~男の子が一度はやってみたいこと~

「さて、と」


 ひとしきり恥ずかしさの波が過ぎ去るのを待ったボクは、拠点まで運んでおいた木の前に立った。

 斧の試し切りをするのに切り倒した物で、壁を作る間ずっと放置してた。

 そろそろこいつに向き直らないといけない。

 というか大切な資源なので、有効活用しないともったいない。


「まずは……」


 ボクは石器ナイフ+5を顔の前にかまえる。


「ふっふっふ」


 威力が上がり、切れ味が抜群となった今できるようになったことがある。

 それは!

 木の皮を剥ぐこと!


「だいたいこれくらいかな」


 ある程度の長さの位置にナイフを刺し込むようにして、切れ目を入れる。そこから木を転がすように一周させてから、最後に縦に切れ目を入れた。


「いけるか……!」


 切れ目に指をかけて、引き剥がすようにすると――ベリベリと木の皮を採取できた。


「おぉ!」


 やったやった!

 木の皮をゲットできた。


「よし」


 さっそく、木の皮をベッドルームに持ち込む。

 粘土を採取すると同時に、ガシガシと地面を掘り進めたベッドルームは、良く言えば『半地下』ってやつだ。

 森側からは壁に隠れているが、湖側からは光が差し込むので、そこまで暗くはない。

 と言っても、剥き出しの土壁はやっぱり暗いイメージというか冷たい感じがする。

 そこで!


「木の皮を土壁にくっ付けるように立てかければ……よし、できた。なんちゃって木目調の壁!」


 まぁ、気分の問題だけなんだけどね。

 土を掘って作っただけの壁っていうより、木の皮の方が温かみのようなものを感じませんか?

 ボクは感じます。

 というわけで、引き続きベリベリと木の皮を採取して周囲の壁をぐるりと覆っていった。

 ベッドルームを覆う壁の完成だ!


「んふふ~」


 満足そうにボクがうなづいていると、シルヴィアが覗き込んでくる。


「どう、シルヴィア。なんかオシャレになったでしょ」

「そうですね。ふたりの愛の巣にはピッタリですムオンちゃん」

「だ、誰と誰の!?」

「もちろん私とムオンちゃんです」


 わ~。

 愛の告白を受けちゃった。

 初めてだー。

 うれしいなー。


「でも……も、もうちょっと大きくなってくれないと……いや、というかAIだし、シルヴィア……そ、その……なんにもできないし……」

「二次元のキャラクターに愛を注ぐのは良くある話ではありませんか。Vtuberへの『ガチ恋』もあったとデータに残っています。私というAIにガチ恋しても問題ないのでは?」

「問題あるよ」

「どこに?」

「大きさ」

「年の差なんて大した物ではありません。年齢なんて未熟な馬鹿か老衰した馬鹿かの違いでしかありませんよ」

「大きさって言ってるんですけど!?」

「失礼。聞こえていませんでした」


 ぜったい嘘だ。

 というか、適当な嘘をつくAIってなんだよ、ほんとに!


「さぁ、それでは次の命令をしてくださいご主人さま。木を切りましょうか、それとも鹿を狩ってきましょうか? 魔物退治もお任せあれ! なんでも命令してください、ムオンちゃん」

「いやいや、どれも無理でしょ……う~ん、スプーンを作って……って命令は可能?」

「可能です。道具さえあれば作れます。道具をください。もちろん、私サイズで」


 ですよねぇ~。


「じゃぁ、また炭を作るから穴でも掘ってて」

「無意味に穴を掘らせる。囚人の罰のようです。まるで拷問ですね、ムオンちゃん」

「……む、無意味じゃないやい」


 適当に命令をすると嫌味を言われるっていうのも、ちょっとイヤなんですけど。

 思えば、誰かに命令をするというか、お願いするっていうのは、なんていうか、こう、慣れない感じがする。もちろん、共同で作業するっていうのは尚の事。

 そういう意味では、ボクって仕事に向いていないのかも。

 上司とかになってたら、部下が苦労したんだろうなぁ。

 良かった。

 引きこもりで。


「そういえば、【ドール・マスター】のスキルレベルを上げるとどうなるんだろう? できることが増えたりする?」

「ゲーム内容に関して、一切お答えすることができません。何事もチャレンジですよ、お人形のご主人さま」

「よし、上げるのやめておこう」

「なんでですか、なんでですか! 上げましょうよぅ、人形のご主人さまぁ!」


 その呼び方やめて!

 なんか、ひどく変態的な要素を感じるから!


「スキルレベルはあげません。嫌味のレベルが上がったらイヤだもん」

「あ~ん、大人しく言う事聞きます~ぅ」


 うん。

 やっぱりやめておこう。

 耐久度があがるだけ、とかそれだけのような気がする。今のところ戦闘する予定なんて無いし、なんなら粘土の体なのでいくらでも作れてしまうので。

 壊れてもいい、という感じで運用していきたいと思います。

 いや、シルヴィアをわざと壊すわけじゃないけど。


「分かりました、穴でも掘ってます。ムオンちゃんは何をするのです?」

「とりあえずスキルレベルが上がったから、斧を作り直して薪を作るよ」


 男の子なら一度は憧れることのひとつ。

 薪割り!

 なんかやってみたいよね、薪を割るやつ。

 漫画なんかでは、ときどき修行シーンでもやってたし。

 というわけで、さっそく斧を作り直そう。

 石器ナイフを作った要領で、新しく大きめの石を割って細かく削っていって、斧の刃部分を作った。それを木の枝で挟み込むようにして固定して、更に持ち手を付けて固定すれば完成だ。


「ふぅ」


 鑑定したら『石斧+5』と表示された。

 よしよし、鑑定スキルが石斧の判定しているのだから、それはもう石斧ってことでいいよね。

 ゲーム世界なので嘘はないはず。


「よし、まずはお試しで……テーブルを作ってみようかな」


 テーブルという名の『丸太の輪切り』。

 地面に直接お皿とか置くより、マシでしょう。


「適当な大きさで――おりゃ!」


 丸太へ向かって石斧を振り下ろす。

 ガツッという手応え。

 壊れはしなかったが……さすがに一撃で丸太を両断なんてできるわけがないか。むしろノコギリで切るところなんだろうけど、そんなものあるはずもなく。

 ましてやノコギリなんて鉄があったところで作れる気なんてひとつもしないので、斧で地道に削るように切るしかない。


「おりゃ、うりゃ、おりゃ、うりゃ! ふんふんふん!」


 ひたすら斧を振り下ろして切断。と言っても、遥かに切れ味も良くなってるし、頑丈さも伝わってくる手応えも別物だ。スキルによって補正されているのが分かる。


「よし、切れた」


 ふぅ~、と一息入れつつ、切り株のように縦にして地面に置いた。

 立派りっぱ。

 ひとり用のテーブルとして充分に使えそう。


「こうなるとヤスリが欲しいところだよね」


 表面が荒くデコボコになっているので、ちゃんと綺麗に磨きたい。ヤスリじゃなくてカンナだっけ。

 でも、やっぱりヤスリなんてどうやって作ればいいか……

 削れればいいんだろうけど……削る?

 磨く?

 砥石?


「あ、砥石……みたいにいけるか?」


 そういえば砥石って、石だよね!

 とりあえず、湖の湖岸にある石の中からできるだけザラザラしている石を拾ってくる。さすがに鑑定しても『砥石』なんていう石が落ちてるわけがない。

 そもそも砥石がどうやって作られてるのかも分かんないし。

 いや……刀鍛冶が大昔にあったくらいだから、その時代に砥石があるはずだよな。というか、砥石って『石』っていうぐらいだから、天然に存在しているのでは?


「でも見当たらないから、仕方がない」


 まぁ、そのうちどこかで見つかるだろう。

 なんなら火打石も欲しいし。もう一度、ゼロから火を熾せって言われたら無理かもしれない。あの時は必死だったからなぁ。

 なんて思いつつ。

 ザラザラな石を水に濡らして、木の表面をこすってみた。


「う~ん……?」


 一応は削れてる感はあるけど。

 あんまり上手くいっている感じはしない。


「むしろ、こっちを磨くべき?」


 斧の刃部分をシャカシャカ磨いてみる。


「おぉ~、なんかそれっぽい気がする!」


 きっちり研磨できてるわけじゃないけど。

 でも、なんとなく切れ味が上がったんじゃないか?

 さっそく鑑定してみる。

 が、しかし――


「+5のままか~」


 補正は上がってないみたいだ。もっともっとちゃんと磨いたりしたら+6になったりするかもだけど、やっぱりちゃんとした砥石とかじゃないと無理っぽいよね。


「ま、無い物はあとにして」


 今は薪づくりだ。

 というわけで、丸太を適当な長さに切っていく。斧を振り下ろしまくって、スタミナゲージを管理しながらひたすら丸太の輪切りを作っていった。


「ふへ~」


 ハンタースキルを上げたせいか、スタミナゲージにはかなり余裕が出てきている。

 連続で行動し続けられるのはありがたいけど。

 むしろ休憩するタイミングが分からないような気がするなぁ。

 なんて思いつつも。

 ひたすら作業を続けていく。

 地味。

 地味だけど、楽しい!


「よし」


 丸太を切ったあとは、今度はそれを縦に分割すれば、薪になる。と、思う。乾燥が必要だとは思うけど、たぶんきっとゲーム世界のご都合主義で大丈夫な気がする。たぶん。


「ではではさっそく。んふふ~」


 切った丸太を立てるようにして地面の上に置き、斧を振り下ろした。


「薪割り、初体験!」


 おりゃぁ、と斧を振り下ろしたけど。

 薪が弾かれるように飛んでいってしまった。

 石斧から伝わる感触は――なんか、柔らかい……?


「ん~? なんか違う……」


 地面の上だと、力が逃げちゃう感じ?


「そうだ。ちょっと大きめの平たい石があれば……」


 湖岸からそんな条件に合う石を探して運んでくる。

 それをしっかりと地面に埋めるように置いて、できるだけ地面と並行になるように設置した。

 ちょっとした作業台だ。

 で、その上に丸太を置く。


「改めまして、薪割り初体験!」


 斧を振り下ろすと――バキ、と丸太に石斧が喰い込んだ。やっぱり一撃では割れないけど、そのまま持ち上げるようにして石に叩きつけるように二撃目。

 今度はバキャっと音がして丸太はふたつに割れた。


「やった!」


 にへへへへ。

 楽しい。

 この調子で、ふたつになった丸太を更に半分、半分、にしていって、程よい大きさの薪ができあがる。


「見て見てシルヴィア! 薪ができたよ!」

「おや。素晴らしいですムオンちゃん。しかし、わたしの穴も見てください。恥ずかしい物ではありませんので」

「なんで絶妙に恥ずかしい言い方をした?」

「視聴率を高めるためです」


 率ってなんだよ、率って。

 と、そんなシルヴィアが作っていたのは、穴と穴が繋がった変な穴だった。


「なんでふたつも掘ってるの? というか、トンネルの意味って何?」

「あまりにもムオンちゃんが薪づくりに時間がかかっているので、ついつい。知ってますか、ムオンちゃん。温められた空気は上空へ向かいます」


 それくらいは知っている。

 熱気球とか、そういうので浮いていることぐらいは知っている。


「そこで、です。こちらの穴で燃やすと、空気は上昇します。で、トンネルで繋がった方の穴から、新しい空気が送り込まれます。つまり、自動で燃え上がるシステムです」

「なるほど……え、すごい。これシルヴィアが考えたの?」

「いえ、データにあっただけです」

「なんだ。さすがAIって感心したのに」

「実は私が自分で考えました。褒めてくれてもいいんですよ?」

「もう遅い」

「ああん」


 セクシーな声を出してもダメ。

 とりあえず、新しく作った薪を穴の中に入れて、あとは枝と炭を適当に入れて、焚き火の火をもらってきて点火してみた。

 最初は同じように燃えてたけど、徐々に火の勢いが上がっていく。


「ホントだ。なんにもしていないのにめっちゃ燃えていく感じ」

「やりましたね。これで火力が強りました。もっと丈夫な土器が作れますよ」

「おぉ~、そうなんだ」


 火力が高いほうがいいんだ。

 なんか割れてしまいそうなイメージだけど。

 とりあえず、この日はひたすら薪を作って作って作りまくった。地味な一日だったけど、なんかめちゃくちゃ楽しかったのは確か。

 男の子の念願、薪割りができたのが大きいかもしれない。

 あと、武器っぽく斧を合法的に振り回せるのも嬉しい。

 いやまぁ、法律なんて無いけどね。

 どっちかっていうと、恥ずかしさに対しての言い訳みたいな感じ。だって、剣とか持っちゃうと、ぜったいに素振りしたくなるじゃない?

 あぁいうのって、人に見られると恥ずかしくない?

 ボクだけ?

 う~ん。

 でもまぁ、配信ポイントとか充分にあるし、地味でもいいよね~。見られてなくても平気へいき。

 で、夕飯。

 貝汁を焚き火で作りつつ、人魚のシレーニからもらった魚を高火力焚き火で焼いていたところ――


「こげた……にがい……」


 ゲーム世界でもこげた魚は苦いらしい。

 そんなところリアルに作らなくてもいいのに。


「というか、味覚なんてどうやって再現したんだ?」


 味の設定って、どう考えてもゲーム内容を越えてるんですけど。そういう意味では、においすら再現されてる。

 なんだこの凄いゲームは。


「むしろ、異世界って考えた方がいいか……いや、それにしては変だし……う~ん?」


 仮に異世界転移だった場合。

 こんな風にボクが薪割りできているわけがない。

 なんてったって、引きこもりだったんだよ、ボク。こんなふうに身体を上手く動かせるわけがないんだから。


「それに……」


 ボクは自分の足を触る。

 女の子になっちゃった足。細いけど、確実にボクの足。


「――いや、まぁいっか」


 難しいことを考えても仕方がない。

 というわけで。

 ボクとシルヴィアは新しくなった家というかベッドで眠るのでした。


「明日は森を探索したいなぁ……」


 なんてつぶやきながら。

 疲れた体を癒すように眠りに落ちたのだった。

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