呼ばれた理由
ここはロージアン大陸の北部地域の東にある、首都ティセロと周辺のわずかな平原、あとは山と森しかないロクシュニア魔法王国という弱小国だ。
かつては広大な領土を有する強国だったが、約150年前に大陸全土で続いた天候不良からの
当時の王ジークラムは魔法王国の名に違わず強大な魔力を有する魔術王であり、魔法至上主義者であった。治癒を専門とするミティジア教の司祭も死病には為すすべもなく、王都でも人々が次々と倒れ、ついには王太子が亡くなる事態に、禁忌とされていた古代魔術式で異なる世界から救世主となる男を呼び寄せたのだという。
この世界で広く救世の英雄と呼ばれる男は、黒髪の小柄な青年だったそうだ。シェーザックと名乗った青年は最初は酷く戸惑っていたが、死腐病の罹患者を一目見ただけでその症状と社会的被害を言い当てた。
魔法を知らないというシェーザックを内心侮っていた王だったが、以後は彼の指示するとおりに罹患者を収容隔離する施設を作り下水道を整備した。そして死腐病のでた家は消石灰を撒いて封鎖するだけでなく、罹患者が使用していた全ての寝具・衣類の焼却処分と住み着いている
またシェーザックは寝具や衣類を天日に干すことや屋内に日光を取り入れること、身体を清潔に保つことも勧めたという。ロクシュニアは
これは死腐病だけではなく他の病の予防にもなると聞き付けたミティジア教司祭が、太陽の恵みを取り入れて死腐病を防ごうと大々的に宣伝してくれたので、今では辺境の農家でも屋内に日光を取り入れ煤を排出する天窓が当たり前になっている。
こうして1年でロクシュニアの死腐病の流行はほぼ終息したが、他国はまだまだ混乱していた。シェーザックの目が国外に向いていることを察したジークラム王は王女のひとりとの婚姻を進めようとしたが、彼はいつの間にか交易船に潜り込み、ミティジア教を国教とする聖キリゴ皇帝国へ渡ったらしい。そして、すでに国民の三割近くを失っていたものの太陽神ミティジアへの信仰が篤い聖キリゴは驚くほどの速さで死腐病の押さえ込みに成功する。その後、ミティジア教を国教とする北部地域の国々でも徐々に疫病の流行は収まっていくのだが、施療院で指揮にあたっていたのは黒曜石の瞳が印象的な小柄な青年だったと各国の教会に伝承されている。
シェーザックがいつ大陸南部地域へ渡ったかはハッキリしないが、ミティジア教皇国の神学校に小柄な青年の像が建っていることからも、彼が居たことは疑いようがない。彼は魔法による治癒を学ぶ代わりに持っていた医療の知識を伝え、これは魔法治療学という新たな学問の礎となったのである。
教皇は彼こそ太陽神が使わした救世の英雄だと宣言することで失墜したミティジア教の威信を回復しようとしたが、その時にはシェーザックの姿は教皇国から消えていた。
以後、彼が現れたという記録は何処にも残っていない。
これがロクシュニア王家に伝わる大厄災と救世の英雄の話です、とライサは結んだ。救世の英雄譚は『ある時ロクシュニアに現れた〜』と始まるロージアン大陸で一番有名な物語ではあるが、『人々を救った男はいつの間にかいなくなっていました』で終わり、召喚のことや王女との結婚話、シェーザックという名前など王家に関わるものは伏せられているそうだ。
ここまで聞けば大厄災と同等の何かしらのトラブルがロクシュニアで発生し、現国王が自力で解決できなかったために今回の召喚に及んだということは想像に難くない。
ニーナにとって問題なのは、何が起って自分が呼ばれたのかという点だ。大厄災の話からネズミと伝染病と聞けばペストだろうと現代人なら予想できるが、その対処法まではよく知らない。
約150年前といえば日本は明治時代、恐らく召喚された青年は医者で公衆衛生学にも明るかったのだろう。となると王家の使用した古代魔術式は呼びだす事由に対してかなり的確に召喚者を選び出している。
では、現代日本の女子中学生を選ぶ理由とはいったい何だ?
聞かれたライサの目が明らかに泳ぎ、扉の前に立っている鎧が初めてガシャりと音をたてる。
それだけでもう碌でもないことに違いないとニーナは悟ったが、これは確かめておかないといけないことだと先を促したものの、聞いても意味のないことならいっそ聞かないほうがよかったかもしれないなあと、後悔することになる。
ライサのしどろもどろの説明を要約すると「何か分からないけど大変なことが起こるっぽいから取りあえず召喚してみた★ BY王様」ということらしい。
ライサが申し訳なさそうに俯く。あまりの無責任さにニーナは気が遠くなり、そのまま後ろに倒れ込んでしまった。
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