~そして1日目が終わる~

 シダ系の葉を持つ植物。

 それをツタで二枚重ねるようにして葉っぱの根本を結んでいき、柱へナナメに立てかけた長い棒の上に挟むようにして置き並べていく。

 それを何枚も作って、重ねるようにして並べて置いていくと――


「できた!」


 簡素だし、狭いし、屋根というには頼り無いけど。

 ボクの作った簡易的な寝床が完成した。

 ちょっとした三角形のテントに見えなくもないが……まぁ、気休め程度でも屋根と壁があるのは嬉しい。


『おめでとうございますシズカ・ムオン。あなたは世界で初めて【カーペンター】の称号を得ました。以後、配信ポイントに特別ボーナスが加算されます』


 やった!

 シルヴィアのアナウンスが聞こえて、カーペンターのスキルを解放できた。

 まぁ、どっちかというと配信ポイントのボーナスの方が嬉しいかも。

 そんな風に喜んでいると――


『プライベートルームに設定しますか?』


 という文字列が書かれたウィンドウが目の前に表れた。


「プライベートルーム?」


 どういうこと、とシルヴィアがいるウィンドウを見る。


『プライベートルームとは、配信されない空間を意味します。その中にいる間は配信がストップするシステムになっており、プレイヤーのプライバシーが保護されます。プライベートルームでは開発スタッフも干渉することはできません』

「あ~。24時間監視されてるわけじゃないんだ」

『監視ではありません。配信です』


 シルヴィア……ではなく、ゲームマスターが否定したような感じがした。

 監視ではなく配信、か。

 ボクたちにとっては監視のようなものだ。

 でも、このプライベートルームに設定した場所だと、配信が切れるわけか。開発スタッフすらも見れないってことは、他のプレイヤーからも干渉されないんだろうな。

 本来は宿屋とか自分の部屋とかに設定できる物だろう。

 わざわざこんな物を用意してるのは……どういうことだろう?

 ここまで無理やりゲーム世界に巻き込んでおいて、妙な配慮というか、なんというか……なんかこう、暴力的だった恋人がふとした瞬間に見せる優しさ、みたいなヤバイ物を感じる。

 穿った目で見過ぎかな?

 でも、そういうのを感じた。

 あと――


「ん~……もしかして、配信が切れてる間はポイントにならない?」

『配信は停止する状態となります。よって、配信ポイントは加算されません』


 そりゃそうだ。

 配信外でも視聴時間が増え続けるなんて。それはもうバグであり、配信活動ではない。というか、配信が続いていたとしても、真っ暗になって音声も聞こえないんだったら、誰も見ないよなぁ、と思う。

 しかし、それを考えると――


「プライベートルームに設定するのは、ちょっともったいない気がする……」


 だってねぇ~。


「すでに全裸をさらした後で、プライベートも何もあったもんじゃないと思うし」


 トイレの設定もオフにしてるからなぁ。

 隠すようなことが何ひとつ無くなっている。

 こういうのを『無敵の人』というのだろうか。


『寝顔を見られるのは恥ずかしい。そういう意見がありますが』

「全裸よりマシじゃない?」

『私には判断できません』

「じゃ、寝顔か全裸を見せてって言われたらどっち見せる?」

『残念ながら私には睡眠が必要ないため、寝顔を見せることは今のところ不可能です。よって、消去法で全裸を見せることになります。脱ぎましょうか、ムオンちゃん?』

「どうしてそうなるんだよ。ポンコツAI」


 落ちてた石を投げつけるけど。

 ウィンドウなので、すり抜けるだけだった。

 いつかデータに直接ダメージを与えるようなスキルが実装されるといいな!

 もう!


『いま衣服データを透明化してウィンドウに表示するプログラムを構成中です。少々お待ちください』

「いらないいらない。シルヴィアの裸なんて見ても、この世界じゃどうすることもできないし」

『つまり、それは普通の世界であれが優良と』

「……好きな人は好きなんじゃない?」


 ジト目ポンコツAI。

 需要は高そうに思える。


『ムオンちゃんもモテそうですよ』

「デザインしてくれた『ママ』に言っておいてくれ」

『了解しました』


 メールでもしてくれるんだろうか……

 適当なこと言うなぁ、このAI。

 むしろ、ポンコツAIの方がまだマシだったような気がしないでもない。

 無駄に人間臭いというか、なんというか。

 ホントは『中の人』がいるんじゃないだろうか。

 Vtuberみたいに。


「はぁ~」


 とりあえず、拠点は何とか確保できた。

 今夜の寝床もなんとかなったし――あとは焚き火が消えないように枝を集めたり、枯れ木を割って燃えそうな状態にしておこう。


「夕飯はどうしようか」


 空腹感はまったく感じられないが、空腹メーターは着実に減っている。

 できれば回復しておきたいところだが、魚を取るよりも焚き火が消えてしまうことの方が恐ろしく感じた。


「そうだ、炭! 炭を作っておきたい!」

『炭はとても有用です。推奨します』


 シルヴィアのお墨付き。

 スミだけに。

 というのは、アレか。漢字が違う。ざんねん。


「炭は確か……不完全燃焼?」

『はい、そのとおりですムオンちゃん』


 良かった、合ってた。

 でも、どうやって不完全燃焼を再現すればいいんだろうか?

 一斗缶とかで作ってたのを見たことある気がする。

 漫画ではどうやってたっけ……?


「炭を作る方法ある?」

『簡単です。穴を掘り、その中に枝を並べて燃やします。ある程度燃えたところで土をかぶせて穴をふさげば、炭ができあがります』

「あ、以外と簡単だね」

『頑張って穴を掘ってください』


 ……訂正。簡単じゃなかった。

 穴を掘るのは、なかなかの重労働だ。

 ボクは足元に落ちていた木の枝を持ち上げる。

 短く折るにしても、それなりの深さの穴を掘らないといけないよな。


「ゲーム世界じゃなかったら心が折れてるところだよ」


 スタミナゲージがあって良かった。

 そんなことを思いつつ、せっせと森の中で落ちている枝を拾う。

 できれば木を一本、まるまる倒してしまって薪にしたいところだけど。

 手持ちの礫器で倒せそうにはない。

 もっと大きな礫器……いや、本格的な打製石器を作る必要がある。


「とりあえず、今は夜に備えよう」


 もう空はかなり暗くなってきている。

 夕方なんだろうけど……森って想像してた以上に暗くなるのが早い。


「う、うわぁ」


 部屋の中に引きこもってたボクにとっては、初体験のような物。

 暗いって、ホントに怖いんだ。


「シ、シルヴィア」

『なんでしょう?』

「ず、ずっといてくれる?」

『お望みとあれば、ずっとここにいます。安心してください。私はAIですので、眠ることはありません』

「そ、そう。助かるよ」


 もしもひとりだったら。

 そう思うと、胸のあたりがキュっと締め付けられる。

 きっと、この暗さに耐えられなかったと思う。

 寂しいとか静かとか、そういうのじゃなく。

 単純に恐ろしく暗闇が怖い。

 段々と森の奥がまったく見通せなくなっていく。その暗闇から、すぐにでも恐ろしい何かが飛び出してくるんじゃないか。

 そんな無駄な想像をしてしまった。


「うぅ」


 ボクは空を見上げて、青かったのが紫色になっていくのを見た。

 ダメだ。

 これ以上は怖くて森の中にいられない。

 帰り道を急ぐように拠点へと戻ると、焚き火に枝を追加した。

 この程度で充分だと思っていたけど……夜の暗さに、なんだか頼りない気がしてくる。たいまつとか作りたいけど、あれも作り方が謎だ。どうやったら燃焼状態を続けられるんだろう?

 他にも――


「ぶ、武器……武器が欲しい。そうだ、槍があった」


 すがるように礫器の槍を持って、焚き火の前に座る。

 そうこうしていると、完全な夜が訪れた。

 すっかりと世界が闇に閉ざされて、森の中が何も見えなくなってしまう。遠くから動物の鳴き声のような物が聞こえてきた。犬とかじゃないケモノの鳴き声って、こわい。


「……」


 焚き火だけを頼るように、ボクは一層と火に近づいた。

 熱いけど。

 どこか、それが頼もしい。


「星空が綺麗、なんて言うけど。それ以上に夜が怖い……夜って、当たり前だけど暗いんだね、シルヴィア」


 不安になって、ついシルヴィアに話しかけてしまった。


『夜の森は推奨されません。見通しが悪く、魔物や野生動物に襲われます』

「なんで今それを言うかなぁ!」


 そりゃそうだろうけど。

 というか、慰めたり励ましたししてよぅ!

 ポンコツAI!


「はぁ~」


 ため息をひとつ。

 今日は朝から、なにひとつ理解できないことばっかりだ。

 ゲーム世界に入っちゃうし、ドラゴンに引っかかっちゃうし。

 ボクにはここで拠点を作るのが精一杯だったし。

 なにより、湖に落ちたのは運が良かったとさえ思ってる。

 水も手に入るし、頑張れば魚だって取れる。


「あ、そうだ」


 何もしてないから怖さを感じるんだ。


「夕飯の魚を獲ろう」


 夜の森に裸になるのは尚のこと怖い。

 裸足で行ける深さまで――と、湖に向かったところでチャポンと音がした。

 なんだ、と思って湖を見たら――


「ひぃ!? って、なんだ……シレーニか」


 夜の湖面に顔だけ出されると、なんというか妖怪っぽさがある。

 スイスイと近づいてきたシレーニは、ボクの前まで来ると手に持っていた物を湖面に引き上げた。


「あ、魚」


 ぱくぱくぱく、と泡が夜空に浮かんでいく。声にはなってないけど、内容は何となく分かった。


「これ、くれるの?」


 こくこく、とにっこりうなづくシレーニ。


「ありがとう!」


 ボクがそう言うと、にひひ、という感じで笑顔を浮かべた。


「余裕が出てきたら絶対に海まで連れていくよ」


 よろしくね、と言った気がするシレーニは湖の中へと戻っていった。

 ボクは焚き火まで戻るとさっそく魚を調理して、焼き魚を作る。


「美味しいけど、やっぱり塩が欲しい」


 塩を手に入れるには、海に行くしかない。


「ぜったいに海に行かないといけないな、こりゃ」


 どうやってシレーニを運ぶかはさておき。

 淡泊な味の魚に飽きてしまう前に、海へ行くことは重要なクエストだと位置づけられた。

 現実だと、それこそ塩分って必要だし。

 海を見つけるのは重要だよね。


「ごちそうさまでした」


 ありがとう、と湖の中にいるシレーニに言っておく。

 その頃にはもう真っ暗で。

 森の中へは、絶対に入りたくない闇だった。


「よ、よし。寝よう。さっさと寝てしまおう」


 ボクは簡易ベッドの中へ四つん這いになりながら潜り込む。葉っぱのベッドはそれなりに柔らかいのは確かめていたが、屋根を作っておいて正解だと思った。


「周囲が囲まれているのがこんなに安心できるとは思わなかった」


 できればちゃんとした壁が欲しいけど。

 たった一枚のシダの葉があるだけで、不安の度合はぜんぜん違う。


「ありがと、シルヴィア」

『どういたしまして、ムオンちゃん。子守歌は必要ですか?』

「いらないよぅ」


 なんで急に赤ちゃん扱いしてくるんだ、このAIは。


『おやすみなさい、ムオンちゃん。良い夢を』

「ゲーム世界で眠るっていうのも変な話だけど。そもそも夢を見られるのかな」


 ボクの今って、生身の肉体なの?

 それとも3Dのアバターなの?

 これって、アンドロイドとかそういうこと?

 じゃぁ、この『意識』ってなに?


「……」


 そんなことを考えつつ、横になっていると――どうやら、いつの間にかボクは眠りに落ちていたらしい。


「ふえ」


 気が付けば朝日が森の中に差し込んできて。

 鳥の鳴き声が聞こえた。


「ん……ん~~~!」


 簡易ベッドルームから出て、伸びをした。

 体調は……悪くない。身体が痛かったりもしないみたい。

 まるで爽やかな一日を告げるような気がしたけど、イヤでもここがゲーム世界だと思わせる朝でもあった。

 なにせ。

 ボクがもともといた場所は自分の部屋であって。

 こんな鳥の鳴き声が響き渡る爽やかな森の中で目覚めるわけがないのだから。

 しかし、そんなことよりも。


「配信ポイントだ」


 眠っている間に表示されていたであろうウィンドウが目の前にあった。

 そこには、配信数に応じたポイントの配布がアナウンスされているのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る