我儘王女

 ライサが王家付き家庭教師ガヴァネスとしてソフィア王女の教育を任されたのは、彼女が9歳になるころだ。語学や歴史、文学や教養と合わせて基礎魔法も教えるはずだったが、学ぶことにまったくやる気がない。

 弟が生まれたことで才能があっても王位にはつけず、かといって魔術師にもなれず、政略結婚の駒にしかなれないと理解していることが不憫であった。魔法至上主義な王家なだけに、過去には宮廷魔術師になった王子や王女はいるのだが、ソフィアの場合は何故かジアーナ妃が許さないと公言していたのだ。


 そんな彼女が興味を示したのがシェーザックの伝説だ。ライサが語る救国の英雄譚は、今までおとぎ話として見聞きしたものよりも具体的で面白かったらしい。

 そこでライサは、彼女のやる気を上げるためにいろいろなところにシェーザックを登場させたのだ。例えば、「シェーザック様は語学が堪能だったそうですよ」というと、ソフィアは必死で語学を身につけた。

 やがてシェーザックをより知ろうと、我儘姫はその権力を正しく行使する。王城内の文書庫を開けさせては、シェーザックに関する記録を探し始めたのだ。

 また、大図書館にも救国の英雄についての記録がないか問い合わせ、当時の司書たちの日誌の中に彼の姿を見つけている。こうして数年かけて、断片的ながらシェーザックの記録を拾い集めていったのだ。

 ライサは王女のシェーザック研究を好ましく見ていた。大図書館にも確認したが、救国の英雄個人の研究者は今までいないとの回答だったので、いずれは侯爵家が知る情報を少し書き添えて、ソフィア王女の名前で研究書として発表してもいいと考えるくらいには。

 しかし、彼女のシェーザックへの想いはそれぐらいで収まるものではなかった。


 3ケ月ほど前、ソフィアの侍女であるリーダが、実家のラーゲルフェルト伯爵家で面白いものが見つかったと古い手紙の束を持ってきた。それは5代ほど前の当主が、ミリアム王女のレディズ・コンパニオンとして王城に上がっている妻から受け取ったものだった。

 やっと決まった結婚に向けて楽しげに準備する王女の様子が綴られており、頻繁に〝ゴットリープ卿〟という名前が出てくる。そして王女が成婚したので職を辞して家に戻るという手紙には、〝卿にはシュティルフリートの名と生涯にわたる庇護を与えられた〟と書かれていた。

 ソフィアはこれらの名前に心当たりがあった。ミリアム・イーディス女王の墓の近くに〝ゴットリープ・シュティルフリート卿・享年57歳〟と刻まれた小さな墓碑があるのだが、それが誰なのか長年の謎だったのだ。

 通常なら配偶者だと思われるが、ミリアム・イーディス女王の王配は肖像画も残されていない。結婚した当時わずか九歳、あくまでミリアム王女を立太子させるための婿入りだったので、彼女が女王に即位した時にもまだ成人していなかった彼は離縁されたという説があるほどだ。

 ただ、ミリアム・イーディス女王には5人の子どもがいるため、記録にない夫がいたことは間違いない。

 それがシェーザックだとソフィアは確信した。

 異世界からきた英雄と出会って、平凡な姫が女王になる。

 なんという夢物語。

 だがこれは歴史的事実で、自分もその血を引いている。

 思慕が、憧憬が、妄想が、暴走する。

 今回の厄災騒ぎは千載一遇のチャンスだ。

 きっとシェーザック様のような素晴らしい男性ひとがやってきて、閉塞した自分を救いだしてくれるはず!

 王を唆したのはソフィア王女だ。



(前言撤回。出会ったら殴るわ、絶対)


 拳を握りしめてプルプル震えるニーナに、嘆息するライサ。とにかく、だ。公式記録から抹消された二人のことを読み解いたソフィアの情熱には敬意を払うべきだろう。


「つまり、シェーザックさんがミリアム・イーディス女王の夫である可能性は否定できないのね」

「はい。王家の霊廟に埋葬されているということは、それなりの人物ですから。女王の秘密の夫くらいでないと無理でしょう」


 これでソフィアの発言の真偽は分かったが、うっかり城内で出会ったら惨劇待った無しだ。できるだけ早く王城を出た方がお互いのためだと思われる。


「そういえば、シェーザックさんの病院や研究所って今はどうなってるの?」

「シェーザック様は一代伯爵だった上に後継もいなかったので、没後はミリアム・イーディス女王が引き継がれ、その後は国が管理していますね。ただ、研究所を兼ねていた館の方は、女王が崩御されてからはずっと無人のはずです」


 そのお屋敷ちょっと見たいなあと言うと、ライサは直ぐに許可を取ってきますと出かけて行った。そしてライサが戻るより前に、サンドラが外出用のドレスを抱えてやってきた。


「明日ニーナ様が外出なさるとお聞き及びになったジアーナ王妃殿下よりの下賜でございます」


 サンドラさん、お耳に入れたのはもしかしなくても貴女じゃないの? と、さすがにニーナもツッコミはしなかったが、明日シェーザックの元お屋敷を見学することは決定事項となった。

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