第2話 おじさんは攻撃魔法に興奮して心が小学生になる
水晶玉の隣にあった手帳を開く。
まるで見覚えのない文字が並んでいる。手書きだ。読めるはずがないのにスラスラと読めてしまった。驚くべきことだが、美少女エルフになったのに比べたら些細な話である。
手帳の文章は、まるで俺のために用意されたような解説文だった。
いわく。
――スキルとは、体に刻まれた技術のこと。
先天的に覚えているスキルも、後天的に習得するスキルもある。
スキルは、シャツのボタンをかけるようなもの。幼い子供は努力しないとできないが、やがて無意識にやってしまう。一度覚えたスキルは、さほど集中しなくても使える。
魔法の初心者は、簡単な魔法でも集中しないと使えない。しかしファイヤーボールやアイシクルランスといった魔法の型を繰り返すことで、スキルとして習得できる。どの程度繰り返せば習得できるかは才能による――。
「ファイヤーボールってのは火の玉を出す攻撃魔法だろうな。この手帳が正しいなら、俺はそれを使えるわけだ。けれどモンスタースキルコピーってのはなんだろう?」
この訳の分からない状況に対する不満を薄めたくて、声に出して呟く。
何度聞いても綺麗な声だ。自分の声に聞き惚れるというのも妙だけど、とても癒やされてしまう。
「この手帳にはモンスタースキルコピーがなんなのか書かれてないな。これだけ本があるんだから、探せば分かるんだろうけど。それよりもまず……」
ファイヤーボールをぶっ放したい。
疑問は山ほどある。
日本に帰れるのだろうか、とか。この世界で生活していけるのだろうか、とか。ずっと女の体で生きていかねばならないのか、とか。
けれど攻撃魔法を撃てるなら撃ちたい。男子なら一度くらいは妄想するだろう。それを実現できるなら、ほかの問題は後回しにしてもいいと思えるくらいワクワクしてしまう。
「やるぞぉ!」
外に出て、右腕を突き出す。
スキル名を叫べばいいのか、念じるだけでいいのか。
「ファイヤァァアッ! ボォォォオォルッ!」
おっと。
テンションが上がりすぎてとんでもない大声を出してしまった。
でも仕方ないと思う。周りに人がいてもこのくらいの声を出したと思う。
今の俺は心が小学生だ!
そして小学生の頃に妄想したように、手のひらから火球が飛び出した!
木に直撃し、その太い幹を爆風でへし折った。熱波が広がり、俺の肌がチリチリとした感覚で包まれる。折れた木の断面が焼け焦げ、白い煙が上がっている。
凄い迫力だった。
今のを俺がやったのか……アニメのキャラクターみたいだ!
こんなに楽しい気分になったのは何年ぶりか分からない。
もっと撃ちたい。
しかし、この辺の環境を破壊しまくるのは気が引ける。
俺はファイヤーボールを撃つべき対象を求めて、森を歩いた。
そして川を発見したので、そこに向かってファイヤーボールを連射。水しぶきを上げまくる。
「うひょー、たっのしぃ!」
MP無限は伊達じゃない。何発撃っても疲れる気配がない。
俺は大満足で屋敷に帰ろうとした。
そのとき、森の奥から赤い巨体が現れた。
俺を丸呑みにできそうな怪獣……いや、ドラゴンである。
今まで楽しむために撃っていたファイヤーボールを、身を守るために乱射した。
表皮どころか口内に命中したのに、ドラゴンは少しも怯むことなく近づいてきて、その牙で俺を――。
「あれ?」
気がつくと俺は、また屋敷の魔法陣で目を覚ました。
着ていたローブはない。また裸。肉体だけ転送されてきた……というより再構築された感じだろうか?
「とにかく、死ぬとここに戻るみたいだな」
攻撃魔法を使えることに興奮し、不用意に遠くまで行ってしまったが、これからは慎重に行動しよう。
まずは、この屋敷を調べ尽くす。
あの手帳のようなヒントがあるかもしれないし、そもそも俺がこんな状況になった理由を知る者がいるかもしれない。
俺は部屋を一つ一つ回り、そして最後の部屋でベッドに横たわる死体を発見した。
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