第25話 ……綺麗だ
それでも、列は時間とともに流れていく。
アトラクションの奥底に進むにつれ、俺の鼓動は早くなる。
それを、ぎゅっと握っていてくれる加奈の手が落ち着かせてくれている。
本当の意味で精神安定剤だな加奈の存在は。
「もうすぐだね」
「そうゆうこと言わないでくれ……俺はまだこの行列に並んでたい」
話しているうちに、俺たちの目と鼻の先には乗車口が見えていた。
「この一瞬を耐えればあとは楽園だ」
「そうそう! この後の楽しいことを考えよ!」
「気分もスッキリするだろうし」
「アトラクションというより加奈に癒されてるからもうあいつらのことはどうでもいい」
「えぇ~!せっかく並んだのに~」
「いや、並んだこそ癒されてるんだ」
「ゆうて私なんもしてないけど?」
「何もしてなくてもしてるっていうか、一緒にいる空間が癒しそのものというか」
「そっか……」
列に並ぶなら、もっと落ち着いた乗り物で人気なものもあるが、ここじゃなきゃダメなんだ。
複雑な気持ちを持っている俺だからこそ、加奈の言葉に癒される。
「どうぞご乗車ください~」
キャストに笑顔で案内されると、そのままアトラクションへと乗り込む。
「よかったね、まだ楽な席で」
座って席は、一番後ろの壁側の端の席。加奈曰く、この席が一番恐怖心を感じにくいらしい。
最前列だと、後方からの絶叫系がダイレクトで聞こえてくるし、最後列の反対側の端は前に人がいない為、足元が開放的になり浮遊感がある。
俺たちが座る席は、壁や椅子で囲われているし、他の乗客も見えるため安心感がある。
「不幸中の幸いだな……」
「あぁ~、なんか壮馬見てると私まで怖くなってくるじゃん」
「俺の緊張感が伝わって何よりだ」
「それ、あんま伝わっちゃいけないっやつ~」
怖くなってきたと言いつつも、笑みを隠せない加奈。
もし本当に怖がってたとして、顔に出てない時点で鋼の心を持っている。
「あとは深呼吸をして心を落ち着かせよう、というか覚悟を決めよう」
「手は繋いでてあげるから安心してね」
「一番助かるよ。アナウンス始まったからもうすぐスタートだね」
「アナウンスすらもう聞こえてこないよ」
心身共にこわばり過ぎて、俺の耳に届くのは加奈の声だけ。
逆に変にアナウンスなどに煽られるよりも、一気に来てしまった方が気が楽だ。
加奈の声だけに集中、集中……
目を閉じてそう自分に言い聞かせるが、途端に加奈の声ではなく、乗客の声の方が耳に届くようになる。
「壮馬! 見てあれ!」
ポンと肩を叩かれ、俺はそっと目を開く。
まだ始まっていないと言われると思ったが、目を輝かせる加奈の目線を追うと、そこに広がるのは、大きな窓に映し出される園内を見渡せる景色。
「……綺麗だな」
もうすぐ落ちるというのに、俺は景色と太陽の光にあてられる加奈の横顔を見て、そう口にしていた。
「うん!」
あてられた太陽の光よりも、何倍も明るい加奈の笑顔を見た瞬間、俺はここに来て正解だと思った。
しかし刹那、心臓が浮き上がり、体が浮遊感に包まれる。
絶叫と歓声がそこら中に響き渡り、隣からも加奈のはしゃぐ声が微かに耳に入ってきた。
自然と体に力が入り、加奈の手を握りしめて耐えようとしたのだが……
「壮馬大丈夫? もう終わったよ」
気が付けば、アトラクションは終わっていた。
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