第2夜 なんでまた来てるんだよ!!

 あの後、固まってしまった私と先輩だったが私より先に復帰した先輩に引っ張られて店から連れ出されていた。

 少し薄暗い路地裏でマジマジと見た女装姿の先輩はとても綺麗でそれこそお伽話のお姫様の様だった。


「せ、せんぱい?」


 壁に無言で手をつく先輩に私は少し緊張していた。いわゆる壁ドンの態勢になっているのもそうだが別人のような先輩にドキドキきていたと言ってもいい。ただ異性に対して感じる様なものじゃなく美しい同性を見た時に感じるあれだ。


「…なんであんな所にいたんだ?」


 やっと絞りだした先輩の第一声はそれだった。軽くパニックになっているのだと思う。他にも疑問が尽きないと言う様な顔だった。


「わ、私はコンセプトバー巡りが趣味なので、でも先輩に話したことあると思うんですけど…」

「っ、確かに。聞いた覚えがあるわ」


 はぁ、とため息をついた先輩は本当に女の子の様にしか見えなかった。でもなんで女装バーで働いていたのだろう、それにうちの会社は副業禁止だったと思うけど。


「先輩、あの」

「じゃあ、俺戻るから。今日のことは忘れてくれ、頼む」


 依然疑問は尽きなかったけど先輩の真摯な目にそれ以上追求する気が引けた。だから私ももう今日は帰ろうしたその時、先輩が私の手をぐっと引いた。そしてバランスを崩した私を受け止める様に背中に手を回してきた。


「なっ、なん、なにを!?」


 近づいたことで先輩の香りまで感じて、それが女の私より女の子らしい甘い匂いで何だかドキッとしてしまっていた。


「一つ、言い忘れていた。今回のことは頼むから職場の人には内密に頼む」


 そう耳打ちをすると先輩は急いでますバーに向かって走って行った。

 取り残された私は少し上の空のままふらふらと家へと帰った。なんだか顔が妙に熱い気がしたが多分気のせいだと思う。

 

そして次の日の夜。


「んっで昨日の今日でまた来てんだよっ!!」


 またしても私は女装バーに来ていた。先輩は今日もシフトに入っていたらしい、私が入店すると三度見はして来た。


「昨日は先輩のせいでこの店にちゃんと来れませんでしたから。仕方ないじゃないですか」

「っとはいえ普通来るか?会社の先輩が女装して働いてるとこによぉ」


 来たかったのだから仕方ない、だけど先輩の気持ちもわかる。本音を言うと先輩の話を聞きたかったのだ。先輩後輩でありながら友人の様な先輩が私にまで隠してここで働いている理由を。


「はぁ、ほら席つけよ。なんか入れてやるから」

「えっ、先輩バーテンもやってるんですか!?」


 てっきりただのスタッフだと思っていたのだけど思ったよりしっかりと働いている様だ。もはやこちらが本業では?

 何か入れてやると言われたが私はあまりカクテルに詳しくないのでお任せで頼んだ。すると先輩は透明なお酒なパールオニオンの入ったカクテルを出してくれた。これは有名だから私も知っている、確か。


「ウォッカ•ギブソン、本来は食前酒だが少しアレンジしてある」

「ありがとうございます、いただきます」


 一口だけ口に含む、爽やかな風味が広がるもしっかりとした重さがあってとても美味しい。


「これ、すごい美味しいです!先輩ってバーテン歴長いんですか?」

「あぁ、もう8年くらいになるかな。俺もこれ、好きなんだ」


 そう言って優しく笑う先輩は本当に可愛くて、またしてもときめく様な感覚を覚えてしまった。


「先輩、私今日は聞きたいことがあって来たんです」


 昨日は忘れろと言われたが、あれで納得はできない。親しいからこそ踏み込まない方がいいのかもしれない、だけど私は知りたいんだ。

 私が真剣な顔をしているのに気付いたのか先輩も少し覚悟をした様な顔をしていた。


「…だと思ったよ。何で俺がこんな女装して働いてるのか、だろ?」


 ニュアンスに絶妙な違いを感じるが概ねそうなので話の腰を折らないように軽く頷く。


「俺さ、小学生からずっと運動部でずっと男の子らしく生きて来た。でも俺は可愛いものが好きなんだ、女性になりたいわけじゃない、でも可愛くなりたいとも思う、でも親は許さないだろうし。だからここで働いてるんだ」   


 以外だろ?と言って自嘲気味に笑う先輩。その笑顔がどこか傷ましくて私は何もいえなくなりそうになった。

 だけど、これだけは言いたい。


「全然意外じゃなかったですけど」

「え?それは、いったいどう言う」

「だって先輩SNSにたまにコラボカフェに行ったりとか買ったグッズの写真とかあげるじゃないですか、それ全部なんか可愛らしいんでよ。だから私は本当に以外でも何でもないしそこまで驚きもありませんでしたよ」

「っ、そうか。くっ、ははっ確かに、そうだよな。お前はそう言う奴だったわ」


 気の抜けた顔をして先輩は笑った。良かった、いつもの笑顔だ。あんな苦しそうな顔は先輩に似合わない。


「私が何か言うと思ったんですか?ちょっと心外です」


 悪い悪い、と言いながら笑って先輩は何か食うか?と聞いて来た。なので私は軽いおつまみを頼み2時間ほど飲んでから店を出た。

 先輩はバーテンの腕もだが料理もできる様で楽しい2時間だった。もう今日は十分飲んだので私はアパートへ帰るために駅へと歩を進めた。

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