第17話:監視カメラ➀
青城祭まであと17日 2022年9月13日am 17:01:大澤夏樹、伊藤学、吉田朱音
約束の時間になると、夏樹は生徒会室を去り、ガク達の待つ中庭へと向かった。
「先輩こっち!」
「相変わらず、おせーなあ夏樹」
「悪い、待たせた」
屋根もない、雨ざらしのベンチに腰掛けた二人に夏樹は歩み寄ると、二人は立ち上がって尻についた埃をはたき落とした。
「それじゃあ、行きましょうか」
吉田が先導して校内を進んで行く。夏樹とガクは彼女を追う形でゆっくりと歩む。その最中、夏樹に肩をかけるとともに、小さな声でガクが耳打ちしてきた。
「おい夏樹。例の交換相手連れて来るとか言ってたけど、お前まじか」
「何がだよ」
ガクは、目の前を歩く吉田をチラッと見る。
「吉田朱音ちゃんって言ったら、一年生のマドンナだぞ? やるじゃねえか、この野郎」
「少しは緊張しろよ。今から犯罪現場に立ち入る事になるかもしれないんだぞ」
「先輩達遅い。置いていっちゃいますよ」
脇腹を肘で突いてくるガクに注意をしながら、二人は吉田の後を追った。
部室棟の二階、その奥に陣取る女子更衣室に着く。多くの部室が軒を連ねる一本道の校内には、死角もない。
夏樹達にとっては、異世界の桃源郷にも思える女子更衣室の扉の前で、吉田は門番のように仁王立ちしていた。すると吉田は、二人に振り返ると、ゆっくりと語り始めた。その声は若干震えており、緊張が伝わってくる。
「この時間、どの部活動も着替え終わっているのは確認済みです。けど、先輩達はまだ入っちゃダメです」
「んなご無体な!」
声を張り上げるガクに冷ややかな視線を送ると、吉田は人差し指と中指を伸ばした。
「まず一つ目、監視カメラがまだ作動していたら、先輩達の姿が映った時点でアウト。『男子生徒が女子更衣室に入った映像』を、向こうに握らせることになります。二つ目に、まだ着替えている子がいたら可哀想。なので、先輩達がここに入る時は、『カメラを私が発見したけど、高い位置にあって取れない』『中に誰も女の子がいない』。この条件が揃った時だけです」
夏樹達は、抵抗することもなく「はい」と頷き、吉田に調査を任せる事とした。
吉田は、従順な二人に頷くと、二人を向かいの窓に向かわせてから、鍵を差し、扉を開いた。何度も見た更衣室は情報通り無人であった。教室ほどの広い空間に、ロッカーが『川』の漢字のように、三列に分けて設置されている。
吉田はまず、一つ一つのロッカーを確認した。灰色の戸を開いては、中を確認し、それらしい機会がないかを確認していく。十分ほどして、全てを確認し終えるが、怪しいものはなかった。今度は、入り口から見て右に設置された洗面台を漁る。
しかしこれも収穫はない。そのまま、洗面台の椅子を引き摺ると、ロッカー前につけて、ロッカーの天井部分を調べていく。だが、埃が積もっているだけだった。
「くしゅん!」
吉田はたまらず、くしゃみをした。鼻水を啜りつつ一度更衣室のドアから半身を出すと、夏樹達に声をかけた。
「ねえ、先輩達に質問があるんですけど」
「すごい鼻声だな。で、何が聞きたい?」
夏樹が答えると、吉田は顔を赤くしながら口を開いた。
「先輩達だったら、どこにカメラを設置しますか?」
「お、おお」
夏樹は思わぬ質問に、吉田と同様に赤面する。それも束の間、ガクは窓を眺めたまま話し始める。
「まず、個数は一つだな。どれだけ小型だろうと、カメラの数を増やす事は、それ即ち発見の可能性が上がることを意味する。必要最低限の高性能カメラを一つだけ、絶好の位置に置く。これが絶対条件だ」
ガクは、吉田を見ることもなく、未だ窓の先、池袋の街並みを眺めている。
「青城高校の女子更衣室が使用されるタイミングは主に二つ。体育の授業と部室を持たない運動部の着替えだ。つまり、大人数で着替えが行われる事が確定している。人数が多いと言うことは、それだけ多くの場所に視線が行き、さらには触れられることも想定される。ならば、どうするか」
ガクは振り返って、探偵のように断言した。
「女子の手の届かない、且つ全体を視姦できる天井中央にカモフラージュを施して置く。これだ!」
その整然とした思考にも関わらず、ガクを見つめる夏樹と吉田の視線はひどく冷たいものだった。
「お前、もしかして前科あるのか?」
「気持ち悪いです、先輩」
「おい、そっちが聞いたんだろうが!」
冷ややかな視線に耐えかね、絶叫するガクをよそに、吉田は再び更衣室内へと戻る。
「天井中央にカモフラージュか」
吉田は、椅子から中央のロッカー列へと飛び乗ろうとするが、高所恐怖症が彼女の足を掴んだ。蛇に睨まれたカエルのように固まったまま、天井を力無く見つめる。
「せ、先輩。先輩ちょっと手伝って!」
「お、おう!」
その声に従って、夏樹達が押し入るが、
「ガク先輩はダメ! 外見張ってて!」
しょんぼりと項垂れながら、ガクは扉を出ていった。
「ど、どうした……?」
夏樹は、鼻腔を突き刺す甘い香りを必死に振り解きながら吉田に尋ねる。ロッカーの横につけた椅子に乗っかってはいるが、そこから吉田は動けずにいる。
「ロッカーの上を調べたいんですけれど、その、ちょっと……高くて」
夏樹は、昨日の吉田の震えた小さな手を思い出した。今、ガクの手を借りなかったのは、高所恐怖症を気取られないようにする為だろう、と夏樹は考えた。
「判った。俺が登るよ」
夏樹は、吉田と同様にロッカーの上に登ろうとしたが、天井は思ったよりも低く、夏樹の体格では身動きが取れそうにない。それに、夏樹の体重が上に乗れば、ロッカーが陥没することも考えられる。
「ごめん、ちょっときつそうだ」
「大丈夫です。わ、私が行きます……!」
吉田は、意を決してロッカーの上に登ると、四つん這いで這うように進む。膝に埃が付着するかと思ったが、ロッカーの中央部分だけは、埃が少なく、くしゃみも起きない。それはまるで、誰かに手入れがされているようだった。そのまま天井の中央へと移動すると、クリーム色の天井に、一つ、黒い穴のようなものを見つけた。
————カメラ、カメラレンズだ……!
黒い真珠のような、光沢のある円がポツリと天井から顔を出している。ここまで近づけばカメラレンズということもわかるだろうが、床から確認しても気づかれることはないだろうと吉田は考えた。
————三列の内、真ん中のロッカー、更に、その中央部分だけ埃がない。多分、監視カメラを設置した人間が、定期的にこうやってロッカーの上に乗るから、その影響で汚れが少ないんだ。
吉田はそのまま、レンズと睨み合うような状態で、カメラレンズを取り出せないかと、天井に手を伸ばす。
————ってことは、このカメラはこの位置から回収できる筈……!
すると、カメラレンズを中点とした長方形に切り込みが入っている事に気づいた。その四辺を同時におすと、がこり、という音と共に、カメラが固定された天井のタイルが外れ落ちた。
夏樹は、ロッカーの上で乙女座りをしながら、両手で天井のタイルを支えている吉田の横に立ち、カメラを受け取った。ずしりという重さを携えた黒色の機械は、これを設置した人間の醜悪な欲望を塊にしたようだった。
夏樹が指先に感じた違和感を頼りにカメラを弄ると、カメラから、黒い長方形の機械が取り外された。
「この、黒くて四角いやつ。なん、なんですかね」
高い位置場所で移動した恐怖と疲労から、息も絶え絶えに質問する吉田。そのまま、取り外した天井のタイルを元の位置へとはめ直す。
「恐らく、外付けのバッテリーだな。俺も似たようなのを持ってる」
四角く黒い物体は、夏樹が公衆電話ボックスで用いている、ソーラーバッテリーにも似ている。蓄電池特有の、見た目以上の重厚な重さは、夏樹も覚えがある。
犯人の苦肉の策なのだろうか、連続録画の時間を最大化する為に、バッテリーが取り付けたようだった。
————そこまでして、一目で分かる程に古めかしいこのビデオカメラを利用する理由は何かあるのだろうか。今時なら、もっと高性能の、遠隔操作もできるような小型ビデオカメラも多く販売されているだろうに。
「あ、あの。先輩」
考え込む夏樹に、吉田が声をかけた。
「どうした。というか、大丈夫か。高い所」
首を横に振る吉田。
「本当に申し訳ないんですけれど、このまま降ろして貰ってもいいですか……?」
真っ赤な顔のまま答える吉田に無言で頷くと、夏樹は両手でセーラー服姿の彼女を受け止め、床へと下ろした。
カメラを回収するや否や、三人は、人目につかない安全な場所として、夏樹の溜まり場である公衆電話ボックスへと訪れた。
夕方になると、少し日の勢いも落ちて、外に椅子を並べて座っても汗をかく事がない。
公衆電話ボックスに備え付けた折り畳み椅子を出すと、三人分の椅子を三角形に位置付ける。ただ、四方を機に囲まれた草原である為か虫が多く、その対策として夏樹は蚊取り線香を焚いた。その間、吉田は、一人で公衆電話ボックスの中に入ると、カメラの録画風景を確認する。
「本当に、あったな……」
「……ああ」
夏樹とガクは、吉田の確認が終わるまで、外で椅子に座りながら頻りに水を飲む。勢いに任せて、現地調査まで行ったが、まさか本当にカメラがあるとは想像していなかった二人にとって、あのドス黒いカメラの存在は、ひどく重く感じられた。
「終わりました。やっぱり、皆の着替えが撮られちゃってます」
「そうか」
神妙な顔つきで、ガクが答える。夏樹は再度、水を飲んだ。先ほどから緊張状態が続いているせいか、やたらと喉が渇く。
「それと、言われた通り、録画された映像の共通点を考えてみたんですけど、一つ有ると思います。多分だけど」
先程、本来苦手とする高所に登った影響か、多くの汗を書いた吉田は、セミロングの茶髪を一つに纏め、夏樹がよく部活動で見たようなヘアスタイルに変わっている。
金切り声を上げる扉から出ると、白と紺を基調としたセーラー服が揺れた。
「どんな共通点なんだ?」
夏樹の質問に頷くと、吉田は椅子に座りつつゆっくりと答えた。
「ここ数ヶ月分くらいの録画データが入ってるみたいなんですけど、各曜日、特定の時間帯だけ、録画がされていないんです」
「ほお」
ガクは、座ったまま、吉田に相槌を打つ。
「月曜の1時、火曜の10時、水曜の5時、木曜の11時、金曜の15時、ですかね。土曜日と日曜日に至っては、録画すらされていないみたい」
ガクは、吉田の話を聞きながら、ポケットから取り出した黒い皮を表紙としたメモ帳にペンを走らせた。その後しばらく、ペンを頭にとんとん、と叩くと途中で止めた。
「何かわかったのか?」
夏樹が質問すると、ガクはにやりと笑みを浮かべた。
「さっきは女子更衣室に入れて貰えなかったからな。ここで活躍しないとな!」
大袈裟に叫ぶガク。
「ごめん」
「すみませんでした」
頭を下げた二人に満足そうにすると、
「そのカメラ、ちょっと貸してくれ」
ガクは手を吉田の方に伸ばした。
「録画映像は見ないで下さいよ」
吉田が不審そうに、カメラを手渡す。
ガクは、「わかってるって」と言いながら、本体に記載された商品名を確認しつつ、これもまた、メモ帳へと記載していく。そして吉田にカメラを返却すると、その番号をスマートフォンで検索した。数十回、ペンで頭を叩くと、ガクはゆっくりと口を開いた。
「うん。ちょっと分かった」
「教えてくれ。名探偵」
「やめてくれよ、恥ずかしい」
ガクは照れくさそうにかぶりを振ると、ゆっくりと推理を展開した。
「このカメラを置いた人物についての推理だ。まあ、肩の力を抜いて聞いてくれ。完璧じゃないかもしれないし、外れたら恥ずかしいだろう?」
「いいから、もったいぶらずに教えてくれよ」
夏樹の声に満足そうに頷くと、ガクはさらに続ける。
「俺が思うに、この監視カメラを置いたのは教員だ。身長が低めで、年齢は20後半からかなぁ。まあ、そもそもそれよりも若い教員なんてうちにはいないだろうけど」
三人の間に、緊張が走る。
「まず、外部の人間にこれを設置することは不可能だ。さっき吉田ちゃんが持ってきてくれたように、女子更衣室を開けるには職員室から鍵を借りて来なくちゃいけない。更に、誰にも見つからずに監視カメラを設置、更には回収するとなれば、授業や部活動のスケジュールを逐一把握しなくてはならない。毎週、同様の時間帯のスケジュールで動くわけでもないしな」
推理を始めると、ガクは立ち上がって二人の周りを歩き始めた。自身の思考を深掘るように、一歩一歩ゆっくりと歩き進む。
「学校の開校時間外に行うって線もあるが、それは夏樹が言った例の最新AI警備システムが許さないだろう」
夏樹は頷く。
「となると、カメラを設置できるのは、内部の人間、生徒か教員のどっちかになる。けれど生徒にはできない。その理由は、二つある」
ガクは、今度は逆回転で歩き始める。
「まずは、吉田ちゃんが確認してくれた定刻に録画が止まるって情報だ。もし生徒による犯行であれば、定刻に毎回授業を抜け出して女子更衣室に向かうなんて行為、バレるに決まっているだろう。1週間は騙せたとしても、数ヶ月間も続けるのは至難の技だ」
ガクは、一つ目として、人差し指を持ち上げる。
「次は、このカメラの特徴だ。このカメラの製品名は、『Panasonic NV-GS400』。調べてみたら、2004年発売と来たもんだ。もう、骨董品に片足突っ込んでるぜ」
更に今度は、中指を上げる。
「相場は、中古で5千〜1万。まあ、高校生には良心的な価格だが、問題はそこじゃない。このビデオカメラは、『Mini DV』という古いビデオテープを用いて録画するんだ。このビデオテープには一つ、特徴があるんだ。それは、何だと思う?」
「出たよ、鬼クイズ」
「えー、なんでだろう」
夏樹と吉田は、少しの間考え込む。すると、珍しくガクがヒントを提示した。
「ヒントは、古いが故の特徴って所だな。もしかしたら吉田ちゃんの方が思いつき易いかもな」
「分かった。『編集ができない』!」
吉田は、椅子から立ち上がってガクに向かって断言した。以前のように「ファイナルアンサー……?」と意地の悪い顔を浮かべると、ガクが断言した。
「正解。まあ、普段から写真を撮る女の子の方がわかり易いよな」
「私、結構フィルムカメラとかも好きなので」
ぶすっと、項垂れる夏樹にフォローを入れながら、ガクはさらに続ける。
「そう。編集ができないんだ。そうなると、生徒が女子更衣室にカメラを置く理由なんて、無いのと同等だよな。ちょっと気になるあの子とか、憧れのあの人の姿をズームもできなければ、人のいない時間帯のカットさえできない。そんな盗撮ビデオに価値は無い!」
笑顔のまま語る額を尻目に、吉田は夏樹に耳打ちした。
「やっぱり女の子絡みになると少し気持ち悪いですね。ガク先輩」
「どうか、許してやってくれ」
二人の声など素知らぬ顔で、ガクは続ける。
「となると、消去法で教員の可能性が高まるよな。このカメラに慣れ親しい年齢である事、そして夏樹がロッカーに乗れなかった話を聞くに、年齢は二十代後半以降、身長はまあ、170以下が妥当だな」
そして最後に、二人の前に立って断言する。
「でもって、吉田ちゃんが挙げてくれた、各時間帯にフリーに動ける教員、つまり、その時間帯に授業が無い教員がカメラの設置犯だ」
ガクの推理を聴くや否や、吉田はスタンディングオベーションをかました。
「凄いです。ガク先輩! 少し気持ち悪いとか思っててすみませんでした」
「少し気持ち悪いってなんだよ、悲しくなるだろ!」
そう言いつつ、ガクは照れくさそうに頭を掻いた。
「俺、出る幕なかったな」
「ばーか、お前の出番はここからだよ」
項垂れる夏樹に、ガクはため息をつきながら語りかける。
「吉田ちゃんが言うには、毎曜日決まった時間にカメラを回収しに来るんだろう。明日は金曜だから、午前15時。張り込むぞ、夏樹」
「分かった。最善を尽くすよ」
決意を新たにする夏樹に、吉田が語りかける。
「そうです。それに、先輩は今回、こんな素敵な場所を提供してくれたじゃ無いですか。私、こんな素敵な場所、初めて来ましたもん」
吉田の言葉に、夏樹とガクは固まった。一際強い風が草原を駆け抜けた。三人の上に跨がる桜の木が風に揺れると、多くの黄色い葉が剥がれ落ちる。
秋が、近い。
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