英雄の消息2

 ロクシュニアを出てから約8年後の大陸暦424年、シェーザックはひょっこり王城に現れた。

 このチャンスをミリアム王女は見逃さなかった。未婚の今だからと、シェーザックとの婚姻を父王に進言する。

 この頃は後継の第2王子と末っ子の第6王子は生存しており、また、22歳の彼女の婚期が遅れていたのは、釣り合いの取れる年齢の男子が大厄災禍のためいなかっただけなので、平凡な第5王女の降嫁先が変わることは王家としては問題にならなかった。

 しかし、肝心のシェーザックが日本に帰りたいと拒否する。


「王家に伝わっている古代魔術式はただひとつ。帰す方法など知る由もない」


 そう告げられたシェーザックの落胆ぶりは如何ばかりだったか。

 しばらくは酒を浴びるように飲むシェーザックの姿が城内で見られたらしいが、その側にはいつもミリアム王女がいたそうだ。やがて彼は病院と研究施設を建ててもらうことを条件に、王女との結婚を承諾した。


 王都であるティセロはビレトス山脈の麓、深く青い水を湛えるルルニ湖の傍にある学術城塞都市だ。

 〝魔法の在り様について記された石盤〟を研究する魔術師たちが築いた町が始まりなので、王都の中央には石盤を守る大図書館が建っている。大図書館前には定期市が開催される大きな広場があって、そこから南に向かう大通り一帯が商業地区だ。大図書館の東側は図書館の付属施設や宿舎街で、北側には貴族や裕福な商人たちの住む高級地区が広がっている。


 大図書館から北に伸びる大通りの先に、湖に張り出すように王城がある。

 王都は結界陣に沿うように造られているので、外周はほぼ円形に堀と城壁が巡らされているが、王城のあたりは湖岸が天然の要害となっており城壁がない。

 そのため眺めがとてもよく、また王城にも近いとあって公爵などの上級貴族の邸宅が並んでいる。


 王都の外に出る門は4つある。時計で説明すると、12時に王城があり、4時あたりに東門、6時が南門、8時あたりに西門、11時あたりが北門になる。

 東門から出ると港がある。主に湖で淡水魚を捕る漁船が係留されているが、貴族の舟遊び用のヨットなども見られる。ナドーラ川を降る交易船でシゥ国に渡ろうとすれば、ここから出ている連絡船の方が街道を行くより安全だ。

 南門を出ると耕作地や牧草地が広がっている。すぐ目に付くのは麦畑の中に聳えるミティジア教会の尖塔だ。いざという時には近隣の農民たちが避難所として使えるよう、防壁と見張塔を有しているので、遠目には小さな城のように見える。その前を通る街道は、リヴィル深林を抜けて白イナス河まで続く。

 西門の外にも耕作地があるがこちらは放牧地が多く、白や黄褐色のエアレーたちがのんびり草を食んでいる。放牧地を抜けて伸びる街道は、ビレトス山脈を超えてマレリオン国まで至る。

 北門から続く街道は、ルルニ湖に沿って北上したビレトス山脈の麓にある王家の霊廟への参道になっている。高級地区にあるため、湖や北側の放牧地に行くにも平民はあまりこの門を使わないようだ。


 シェーザックは故郷に似ていると湖の景色を気に入っていたらしく、候補地を見て回ったミリアム王女の希望もあって、建設場所は北門近くの王城が見える湖のほとりに決まった。

 また、いくら救世の英雄といえ身元のはっきりしない平民と王女を結婚させる訳にはいかないからと、シェーザックには爵位が与えられたが、ゴットリープ伯爵となっても彼の本質が変わるわけではなく、よく城下に出ては屋台や居酒屋で飲んでいたという。

 やがて完成した館に移ったシェーザックは、併設された病院で人々を治療をしたり、研究所でミティジア教の司祭たちと魔法と医療を組み合わせた治療法を模索したりと、日々精力的に働いた。

 そして、相変わらず夜になると飲み歩いていたようである。


 ミリアム王女も館を訪れては結婚準備を進めていたが、土の季節に入るころに第2王子と第6王子が相次いで亡くなるという不運に見舞われる。

 王家の存続に関わる事態に、ジークラム王は2人がまだ婚約状態だったのをこれ幸いと破談、ある公爵家から婿をとってミリアムを王太女にしたのだ。王家の事情に振り回されっぱなしのシェーザックには賠償として病院と研究所が委譲され、また、ミリアム王太女は将来に渡って庇護を約束したらしい。



「もしかして、シェーザックさんのお墓って王家の霊廟にある、とか?」

「その通りです。長らく埋葬者が謎の墓碑があったらしいのですが、最近になってシェーザック様のものだと判明したようです。これは王家側で隠匿されていましたので、私が知り得なかった情報ですね」


 なるほど、ライサも知らないことは教えられない。シェーザックのお墓あることは分かった、日本に帰れなかった理由も。

 ではソフィアが言っていた「女王の夫として幸せに暮らした」というのは、どういうことだろう?今の話だとミリアム・イーディス女王の夫は公爵家から迎えたはずなのに、とニーナは疑問を口にする。


「ミリアム・イーディス女王の王配については公式記録がありません。公爵家から迎えたというのも、我が家に私的に伝わっている情報でして。歴代当主たちが宮廷内で見聞きした出来事を日記に書き残しているのですが、シェーザック様とミリアム・イーディス女王の婚約に関することはスキャンダルとして全て公式記録から抹消されたそうなのです」

「じゃあ、ソフィア王女が勘違いした理由はどこからきたの?」

「それに関して、ソフィア王女殿下について少々お話しなければならないのですが、大丈夫ですか?」

「もう怒ってはいないし、話を聞きたくないってほど嫌いでもないよ、今の所は」


 本人を前にしたってニッコリ微笑む腹芸ぐらいできる、とニーナは胸を叩いたが、ライサは「本当に?」と言いたげに首を傾げるのだった。

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