第四幕【光芒傀儡】③
長くなりそうだったので、ドーチャに一言断ってから、リアンとシェーレを、私の部屋のベッドに寝かせた。
同じベッドで一緒に寝るなんて嫌だと思うかもしれないけど、ドーチャのベッドを勝手に使う訳にはいかないので、我慢して貰うしかない。
二人共比較的小柄だから、体がはみ出るなんてことはなかった。
シングルベッドに三人が寝るのは、流石にキツイ。
私はドーチャのベッドを使わせて貰おう。あのベッド、二人で寝ようと思えば寝れるだろうし。相手がドーチャなら、私はそこまで気にならないし。ドーチャも私相手なら気にしないでしょ。
「レーヴェン・トリーストという方が、昔あの研究所にいたのですが、その方とフィセルさんはとても仲が良かったそうです」
部屋から戻って来た私が、椅子に座ったのを確認すると、ドーチャは続きを出す。
「テクストブーフとリアンが言っていた、私に似ている死んだ仲間って、その人のこと?」
「その通り」
空になったカップに紅茶を注ぎながら、ドーチャは続ける。
「外見に関しては、似ている要素がないとは言いませんが、そこまで似ていません。フィセルさんがどう思っているのか分かりませんが、僕はそう思います。ですが、中身に関してはかなりお前と似ているところがありましたよ──中身が原因で亡くなられた方なので、フィセルさんは嫌でもお前のことを守ると思ったから、死なないと言いました」
一体どんな死に方をしたんだ、その人。
自分と中身が似ている人間が、中身が原因で死んだというのは、なんか思うところがある。
私も同じような死に方をするのかなとか、そんなことを思ってしまう。
似た性格だからと言って、同じような死に方をするとは限らないと言われたらその通りだし、それはそうなんだけど、全くそういったことを考えないでいられるほど鈍感でいられないぐらい、死が身近にあるせいで、あれこれいらぬことを考えてしまった。
「現に、貴方は彼に殺さなかったでしょう? 本当に殺す気でいるなら、シックザールさんがいたとしても、死んでいたと思いますよ」
ドーチャの言っていることが、本当なのだとしたら──一体、フィセルはどんな気持ちで、私と話していたのか、考えるだけで頭が痛くなってきた。
「根本的に、彼は、自分を含めて人間のことを信じることが出来ないのです。だというのに、他人を利用するのではなく、頼ろうとする──そんな人だから、こんな中途半端な計画を立てて、中途半端な結末を迎えた訳ですが……人というのは、本当に愚かですね」
利用ではなく、頼る。
利用すると割り切れるドーチャと違って、リアンは割り切れなかった。
結局、リアンはどうしたら良かったんだろう。
後からならどうとでも言えるけど、今何かを言ったところで、後の祭りでしかないんだろうけど──どうしても考えずにいられない。
「どうしたら良かった? そうですね、僕個人の意見になってしまいますが、中途半端にならなければ、どうとてもでもなったと思いますよ」
人の心を読むな。
私の心を読むな。
読心術でも使っているのかよ。
昔、「心を読むことは出来ませんが、相手にそう思わせることは出来ます」と、言っていたし、読心術に近いことは出来るんだろうけど、考え筒抜けみたいでちょっと怖いな。
「少しだけ彼のことを擁護しますと、このように中途半端な結末になったのは、
「私?」
いや、まあ、リアンにとって、私はイレギュラーな存在だから、私が原因になっている部分はあるだろうけど、そういう言い方をされるのはちょっとモヤモヤする。
「お前を送り込まれたことは、彼が言っていた通り予想外のことだったのだと思います。自分の死んだ仲間に似ている相手がいるからこそ、彼の中途半端で杜撰だった計画は──更に中途半端で杜撰なものになった」
中途半端で
あくまでも、
理由はなくて、ただの勘だけど。
「全部壊して出て行きたかったんだろうけど、それにしてはちょっと違和感があるっていうか……最終的に、リアンは、どうしたかったんだろう」
「どうしたかったのか、フィセルさん本人ですら分かっていないんだと思いますよ。自分の気持ちをそれらしい言葉で説明して、そう思っている気になっているだけなのでしょう」
様々な理由が複雑に絡み合い、このような出来事が起きたんだろうけど──こんなことをした一番の理由は、やっぱりアレなのかな。
「レーヴェンって人が死んだから、こんなことをしたのかな?」
レーヴェン・トリースト──テクストブーフ曰く、リアンと
「一番の原因ではあるのでしょうが──彼自身、限界だったのだと思いますよ」
「研究所での扱いに耐え切れなくなった、ってこと?」
「ええ。体を弄り回された挙句、消耗品として利用されることに、彼は耐え切れなくなったのでしょう」
精神的常人なら、絶対に耐えられない環境ではある。
身体を改造され、消耗品としての利用され、好いていた仲間が死んだことが、複雑な原因の中に含まれていることだけは──断定してもよさそうだ。
これだけでも充分な理由なんだろうけど、多分それだけじゃないんだろうな。多分だけど、なんとなく、そう思う。
「案外彼は、好きな相手に似ている斬緒の手で、人生の幕を下ろして欲しいとか──独善的でロマンチックな願望を抱いていたのかもしれません」
そんな願望を抱いているかどうかはともかくとして、独善的は同意出来るけど、ロマンチックは同意出来ない。それ、どこがロマンチックなの? 全然ロマンチックじゃないよ。
「己を殺す存在だけは選びたかったのかもしれませんよ。今の今まで自由に選ぶということが出来なかったから、己を殺す存在だけは選びたかった──というのは、あり得ない話ではないと思いませんか」
研究所から出て行きたいと思っていたけど、心のどこかでそんなことは無理だったと思っていて──だから、人生の幕引きだけは選びたかったのかな?
「本人はああ言っていましたけど、隠し通すつもりもなければ、生き残るつもりもなかったのかもしれません」
露見前提の騙し。
研究所を壊すという目的が達成されれば、いつ露見しても良かったのかもしれない。
勿論露見しないで欲しいという思いはあったのだろうし、露見しなかったら、何も知らない振りをして、普通に研究所から出て行ったのかもしれない──結局のところ、彼がどうしたいのか、判然としない、という結論しか出なかった。
「利用されたこともそうですが、しっかり危害を加えられたのに、よく連れて来ましたね、彼を」
「同じようなこと──いや、リアンがしたことよりも、一〇〇倍
「僕と斬緒、斬緒と彼では、関係性が違うでしょう? 一緒にしないで下さい」
「まあ、そうだけどさ……」
なんか胃の腑に落ちない。
言いたいことは分かるんだけど……。
「それで、どうして彼のことを連れて来たのですか? シックザールさんは貴方のことを助けてくれましたが、彼は違いますよね?」
「……ちょっと、何もこんな終わり方をしなくてもいいんじゃないかと思っただけで。半分くらい衝動、後半分くらいは同情。褒められた行為じゃないし、ドーチャに迷惑を掛けているし、どんな
「そんなことしませんよ。折檻なんて今の今まで一度としてしたことがないのに。どうしてそんなことを言うのですか。お説教はしますけど」
説教はするのか。
折檻されないだけマシか。
今からお説教されるのかと思うと、気が滅入るけど……。
勝手なことをしたのは私だから、仕方がない。自業自得だ。素直に受け入れよう。
「流石に今日はしませんよ。疲労
「えぇ、シャワー……? あの、それ、明日じゃ駄目?」
ぶっちゃけると今すぐ寝たい。床で寝ることになっても構わないから、今すぐ寝たい。眠くて眠くて仕方がないんだ……。
「不衛生です。やめて下さい」
「分かったよ。ちゃんとシャワー浴びてくるよ」
「そうしなさい」
考えれば考えるほど、憶測を重ねれば重ねるほど、出口から遠ざかっていく感覚がして、リアンの気持ちが微塵も分からなかったな──私は身近な人間の気持ちですら良く分からないんだから、身近な存在じゃないリアンの気持ちなんて、分からなくて当然なのかもしれないけど。
「シャワーを浴びる前に、もい少しだけ僕のお喋りに付き合って下さい」
「何? まだあるの?」
「ありますよ」
終わったからシャワー浴びろと言った訳じゃないのね。
「彼は変われませんよ」
彼──リアン・フィセル。
「彼女も変われません」
彼女──シェーレ・シックザール。
「純粋と形容することが出来るほど、染み付いてしまっているのですよ、彼らは」
ドーチャはゆっくり語り出す。
「処世術であり、生き方であり、条件反射でもあるのです──だから、お前のことを殺さないと、断言することは出来ず、殺意を仕舞うことが出来なかったのですよ」
それが当たり前で日常で普通で普遍で平常運転──一般的なものが、彼らには全て非日常に該当し、それに適応することが出来ないということが言いたいのだろうか。
「敵は排除せずにいられない、邪魔な存在を殺さずにいられない、彼はそういう人間ですよ」
断言するように、ドーチャは言う。
「そんな人間と一緒にいたら、どうなるのか分かりませんよ」
「いつか殺されるってこと?」
直接的に殺されることはなくても、間接的に殺される可能性はあるかもしれない。
ドーチャの言っていることが本当ならば、だけど。
「フィセルさんは自分で自分をコントロールすることが出来ません。外付けコントローラーでどうにかなるシックザールさんと違い、彼は誰のコントロールも受け付けません。支配されることはあっても、操作されることはありません」
「
「制御出来ているなら、パグローム研究所内で、今回のような出来事が起きる筈がないでしょう? そういうことですよ。シックザールさんは、お前が手綱を離さない限り、表面上どうにかなりますが──フィセルさんはどうにもなりません」
ドーチャは断言する。
いつも通りの良く通るハキハキした声で。
するようにではなく、ハッキリと断言する。
「身の振り方を考えることも出来ず、誰かに考えて貰ったところでそれを実行することは出来ず、変わらないまま、いつか己で己を滅ぼすという、愚かな結末を迎えるのでしょう」
自滅。自殺。自害。このような単語が、脳裏に浮かぶ。
「一つ安心出来ることがあるとするなら、斬緒と共に滅びることはないということですね。彼ではお前を滅ぼせません」
「どうしてそう思うの?」
力量で言えば、リアンの方が遥かに上。比べることすら
「精神強度という点では、彼はお前より遥かに劣っています。だから、お前を傷付けることは出来ても、一生の傷になることは出来ず、まして、滅ぼすなど、絶対に不可能。お前を道連れにするには、彼の精神はあまりにも脆い」
その気になればという部分が、ネックなのか。表面上その気になった振りは出来ても、心の底からその気になるのが無理、ということなんだろうか。
「彼は変われませんよ」
ドーチャは言う。
「彼は変われませんよ」
ドーチャは同じ台詞を繰り返す。
「彼女も変われませんよ」
呪いを付与するように、ドーチャは囁く。
「二人が変わることなどあり得ません」
「そうかもしれないけど──」
私は言った。
「変われなかったとしても、駄目になるとは限らないじゃない」
「彼は駄目になりますよ──絶対」
ドーチャは、どう足掻いても変えることが出来ない決定事項を口にするように、言い放つ。
そこまで言うってことは、それなりに根拠があるんだろうけど、とてもじゃないが、素直に同意することは出来ない。首を縦に振れなかった。
「斬緒の性格を考えれば、このような事態になってしまう可能性は充分あり得たのに、全く考慮出来ていなかったのは僕の落ち度です」
いや、そんなことはないと思うけど。
「面倒は見てあげます。ただし、責任は取りません。いいですね?」
私は頷いた。
責任は取ると言われるより、遥かに信用出来る言葉だったから。
「最後に一つ確認させて下さい──斬緒、お前は二人のことを、目的のために利用しますか?」
「利用したくて連れて来た訳じゃないよ。そんなことしない。協力してくれたら嬉しいって気持ちはあるけど、協力して欲しいなんて言える立場じゃないから……」
「あれだけ強い決意をしている割りには、変なところで押しが弱いですね──四の五の言わずに利用してしまえば良いのに」
「出来る訳ないじゃん」
シェーレはどうなのか知らないけど、リアンはそういうのが嫌で研究所から逃げ出したかったんだから。
「手段を選ぶことは良いことですが、本当に達成した目的なら、私情を挟まない方が良いですよ」
「それは無理──この目的だって、私怨から来ているようなもんだし」
ドーチャみたいに、信念を持っている訳じゃないし、信仰している訳でもない。
ただの私情で、ただの私怨だ。
「目的以外に私情を挟むなということです──使えるものは、どのようなものであっても使うべきです。帯に短し
「うん、けど、私、リアンのことは、利用したくないな……」
いっぱい楽しいことをして生きて欲しい──これは私のエゴでしかないけど、心の底からそう思う。
「そういうところは似ていませんね。外見は親と似ているところがあるのに」
「そういうところは似なくて良かったと思っているよ──父にも、母にも」
「今のお前と掛け離れた存在になってしまいますからね、それでいいと思いますよ」
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