お引越し2

(そういえば、さっきヴァルナルさんも「当領地」って言ってたっけ。魔法王国は官僚制で常備軍があるから、絶対王政だよね。そういう言葉がこの世界にあるのかは分からないけど、中央集権国家なのは間違いないはず)


 ……あれ、そうだよね?とニーナは歴史の教科書を思い出そうとする。


「辺境伯は文字通り辺境の領主なのですよ。ルルニ湖を超えた先にレムグ高地という少し開けた場所があります。そのあたり一帯が辺境伯領です。レスダール獣王国との国境が曖昧な地域で、地方官では対処できない細かな争いが絶えません。そのためハーゼンバイン辺境伯には自治権が与えられ、代わりに麾下の騎兵隊を緋衣クラモワジー騎兵団へ供出しているのです」


 受け取った書状に目を通しながら、ライサがさらっと説明する。


(なるほどね、そこだけ封建制なのか)


 現代でも色々な国家体制があるから、教科書のように単純なことではないのかもしれないとニーナは納得した。


「でも、ライナーもシリルも騎兵隊辞めちゃっていいの? お給金だって待遇だって悪くないんでしょ?」

「ライナーの身分はヴァルナル隊長の従士のままでしょう。先ほど言いましたように、辺境伯領の騎兵隊は国ではなくハーゼンバイン卿に仕えていますから。シリルは私の弟の従者見習いをしていたことがあり、一般的な礼儀作法も心得ていますし、ニーナ様の事情もある程度は理解していますので、護衛も兼ねてお側仕えをして欲しいとスカウトしたのです」


「あ、はい。俺は騎兵隊から派遣?とかいうやつだそうです」

「僕は、ほら、こんな感じだし、騎兵隊には向いてなかったですしねー」


 ひらひらと手を頭の前で振って笑うシリルに、こくんと頷くライナー。

 人は知った顔があるとそれだけで心強く感じるものだ。新しい屋敷で少しでも安心して暮らせるよう、居心地がいいよう、ライサたちがニーナのために心を砕いてくれたのだろう。


「そういうことなら、改めてみんなありがとう、これからよろしくね! ところで引っ越しやら何やらでずーーうっと言いそびれちゃってたんだけど、私、来月で13歳になるの。こちらでは13歳の女子は何をすればいいのかなあ?」

「「「「「はい?!」」」」」


 ライサまでぽかーんとした顔にさせたまではよかったが、誰かが誕生日のお祝いパーティーがなどと言い出して、逆にニーナが焦ることになった。

 これ以上意図がよくわからないプレゼントをもらっても困るからだ。すでに引っ越しだけでも何やらいろんな方面にお気遣いをしてもらっているらしく、ドレッサーを埋め尽くす衣装や靴はジアーナ王妃から、玄関ホールで澄んだ鐘の音を響かせる豪華で重厚な大型置時計ホールクロックはノシュテット侯爵から、先ほどの花模様が装飾された純銀製のテーブルウェア一式はなんとオーデルバリ侯爵夫人からの贈り物だった。

 オーデルバリ侯爵夫人は優れた財務管理能力の持ち主で、その能力を寵愛されて先王の愛妾になったという経緯があり、今も財務府の実務を取り回しているという。そう、家一軒建てなくて済んだと喜んだのはこの方だったのだ。


 そういうわけで、午後からはライサ指導の下、贈り物のお礼状を書くので大変だった。ニーナがなんとか書き上げた書状を、ライサが確認して封をしていく。この封蝋作業をニーナはワクワクしながら眺めている。

 ワックスを溶かすのにライサが魔法で指先に火を作るのだが、その様子がニーナには楽しくて仕方がなかった。印璽スタンプは記憶にあった刈谷の印鑑の字で作ってもらった。ニーナが差出人であることを示すオリジナルな模様と言われ、思いついたのが印鑑だったのだ。


 さて、その夜。

 朝から慌ただしかったからか、ニーナは入浴を済ませると直ぐに眠ってしまった。それを見届けたアンナはニーナの私室をそっと退出し、ドア前のシリルを見て笑う。


「歩哨には立たなくて良いのよ」

「わかってはいるんですよー。ニーナ様はいつも元気で明るいけど、夜になるとうなされていることが多いんです。夢の中まで助けに行けるわけじゃないですけど、せめて近くにいますよーって、なんていうんですか、自己満足ってやつですよねー。だから僕の勤務時間が終わるまではここに居ます」

「そう? 無理はしないでね。私たちはこれからずっと、ニーナ様をお守りして暮らして行くのだから」

「はい! おやすみなさい、アンナ様」


 侍女であるアンナは、主人であるニーナが眠ってしまったから、この後の時間は自動的にフリーになった。少しくつろぐためにお茶でも入れてこようと廊下を歩いていると、居間パーラーの前にサンドラが立っていた。


「ニーナ様はもうお休みになったかしら? そうなら少しお話があるのだけど」

「はい、今日はお疲れになったのでしょうね。では、お茶の用意をしてきます」

「それは大丈夫よ、準備してあるから入って」


 居間パーラーは家族がくつろいで過ごすための部屋だ。女主人が主催するお茶会はで開かれるし、朝食も居間パーラーで摂るのが普通だ。元の研究所時代から二階はプライベート空間として作られていて、居間パーラーは二階の東奥の明るく日当たりの良い位置にある。

 アンナが入ると既にライサが座っていた。


「ニーナ様について、少しお願いしたいことがあるの」


 ライサがこう切り出した。要はニーナの年齢についてである。

 今日のニーナのサプライズ発表を聞くまで彼女が何歳だと思っていたかと問うと、サンドラもアンナも7〜8歳くらいだと答えた。頭の回転が早く受け答えがしっかりしているのに、常識的なことを知らないかと思えば、妙に物怖じしなかったり博識だったり、とてもチグハグに感じられる、と。


「その印象のすべてに〝こんなに幼いのに〟という前提がついているから、この違和感は大きくなるのでしょう。それを13歳になる異国の少女だとすると、なんとなく納得できることが増えないかしら? これはニーナ様にとって不利だと考えるのですが、どうですか?」

「辺境伯の贈り物のことはハイクラスの耳に入っているでしょうし、そろそろ接触してこようとする家が出てきてもおかしくないですね」

「13歳となると一部の夜会には出られますから、いろいろなお誘いをお断りするのが難しくなります。まだこの国に不慣れなのですから、もうしばらくはそっとしておいて差し上げたいです」

「みんなが同じようにニーナ様を案じてくれていて嬉しいわ。では、ニーナ様は来月の種播き月9月16日にの誕生日を迎えられる、と公表します。実年齢はしばらく秘匿事項としますので、他言はもちろん日記や手紙などにも一切の記録を残さないように。シリルとライナーにも伝えておいてね」

「あの、ヴァルナル様もニーナ様のご年齢のことをご存知なのでは?」


 遠慮がちにアンナが問う。


「そういう勘は働く男だし、辺境伯の書状にも〝たいそう幼い子〟と書かれていたから、おそらく誰にも口外していないと思うけれど。でも、まあ一応口止めはしておきましょうか。警備の挨拶に来ると言っていましたからその時にでも」


 こうして、ハウス・アンスティートの淑女たちのお茶会で、ニーナのが決定した。

 そして、ニーナの誕生日祝いのパーティーを始め、すべての公式行事は『両親の喪中でもあり、まだ事故による心の傷が癒えていない』ということで、当分は回避することになった。

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