~試行錯誤の打製石器~

 震える腕で落ちてたカゴを拾い。

 中の木の実が入っていることを確かめた後。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……はぁ~」


 ボクは拠点に逃げるように帰り着いた。

 ノドがカラカラに乾いてる気がして、湖に直接顔を突っ込むようにして飲む。煮沸なんか待っていられないくらいにノドが貼り付いている気がした。

 それはきっと気のせいだったけど。

 水の中に頭ごと突っ込んだおかげで、ようやく落ち着けた気がする。


『大丈夫ですか、ムオンちゃん』

「だ、だいじょうぶ……はぁ、はぁ、はぁ~ぁ~……」


 ばっしゃーんと湖の浅瀬に倒れ込んだ。

 これぐらいなら溺れない。

 もともと裸みたいなものだったし、お風呂の代わりになっていいよね。


「あぁ~、そっか。お風呂も作りたいなぁ」


 怖かった。

 恐ろしかった。

 なにより。

 生きてる物を全力で『攻撃』してしまった事実が。

 怖かったし。

 恐ろしかった。


「石鹸ってどうやって作るんだろう……灰を使うんだっけ……」


 現実逃避。

 さっきのことを思い出したくないし、早く早く、生き物を全力で叩いてしまった感触を失ってしまいたかった。

 ボクは独り言をつぶやきながら。

 グシグシと溢れてくる涙をぬぐった。

 弱虫と言うなら、言ってくれ。

 情けないと嘲笑するのなら、それでもかまわない。

 平気で生き物を殺せるような人間になるより。

 よっぽどマシだ。

 魚は殺せるのに、魔物は殺せない。

 そんな矛盾を抱える、都合のいい人間だと嘲笑してくれてかまわない。

 配信ポイントなんていらない。

 あぁ。

 ちくしょう。


「シルヴィア」

『なんでしょうか、ムオンちゃん。残念ながら私には、あなたにハンカチを手渡す機能が付いておりません』

「ありがとう。その言葉だけでも嬉しいよ」

『ムオンちゃんのパートナーですから』

「いつボクのパートナーになったんだよ……適当なことばっかり言うAIだなぁ……」

『用件は何でしょう』

「ボクは次、何をすればいい?」

『何でも自由です。クエストを進めるのでも、新しい地域を求めて進むのも自由です。何か新しいことを初めてもいいですし、何かを作っても良い。クリエイターズ・ワールドは何をするのも自由なゲームです』

「じゃぁ、推奨される行動は?」

『炭を作ってはどうでしょうか? 穴を掘っている間は無心になれますよ』

「AIに無心って言葉は、逆に似合わない気がする」

『はい。なにせ、心がありますので』

「うそつけ」


 ボクはようやく笑えた気がして、湖から立ち上がった。

 そのまま湖から出ると、体を震わせて水滴を飛ばす。葉っぱの服のまま、ボクは焚き火の近くに座ると、そこに穴を掘り始めた。


「……」


 礫器を地面に向かって振り降りし、穴を掘り進めていく。

 ある程度、広くなるようにして、ガシガシと土を削るようにして穴を掘り、最後は手で土を掻き出すようにして掘った。


「はぁ~……」


 きっと地味な配信だっただろう。

 もしも現実だったら、確実に編集して5秒くらいに縮めてるところだ。ゲーム配信でもレトロゲームのレベル上げシーンとか早送りとかカットされちゃったりするもんね。

 まぁ、そんなことを考えていたら、サバイバルなんてやってられないけど。


「派手に戦ってる冒険者が視聴者の数がいいんだろうなぁ」


 もしくは歌って踊れる人気Vtuberか。

 あとは雑談が面白いVtuberも人気だった。

 そのどちらにも成れないボクは、それこそ全裸でみすぼらしく穴を掘ってるのがお似合いだ。

 奴隷系Vtuber。

 コンプライアンス違反で、名乗るだけでアカウント停止されそうだな。


「……穴掘りのスキルとか無いのかな」

『ありません。落とし穴は【ハンター】の領分です』

「そっか」


 と、返事をしつつ――落とし穴でも作れば、あの魔物に勝てるかも、と思った。

 罠か。

 自動的に相手を攻撃してくれる装置を作れば……罪悪感なく、魔物に勝てるかも。


「……でも、そんな方法とか思いつかないしなぁ」


 落とし穴に竹槍でも設置する?

 どれだけ深く掘らないといけないんだ、それ。あと、竹はまだ発見できていない。


「こう、罠にかかると振り子のように丸太が襲いかかる装置……とか?」


 それもまた難しそうだ。

 だいたいどうやって丸太を切るんだ、という大前提がクリアできない。


「はぁ~」


 なんて大きくため息をつきつつも、そこそこの深さの穴が完成した。


「よし、ここに適当な枝を入れて……っと」


 集めておいた棒や枝を穴の中に縦に並べるように入れていき、焚き火を利用して火をつける。

 どれくらい燃やせばいいのか、ちょっと分からないけど。


「まぁ、全体に火がついた頃合いか」


 煌々と穴の中が赤くなった段階で、掘った時に出た土をかぶせるようにしてフタをした。

 これで放置しておけば、炭ができるはず。

 たぶん。


「枝をまた集めないと……」


 森に入るのは――怖い。

 せめて、辛い種ボムをもうちょっと作ってから……にしよう。


「シルヴィア手伝って」

『肉体を準備してください。そうすると、手伝えます』

「むーりー」


 AI用の肉体ってなんだよ。

 なんて思いつつ、カゴの中からミニ桃を取り出して甘い味を楽しみつつ、黒い実から種を取り出していった。ミニ桃の種は適当に埋めておく。ファーマーのスキルがあるので、なんか恩恵があるかもしれないし。レベルは0だけど。

 ある程度の辛い種が集まると石で砕いて葉っぱに包んでいった。

 いくつかボムができあがったら、森の中に出発する。

 段々と近くに落ちている枝が少なくなってきている。

 そりゃそうだ。

 枝だって無限にポップするわけがない。

 木から落ちてくるのが枝なんだし、倒れた木だってゼロから出現するわけじゃない。


「……ね、ねぇ、シルヴィア。魔物がいないかどうか見張ってて」

『お任せくださいムオンちゃん。魔物が視認できたらお知らせしますね』


 レーダーの代わりはしてくれないけど。

 見える範囲ぐらいは教えてはくれるらしい。

 ゲーム内容について、は頑なに教えてくれないシルヴィアだけど、こういうことは手伝ってくれるのか。

 システムに関わること以外なら、わりと答えてくれるみたいだな。

 なんて思いつつも、周囲を警戒しつつ枝を集める。

 ついでに朽ちて倒れてる木も探しておく。礫器でなんとか解体できそうだし。


「そういや、斧も作れるのか?」


 少し幅広の石を割れば、斧のような形にできるかもしれない。

 それを木で挟み込んで固定すれば、作れる……と、思う。


「やることいっぱいだ」


 抱えられるだけ枝を集めると、拠点に戻った。

 燃やして埋めた枝が気になるところだけど、開けちゃったら意味がないので明日まで我慢しよう。

 不完全燃焼が炭を作る条件だったはずなので。


「時間は……もう夕方が近いか」


 いつの間にやらお昼は過ぎていたみたいだ。いろいろ夢中に作業している間に、時間は過ぎ去ってしまっている。


「服は……乾いたかな」


 もしも視聴者がいたらブーイングが起きるところだろうけど。

 こっちも好きで脱いでるわけじゃないので、服を着る。

 その内お風呂とか作りたいので、たっぷり見せてやるよ、スケベ共! と、脳内で叫んでおいた。

 声に出して宣言すると、まるで見せたがっているように思われるので、なんかちょっと躊躇してしまう。

 本物のヌーディストになってしまいそうで怖い。


「とりあえず、斧を作ってみるか」


 もしも斧が作れたら、木を切り倒せるかもしれない。

 近くにある枝をあらかた取りつくす前には、なんとかする必要があるもんなぁ。


「これなんな、いいかな」


 三角形に近い形の石をチョイスして、一片が刃になるように慎重に割っていく。上手く割れなかったり、形が崩れたりしてしまうのを繰り返して、何度か挑戦していくと――


「よし!」


 なんとか斧の刃部分を作ることができた。


「これはもう礫器じゃなくて打製石器と言っていいのでは?」

『いいでしょう。認めます』


 AIが認めてくれた。


「ありがとう、シルヴィア」

『ムオンちゃんを甘やかすのが私の役目ですので』


 そう宣言されるとイヤなものがある。


「これを、棒に……それっぽくツタで巻き付けて――どうだ!」


 ツタでなんとか取りつけてみたけど……う~ん?


「不格好だ」

『不格好ですね』


 漫画で出てくる原始人が持っている石斧。あれにも劣るような気がする。う~む、シルヴィアの言葉に反論できなかった。


『使ってみてはいかがです? 案外、使えるかもしれません』

「使いにくそうだけど」


 まぁ、物は試し。

 最初から全て上手くできるのは天才と才能のあるヤツだけだ。たとえボクが秀才だったとしても、無理な話。

 ボクにそんな才能があるわけがないのは重々理解している。

 試行錯誤しない内から諦めるのもおかしな話ではある。

 ので。


「さっそく!」


 集めていた枝の中から太い物を選んで、斧を振り下ろしてみる。

 結果――


「壊れた……」

『壊れましたね』


 ツタがゆるんで、石器部分がグラついてしまった。もう一度使えば、石器が外れそうだ。

 一応、それなりに枝に傷がいってるので、打製石器部分が悪いわけでは無さそう。あくまで固定する方法が甘かった感じか。


「改良が必要だな」


 う~む。

 石器を両側から二本の木で挟んでみる?

 ちょっと細めの木で、石器を挟み込み、ツタでぐるぐると強く縛った。このままじゃ持ちにくいので、もうひとつ木を用意して持ち手というか、取っ手として、ツタでぐるぐる巻きにしつつ取りつけた。

 う~む、ごつい。

 でも!


「よし、石器斧マーク2の完成だ!」

『マーク1の出番が少なすぎるのでは?』

「じゃぁ、斧バージョン2」

『むしろ斧アルファでいいのではないでしょうか。ベータテストにも届いていない様子ですし』

「甘やかしてよぅ、シルヴィア」

『冗談です』


 AIのくせにクスクスと嫌味に笑わないでくれます?

 あと、笑うんだったら表情を変えてください。無表情に笑われると怖いので。


「とりあえず、使ってみよう。実験だ実験」


 やたらとゴツくなったので、普通の斧っていうよりバトルアックス風味になってしまった感じのある斧。

 枝を用意して振り下ろしてみる。


「うりゃ!」


 ガツン、と叩きつけるように石器斧を振り下ろした。

 枝は一撃で切れ――ない。

 さすがに打製石器の切れ味では、一撃で枝をまっぷたつにするのは無理だったようだ。

 でも――


「壊れてない! よし!」


 ちょっと不格好で、やたらとゴツくなった気がするけど。

 力を込めて振り下ろしても、緩んだりして壊れる気配はなかった。

 むしろ、両手で使えるごっつい武器っぽくなったので、結果オーライにしておこう。


『おめでとうございます、斧ベータですね』

「アルファって言ってたくせに」

『なんのことでしょう』


 AIのくせに誤魔化すのか……どんな学習したんだシルヴィアは。


「はぁ……でも、楽しい!」


 魔物に襲われたり、武器を振ったり、作ったり。

 枝を集めたり、木の実を採って食べてみたり。

 穴を掘って炭を作ろうとしてみたり。

 あぁ。

 試行錯誤で、いろいろ試したりできる。


「楽しいなぁ~」


 引きこもってた部屋の中じゃ、ひとつもできなかった経験だ。


「ふふ」


 ボクは少しだけ笑って。

 夕焼けに染まっていく空を見上げるのだった。

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