謁見2




 控えの間には歴代国王と家族の肖像画がいくつも掛けられていた。

 王家の権威付けではあるが、訪問者を退屈させない意味合いもあるので見て歩くのはマナー違反ではない、とサンドラは言っていた。謁見の間に続く大扉の左右にかかっているのが、おそらく現国王と王妃だろう。肖像画からですらできる女性だと感じさせる雰囲気があり、暗めの金髪とエメラルドグリーンの眼が少しライサに似ている。

 国王の方はラウンド髭以外に特徴がなく、ただの優しそうなおじさんという感じだ。他のも見て回ろうかとニーナが歩き出す前に、奥のドアが開いて侍従がやってきた。


「国王陛下が謁見されます。ご準備を」


 控えの間から謁見の間に繋がる大扉は向こう側からしか開けることができない構造で、侍従が大声で訪問者の名を告げると、中からゆっくりと押し開かれるのだ。


「侯爵家御息女ライサ・ダニエラ・ノシュテット様並びに客人ニーナ・カーリヤ様、お入りください」


 こういう風に呼ばれると肩書というのが如何に重要か分かる。侯爵家令嬢と家庭教師ガヴァネスでは印象がまるで違うし、侯爵家が今日の謁見を知っているぞ、というプレッシャーにもなる。きっとこれが政治的な駆け引き、というやつなのだろうとニーナは思う。

 大扉から真っ直ぐ緋毛氈が敷かれた先は3段ほどの階段になっていて、そこがいわゆる玉座。向かって左に肖像画そのままの顔をした国王が座っており、右側の椅子には美少女といって差し支えのない愛らしい顔立ちをしたソフィア王女がいる。

 ニーナはライサの後をついて緋毛氈の上を歩いていくのだが、慣れないドレスと歩幅の違いでトコトコ歩きになっている気がしている。横に並んだ近衛騎士たちの目線が気になるが、実年齢は伝えていないそうなので、ここはマナー的にもを演出する意味でも幼く見られる方が得かもしれない、という計算がライサにもあるのだろう。

 ライサが止まったら右側について、揃って深くお辞儀する最敬礼のカーテシーをとる。


「本日は拝謁を賜りありがとう存じます」

「うむ。今日は其方に命じた件での参上と聞いたが、なるほど侯爵令嬢としてか。つまりはノシュテット卿もこの一件ご承知ということかな」

「ジアーナ妃殿下も、でございます」


王妃の名前が出た瞬間、ソフィア王女が口を挟む。


「今、お母様は関係ないでしょう、先生? それより、そのおチビちゃんがシェーザック様と同じ召喚者だなんてことはありませんよね?」


 この発言を聞いたライサは、段取りや思惑などが全部すっ飛ぶほど驚いた。まさかの先生呼びからの、シェーザックの名前と彼が召喚者だという暴露と、やってはいけないこと三連発で一瞬にして顔色のなくなったライサに対し、言ってのけたソフィア王女はケロっとしている。

 それもそのはず、約150年ぶりに生まれた有能な資質を持つ娘に王の喜びようは尋常ではなく、砂糖で包んでメープルシロップをかけたと揶揄されるほどの甘やかしっぷりで、ソフィア王女はどこに出しても問題ありの我儘姫に育っていた。今までは、公の場では常にジアーナ妃が目を光らせていたから暴走しなかっただけである。

 謁見の場でライサが諌めるのは、本来はおかしな話なのだが、王家付き家庭教師ガヴァネスという職務上ここは釘を刺しておかなくてはならない。


「ソフィア王女殿下、今少し思慮深くお話しくださいませ」

「なんですの、先生、まさか怒っていらっしゃる? ああ、わたくしの家庭教師から外されて、その子の世話係にされたことが気に入らないのですね。だったら、もう戻っていらしても大丈夫でしてよ」

「そういうことではございません」

「もういいですわ。古代魔法なんて所詮は不確かな代物ですもの、魔力不足とか式が間違っていたとかかして、うっかり外つ国から迷いこんでしまっただけなのでしょう。ねぇ、おチビちゃん?」


(ああ、この顔は知ってる。ニーナを田舎者だと嗤ったかつての級友たちと同じだ。絶対の高みと信じて疑わない場所から、弱者と見なした者を踏みつける)


『失礼ね! 私は生まれも育ちも日本よっ。こんなところとは比べ物にならないほど、平和で安全で便利で快適な国に住んでたの。そっちが勝手に拉致ってきておいて、どういう言い草よ。間違ってたんなら、さっさと帰してよ!』


(ライサはいい人だし、アンナとサンドラも親切だ。でも、明るいうちは考えないようにしていても、夜になれば両親が家が恋しくて仕方がない。そんな気持ちを押し殺して、ここに立っているのに。なんだ、この女は)


「え? うそでしょう、日本語?! 本当にシェーザック様と同じ世界から来たというの?」


 ソフィア王女から初めて高慢な雰囲気が消え、途惑ったようにライサを見る。娘の暴走を諌めもせず、困ったような顔をしているだけの王が口を開いた。


「ニーナとやら、招かれたということは何か意味があるのだろう。其方は一体何ができるのだ?」


(は?何を言ってるんだ、このおっさんは。私はただの女子中学生だ。とっとと家に帰らせろよ)


『〝招かれた〟だって? 私がいつ承諾した? 私は拐われたんだ! この世界に! 何ができるかだって? 偉そうに。体裁を繕うために適当に召喚の儀式をやってみただけのくせに。異世界は〝取り敢えず〟で呼んでいい場所じゃ無い! 今すぐ私を元の世界に返して!!』

「返す? 何を言ってるの? 召喚したものを返す魔法なんてあるわけないでしょう? 救世の英雄ですら、この地で眠ってらっしゃいますのに」


(何? なに? 何? 何? なに? 英雄が眠っている? この国で? え? お墓があるってこと? 役目が終わったから帰ったんじゃないの? なに、なに、なに! 帰れないってこと!? 呼び出しておいて、使えなかったら、ぽいっ。有能でも役目が終われば、ぽいっ。異世界召喚話でありがちで、あって欲しくなかった最悪のパターン。なんて一方的な搾取と暴力!!!)


 ニーナの怒りが沸点を超えた。


『ふざけんなっ、自分たちの不出来を自慢げに言うな!! 本当にっ、頭悪すぎだろっ。因果もわかんないのに、異世界から何かを呼ぼうとすんなっ!呼ばれた方はめっちゃ迷惑なんだよっ! シェーザックさんも可哀想に、こんな訳分かんないとこで、ひとりでっ』


 王の前だとか、ライサの立場だとか、そんなことに頓着していられないニーナの口撃は止まない。


「はぁ!? シェーザック様は可哀想ではありませんわよ! ミリアム・イーディス女王の夫として幸せに暮らされたのですからっ! 敬愛するシェーザック様を侮辱しないで! 不愉快よっ!」


 意外にしっかりヒアリングできているソフィア王女、何か言ってはいけないことも喚き返しているようではあるが。

 そして、不愉快の一言に、王女の斜め後ろに立っている騎士の頬がピクリと跳ねる。


『あんたの気分なんか知るかーっ!』


 ニーナは叫ぶと同時にソフィア王女を指差す。この不敬極まる行為に、王女専属騎士であるデリック・ランメルトは激昂した。


「貴様、先ほどから無礼にもほどがあるぞっ!!」


 叫ぶなり左手で抜いた短剣を、ニーナに向かって投げつけたのだ。一瞬すぎて恐怖も痛みも感じることなく、短剣がニーナの薄い胸板に吸い込まれていく。

 なるほど、あの騎士、気性に難ありだけど王女の専属に任命されるだけはあるなあ、と場違いな感想を抱きつつ、ニーナはこのチャンスを活用させてもらうことにする。謁見の間で帯剣しているのは近衛騎士たちだけだ。この場で武器が欲しいなら、彼らから手に入れるしかないのだ。

 刺さった短剣のグリップを両手で掴んで引き抜く。思った通りそれほど出血はない。段下に控えていた近衛騎士たちがデリックを取り押さえようと駆け出すのが、ライサがニーナの方へ振り向くのが見える。


 だが、まだニーナが願うシチュエーションには至らない。

 そのまま引き抜いた刃の上に倒れこむ。狙いは頸動脈だ。非力なニーナが、現状から派手な致命傷にするにはこれしかない。

 そして、渾身の力で身体を引き起こし、赤い弧を描いて仰向けに倒れた。

 轟々という耳鳴りがうるさい。

 指先が冷たい。

 肺が焼けるように軋む。

 身体が重い。

 意識が消えるまでのわずかの間にソフィアと視線が交わり、ニーナは小さく口角を釣り上げた。


「ざまぁ……」


 呟きとともにごぼりと口から血が溢れる。幾夜もまともに眠れないほどの凄惨な記憶になれとソフィアを呪う。

 瞬間、王女の悲鳴が謁見の間に響き渡った。

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