第11話:暗号解読
一通り片付けを終えて昇降口を出ると、9月の夜に少し肌寒いような空気が横たわっていた。
薄暗い中庭は普段は部活後の生徒で賑わう場所だが、既にどの部活も終わり、殆どの生徒が帰宅したようで、周囲には誰もいない。漆黒に染まる周囲を、数少ない古びた外灯だけが頼りなく薄い黄色に照らし、静寂の中、夏樹のローファーが地面を蹴る音だけが木霊している。
夏樹はイヤホンを装着し、イギリスバンドの名曲を流した。オアシスのワンダーウォール。後悔を歌った曲だ。気怠げな少しかすれた歌声が、今の気分に当てはまっており耳に心地良い。
教員用出口から外に出ると、夏樹は車一つとない信号を無視して、道路を跨いだ。
遠くに見える繁華街が、夜凪に揺蕩う漁業船のように視界に映った。遥か遠くで多くの人々が笑い、生活をしていると考えると、孤独がより全身に染みるような気がする。
桜並木の間をさらに奥に進み、ドクダミの匂いを不快に感じながら草原を踏み進めると、目的地である、公衆電話ボックスを見つけた。日に焼けてセピア色に染まったガラスの中に、古びた公衆電話とカビの生えたパイプ椅子が置いてあり、消えかかった蛍光灯がそれらを照らしている。
錆び付いて開くたびに金切り声をあげるドアを開くと、荷物を電話の上に置いた。
少し鼻につく湿った空気が彼を迎え入れる。
空腹に腹がなるが、とても帰宅する気にも、外食をする気にもならなかった。
公衆電話ボックス内の椅子に座り込み、文庫本を広げ、先日トラウマを刺激された部分を避けて読み進める。
しばらくすると、夏樹は睡魔に襲われて本を閉じた。消えかかる意識の中、西園寺から渡された連絡先について思い出した。
ゆっくりと制服のポケットから縮れたメモ用紙を取り出すと、S N Sのユーザー検索昨日に打ち込む。すると、往年のイギリスサッカー選手をプロフィール画面に設定した西園寺のアカウントが出てきた。
夏樹は、その渋いチョイスに苦笑しながら、メッセージを送る。
先ほど奢ってもらったジュースの例を、適当にと打ち込むと、そのまま力尽きるように睡魔の海に揺れる。すると、携帯のバイブ音で目を覚ました。慌ててホーム画面に映し出された通知をタップして、S N Sを開く。
『なんて?』
西園寺からの返信だった。不可解な返信に、夏樹は自分の送ったメッセージを確認する。
『81%(々(0°2(○3♪37)』
どうやら、寝ぼけて日本語のキーボードではなく、数字用のキーボードで文字を打ってしまっていたようだった。証拠に、慌てて弁明しようと夏樹がスマホのフリック操作を用いると、数字用のキーボードが開かれた。
『寝ぼけて数字のキーボードで打ってた』
『馬鹿』
そんなやりとりをすると、夏樹は、以前、似たような文字列を見たことを思い出した。
即座に、リュックサックへと締まった文庫本を取り出し裏返しにする。
『%(8(%2♪☆%※+62…%2:92(#※(○3/:・☆ー』
数字と%などの記号、全ての要素が合致している。
夏樹は慌てて、適当なノートとペンを取り出した。
一文字一文字間違いがないように注意しながら変換するうちに、脳内に巣食う睡魔が消えていく。
そのまま、全てを打ち込むと、一つのひらがなによる文章が出来上がった。
『じょしこういしつにはかめらがせつちされている』
平仮名の読みにくさにうんざりしながら、それぞれの単語を漢字へと変換すると、夏樹は固まった。
『女子更衣室にはカメラが設置されている』
ノートに書き殴ったその文章を、呆然と眺める彼の上で、蛍光灯が点滅していた。
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