ニーナとルフ
こんな状況で眠れるはずがないと思っていたのに、夜が明けるまでぐっすり寝てしまった。暖かくて軽くて、まるで雲に乗っているよう、と現代日本なら煽り文句がつきそうなほどの極上の寝心地だったのだ。恐るべし、巨大な鳥の羽毛。
そう思って起きたら、側に大きな毛玉が居た。なるほどねー、通りであったかふわふわだと思った〜、ではなく!
「うわあー、夜のうちに殻から出てたのか」
同じ巣の中で眠っていたから、兄弟だとでも思ったのだろうか。ニーナに寄り添うように、白い斑点がある茶色の羽の鳥が蹲っている。親鳥は目も覚めるような鮮やかな青色をしていたが、雛や幼鳥が外敵に襲われないよう地味な保護色をしている、というのはこども図鑑にも書いてあった。
「もう1日早く生まれてればよかったのに。あ、まだ飛べないか」
あれ、孵ったばかりの雛鳥ってもっとこう、手羽先にポワポワした産毛っぽいのが生えてる感じじゃなかったっけ? こんなにしっかり翼です! みたいな羽じゃなかった気がするが、異世界の生き物に地球の常識が通じるとは限らないので、取り敢えず考えるのは止めておいた。
頭を撫でると、ぱちっと黒い目が開いてキュイと鳴いた。
「はい、おはよう。さて、君のご飯はどうしようかねぇ」
「キュイ?」
ニーナを見ると雛鳥はカパッと嘴を大きく開けた。喰われる! と思ったが、アーンの姿勢のまま動かない。
「これ、餌をねだるポーズだ。つまり、私を食料だとは思ってないってことかな」
しかし、ここには雛の餌になりそうなものは何もない。猛禽類っぽいから、多分無理だろうと思いつつプオルッカを放り込んでみるが、やはりすぐに吐き出された。
「ですよねぇー。んー、最悪は私をあげてもいいんだけどねえ」
巣の縁に突き出ている枝を左の手のひらでググッと折れないようにたわめていく。限界までたわめたところで力を抜けば、ビシッと手のひらを切り裂いて枝が元に戻った。
雛鳥の舌に手のひらに滲んだ血を垂らすと、今度は食べられる物が入ったと感じ取って嘴をカチカチしている。
「今はこれで我慢してね」
そう言いながら右手で頭を撫でると、手のひらが熱くなったような気がした。雛鳥はキュイと鳴いて気持ち良さげに目を閉じている。
そして、谷間に馬の鳴き声が響き渡った。
「え? 馬?」
ワタワタしながら巣の端に駆け寄り外を見る。
向かいの尾根で、昇る朝日を背負った炎のような馬が前脚を振り上げて嘶いている。
「やっぱりトゥーリだっ!!! おおーい!」
尾根の方の捜索隊もニーナが手を振っている岩棚の巣が、昇っていく太陽にわずかな間だけ照らされたのを確認していた。
ライナーが、ブンブンとものすごい勢いで手を振り返している。
「この時間じゃ無いと絶対見えねーだろ、あれ。はあ、やっぱ爺さんはすげえな」
「褒めても何も出やしませんぜ。それよりも、こっからどうしやすか?」
そう、尾根と岩棚の間は深い谷になっているのだ。
「そんな時はこれでやしょう。一本ありゃあ向こうへ渡れやすよ」
ターヴィはサドルバッグからロープの束を取り出し、これをクロスボウの矢に結びつけて、巣のある岩棚の下へ打ち込んだ。体重をかけて刺さった矢の強度を確認した後、手元に残った端を岩へとしっかり結びつけていく。
「テント用のシートがあるだろ。あれでお嬢を包んで滑車で運ぶってのはどうだ? ほら、崖上に馬をあげるときみたいに」
ヴァルナルの提案にクスターが頷く。
「そりゃあいいでやすね。滑車用にもう一本、岩棚の上方に張りやしょう」
「ニーナさまぁあ、今から親父が矢を打つんで、奥まで下がってくださああい!」
ライナーの呼びかけに、巣から乗り出してこちらを伺っていたニーナが引っ込んだ。ターヴィが二本目のロープを張り終え、滑車を取り付ける。
ニーナを運び出すのに必要なものを纏めて背嚢に詰め込んだライナーは、腰のベルトに付けた金属製のカラビナにロープを通して岩に結びつけた。
これは命綱だ。万が一があっても、一本釣りよろしくヴァルナルが引き揚げるのだ。
「じゃあ、行きます」
そう言って裸足になると、滑車の鎖を引いてスタスタとロープを歩いていく。
「いやあ、あれ、何回見てもおかしいって。マジで命綱いるか? 普通はロープを両手に持って、手繰りながら匍匐前進のように渡るんだぞ? お前たち
はははは、とクスターとターヴィは笑ったが、内心では「一族みんなができるわけじゃねえぞ」と思っていたのは内緒だ。その一族でも飛び抜けて身体能力の高い青年は、およそ50mほどの谷をあっという間に渡り切ってしまった。
ライナーの呼びかけに応じて巣の奥に引っ込んだニーナは、巣の上の岸壁に矢が刺さった衝撃に驚いた雛鳥を落ち着かせようと撫でている。
「たった一晩でお迎えが来たよー。そんなに離れてなかった、ってことは無いんだよねぇ。尾根や谷をいくつも超えたのちゃんと見てたし」
ヴァルナルたちの姿を見てすっかり安心したニーナは、しきりに雛鳥に話しかける。
と、巣の縁に手が掛かったと思った瞬間、ライナーが着地していた。
「よかった! ニーナ様ご無事で……?」
「大丈夫よーっ!!」
元気に返事して雛がいる方とは反対の左手を振ってみせると、ライナーの顔色が変わった。
「うわああああ! ニーナ様怪我してるじゃないですかあ! って、ああ!? お爺ー! どうしようー、ルフの雛がいるー!」
「雛も保護するに決まってんだろうがっ!」
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