ピクニックへ行こう

 ハウス・アンスティートでの暮らしが落ち着き始めると、ニーナはライサから本格的な授業を受けることになった。

 魔法王国の貴族や裕福な家の子どもは、だいたい7〜8歳くらいまではナニーがしつけを含めて読み書きの初歩を教える。12歳までは家庭教師をつけて、イナス語(大陸北東部の公用語)の他にもキリゴ語(大陸北西部で広く使用)などの外国語に地理や歴史、魔法基礎などを学ぶ。

 13歳になると、おおよその進路によって変わってくる。

 ロクシュニアには専門の魔術師養成機関が存在しない。魔術の名門がそれぞれで育成しているため、魔術師になるにはいずれかの家に弟子入りすることになる。また、学術都市だけあって、図書館司書や研究者を目指して大図書館附属寄宿学校へ入る者も多い。

 魔法至上主義のため、魔力があれば性別や身分差なしに学問が続けられるが、魔術師になれる見込みがない貴族の娘の場合は事情が変わる。学がありすぎるのも結婚に不利とされるので、社交界デビューに向けて淑女の教養を身につけるために専門の家庭教師がつけられるが、余裕のない下位貴族だと上位の貴族の家へ行儀見習いに出されることになる。

 どちらにしろ、望まれる未来はより条件のいい相手との結婚だけだ。


 さてニーナの場合、本当は13歳だが、対外的な年齢は7歳、しかもロクシュニアどころかこの世界の常識すら危ういところがあるからと、ライサ謹製のテストを連日させられていたのだが。


「語学が問題ないのはわかるのですが、地理や歴史まで完璧なのは一体どうして……?」


 テストを採点し終わったライサは困惑していた。


「暗記は得意なの。ライサ先生が最初に教科書をくれたでしょ? たくさんの本や事典も。私ね、1回見れば頭に入るから。試しにやってみせようか? この事典を適当に開いてみて。そのページに何が書いてあるか答えるよ」

「え?! まさか」


 そう言いながらも、ライサは受け取った事典を適当なところで開く。


「213ページには何が書いてありますか」

「項目ノ、ノーム。四大精霊のひとつ。四大元素である大地の元素が具現化したもの。大地の元素は、豊かな実りを表す……」

「次、74ページ」

「項目キ、共感魔術。感染魔術と類間魔術を合わせて使うことで、ある事象に起こったことを別の事象に相互作用を及ぼす……」

「次、141ページ」

「項目シ、神名。高位の存在が持つ、通常呼称される名前とは違う別の名前。力ある名前のこと。シゥ国などで信仰される真名の……」

「……合ってる。本当に全部記憶しているのですか?」

「うん。頭の中で見たままを再現できる、って言えばいいのかな。でもね、単調なことの繰り返しや経験や積み重ねが必要なものは苦手。楽器とか絵とか」


 ライサはうーんと思案しながら、紙の束をめくっている。


「なるほど、わかりました。そうなりますとニーナ様は13歳としても学力には問題はありません。ただ、宮廷マナーはサンドラに、手芸はアンナに授業してもらうことにしましょう。私が教えるのは文学と外国語と魔法基礎になりますね。絵画や楽器などは専門の教師を手配しなければなりませんから、年が明けてからになります」

「魔法!!」


 この世界には魔法の素といえる魔素という物質がある。魔力とは魔素を使うための持続力スタミナのことで、魔素を効率よく魔法に変換できるのが魔術師だ。

 では、この世界の者ではないニーナにも使えるのか、という問題がある。ライサが引っかかっているのもこの点で、今まで本格的に魔法について教えようとはしなかった。


「使える使えないはともかく、この世界の根幹でもありますし、魔法王国で貴族として生きていく上でも魔法基礎を知らないでは通じませんから。ところで、授業スケジュールにかなりの余裕ができました。せっかくですので雪が降る前に少し郊外へ遊びに出かけませんか。王城と違って誰かにいちいち許可取らなくてもいいですし、辺境伯からいただいたバヤールたちも、きっと退屈しているでしょうから」


 ライサが笑いながら言う。


「行きたい! 行く! 行く! みんなでピクニック!」


(この世界に来て初めての遠出だ!!)

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