【短編】色のない世界と色のない男

Edy

お題『色』

 反政府武装組織の潜伏拠点へ踏み込み、リーダーを拘束する。それがジョンの所属する部隊が行う作戦だった。


 中東では珍しくない、岩と砂で一面茶色の集落。そこにある青く丸い屋根のモスクに標的がいる。


 隊員達はトラックの荷台に揺られ、黒いアサルトライフルを握りしめていた。


 やがてトラックは止まり、部隊長のハンドサインを合図に突入が始まる。それぞれツーマンセルで動き、ジョンも決められた役割を果たすべく駆けた。


 モスクの地下が武装組織の拠点だが、ほとんどが出払っていて手薄になっているはず。ジョンは相棒と共に、アリの巣の如く入り組んだ地下を進む。しかし手薄どころか、誰とも遭遇しなかった。


 相棒が目だし帽の下で青い瞳を揺らす。


「もぬけの殻かよ。一端、戻ったほうがいい。そもそもこの作戦って部隊長の独断じゃ――」


 命令に背く言葉をジョンはさえぎった。


「上官を疑うな」

「またかよ、ジョン。命令に従順なのは良いが、不安にならないのか? お前の意思はどこにある?」

「……兵隊が勝手に動く軍なんて狂気だろ」

「はっ! お前には自分の個性いろってもんがないな」


 ジョンは両親や教師の言葉を素直に受け止めて育ち、軍でも上官に逆らわずに生きてきた。それに疑問はない。なかった。銃弾を浴びせられるまでは。


 暗く狭い地下道に銃声がこだまする。それが止んだ時にはジョンと相棒は倒れていた。


 ジョンは痛む体に鞭打ち、顔を上げる。相棒はまだ生きている。震える手でアサルトライフルを拾うのが見えた。戦意を失わない相棒だったが、近づいてくる者に撃たれて命を散らした。


 ジョンは倒れたままハンドガンを抜き、襲撃者へ向ける。しかしトリガーを引けなかった。相棒を撃った男が上官である部隊長だったからだ。


 彼はジョンから銃を奪い、言った。


「ああ、ジョンだったか。みんなには悪いが寝返ることにしたよ。なにせ、報酬が破格だからな」


 祖国を金で売った上官は、ニヤリと嫌な笑みを作る。そして言葉を続けた。


「全員殺すつもりだったが、お前は生かしてもいい。命令に従順で意のままに動く兵士は貴重だ。これからも私の下で働く気はないか?」


 その提案をジョンは一蹴する。


「くそくらえだ」

「残念だが仕方がない。さよならだ、ジョン」


 ジョンは自分の銃で撃たれて死んだ。


 死んだはずだった。


 しかし彼は生き長らえている。ただし、そこは彼が生まれ育った世界とは文明も技術も異なる、剣と魔法の世界でだった。


 


 半年後、天を突くほど巨大な塔のバルコニーにジョンはいた。日の光を受け、精密に組み上げられた石柱へ背を預けて眠っている。安らかにとは言い難い顔をしているのは仮眠だからだ。


 そんなジョンの肩を、ローブ姿の女が揺すった。


「ジョン、そろそろ起きて」


 ジョンはゆっくりまぶたを上げる。


 嫌な過去を夢見ていたせいか、現状との乖離に戸惑いを覚える。


 身に纏っているのは鉄の鎧。抱えるように抱いているのは剣だ。ずいぶん使い込んできたが、未だ馴染んでいる気がしない。


 ジョンは立ち上がり、腰へ手を伸ばした。ホルスターからハンドガンを抜く。それが元の世界との唯一の繋がりだった。だからジョンは目覚めるたびに握り、自分が帰るべき世界を思いだす。


 そんな習慣を知っている女は、不思議そうな顔をした。


「それで頭を撃てば帰れるんだから、さっさとやればいいのに。冒険者なんかやりたくないでしょ」


 ジョンはハンドガンをホルスターに収め、剣を腰に下げる。


「もし帰れなかったら死ぬんだぞ。簡単に試せるわけないだろ」


 帰還するにはそうするしかない、と教えてくれたのは彼女だ。転移した時と同じ状況がトリガーになるらしい。だからといって試す気にはならない。それが魔法の理だと言われてもだ。いくら命令されたとしても自らを撃つ気はない。


 だからジョンはこの世界で生きる道を探した。そして彼女と同じ冒険者という生き方を選ぶ。簡単にいうと傭兵みたいなものだ。軍に所属していたジョンには合っている。


 ぼやくジョンを女は笑う。


「本当は私と離れたくないんでしょう?」

「そうじゃなくて、試すにはリスクがありすぎるって話なんだよ。そういうシンシアならできるのか?」


 女はうなずく。


「帰りたいならやるわ。もし失敗したら魔法で蘇生すればいいだけだし」

「こっちの世界の住人と違って、俺は死んだらそれまでなんだよ。精霊の加護がないから無理って聞いたぞ」

「そうよ。ジョンは死んだらそこで終わり。それなのに冒険者やるなんて変わってるわ」


 ジョンは答えない。元の世界で変わっているなんて言われた事など一度もなかったからだ。


 無個性でつまらないやつ。軍に入るために生まれてきた、とまで言われていた。


「自分の個性がない、か」


 そんな過去を思い出し、ジョンはポツリとこぼす。そしてシンシアはあきれた。


「話、聞いてないでしょ。逆よ、逆。ジョンみたいな人は今まで会った事がないわ」

「そりゃあ、育った世界が違うからだ。俺の世界じゃあ、つまらないやつなんだとよ」

「じゃあ、ずっとこっちにいればいいわ。私も退屈しないですむし」

「考えておくよ」


 ジョンは兜を被り、篭手をはめた。鎧の隙間から冷たい風が入り込んできて、首をめぐらす。バルコニーだけあって遠くまでよく見渡せた。そして、ここが自分の世界ではないと思い知らされる。


 石造りの城や、中世期を彷彿させる街が見えるからではない。雪を被る山々、どこまでも続いていそうな海。それらの全てが色を失っている。レトロムービーのような白と黒のモノクロだった。そのせいでひどく味気なく思える。


 ぼんやり外界を見下ろしているジョンに、シンシアが尋ねる。


「私の魔力は回復できたけど、どうする?」


 どうすると聞かれてジョンは思い出す。彼らは塔を攻略する冒険者だ。目的は財宝と資源。上層に行けばいくほど宝の質も、徘徊する怪物の強さも、上がる。


 とはいえ判断するのは自分の役割じゃないとジョンは首を振った。


「それを決めるのはシンシアだ。俺は従う」

「……いっつもそうだけど、ジョンって自分の意見を言わないよね」

「言わないんじゃなくて、ないんだよ。自分の個性いろが。この世界と一緒だ」


 ジョンは眼下に広がる世界に目を向けた。白と黒の濃淡だけで表されているが、色があればさぞ絶景だろう。


 それが悲観的に見えたのか、シンシアは口をとがらす。


「また、の話? それがあると、どんな風に見えるの?」

「色を知らない人には説明が難しいよ。ひとつ言えるのは、色があればこんなに単調でつまらい景色には見えないはずさ」

「そう? ちゃんと見てよ。明るいところもあれば暗いところもある。十分、きれいだと思うわ。ジョンだっとそうよ。何も考えてないわけじゃない。見ていたらわかるわ」


 明るく話すシンシアが、ジョンにはとても眩しく思えた。


「……しかし、ずっと言われ続けてきたんだぞ。お前には個性がないって」

「きっとジョンの世界は色があるせいでチカチカしてるのよ。だから気づかれないんだわ」

「そうだといいな」

「そうよ。きっと」


 そんなシンシアの笑顔のおかげで、ジョンの心は軽くなる。そのせいか単色の世界が少しだけ色づいた気がした。


「……なあ、どうするか俺が決めてもいいか?」

「もちろん」

「今日のところは街に戻ろう。なんだか飲みたい気分なんだ。付き合ってくれないか? できれば、飲みだけでなく、これから先もずっと」


 生まれて初めてジョンは自分から誘う。それは勇気のいることだった。それにシンシアは困り顔で答える。


「そ、そんな風に誘われると断れないじゃない」


 その頬はきっと赤らんでいるだろう。ジョンにはそう思えた。

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