ピクニックへ行こう2

 翌朝、ライナーが操る馬車に揺られながらニーナはぶんむくれていた。向かいに座ったアンナはくすくす笑っている。


「そんなにミセス・ベルトレとご一緒が良かったですか?」

「だって、ライサ先生がみんなって言ったんだもんっ」


 母と歳が近いこともあるが、普段の雰囲気はもちろん時々見せる茶目っ気っぷりも似ていて、ニーナはサンドラに母親のような思慕を抱いている。

 出発前に旅行トランクくらいあるピクニックハンパーをシリルとライナーが馬車後方の荷台へ積み込む傍で、一緒に行くものだと思っていたサンドラがお出かけ着ではなく、仕事用の黒いドレス姿だったのを見て詰め寄ったのだ。


「まだ屋敷のことを回すのに手一杯なのですよ。春になったら、きっと一緒に行きますから。今日はアンナとお出かけください」


 そう言われて馬車に押し込まれた。家族旅行へ出かけようとして急に仕事が入った母に、こんな感じで父が運転する車に乗せられたことを思い出したニーナは少し悲しくなってしまったのに、ライサまで馬車には乗っていない。


「なんで気難しくて扱いが難しいバヤールに先生が乗ってるのかな?」


 護衛のヴァルナル、テオドル、クラウスの3人が騎馬で並走しているのはいいとして、赤毛のバヤールに跨っているのはライサだ。


「ライサ様は辺境伯領で暮らしていたことがおありですので、バヤールにも乗れるそうですよ。乗馬も淑女の嗜みですから、ニーナ様もそのうち訓練が始まると思います」

「あ、そうなんだ。じゃあバヤールたちのことも前から知ってたのかな? あの子たちも狭い厩舎にずっと居るのはかわいそうだもんね。ヴァルナルさんが乗ってるのもバヤールだし、みんな連れてきたんだ」


 バヤールは炎のような赤い被毛に真っ白のたてがみと尾を持つ、見た目も非常に美しい馬だ。ヴァルナルと並ぶライサも、その凛々しい乗馬服姿と相まって一枚の絵画のようにすら見えてくる。


「馬は貴族のステータスなんだよね? バヤールは王都ではうちにしかいないって聞いたけど、他の高位貴族に対してどうなんだろう……?」

「政治的なことはお気になさらずに。辺境伯様がニーナ様ならとお決めになったことですから」

「そう? なら良いけど」


 ニーナたちが向かっているのは、ハウス・アンスティートの前を通る街道を北上し、ビレトス山脈の麓から広がる森とルルニ湖がぶつかるあたりにある王家所有の遊猟地だ。使用料を払えば、美しく整えられた公園で御婦人や子どもたちはピクニックを、広大な森と湖で男たちは安全に狩りや釣りを楽しむことができる。


「で、ライサ先生はハンティングもできるのね」

「ひさびさなので腕が鈍っていないと良いのですけれど。そうだニーナ様、今の季節ならキノコ狩りができますよ。アンナと一緒に行ってみてはどうですか」

「なんだって! それは絶対行く!」

「では、ランチタイムには戻ってきますから」


 そう言い残して、ライサとヴァルナルたちは猟犬を連れた案内人ギリーに先導されて、馬たちが放されている運動場の向こうの湖岸へと歩いていった。


「まずはラグを敷いて場所を作りましょうか。その後、ガイドをお願いしてキノコを取りに行ってみましょう」


 アンナが指差す先に少し小高い丘があり、その頂上には黄色く色づいた葉を落とす大きなオークの木が立っていた。今日はニーナたち以外に遊びに来ている者はいないので、ライサたちが戻ってきた時にもわかりやすい場所だ。


「キノコ狩りですね。まだプオルッカ(コケモモ)もたくさん採れますから、小さなお嬢様でも大丈夫ですよ」


 森のガイドにも幼女扱いされるが、ニーナもかなり慣れてきたので動じない。

「はい!」と元気よく返事をするニーナを見て笑いをこらえているシリルには、オークの木の下で拾ったどんぐりを投げつけておいた。

 オレンジ色の丸い傘のキノコや黄色のエリンギみたいなキノコ、しいたけの傘が分厚くなったみたいなキノコと、ガイドが示す場所を調べればいろんなキノコが採れた。赤い傘に白い斑点のキノコは見るからにやばそうなので避けたが、倒木に生えている灰色のしめじっぽいのを指差したらガイドが首を横に振ったので、キノコの見分けは異世界でも難しいなと思うニーナだった。

 一杯になったバスケットをアンナに預けて、空のを受け取ると中に銀製のスキットルが入っていた。


「それは散策に出るようならニーナ様にお渡しするようにと、ミセス・ベルトレからお預かりしました」


 ちょうど喉が渇いたと思っていたので、一口飲んでみる。入っていたのはニーナの好きなメープルシロップで甘くしたレモン水だった。


「冷たい! どうして?」


 どうやらスキットルの表面に施された飾りの中で光っている小さな石が魔石で、詳しく説明できる人がここにはいないが、中の液体を冷やしたままにしておけるものらしい。このスキットルが気に入ったニーナは、自分で持っていることにした。


 帰る道すがら、足元の低木に鈴生りの赤い小さな実を摘んで歩く。たくさんあってもジャムやソースに加工するので困らないと聞いて、ニーナは夢中になって集めた。手で軽く触るだけで取れるのが、面白くて仕方がなかったのだ。

 森を出る頃には、シリルとライナーにガイドまで両手にプオルッカとキノコが詰まったバスケットを下げていた。ニーナは自分が摘んだ分をサンドラに渡すのだと言って、バスケットを抱えている。

 森を出ると丘の上の大きなオークの木の側に人影が見えた。おそらくライサたちが先に戻っているのだろう。ひときわ大きな影が手を振っているが、あれはテオドルに違いない。

 森の影を抜けて丘へ走り出したニーナに、アンナが転ばないでくださいね、と呼びかける。


「だめだっ! ニーナ様!!」


 ライナーが叫んだ。

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