第20話 感情が忙しい

 額に血管を浮かべながらも、拳を握りしめて必死に怒りを収める。

 ここで怒鳴っても仕方ない。文句を言うのはこの件が終わってからにしよう。


「うえっ……加奈先輩に彼氏がっ……男っ気がなかった私の推しがぁぁ……け、汚されたぁぁぁ……」


 事実を突きつけられた五月雨は、その場に立ちすくみ、ポロポロと涙をこぼす。

 別に推しが異性じゃないんだし、恋人ができたくらい関係ないだろと思うところだが……五月雨を見るからにそうゆう問題ではないらしい。

 推しに恋人ができるだけで、ファンにとっては悶絶するダメージなのだろう。


「わぁ……私の中の加奈先輩が壊れたぁうぁぁぁうぎゃぁぁぁぁぁ!」


 静かに泣いたと思えば、地面に転がり泣き叫ぶ五月雨。

 この光景どこかで見たことあるぞ。

 よくネットでアイドルや俳優が結婚した時にSNSで流れてくるあれだ。

 実際には見たことがなかったが、本当に地面に転がって泣き叫ぶやつなんているんだな。


「なんか泣いちゃったんですけど……」


 泣きすぎて嗚咽までする五月雨を心配そうに見つめる水瀬。


「誰のせいでこうなってると思ってる」


 誰がどう見てもお前のせいだろうが。

 あの場で絶対に言ってはいけないような内容を言ったのはお前だからな?

 『私、なんかした?』みたいな顔をしてるが、話をややこしくしたのは水瀬、お前だ。


「こうゆうのはハッキリと言った方がいいのかなって」


「どう考えても事実を言ったらめんどくさくなるに決まってるだろ」


「そうかな? 私は彼氏がいるだけなんだ~とか、不純な関係じゃなくてよかった~って言われるだけだと思ってたけど」



「ガチ推しに対しての扱いを理解してないだろ」


 呆れ過ぎて、つい水瀬に対して敬語を使わなくなっている。

 いや、もう水瀬には敬語なんて使わない。今更先輩としてなんて見れないからな。ただの彼女の厄介な姉としてしか認識できなくなっている。


「五月雨ちゃんと話してくるよ。多分、私が行った方が聞いてくれると思うから」


 俺の肩をポンと叩くと、五月雨の方に駆け寄る加奈。

 地べたにうずくまっているのに目線を合わせて、加奈もしゃがみ込む。


「五月雨ちゃん、私の話聞いて欲しいんだ」


 変に刺激しないように、加奈はいつも通りの口調で言う。


「私はそこにいる壮馬と付き合ってるけどさ、性格が変わったりなんてしないよ? 五月雨ちゃんが思ってる私は変わらないから」


「変に堕ちたり沼ったりしてないですか……?」


「してないしてない。壮馬とは友達が長かったから今でもその延長線上にある関係だよ」


「エッチもしてないですか……?」


「えっ……それは、どうだろうな~?」


「ちゃんとヤることヤってるじゃないですか!」


 露骨に目を逸らす加奈に、五月雨はキレのあるツッコみをする。


「あれはその……成り行きと言いますかなんと言いますか……私だって壮馬のこと……好き、だし?」


「超デレデレじゃないですか! その表情なんすか⁉ めっ可愛なんですけど⁉」


 キレている反面、あまり見せない加奈の顔に興奮する五月雨。

 感情が忙しいやつだ。


 加奈も、俺を前にして言うのがやはり恥ずかしいのか声が裏返っているし。

 デレデレで可愛いということに関しては、俺も五月雨と同意見だ。

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