~ガチ恋ファンが見ていた~

 朝。

 鳥の鳴き声と共に目を覚ますと――


「んぇ!?」


 目の前にウィンドウがあった。

 もちろん、そのウィンドウに驚いたわけじゃない。

 その内容に驚いたのだ。

 なにせ――


「8640ポイント!?」


 昨夜に配布されていたポイントが、初日を大きく上回った結果が出ていた。

 思わず目を閉じて、目頭をモミモミと揉んでから目を開く。

 もう一度、しっかりと桁を確かめるようにしてウィンドウに書かれた数字を読み上げた。


「はっせんろっぴゃくよんじゅう……間違いなく8640ポイント……」


 初日は2700ポイントだったはず。

 それがいきなり3倍になるって……どういうことだ?


「称号によるボーナスのおかげ? あ、いや、単純に配信時間が長かったからか?」


 初日は朝からゲームスタートだったと考えると、夜が含まれていない。つまり、夜中の0時から朝になるまでの時間が含まれていなかった。16時間分のポイントだった……と、考えられる。

 なので、配信時間が物理的に少なかったと考えられる。

 昨日は24時間の配信だったわけで。

 そこに称号ボーナスを加わると考えて、上手くいけば3倍になる可能性は……無くは無い、みたいな感じだろうか。


「いや、でも」


 夜中、ボクが寝ている様子をず~っと見てた人がいるってこと……?

 それはそれでめっちゃ怖いんだけど。

 でもまぁ、ポイントがもらえるというメリットを自分で選んだんだから、文句は言えないよな。


「う~」


 複雑な気分で、ボクはウィンドウに表示されたポイントを見た。

 合計12240ポイント。

 千円しか持っていなかったのに2日目にして一万円をもらってしまった。

 そんな気分だ。

 スキルを0から1にあげるには、100ポイントでいいので……これはかなりのポイントを得てしまったのではないだろうか。


「シルヴィア」

『おはようございます、ムオンちゃん』

「あ、おはようございます」


 挨拶するのを忘れてたので、ちゃんとしておく。

 なんというか、シルヴィアってもうAIっぽくないっていうか、普通の人みたいな印象になってきた。

 まぁ、そう考えると逆にふてぶてし過ぎるので、ムカつくような気がしないでもないけど。

 いいや。

 シルヴィアはシルヴィアとして扱うのがいいのかもしれない。

 こういう変な人間と思っておけば、無駄な疑問を抱かなくて済む……かも?


『今朝の占いコーナーの結果でしょうか?』

「いや、そんなのどうでもいいです。ポイント、こんなにも貰えたんだけどいいの?」


 シルヴィアは、どれどれ、とでも言わんばかりに自分が表示されたウィンドウの位置を変えて、ボクのウィンドウを覗き込んだ。

 カメラってそこに付いてるわけ?

 それとも演出?


『はい、間違いではありません。ムオンちゃんの配信ポイントは確かに1万を越えております』


 バグではなくこれが正常なのか……


「視聴者って何人くらいいるの?」

『それはお答えできませんが――』


 シルヴィアは少しだけ逡巡するように止まった。

 言い淀んでいるわけではなく、検索しているような雰囲気を感じる。


『ムオンちゃんの配信ポイントは日本プレイヤーの中でも上位に入ります』

「……やっぱり?」


 はい、とシルヴィアはうなづくようにウィンドウを動かして定位置に付いた。

 器用ですね。いや、これを器用っていうジャンルに含めていいのかどうかは分からないけど。


「しかし、なんでボクが上位ランクに……」

『分かりませんか?』


 明らかに、ニヤリ、と笑ってみせるシルヴィア。

 もちろんグラフィックが笑っているだけで、シルヴィア自信の声色はぜんぜんまったく変わっていない。

 ただ、ボクは理解してしまった。


『聡明なムオンちゃんなら分かったでしょう』

「……はい、分かります。分かりました。分かっちゃったよ……」


 ボクは、スキル【ヌーディスト】の初取得者であり。

 昨日もその前も全裸でした!


「そりゃ視聴者増えるよね……」


 いや、普通はBANされるんだろうけどさ。

 BANしない運営がおかしいよ。というか、ヌーディストのスキルってなんだよ。スキルレベルを上げたらどうなっちゃうのさ!?


『さぁ、今日もはりきって脱ぎましょうかムオンちゃん!』

「今日こそ脱がない!」


 配信ポイントが減ってもいいので、今日は脱ぎません!


「文字か何かで表示しておいてくれない? 配信画面の配置とかカメラの位置とか調整できたらいいのに」

『その機能は実装されておりません』


 配信でポイントがもらえるのなら、それくらいの機能は実装しておいて欲しいものだ。

 はぁ~、とため息を吐きつつ、消えかかった焚き火に落ち葉を追加する。


「ふぅ~……ふぅ~……よし」


 火が点いたのを確認して、枝をいくつか追加してから湖に移動。


「絶対に服を濡らさないからね」


 と、無駄に宣言をしてから水で顔を洗って、口もゆすぐ。


「歯磨きって、灰で出来るんだっけ。炭だっけ? あ、そうだ炭!」


 昨日、穴の中に埋めるようにして作っていた炭。

 さすがにもう出来てるはず。


「どうだ?」


 穴に被せた土を掘ってみると――


「おぉ! できてる!」


 枝はちゃんと真っ黒な炭になっていた。

 さっそく穴から取り出していく。手が真っ黒になっていくけど、まぁ仕方がない。


「これだけ上手く出来たのも、ゲーム世界だからかな」


 普通に考えたら、生焼けになったり燃え尽きたりして失敗しそうな気がするけど。

 都合の良いゲーム世界で助かる。


「さっそく使ってみよう」


 自分で作った炭っていうだけで、なんだか嬉しい。枝をそのまま炭にしてしまったので、打製石器で切りつつ、ポイポイと焚き火の中に放り込んでいった。

 そこに落ち葉も更に追加して……ふぅ、ふぅ、と息を送り込む。


「あぁ~、なんか丸い筒が欲しい。竹って無いのかな」


 中の節を取り除けば竹はそのまま筒になるはず。

 半分に割ったりして、使い道が多いので竹は是非とも見つけたいところ。軽いし、打製石器でも問題なく切り倒せそうだし。


「そのためにも、いろいろ準備しないとな」


 自由に森の中を歩き回りたい。

 せめて、魔物から安全に逃げる術が欲しい。


「やっぱり防具でかためるべきか……それとも、何か逃げるための道具を作るか……」


 なんて考えていると、ちゃぽん、と音がした。


「あ、シレーニ。おはよう」


 湖から人魚のシレーニが顔を覗かせていた。

 ぱくぱく、と口からはシャボン玉みたいに泡が出て、空に消えていく。たぶんだけど、おはよう、と言ったんだと思う。

 それから魚を渡してくれた。


「今日もありがとう。ごめんね、なかなか海に連れていってあげられなくて」


 ボクがそう言うとシレーニは湖の中に沈む。

 水の中から、気にしないで、という彼女の声が聞こえたので、手を振っておく。ギリギリだけど、声は届くみたいだな。


「それこそ筒があれば、伝声菅? みたいなの作れそう」


 とりあえずシレーニにもらった魚をさばいて、内臓を取り出し、枝に刺して焚き火にかざすようにして焼く。

 罪悪感のような物は無い。

 まったくもって、自分がイヤになる。


「はぁ……」

『私はAIですので分かりませんが、心中お察しします』

「……定型文ありがとう」


 察せてないくせに、というツッコミを入れるのはやめておいた。

 慰めてくれているのかもしれないし。

 とりあえず、魚が焼けるまでの間にボクはスキルウィンドウを表示させた。


「ポイントに余裕が出来たからな」


 今日はぜったいに脱がないので、明日配布されるポイントは減ると分かってるけど。

 それでも多少の余裕ができたのは事実だ。


「やっぱり取るべきスキルは【鑑定】だよな」


 レベル1では使い物にもならなかった鑑定スキルだけど……もしかしたら、レベルを上げれば使い物になる可能性は充分にある。


「とりあえず、レベル2にしてみよう」


 レベル2にするには、200ポイントが必要。

 一万以上あるので遠慮なく消費して、鑑定スキルをレベル2に上げてみた。


「どうだ?」


 手始めに魚をじ~っと見てみてる。

 すると、ウィンドウが表示されて鑑定結果が出た。


「湖の魚(生焼け)……湖で泳いでいる魚。味は淡泊。のんびり泳いでいるので捕まえるのは容易……」


 おい!

 鑑定スキル!

 それは鑑定じゃなくて、感想だ!

 なんなんだよ!


「シルヴィア、ねぇ~ぇ~シルヴィア~!」

『ゲーム内容については一切お答えできません』

「ゲームに関しての改善点の指摘は?」

『聞きましょう。開発スタッフに送信しておきます』

「鑑定スキルを設定した人に、これは鑑定ではなく感想だ、と伝えておいて」

『――送信しておきました。今後の製作アップデートの参考にさせていただきます。ありがとうございました』


 なんという定型文。


「どうしようか……レベルをもっと上げてみるか? それともこのままか……ぐぅぬぬぬぬ……」


 いや、ポイントに余裕があるとは言ったけど。

 無駄遣いはしたくない。

 たとえ1万円持っていたとしても、200円を捨てられるか、と問われればみんな首を横に振るに違いない。そして今、その200円を捨ててしまっている状態なので、追加でお金を使うことに躊躇してしまう。

 たとえそれが配信でもらったお金だったとしてもだよ、無駄にして良いお金なんて1円も無いんだからね!


「……保留!」


 うん。

 後回しにしよう。


「よくよく考えたら料理スキルの【コック】だって、レベルを上げたところで得られるメリットとか無さそうだもんな」


 スキルマスターになったところで、美味しい材料も調味料も無いんだったら意味ないし。


「指から塩とか醤油とか出るようになったり?」


 なんか、それはそれでイヤだ。


『味噌とか出たら最悪ですね』

「イメージは悪いよなぁ……って、なんてこと言うんですかシルヴィアちゃん」

『冗談です』


 シレっと答えるシルヴィア。

 なんにしても、今ので指から調味料が出る、という【コック】スキル能力は否定された。

 良かったような、残念なような。


「確実にハズレスキルも混ざってるよなぁ」


 ヌーディストは絶対にハズレスキルだ。

 他にも変な称号はたくさんありそうなので、不名誉な称号は取らないようにしたい。


「恩恵がありそうなのはやっぱり【ハンター】かな」


 たぶんだけど、HPやらスタミナが上がるとは思う。力強さとかパワーとかそういうのも上がりそう。

 でも、残念ながらステータスの細かい数字とか見れないので、具体的なことが何も分からないであろうことが予想できる。

 だからこそ、安易にスキルレベルを上げられないわけで。


「なんてゲームだよ、マジで」


 いや、そもそも。

 なんでこのゲーム世界に入り込んじゃったのか。


「はぁ~」

『ムオンちゃん、魚がそろそろ焼けますよ』

「あ、ホントだ」


 鑑定ウィンドウで魚(生焼け)だったのが、『焼き魚』に変化した。ちゃんと鑑定結果も変化するようだ。


「え~っと、辛い種を砕いたのは……あ、これか」


 酸っぱい実とか苦い実の種とか、葉っぱに包んで置いていたんだけど。どれが辛い種を砕いた葉っぱだったのか、鑑定ウィンドウが表示で教えてくれた。


「……ちょっと便利じゃん」

『ツンデレですか』

「ほ、褒めるところは褒めて、ダメなところはダメってちゃんと言うのがボクなのです」

『ステキな日本語ですね』

「悪かったね!」


 皮肉とか言わないで欲しいものだ。皮も肉も無いくせにぃ。


「よし、いただきます」


 パラパラと辛い粉をふりかけて、焼き魚を食べる。


「かっら!」


 やっぱり塩か醤油、はやく欲しいよぉ!

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