攫われた!
背後でバサッと音がしたと思ったら、体が宙に浮いていた。アンナの絶叫が聞こえた時には、地面は随分遠くなっていた。背中と肩に食い込む硬い感触とバサバサいう羽音から、おそらく超大型の鳥に捕まったんだろう。
先ほどまで居た森が眼下に、前には紅葉が終わって落葉した山々が見える。ヘンゼルとグレーテルよろしく上空からプオルッカの実を落としても、目印にはならない。
とにかくどこで落とされるかわからないから、方角だけは見失わないようにしよう。
ま、最悪は死に戻ればいいんだしと腹を括ったら、これはなかなか稀有な体験では? と考える余裕も出てきた。バスケットをしっかりと抱え直して、まるでジェットコースターのようにかなりのスピードで流れる景色を楽しむことにしよう。
ライサたちはまずは湖岸で水鳥を狙うことにしたが、
「ニーナ様たちはまだ戻っていないようね」
「ちょうど向こうの森から出て来られるところです」
クラウスが指差す方へヴァルナルも目を向けた。
「どれ、お、本当だな。って、ありゃなんだ!?」
ニーナたちのいた森の上空から、大きな鳥が旋回しながら高度を下げているのが見えた。
「超大型の猛禽のようですが……」
「まずい、獲物を物色してんだ! テオドル走れ! お嬢を止めろっ!」
ヴァルナルに指示されたテオドルが、両手を大きく振りながら丘を駆け出す。
「来てはダメです!! 戻ってくださいっ!!」
丘から森までは、向こうの顔が識別できないほどの距離がある。飛び出したのがニーナだとわかったのは、単に小さかったからだ。どんなに大声で叫んでも届くはずがない。
超大型の鳥はぐんぐん高度を下げ、ニーナの後ろで一瞬止まったかと思うと、その大きな鉤爪でがっちりと小さな身体を掴んで再び舞い上がった。
咄嗟にシリルが片膝をついて構えたのを足場にしてライナーが飛び掛かるが、その手は虚しく空を切っただけだった。
「ニーナ様あああああ!!!!」
飛び去る鳥を追いかけようとしてアンナは転ぶが、キッと顔を上げ鳥の姿を目に焼き付ける。駆け寄ったシリルがアンナを助け起こす。ライナーも鳥から目を離さない。
そこにようやくライサたちが着いた。我に返ったガイドもやって来て恐ろしそうに呟く。
「あ、ありゃ一体なんですか。初めて見たんですが……」
「ルフです。この青い羽が証拠です」
手が空を切る瞬間、ライナーは尾羽を一枚毟っていたのだ。
「あの青い鳥はシームルグです! それは間違いなく超高級素材シームルグの羽ですから!」
ライナーが握る羽を見てアンナが断言する。
「シームルグだと? 確か獣王国のトレニア火山にしか生息してない幻の鳥だろ? それが何故こんなところにいるんだ。ああ、いや、そんなことはともかく、まずいことになったな」
「俺がもっと早く気がついていたら! もう少し高く飛べてたら! すいません。俺が行きます。バヤールを貸してください」
「お前、どこまで追えてる?」
「ピアニー山腹へ降りていくところまでです」
ヴァルナルはしばらく考え込んでいたが、顔を上げると指示を出す。
「まず、ライサはアンナを連れて屋敷に戻れ。シリルもだ。馬車はテオドルたちが乗ってきた馬に牽かせて、バヤールは残してくれ。ピアニーほどの険しい山を登れるのはあいつらだけだからな。それから馬丁頭のターヴィとクスター爺さんをこっちに寄越せ。爺さんに言えば、山に入る装備や必要なのものを用意してくれるはずだ。あ、テオドルとクラウス、お前らも帰れ。ライナーは残るからお前らのどっちかが御者な。戻ったらターヴィたちが来るための馬を騎兵隊から見繕ってやってくれ」
「「「はい!」」」
テオドルとクラウスは馬車を準備しに走っていく。シリルも荷物を取りに丘へ、それを手伝おうとライナーも羽をヴァルナルに渡して後を追いかける。
「待って、ダメよ、私も行くわ! バヤールだって乗れる!」
「無理だ。お前じゃ本気で山野を走る
「……っ、じゃあ、せめてここでニーナ様を待たせて!」
「少し落ち着け! 最悪の場合でも、お嬢は死に戻るんだろ? お前が向こうに居なきゃどうにもならねーだろうがっ」
ヴァルナルはライサにだけ聞こえるように小声になる。
「あ……」
「やっとわかったか」
「ごめんなさい……。冷静じゃなかったわ」
「仕方ないさ、こんなこと誰も予想できない。さあアンナ、立てるか? 屋敷に戻ってニーナ嬢を待ってくれ」
ニーナは記憶のページを手繰っていた。そして、今の状況を説明できるデータを持ち合わせていないことを認めた。
「動物は大好きだけど、鳥についてはこども動物図鑑ぐらいしか見たことなかったなあ……」
ニーナがいるのは、切り立った岸壁の岩棚にある巨大な鳥の巣だ。上部に岩がひさしのように張り出し、雨や雪、直射日光が当たらないようになっている。
運ばれている途中で、雛鳥の狩りの練習用として、生きたまま運ばれているのでは? と思い至った時には戦慄した。テレビの番組で、チーターの母親がガゼルに止めを刺さずに、子どもたちに追いかけさせていたのを見たことがあったから。
食べられるのは、まあ仕方がないが、できればひと思いに殺して欲しい。身体を掴む鉤爪の感じからも、ニーナの首ぐらい簡単に折れそうだし。もしかして、ニーナが暴れないから死んでいる、もしくは弱っていると勘違いしているのかも、などとグルグル考えていたら、ぽーんっと岩棚の巣へ投げ込まれたのだ。
ニーナの予想に反して、巣は空っぽだった。森に生えている木々の枯れ枝を組み合わせた土台に、アカマツやトウヒの葉がついた小枝が積まれ、さらに親鳥が抜いただろう大量の羽毛が敷き詰められていた。その中にニーナは抱えたバスケットごと傷ひとつなく着地する。
巣の縁から覗くと、少し下の岸壁にしがみつくように生えているアカマツの木に巨大な青い鳥が止まっていた。あれがニーナを運んできた鳥だろう。
「どういう状況なの、これ……」
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