美少女エルフおじさんは童貞を捨てられない。MPが無限なのでノンビリ冒険しよう
年中麦茶太郎
第1話 おじさんだ。エルフだ。ファンタジーだ
人生がこれほど空虚になるなんて、子供の頃は想像もしていなかった。
連日のサービス残業。
下っ端の俺たちがどんなに頑張っても、口が上手いだけの上司の手柄になる。
馬鹿な営業が次々と仕事を取ってくるからデスマーチが終わらず、退職者や病院送りが続出。なのに営業は、納期に間に合わないのは現場がサボっているからと主張する。
激務なのに安月給で、生活は苦しい。
それでも両親への仕送りを続けた。
友達がいない俺にとって、人の繋がりを感じさせてくれるのは親だけだった。
「仕送りなんていいから。もっとこっちに帰ってこい」
電話の向こうで父親がそう言った。
「ちゃんと毎年、正月は帰ってるだろ」
そう呟いてから、思い直す。
両親はもうじき六十歳になる。
八十歳まで生きるとして、あと二十回程度しか会えないのだ。
子供の頃は毎日毎日、嫌になるほど顔を合わせていた親に、たった二十回しか。
そう考えると、人生の短さを意識してしまう。
「分かったよ。なんとか時間を作って顔を出すよ」
俺は本当に実家に帰るつもりだった。
けれどブラック企業が有給なんて取らせてくれるはずもなく、ズルズルと時間だけが経ち、そして父親と母親は死んだ。
信号無視の車に跳ねられたという。
両親の葬儀のためなら有給が認められるだろうと思っていたら甘かった。
なので無断欠勤して故郷に戻り、棺の中の両親に対面した。やっと感情が現実に追いついて、俺の頬は涙で濡れた。
出社し、怒鳴り散らしている上司に退職届を押しつけ、スマホの電源を切ってアパートに引きこもる。
あと三ヶ月分くらいの生活費なら通帳に入っている。
つまり今すぐ再就職しないとキツいのだが、そんな気にはなれなかった。
布団に寝転がって、なにか楽しいことを考えてみる。
ソシャゲの新しいイベント。連載を追いかけているWEBマンガや小説。来期のアニメ……。
どれもインドア趣味だ。
もう一週間も外出していない。備蓄したカップ麺やら冷凍食品が尽きてきたので買い出しに行きたいのだが、靴を履いてドアを開ける気力が湧かない。
「そういえば、もうすぐ誕生日だ。俺も三十歳かぁ」
学生の頃は二十代後半でさえオッサンに見えていたが、いよいよ三十代である。
忙しすぎて、加齢なんて意識する暇がなかった。
けれど、こうしてゆっくり考えると、少年ジャンプで今どんなマンガが連載してるのか知らない。小学生のあいだでどんなのが流行ってるのか分からない。タレントやアイドルが全て同じ顔に見える。
「歳を取るとオタク趣味に飽きてくるって言うけど、確かに最近、アニメより動物の動画を見てる時間が長い気がする……レッサーパンダの子供がじゃれてる動画で半日いける」
なんてこった。
オッサンになりつつある。
「歳だけ取って、彼女の一人もできないとは……」
地元の同級生の中には、もう子供が生まれた奴だっている。
こっちは童貞だ。女友達もいない。なんなら同姓の友達もいない。
「そうだ……なけなしの貯金で童貞を捨てるってのはどうだ」
童貞のまま三十歳になると魔法使いになる、とネットでたまに語られる。
そのくらい女性経験がないまま二十代を終えるのは恥ずかしいことらしい。
俺に彼女を作れるとは思えない。しかし金さえ払えば合法的に性行為できる店が沢山ある。
ふと思い立った俺は、検索しまくる。
長年熟成させた童貞を捧げる相手だ。
慎重に選ぶべき。
しかし写真はどれも加工されていて、本当に参考になるのか怪しかった。年齢だってサバを読んでいるだろう。
悩むだけ無駄な気がしてきた。
そもそもオタクである俺からすれば、現実の女性はどうしたって理想から外れてしまう。
ヤケクソで童貞を捨てようとしているのだから、もう一つヤケクソになって、現地で選んだっていいはずだ。
こうして俺は久しぶりに外の空気を吸った。
心地よい日差しを浴びて、もう少し生きてみるのも悪くないという気分になる。
目的の店が近づくにつれ、ついに脱童貞かと緊張感に包まれ、そして信号無視の車に跳ねられて死んだ。
死んだはずだ。
助かるような事故ではなかったと思う。
「夢だったのか……?」
そう呟いて、声の高さに驚く。
草原で小鳥が鳴いているかのような、可愛らしい声だった。
誰だ? 俺か? どうなっているんだ? そもそもここはどこだ?
床が冷たい。どうやら石畳のようだ。窓から光が差し込んでいる。それにしても随分と埃っぽい。咳き込んでしまう。やはり男の声ではない。
床に書いてあるのは魔法陣か? 俺はオカルト趣味の変人に監禁されたのか?
立ち上がると、背が縮んでいる気がした。
手足が細い。腹に贅肉がない。肌にハリがある。髪の毛が長い。染めた覚えがないのに鮮やかな金髪だ。
そして胸部では、大玉のスイカのような巨大なものが二つ、ズシリと存在感を放っていた。
「え?」
性転換手術をした覚えはない。
しかし、これは間違いなく女体だ。女性の裸を見るなど、幼少期に母親と風呂に入って以来である。
柔らかい。触れたという感触と、触れられたという感覚が同時に来た。やはり俺なのだ。
窓ガラスの前に立って、顔を反射させる。
金髪碧眼の、どの角度から見ても完璧な美少女だった。
「この耳……俺はエルフになったのか……?」
ピンと伸びた耳。引っ張っても取れる気配はなく痛いだけだった。偽物ではない。
「へ、へくちゅん!」
裸は寒い。自分の体なのに目のやり場に困ってしまう。
服を探すと、魔法使いが着ていそうなローブを見つけたので、とりあえず着る。
窓から外を見たり、廊下を歩き回ったりして、森の中の洋館らしいと推察する。
本棚が立ち並ぶ部屋に辿り着いた。書斎だろうか。
机の上に水晶玉がある。ふと手をかざしてみると淡い光が広がった。
軽率だった。訳の分からない状況なのだから、訳の分からないアイテムがあっても不思議ではないのに。
慌てて離れても光は消えず、むしろ強くなって、空中に文字を描き出した。
――――
名前:アスカ・スズキ
種族:エルフ型ホムンクルス
HP:15
MP:9999999999999999999999(計測不能。推定∞)
魔力:10
攻撃力:3
防御力:5
素早さ:4
固有スキル:『モンスタースキルコピー』
魔法スキル:『ファイヤーボール』
――――
ゲームとかWEB小説とかでよく見るステータス画面だ。
エルフ耳を見た時点で予想していたけど、やはりここは地球ではなさそうだ。
俺はファンタジー世界に来てしまったらしい。
ところで俺のMPどうなってるんだ。イデ○ンみたいになってるけど……。
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