第3話 ミイラとの出会い

 その死体はミイラ化していた。性別も年齢も分からない。

 サイドテーブルに手帳があった。

 筆跡からして、書斎にあったのと持ち主が同一人物の手帳だ。

 この屋敷には、ほかに誰もいない。おそらく、このミイラがミイラではなかった頃に書いたのだろう。


「……これは」


 野望を書き綴ったメモだった。

 このミイラは男性だ。かなりの高齢だったらしい。

 他人との関わりを絶ち、魔法の研究に全てを捧げた一生だった。そこまでやっても真の天才には敵わない。老人になり、寿命を意識するようになって、やっと自分は凡人だったと素直に思えるようになった。


 ――このままでは死ねない。童貞のままでは死ねない。理想の女性に童貞を捧げたい。しかし、こんなジジイの相手をしてくれる女性はいないし、理想の相手を探すなど不可能だ。

 ならば作り出すしかない。

 ホムンクルス技術。死者の魂の召喚魔法。

 それを組み合わせて、理想の巨乳エルフ美少女を作り出して、童貞を捧げる。

 もはや手足が動かなくなってきたが、魔法陣だけは完成させた。あとは大気中の魔力を吸収し、魔法陣が発動するのを待つだけ。

 理論は完璧だ。魂を憑依させたホムンクルスは、ただ美しいだけでなく豊かな表情を見せてくれるはず。

 童貞を捨てるのは時間の問題――。


 手帳のメモはそこで終わっていた。

 時間の問題、か。

 確かに魔法陣は理論通りに発動して、巨乳エルフ美少女が完成し、死者の魂が憑依した。そこまでは完璧だった。

 しかし、その前に彼は死んでしまった。時間に勝てなかったのだ。


「哀れな……」


 同じ男として。童貞を捨てようとした者として。俺は同情と共感を禁じ得なかった。

 それから感謝が湧き上がってくる。

 彼が召喚してくれなかったら、俺は自動車にひかれて死んで消えていた。両親が死んでから一ヶ月もしないうちにあの世に行くなんて、いくらなんでも早すぎると怒られたことだろう。

 屋敷の外に穴を掘って、ミイラを埋葬した。


「さようなら、お爺さん。あなたがくれたこの体、有意義に使わせていただきます。俺としては、エルフは貧乳のほうがいいと思うけど……」


 屋敷で生活するうちに、感謝はより深まっていく。

 魔法書が大量にあるのだ。それらの本には、爺さんが書き加えたと思わしき注釈が沢山あり、魔法初心者でも実に理解しやすかった。

 本をめくっていると、紙切れが舞い落ちた。

 またメモが残されていた。


 ――私の蔵書は膨大だ。集めるのに苦労した。これだけは誰にも負けない。歴史に名を残した魔法師たちにも。私が死んだらこの本たちは朽ちるだけだ。嫌だ。

 このメモを読んでいる君よ。君は私が作ったエルフだろうか? きっと君は私の死後に出現するのだろう。分かっている。私の寿命は間に合わない。私は童貞のまま死ぬ。それはいい。もう諦めた。

 だが蔵書を朽ちさせたくない。読んで欲しい。魔法の探求をして欲しい。私の設計通り、君のMPは無尽蔵になっただろうか? 私は歴史に名を残せなかった。君ならきっとできると思う。いや、できなくてもいいのだ。ただ魔法と共に生きてくれ――。


「そうか。あなたは自分の寿命が間に合わないと知っていたんだ」


 そうだろうさ。

 死者の魂を召喚して、自作のホムンクルスに憑依させるなんて凄い技を持った人が、そのくらい分からないはずがない。


「沢山の魔法書……読ませて頂きます。あなたへの感謝を込めて。そして、それ以上に、俺自身のために」

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