ」


「『隅から隅まで、草木を掻き分けて、土を掘り返して、もうこれでもかってほど探したんですから』──って、あの人言っていたじゃん?」


「ああ」


「池どうなのかな?」


「池?」


「草木は掻き分けたんだろうし、土は掘り返したんだろうけど、水はどうなんだろうね?」


 池。

 池──池と表されている場所だが、そこなりに広さと深さがあり、あくまでも印象的な話になってしまうが、どちらかと言えば湖に近い。


「見た目より深いね」


 池の前まで移動した式葉は、靴と靴下を脱ぐ。服の袖や裾を限界まで捲った式葉は、躊躇ちゅうちょすることなく池に入った。俺だけ池に入らないのも気不味いので、俺も池に入った。勿論、靴や靴下を脱ぎ捨て、服の袖や裾を限界まで捲ってから。


 身長一八二センチの俺はともかく、身長が一六二センチしかない式葉は、俺ほど足が長くないため、服が濡れてしまった。


 俺も服が濡れたが、下だけ着替えれば問題ない俺と違い、式葉は上から下まで着替える必要があるだろう。


 車に着替えがあるから、入っていくことが出来たのだろうが、それにしたって、躊躇ためらいがなさ過ぎるだろう。


 池基準で見れば綺麗だが、プールより綺麗ではない。


 少なくとも服のまま入ろうと、即座に決断出来る人間はいないだろう。


 しかも、平気で潜るし……凄いな。


 流石の俺も、式葉が溺れたりしない限りは、潜りたくはない。


「トカドール」


 潜っていた式葉が浮上すると、開口一番、俺の名前を呼ぶ。


「一箇所、違和感があるところ、見付けた。そこだけ、他と触感? が違うんだよね。目で確認することは出来ないけど……ゴーグルが欲しくなってきた」


「まさか、本当に、池に何かあるのか?」


「みたい」


「マジか……」


「もう一回潜ってくる」


 こちらが止める間もなく、本当にもう一回潜った。プールより遥かに不衛生な池に。


 髪と服、靴は水を吸っているから、相当重たくなっている筈なんだが。普通に泳いでいるな。水泳は得意なのか。得意と言っても、一般人レベルだが。知らなかった。今まで泳ぐ機会とかなかったからな……。


 てか、良く息が続くな。

 俺は一分くらいしか持たないのに。


 大体五分くらい経過した頃だろうか。


 浮上してきた式葉は、「あった。あった」と、ブリキ缶を掲げる。異常なほど密閉のための施策が施されていると分かるブリキ缶。


「池から出て中身確認してみない?」


「とりあえず、その前に、着替えよう」

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