呼ばれた子2
暖炉の方へ後ずさる少女に合わせるように、鎧は扉の前から部屋の中へと入ってきた。
よし、と走り出すタイミングを測る少女が扉へ目を向けた時、今度はルーベンスの絵画から抜け出してきたかのようなドレス姿の美しい女性がゆっくりと現れた。思わず大きく飛び下がった少女の方へ向き直ると、片膝を着き両手を開いて恭しく頭を下げる。
なぜか鎧も彼女に続いて同じような格好をとっている。
よく見ると鎧は武器らしきものを持っていないし、血まみれではなく深紅の胴衣を着ているようだった。事態が飲み込めず固まる少女と頭を下げたまま微動だにしない二人。
やがて少女はあることに思い至った。
「あ、あの、害意がないことは分かったので、頭を上げてくれませんか?」
女性の方からホッとしたような気配がした。
「……ありがとうございます。良かった、言葉は通じるみたいで……」
それはどういう意味でだ、と少女は思ったが今聞くべきことは他にある。
「もしあなた方に可能なら、現状の説明を、その、できるだけ詳しく」
少女はこの状況を説明できる夢以外の可能性を、妄想でしかないはずだが現代日本人なら割と簡単に予想できたりするかもしれない現象を思い浮かべつつ、できれば否定して欲しいと願って尋ねてみる。
少女の問いでようやく頭を上げた女性は、驚いたような困ったような表情をしていた。
「もちろん……できる限り話します。でも、あの、まずはベッドに戻って欲しいです」
その後、少女はベッドに積み上げられたクッションとキルトで包まれ、落ち着くからとホットミルク入りのカップを渡された。おずおずと口をつける少女を確認して若い女性はベッドサイドに置かれたオットマンに腰掛ける。
鎧は開けたままの扉の前に立っているので、おそらく彼女の護衛だろう。
「私は王家付き
「
「カーリャニーナ?」
「えっと、ファミリーネームが刈谷、です。呼びにくいと思うのでニーナでいいです。あと、多分理解できると思うので、どうしてここにいるのかを教えてください」
ライサと名乗った女性が話をしようとしては逡巡している様子でもあったから、敢えてこちらから聞いてみると、ライサもニーナの話し振りから下手に誤魔化さないほうがよいと判断したらしい。
「あなた様はこの国に召喚されました」
「しょうかん、召喚……? 転生じゃなくて召喚の方ね。ああっ、もう! どっちにしてもお母さん、お父さん、なんで入学式の日にっ……ごめんっ……」
手にしてたカップをライサに渡す。
「少しだけ……」
言い終わらないうちに天蓋の
はああああ!?
何それっ!!聞いてないしっ!
承諾もしてないしっ!!!!
だいたいさあ、召喚っておかしくない!?
ぱっと見だけど、現代日本の方が文明レベルは圧倒的に上だよね?!
まあ、こっちは魔法があるっぽいけどっ! 召喚とか言ってるしっ!
けどさぁ、現世に悪魔とかを呼び出すパターンだとまず交渉から始まるのに、なんで異世界召喚は呼ばれる方の都合をまるっと無視してくんのかなぁあ?!
これって拉致だよっ!拉致!!!!
あっちじゃ神隠しになってるよっ!
東京のど真ん中で入学式当日に登校中の女子中学生が行方不明!?
うわぁああっーーー! 都市伝説になるわぁあああ!!!
フザケンナああっ!!
何で私なんだぁああっ!!!!!!!
今すぐ帰らせろぉおおお!!!
戻せぇえええ!!!
異世界転生なんて空想と妄想だからいいんだろうがぁ!!
蚤とダニとシラミとネズミだらけの中世ヨーロッパに生きたいわけあるかあああぁああ!!!
ばーかっばーかっ!!!……
思いつく限りの罵詈雑言を喉が枯れるまで叫び続けたが、ニーナは頭に血が上っても爆発すればさっぱり怒りの感情を忘れてしまえる性質だ。悪態を言い尽くした頃には、現状を正しく知るために先程の女性の話を聞くべきだと考えられるくらいには気持ちを立て直していた。
天蓋の
「王家に所縁があるシゥ国の豪族の一家が旅行中に盗賊に襲われて娘だけが辛うじて生き残ったが、怯えて錯乱しているから西塔で保護しろ、としか聞かされていない」
気まずそうな鎧。
「彼女のことをうまく説明できないからでしょう、ね……。私ですら、理解できているとはいい難い状況だもの」
ため息をつくライサと目が合った。
「あっ……の、お騒がせし……」
「Never mind! It's not your fault.」
「ん? 英語?! あれ? さっきから日本語だったけど通じてた?」
「はい……少しなら。でも、あなたが怒っているのは難しいです。ほとんど分からない」
簡単な会話くらいしかスキルがないのに急にスラング交じりで喚かれればヒアリングできないのは仕方がないことだろう。
それよりも、だ。異世界召喚にありがちな「
(言語サポートすらない、だと…!?)
二回目の大爆発をせずに済んだのはニーナに英会話スキルがあったからだ。刈谷家は両親の仕事もあってニーナが産まれる以前から何処かしらの外国人が滞在していた。田舎暮らし中には留学生を受け入れるホストファミリーを引き受けることもあったぐらいで、常にネイティブな人たちに囲まれて暮らしてきたニーナが日常会話レベルで困ることはない。
詳しくいえばライサたちの言葉は英語とは少し違うのだが、ニーナは問題なくヒアリングできていた。そのせいであやしいライサの日本語に違和感を覚えることもなかったのだが。
しかし、聞かなければならないことが多すぎる。ライサの拙い日本語では間に合わなさそうに思えたので、英語で大丈夫だとニーナは話の続きを促した。
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