第3夜 迫り来る拳、止めし手の主は

 それは駅へと向かう途中のことだった。私より幾つか若そうな、と言うか未成年っぽい女の子が数人の男に絡まれているのを見てしまったのだ。

 正直、私が止めに入るのは気が引けた。周りには男の人もいたし交番もそこまで遠くないはずだから。でも、女の子は今にも泣きそうになっていた。

 これは自分でも厄介な性質だと思うのだけど泣いている子を見ると見過ごせなくなってしまうのだ。

 だから私は迂闊にもその男たちと女の子の間に割って入ってしまった。


「あの!この子泣きそうじゃないですか。そうなるまでしつこく大の大人が数人で若い女の子に迫るのすごくだっっさいですから!」


 男たちは一瞬呆気に取られた様だった。この繁華街ではナンパなんて日常茶飯事だろうし誰も割って入ると思わなかったのだろう。

 ただ現状を理解する十分な時間が経った頃には男たちの顔は怒りに染まっていた。


「んん?なんすかお姉さん。俺たち別にこの子にちょっと道を聞いてただけなんすけど?」


 そうだよな?とリーダー格の漢が周りに聞くとヘラヘラと笑いながらそれに周りは同調する。


「あのですね!普通に道聞いてただけで何でこの子は泣いてるんですか!?それにさっきこの子の手を思いっきり掴んでたじゃないですか!」


 女の子の方を見ると未だ恐怖でか涙を流していた。ただ私が助けに入ったからか少し安心している様で男たちにバレない様にスマホを取り出していた。

 警察を呼んでくれるのだろう、それまではどうにかしてこの場をやり過ごさないと。


「ちっ、はぁめんどくせぇな。おいアマてめぇそれ以上俺らの邪魔すんなよ?女でも俺は殴れるからな」


 そう言って男は私の頰を叩いた。ビルの窓に反射して映る私の右頬は赤くなっていた。

 私が引かないと悟るとすぐに脅しか。本当に程度が知れる。

 そんなことを思っていたのが目に出ていたのかもしれない、男の顔は分かりやすいほどに怒りで赤くなっていた。


「っくそバカにしてんだろ!ボコしてテメェがぶち込まれてるところネットにばら撒いてやるよッ!!」


 男が拳を振りかぶる。私は次に来るであろう衝撃に備えキュッと目を瞑った。

 しかし、振り上げられた拳が私を打つことはなかった。

 恐る恐る目を開けると拳は私に当たるすんでの所で横から入って来た手に受け止められていた。その手の主は。


「先輩っ!」

「はぁ、ったくお前はいつも無茶を。助けるにしても周りの協力を得るとかあったろうが」


 男の拳を受け止めたのは先輩だった。店から走って来たのか所々メイクが落ち可愛いドレスも肌に張り付いている。


「っんだよお前。はぁ?てか男?お前オカマかよキッショくわりぃ。さっさとこの手離せやボケ」


 男の物言いにイラッとしたが、当の先輩は言われ慣れたとでもいう風に軽く受け流していた。でもその優しそうな笑顔からは確かな怒気を感じる。


「お前さ、たしか龍牙さんのとこのガキだろ?さっき撮ったこれネットに出回ったらどうなるだろうなぁ?」

「っ、テメェ店長の知り合いかよ!クソが、引いてやっから離せよこの手…」


 龍牙、その名前は確かこの繁華街の中で一二を争うホストクラブの店長の源氏名だったはず。そうかこの男たちはホストクラブの従業員か。


「ん、さっさと離せや。引くっつってんだろうが!」

「いや、お前にはまだ用事がある。他の奴らは散っていいぞ」


 先輩にそう言われるとリーダー格以外の男たちは足早に何処かへと去って行った。

 そしてこの場には腕を掴まれた状態のリーダー格だけが1人残されていた。


「おい、ガキ。お前この人のこと殴ったろ?」


 先輩が私の方を指してそういう。その口調からは隠せぬ怒りが滲み出ていた。


「は?いやそれはそいつが無駄に邪魔しやが」


 全てを言い切る前に男の顔面には先輩の拳が沈み込んでいた。その瞬間に手は離され、男は軽く宙に浮き地面へと倒れる。


「人の女に手ぇあげてタダで帰れるわけねえだろうがバカがッッ!!!」


 ノロノロと起き上がった男は先輩の怒号にビクッとすると急いで逃げて行った。

 先輩って強かったんだ。いや、そんなことよりさっき…


「あの、えと先輩。人の女ってのはえと、あ、あはは、言葉の綾って奴ですよね!?」


 少しパニックになって言葉がうまく出ない。こんな事を言うとあれだが殴られておいて良かった。だってドキドキして頬が赤くなっているのがバレないから。

 気まずさを誤魔化す様に笑う私に対して先輩はとても真剣な顔をしていた。その横顔に私またしてもドキッとしていた。


「違う。俺はお前のことが本気で大事なんだ。…まぁ、好きとも思ってる」


 …

 ……うそ。


「あの何だ。だから付き合えたら嬉しい、んだが」


 上目遣い気味にそう言う先輩は本当に可愛くて、普段はかっこいいのに。それはもう、ズルじゃないか。

 だから、私は。


「えっ」


 不安げな先輩の頬に軽く唇を触れさせる。


「これが私の気持ちです。言葉にしなきゃ、ダメですか?」


 先輩は目を白黒させていたがすぐに満面の笑みになった。今日はほんとに先輩の色んな面をよく見る。

 くるっと身を反転させ駅へと向かおうとした私の手が不意に引かれる。

 そしてぐっと私の体を引き寄せて先輩は私に口づけをした。


「お前が好きだ。これからもずっと一緒に居させてくれ」

「…はい」


 転職はしたいですけどね、と言うと先輩は少女の様に笑った。

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アレキサンドライトの靴~何で女装バーに先輩が!?~ 負雷パン @heytakusea

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