英雄の消息

 今日は刈入の月7月の4日です。こちらは元の世界と違って新年が春分なので、7月は秋です。私が召喚されてから約2ケ月経っているそうです。

 でも、実質起きていたのは10日ほどで、ほとんど寝込んで(意識を失って)ました。なんでも体が再構築されるのにトンデモなくエネルギーを消費するそうで、起きていられなかったようです。

 そして、ちゃんと起きたら、死んでいたほうがマシなレベルでライサに怒られました。

 頚動脈を掻っ切って派手に血飛沫を撒き散らしたのは、インパクト大だったようです。狙い通り王女にもバッチリ掛かったようだし。(ザマァ!)

 絶叫を上げて気絶したソフィアに、王様たちが気を取られたのもラッキーだったようです。目をかっ開いて血溜まりに転がる子どもには誰も目もくれませんから。ライサは私を抱き上げると、早く治療してもらわなければとか言って、謁見の間の大扉を開けさせたそうです。

 治癒ができる人はあの場には誰もいなかったようで、さすがの判断力です。

 そうそう。王女の護衛の騎士はものすごく良い腕です。心臓を確実に狙えるのに、私を肺に当てたんだから。

 死に戻りするなんて知らないから仕方がないですね。

 とにかく、私の謝りポイントはひとつしかありません。

 ライサのあの豪華で煌びやかなドレスを私の血でダメにしてしまったのは、本当に申し訳なかったです。私の着ていたドレス、あれはソフィアのお下がり(正確にはソフィアの衣装部屋の未使用品デッドストック)なのでどうでもいい。

 やっぱり良くないです。あれはアンナが一生懸命にサイズを直してくれたから、アンナにも謝らなければダメです。



 ニーナがグシグシと書きなぐっている反省文?をみて、ライサがため息をつく。


「基本的には子どもらしい文なのに、残酷な描写だけ何故こんなに達者なのでしょうか……」


 それはホームステイしていた留学生たちのせいだな、とニーナは思った。彼らのほとんどは日本のアニメや漫画に沼るので、よく説明を求められた。

 そうしてアニメなどでありがちなアクションシーンを表現する語彙は、やたらと詳しくネイティブっぽくなったのだ。


「ねえ、ライサ先生。この作文は必要なの?」

「日記だと思って気楽に続けてくださいね。こちらの筆記道具に慣れていただく意味もありますから」


 こちらの筆記用具とは、金属製のペン先とペン軸を組み合わせた、いわゆるつけペンだ。間違った箇所が簡単に消しゴムで消せるシャーペンや鉛筆に慣れたニーナには、インクは滲むしペン先が紙を引っ掻いてヨレるしで書きにくいことこの上ない。

 ホームステイしていた留学生たちはボールペンを使っていた。間違った箇所に線を引いて書き足すのが欧米では一般的らしい。見直した時に、その時の思考や過程が解るというのが重要なのだそうだ。

 そういえばシェーザックは何で書いていたのだろう。医者だとやっぱり万年筆を使っていたのだろうから、ペンで苦労することはなかったかも、などと考える。


(そう、シェーザック、だ。あの時ソフィア王女はかなり重要なことを言っていた。シェーザックはこの地に眠っていて、女王の夫になった、と。ライサから聞いた話では、シェーザックがミティジア教皇国を去って以降の記録はないはずなのに)


「あの時ソフィア王女がシェーザックさんのお墓があるっぽいことを言ってたけど、本当にあるの?」

「それも含めまして、ニーナ様が眠っていた間に決まったことなど、色々お話ししておかなければならないことがあります」


 こう前置きしてライサは説明を始めた。

 まず、あの謁見の間での件は箝口令が敷かれ、ソフィア王女が激しい癇気を起こしたことになっているそうだ。実際に謁見の間の外にまで響く、血を吐くような絶叫をあげたのは王女なので、誰も疑問には思わなかったらしい。

 そのとばっちりを受けた賠償として、ニーナには王家から成人、魔法王国では18歳まで、毎年金貨100枚が年金として支給されることが決定した。

 多いのか少ないのかニーナにはよく分からなかったが、シリルが「僕たちの年給と同じくらいかあー」と呟いていたので、安くもないが高くもないのだろう。ちなみに、もっと払っても良いのに! というのがライサの個人的な感想だ。


 身分については、王家の遠縁にあたるシゥ国の豪族ハイクラスの娘ということで、身元保証は王がすることとなった。近隣の王族同士は婚姻関係が複雑でどこかで血が繋がっているし、シゥ国は民族的に黒髪なことやロクシュニアと身分制度がかなり異なっていることから、身元を誤魔化すには丁度よかったらしい。

 つまりは、この国にいる限りニーナは上級貴族の子女と変わらない権利を享受できる、ということだ。そうはいっても女性というだけで色々制限がありそうだが。


 居場所についてだが、これはニーナの意見を尊重するということになっている。ソフィア王女は「あんな物騒な娘とは二度と顔を合わせたくない」らしいが、王としてはこのまま西館で暮らしてもいいとのことだ。監視の意味では王城内に置いておく方が楽だからだろう。

 王城を出る場合は、希望の場所に屋敷を用意するという。その場合も、食事と衣装については全て王家から支給されると聞いてニーナは驚いたが、騎士や使用人たちは衣食住付きの雇用が普通だそうだ。

 待遇などは騎兵隊士を基準に条件を決めていることが伺えるが、後で知ったところによると、騎兵隊士や使用人たちに支給されるのは規格品の制服が年に1回のみなので、オートクチュールの衣装が都度支給されるのはかなりの高待遇だった。

 ちなみに謁見の時にライサが着ていた正装ドレスの値段はニーナの年金5年分だそうで、それを聞いたニーナの意識は現実から逃亡した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る