~罪悪感は、そこまで感じなかった~

 サバイバルに必要な物。

 それは、水、食料、安全な拠点……だと思う。

 素人考えだから間違ってるかもしれないし、もしかしたらそこに何か加わるのかもしれないけど、今のところ思いつくのはその三点。

 ひとまず安全に生き残るためには、その3つを確保しないといけない。

 で、水は大丈夫だし、食料も何とかなる。

 つまり、早急に対応しないといけないのは――


「安全の確保か」


 とりあえず、礫器と木の棒を組み合わせた槍はある。

 一応の武器だ。

 長さは……ボクの胸くらいの高さだから、そこまで長くない。でも、これを伸ばしたところで、あまり意味はない気がする。


「うぅ」


 なにせ、ボクは攻撃できる気がしなかった。


『どうしました、ムオンちゃん』

「普通に考えてさ、日本人に戦闘ができるわけないと思わない?」


 この槍で生き物を刺す。

 そう考えると、どうしようもない不安感がある。

 いや、傲慢なのは分かっている。だって魚は平気で刺したし、頭を落としたり内臓を取り除いたりしている。

 それが出来ているのなら後は大きさと見た目だけの問題だ。

 分かってる。

 分かっているんだけど……無理だ。

 犬とか猫とかじゃない。

 ここげゲーム世界であって、ボクに襲いかかってくるモンスターっていうのは、分かっている。

 でも、無理だ。

 相手が魔物であってもさ、命を持って動いてる相手を攻撃できるか、と言われたら。

 日本人には不可能なんじゃないの?


『日本という国では殺人事件などは起こっていない。そう仰りたいのですか、ムオンちゃん』

「それは飛躍し過ぎた意見だよ、シルヴィア。むしろ皮肉と捉えるよ」


 皮も肉も無いくせに。

 と、ボクは愚痴る。

 分かってる。

 これも八つ当たりだよね。


『では、ムオンちゃんはどこまでなら殺せますか?』

「……分からない。魚は殺せたけど、アリは無理かもしれない」


 何の理由も無くアリを踏みつぶせるか?

 この自分の足で――いや、Vtuberの足でアリを踏みつぶせるか、と問われれば。

 今、このままの気分だと。

 きっとアリすらも殺せない。


『では、ムオンちゃんはアリ程度の魔物にも殺されてしまうと』

「この世界のアリはどうなってんだよ……」


 いや、巨大なアリとか軍隊アリみたいなのには負ける自信がある。

 そう考えると、人間って弱いなぁ。


『安心してください。そういう人たちのためにもクリエイターズ・ワールドは生産職やその他の方法でも充分に楽しめるように作られております』

「この状態を楽しめって言われてもねぇ」


 う~ん。

 仕方がない。

 戦える気がしないのなら、戦わないようにする方法を考えよう。


「壁とか作れたらいいんだけど……」


 丸太とか地面に刺していけば、壁になりそうだけど。

 でも、木を切り倒すとか今の道具じゃ無理だ。

 それに逃げているばっかりでは、森の探索は進まないし、海に辿り着くこともできなくなってしまう。


「弓矢って作れるかな」


 槍で刺すのは無理だけど、弓で矢を飛ばすのは出来なくは無さそう……な、気がする。

 でも。


「弓の糸? ツル? 弦? あれってツタじゃ無理だよなぁ」


 イメージ的には枝を曲げて、ツタを張ればいいだけのような気もするけど。

 でも、その程度の工作で威力のある弓になるとは思えない。かなりの力にも耐える弦じゃないと攻撃力は弱そうだ。


「どうしたものか」


 襲われたら逃げて湖に飛び込む、という方法はある。

 でも、それだといつまで経っても探索範囲は広げられないし、いつか逃げ切れないことになりそう。

 なんなら、湖の中まで追ってくる魔物だっているかもしれない。


「クマとかいたら終わりだもんなぁ」


 川で鮭を獲るくらいだし。

 たぶん泳げるよね、クマ。

 なんか湖の中まで追いかけてきそうだし、なんなら逃げる前に殺されてしまうイメージしか湧かない。


「う~ん」


 どうしたものか、とボクは手持ち無沙汰のせいか余っていた黒実の種を口に入れて、かじった。

 刺激的な辛さが口の中に広がり、ひぃひぃ、と息を吐く。


「辛い、めっちゃ辛い……んあ、そうだ!」


 沸騰して冷めた水を飲んで辛さをおさえると、食べる時と同じように種を石で砕く。

 粉々になった種。

 これって――


「武器にならないかな」


 植物の種が辛いのは、動物に食べられないようにするため、でしょ?

 だったら、その辛い種を砕いた粉は、動物避けとか撃退する武器になるはず。とうがらしスプレーとかあったし、そういうやつ。


「よし、砕けた。これを……どうしよ?」


 どうやって持ち運ぼうか。

 粉のまま持ち運べるわけがないし……


「とりあえず葉っぱに包んで、でいいかな」


 近くの葉っぱを取って、砕いた種を包む。

 ツタを結んで閉じれば――


「できた!」


 名付けて、『辛みの種ボム』!


「霧吹きとかあれば、スプレーとか作れただろうけど」


 とりあえず、これが今のボクにできる精一杯の魔物撃退武器だ。

 さて。

 効果を試したいところではあるけど……


「自分から魔物に向かうのはちょっと怖いよな」

『意気地なし』

「うるさいなぁ、シルヴィア」


 どうせ意気地無しですよぅ。

 今は見た目がカワイイ女の子なんだから許して欲しいものだ。


『視聴者のコメントを予想してみました』

「余計なお世話だよ。いま見てる人いるの? あ、ボクが全裸だからでしょ。スケベ!」


 カメラがどっちから撮ってるか分かんないけど。

 とりあえず、湖の方向に向かって叫んでおいた。


「というか物干し竿とかも欲しいな」


 濡れそぼった服を岩の上に広げて乾かすんじゃなくて、ちゃんと干して乾かしたい。

 焚き火で乾かすと、なんかちょっと煙のにおいがするんだよね。

 なんでこんなところまでリアルなんだろう……ホントにここゲームの世界なわけ?

 でもウィンドウ出るしなぁ。

 ゲーム世界じゃなくて普通の世界でステータスウィンドウなんて出せるわけがないし。逆にウィンドウが開く世界ってなんだよ。どこから投影されてるんだ、という話でもある。魔法でステータスウィンドウと文字を表現? そんなご都合主義な魔法って何だよ。

 SFとか見てると、なんか近未来の世界でそういうのはあるかもだけど、やっぱり目の前にウィンドウが表示されるのは違和感がある。

 ゲームならでは、だ。


「とりあえず、昨日の葉っぱ装備で黒い実を集めよう」

『ほぼ裸で森を移動。さすがヌーディストですね、ムオンちゃん』

「ちょっと黙っててもらえます、シルヴィアさん」

『はーい』


 AIが間延びした返事をしないで欲しい。

 もう!

 とりあえず焚き火が消えないように注意しつつ、ボクは槍を持って森の中へ出発した。


「あ」


 何にも考えないで森に来たけど、黒い実を採取しようにも大量に持ち帰る準備ができてないや。服も着てないからポケットもない。


「葉っぱで作るか」


 この大きめの葉っぱ、便利だなぁ。


「えい」


 と、槍を振って葉っぱの根本を切って採取する。

 キミのことは『万能大葉』と名付けよう。

 というわけで、大きな葉っぱ改め万能大葉を重ねるようにして袋状にする感じでツタを巻き付けて……と、思ったけど上手くできなかったので、素直に四角いカゴっぽく作った。

 葉っぱを縫うようにしてツタを通していく。


「できた!」


 まぁ、口が大きく開いた状態のままなのでむしろ正解かもしれない。

 ちょっとしたお買い物バッグっぽいし、使いやすいかも。


『おめでとうございますシズカ・ムオン。【アイテム・クリエイター】の称号を得ました』


 む。

 お買い物バッグはアイテムだと判定されたらしい。

 基準は良く分からないけど、まぁスキルが取れるようになるので悪い話じゃない。

 さすがにアイテムを自作したプレイヤーはすでにいるか。もうそろそろ初めてボーナスは狙えないかもしれない。


「そっちにこだわると、何もできなくなりそうだし」


 必要なスキルを取りに行くのを優先したい。

 とりあえず、カゴができたので黒い実とついでにミニ桃を集めていく。甘い物も食べたくなろうだろうし、今のところ手軽に食べられるおやつはこれしかない。


「上手くいけばジュースが作れるかも」


 果汁100%は無理だろうけど、ミニ桃を煮たら美味しい水ができそうな気がする。

 よしよし、順調じゅんちょう。


「うお」


 そんな風に木の実を集めながら森の中を歩いていると……前方に動物がいるのを発見した。


「……鹿?」


 たぶん、鹿だと思う。


「う」


 あちらもボクに気付いたらしい。

 目が合う。

 いや、厳密には草食動物の鹿は目が横に付いているので、正面から目が合うわけがないんだけど……

 確実に相手もボクを見ているのが分かった。

 ハッキリ言って、こわい。

 襲ってこない相手であっても、体がデカいと怖いのか……

 ボクより大きい体をしていて上から見下ろされているような迫力がある。

 とてもじゃないけど、狩って食べよう、なんて思えない。そもそも狩ったところで、どうやって肉にすればいいのか……漫画や小説で見た程度の知識じゃぁ、とてもじゃないけどマネできるとは思えない。

 なにより。

 あの生き物に刃を刺せるか。

 そう思うと、やっぱり躊躇してしまう。


「あ」


 視線が合ったのは、ほんの2秒か3秒ぐらいか。

 鹿は跳ねるようにして逃げていってしまった。


「……はぁ」


 息を吐く。


「野生動物って怖いんだね」

『みんな生きるのに必死ですから』


 AIのシルヴィアに言われても、なんだか説得力が生まれない気がする。

 なんて思っていると――


『ムオンちゃん、後ろ!』

「へ?」


 シルヴィアに言われて慌てて振り向くと――そこには牙の突き出たイノシシみたいな動物がいた!


「う、うわぁ!」


 ボクは思わず槍を振り回す。

 ヘロヘロと攻撃でもなんでもない動きだったけど、牙イノシシは警戒するように後ろへと下がった。


「ま、まだボクを狙ってたのか」


 もしかしたらさっきの鹿が逃げたのも、ボクから逃げたんじゃなくてこの魔物から逃げたのかもしれない。

 しかし、分かったことがある。

 鹿を見るまでは、この牙イノシシも動物という雰囲気だと思ってたけど、実はぜんぜん違う。

 どっちかっていうと、作り物な雰囲気がした。

 野生動物は、それこそ野生のままの姿な感じ。作画の良いアニメに出てくる雰囲気って言えばいいのかな。美しい感じがした。

 でも、魔物はどこか『作られた物』という雰囲気がある。

 そういえば、あのレッドドラゴンもそうだったかも。

 魚や鹿に比べたら、やっぱりどこか『嘘っぽい』気がする。

 アニメ的、ゲーム的とも言える違和感があった。

 しかし、だからと言って――


「攻撃できるとは、限らないよぅ!」


 ゲームだからといって、犬をナイフで刺せるか?

 そう言われたら、ボクには無理だ。

 だから、犬がイノシシになろうと、そのイノシシに凶悪な牙が付こうとも。


「うぅ」


 生き物を攻撃できる勇気が――ボクには無い。

 ジリジリとボクは後ろへ下がりながらカゴの中に入れていた辛みの種ボムの包みを取り出した。

 その間に牙イノシシが襲って来なかったのは運が良かったと言える。


「う、うわぁ!」


 牙イノシシが突進してした。

 ボクは葉っぱを破るようにして、辛みの種の粉末を牙イノシシに向かって振る。

 投げて当てられるとは思わない。

 風に舞って、粉を吸い込んでもらうのに期待するしかない。


「ぐえ!?」


 突撃してきたイノシシの一撃をくらって、ボクは吹っ飛ばされる。ポーンと上空へと跳ね上げられて、そのままべっちゃりと地面に落ちた。

 HPゲージがガクンと減るけど、まだ残ってる。

 食事で回復してて助かった!


「ま、まだ生きてる!」


 なんとか立ち上がると、慌てて落とした槍を拾い上げて牙イノシシの方角を見た。どうやら辛みの種ボムは成功したらしく、顔をぶんぶんと振って苦しんでいる。


「こ、このやろう!」


 槍を思いっきり――振り下ろした。

 突くのは無理だった。

 刺す、という行為は、ボクにはできなかった。魚は突くことができたくせに、と今さらながらに言い訳なのか矛盾している行動を思い知らされるような、あぁ、ちくしょう!

 どうせ意気地なしだよ!

 腕に伝わる生き物を『叩く』鈍い衝撃。

 牙イノシシは悲鳴のような鳴き声をあげて、森の奥へと走り去っていった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 減ったのはHPゲージだけ。

 スタミナゲージはほとんど減っていないっていうのに、ボクは肩で息をするように荒い呼吸を繰り返した。

 手が震えている。


「ちくしょう」


 つぶやく。

 なんとかなった。

 でも。

 思い切り牙イノシシを叩いた手の感触が。

 割りと平気だったのが。

 なにより、自分がちょっとイヤになる瞬間だった。

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