~これがボクのベッドルーム~

 湖から上がったボクは、ぷるぷると体を震わせた。身体に付いた水滴はある程度は飛んでいってくれるけど、完璧に水滴を落とせるわけではない。

 やっぱり変にリアルな世界だ。


「……タオルが欲しい」


 冬だったら死んでたんじゃないかな、これ。体感的には過ごしやすい感じなんだけど……ここまでリアルに作ってあるんだから、気温の影響とかぜったい反映されてるでしょ。

 もともとのゲームにそういう設定がなかったとしても、MODで機能を実装できたりするゲームもあったし。とことんリアル系が好きな人は、そういうのもゲームに組み込むと思う。

 本来、省かれるべき設定とか実装されてるもん。

 尿意とか、尿意とか、尿意とか。

 なんだよそれ。

 おしっこしてるところなんか配信しちゃったら、恥ずかしいどころじゃないよまったく。


「……そのためのプライベートルーム設定なのか?」


 いやいや。

 冒険中におしっこに行きたくなったら丸見えじゃないか……いや、まぁ、それがリアルな冒険ということもあるけどさ。

 そんなふうに思いながらも焚き火に当たって、体を乾かす。


「――――」


 そんなボクを湖から顔だけ出して人魚のシレーニが恨めしそうに見てきた。じろ~っと見てくる。


「なんだよぅ」


 くちびるを尖らせて、そう言ってみるけど。

 シレーニの返事は泡になって空へと消えていく。

 たぶんだけど、海に運んでよ、とか、ひとでなし、とか言ってる気がする。


「ボクは王子様じゃないよ。女の子だし」


 ほら、と体を見せつけた。

 それでもジト目で見てくる人魚。


「じゃぁせめて海がどっちかは教えてよ」


 ボクがそう聞くと、シレーニは眉根を寄せて……ちゃぽんと湖の中へ消えた。


「どっちか知らないのか」


 自分がどっちから来たのかくらい覚えてて欲しい。

 というか、なんで海に住んでた人魚がこんな森の中の湖にいるんだよ。


「はぁ~」


 厄介なクエストだな、まったく。

 まぁ、本来はそれなりに進んだ後に請け負うことになるクエストだと予想できる。こんな森の中、用事がなければ絶対に入らないし。街や村から遠く離れてるし。序盤に来れる場所じゃないのは確か。

 むしろ、海の方が先に辿り着ける場所なのかもしれない。


「海の場所さえ分かれば、引きずって連れていってもオッケーなのかな」

『その場合、人魚から敵認定されて攻撃を受ける可能性があります』


 シルヴィアがアドバイスをくれた。


「ゲームについては教えてくれないんじゃなかったの?」

『一般論です』

「AIに一般論で諭された……」


 いや、AIだからこそ、か。


「はぁ……じゃぁ一般論で教えて欲しいんだけど。ボクはこれからどうしたらいいと思う?」

『拠点の確保、という意味では寝床の作製が推奨されます』


 ふむふむ、確かに。

 このままじゃぁ地面の上にそのまま眠ることになってしまう。

 確かにそれは避けたいところ。

 見上げれば、太陽はそろそろ傾きかけてきた頃。それを考えると、ゲーム開始時間は早朝とも言える時間だったのかな。

 恐らくだけど、このゲーム世界でも現実と同じ時間の流れだと思う。リアルを謳っていたゲームだし、それくらいはやってみせると思う。

 水に濡れたり魚が焼けたりするプログラムより、よっぽど簡単だしね。


「シルヴィア。日の入りって何時?」

『本日の日の入りは18時になります』


 この程度の情報は教えてくれるらしい。

 いや、これもまた一般論か?

 なんにしても、今はサバイバル初日。

 ジリジリと追い詰められた状況になる前に、拠点は作っておきたい。


「ベッドを作りたいけど……」


 手持ちの礫器で、そんな物が作れるわけがない。いや、のこぎりとか持ってたとしても、ベッドなんか作れる気がしない。

 斧はもちろんだけど、釘すらも無い。とてもじゃないけど、ベッドなんて作れるはずがない状況だ。


「できることは、やっぱり葉っぱか」


 とりあえず身体が乾いたのを確認したボクは、セーラー服を着て再び森の中に入る。

 手近にあった大きな葉っぱをいっぱい採取すると、焚き火の近くに並べた。


「う~ん……?」


 地面に直接寝る、というのは避けられそうだけど……なんかいまいち。なにより、風ですぐ飛んで行ってしまいそうだ。

 だったら――と、湖岸にいっぱいある石を拾ってきて四角く並べてみる。

 この枠内がボクのベッドルームで、葉っぱの床。


「う~ん……?」


 分かった。

 ボク、センス無い。

 こんなことならRPGとかSTGばっかりじゃなくて、クラフト系のゲームもやっておけば良かった。


「もっと勉強しておけば良かった、じゃなくて、もっとゲームしておけば良かったなんて。狂った人生だ」

『はい』


 なんでそこで相槌を打つかな、AIさん。


「え~っと、思い出せ思い出せ……漫画では、どうやってた?」


 そもそも居住する予定ではなく、サバイバルではあくまでシェルター的な役割のものを作っていた気がする。


「そうか、屋根か! え? 屋根か?」


 いや、屋根は必要だと思う。

 でもそれ、どうやって?


「シルヴィア~」

『はい、なんでしょうかムオンちゃん』

「助けて……」

『分かりました。知恵をお貸ししましょう』


 なんでか知らないけど、ちょっと嬉しそうに見えるシルヴィアの表情。


「むしろ、物理的に手伝って欲しい」

『残念ながら素体がありません。人形などのアイテムを手に入れてくだされば』

「おー! どこで手に入れられるの?」

『ゲーム内容については以下略です』

「略すなよ」


 いや、もう何度も聞いたので略してくれるのもありがたいけど。

 自動スキップ機能?

 さすがAIですね。


「それで、どうしたらいいかな」

『葉っぱの上に落ち葉を敷き詰めましょう。その上から再び葉っぱを乗せれば、柔らかい布団の代替品となります』

「なるほど! ありがとうシルヴィア!」

『どういたしまして』


 にっこり笑うシルヴィア。

 ワザとらしい笑顔も、こういう場合はちゃんと相応しい表情なので問題はない。

 ボクはさっそく森の中で落ち葉を集めた。

 本当なら腰とか足とかめちゃくちゃ痛くなりそうだけど、平気で進められる。体力が無限にある感じだ。

 どうやらスタミナゲージも減らないみたいで、この程度なら作業という判定もされていないらしい。

 もっとも、精神的には疲れてくるけど。


「う~む。お掃除のスキルとかゲットできると思ったけど」

『これをお掃除と呼ぶには、少々乱暴かと』


 だよね。

 そこはもう仕方がないので、諦めて落ち葉をせっせと拠点に運び込む。誰も森の中に踏み込んでないおかげか、枯れ葉は大量に落ちていてくれた。

 ある程度の厚みが出るまで運び込むと、それを均等にならしていく。石で四角く囲った中に、枯れ葉の絨毯みたいになった。


「背が低く設定しておいて良かった」


 大人の男性、みたいな設定にしていたら、この二倍の作業量が必要だったかもしれない。

 いわゆる『バ美肉』――バーチャル美少女受肉をしておいて良かった!

 まぁ、おかげで平気で全裸になってられた、というのもある。

 自分の体をさらしてる感覚じゃないから、わりと平気。ぶらんぶらんしないし。


「次は葉っぱだ」


 大きめの葉っぱをもう一度取りに森へと入る。

 段々と森の様子も拠点周囲なら把握できてきたぞ。何度も森に入った甲斐があるというもの。


「まぁ、ほんの数メートルだけの話だけど」


 森はまだまだ奥へと続いている。

 ドラゴンから落ちる時のことを思い出せば、それなりに森は大きかったような気がするけど……いや、あんまり思い出せないな……どうだったっけ?


「死ぬかと思ったしなぁ」


 それどころじゃなかったし、落下の恐怖に目を閉じたような、開けてたような……とにかく混乱してたので、いまいち地形が思い出せない。

 礫器で葉っぱの茎を切りながら、そういえば、とシルヴィアに聞いた。


「他のプレイヤーは地面に落ちたと思うんだけど、大丈夫なの?」

『はい。最初は落下ではなく、あくまで世界紹介となります。広大な世界を見渡して欲しい、という開発者からのプレゼントですので、プレイヤーは問題なく着地できる設定となっています。もちろん最初の一度だけですから、今後は高所からの落下に気をつけてください』


 なんというありがた迷惑なゲームスタートだ……

 というか、あの状況でしっかりと地形を把握できるプレイヤーって何者だよ……


「ドラゴンが飛んできたのも、サービス?」

『はい、もちろん。楽しんでいただけましたか?』

「おかげでひとりでサバイバルすることになったよ」

『皮肉と捉えておきます』


 分かってるんだったら、言わないでおく、という配慮をして欲しかったものだ。


「これくらいでいいかな」


 巨大葉っぱをある程度ゲットしたので、拠点へと戻る。そして、落ち葉の上に葉っぱを並べるように敷き詰めていくと――


「できた!」


 葉っぱのお布団が完成した。


「おぉ~」


 さっそく寝ころんでみると、それなりに柔らかい。

 さすがにいつも使ってたベッドや布団には劣るけど、石の上とか地面の上で寝るよりかは遥かにマシだ。


『次は屋根を作りましょう』

「どうやって?」

『このようにです』


 シルヴィアのウィンドウにイラストが表示された。

 木の棒が一本立ててあり、そこから長い棒がナナメに立てかけられている感じか。算数の教科書で見た直角三角形を思い出す。ナナメの棒が長いので、立てている棒が頭側な感じだろう。

 で、ナナメの棒に細長い葉を左右に括りつけるようにして、棒の上にかぶせていく。

 なるほど。

 屋根というには頼りない物だけど、一応は形になっている。いや、屋根というよりは壁と屋根を兼ねているような感じかな。


「ところで、そのイラストってどうしたの?」

『AIで生成しました』

「へ~」


 AIがAI使ってる……

 いや、まぁ、いいのかそれは。


『まずは柱となる太めの棒と、ナナメに立てかける長い棒を探しましょう』

「分かった」


 なんだかNPCに言われてチュートリアルをプレイするような気分になったけど、実際に動くのは自分だし、頃合いの枝が都合良く落ちているわけではない。

 ので。

 森をそれなりに歩き回って、太めの棒と長い棒を見つけてきた。


『有りました?』

「持ってきたよ~、って見てたでしょシルヴィア」

『盛り上げるためのセリフです』


 あ、そう。

 なんか、段々と変なAIになってきてない?

 会話を重ねるごとに、なんか変な学習をしている気がしないでもない。


「ま、いっか。まずは太めの棒を柱にするために……っと」


 作っておいたベッドの頭側に太めの棒を立てて、ぐりぐりと地面に押し込む。ある程度の深さになったところで、石を使って地面に打ち込んでいった。


「むっ」


 なかなか打ち込めないな。

 ここはスタミナゲージを減らす勢いで――


「おりゃああああ!」


 コンコンコンコン、と石を打ち付けていく。なかなか小気味良い音が森の中へ響いていった。

 動物除けにもなって良いかもしれない。

 モンスターが近づいてくる可能性があるけど。


「いるのかな、モンスター」


 できれば出会いたくないものだ。

 とりあえず、スタミナゲージを目一杯使って柱を立てた。


「念のためにっと」


 柱のまわりに少し大きめの石を置いて積んでおく。多少は補強にもなるだろう。

 ちょんちょん、と指で押してみても倒れる様子はなかったので、上手く立てられたようだ。


「この柱にナナメに立てかけるようにして、長い棒を括りつければいいのか」

『はい。ツタを用意してください。ついでに屋根部分になるシダ系の植物があれば採取もお願いします』

「シダ系……あのオジギソウみたいなやつだよね」


 そのとおりです、とシルヴィアはうなづいた。

 ボクは森の中に再び入り、ツタを採取すると同時にシダ系の葉を持つ植物も探した。


「あった!」


 そこそこ大きな種類らしく、ボクの腰くらいの長さがあった。何枚か重ねたら本当に屋根っぽくなるかも。

 シダ植物も採取して、拠点へと持って帰る。


「まずは柱に棒を括りつけて、と」


 あ、なんだか楽しくなってきた。

 なんていうのかな、秘密基地を作っているような気分だ。まぁ、秘密基地なんて作ったことなかったけど。でもそんな気分。

 まだまだショボいし、完成には程遠いけど。

 でも。

 ボクがひとりで作っているボクだけの基地だ。


「ふふ」

『楽しそうですね、ムオンちゃん』

「まぁね。ずっとこんなことをしたかったっていうのは、本当だし。キャンプとかも、ちょっとやってみたかったんだ」


 家でずっと引きこもってゲームばっかりやってた。

 外に憧れはあったけど。

 無理だと分かっていたし、諦めてもいた。

 でも。

 今、やりたかったことが出来ている気がする。

 それも、誰かに手伝ってもらってるんじゃなくて、ボク自身の手と足で実行している!


「ふふふ」


 ボクはにこにこと笑いながら屋根を作る作業を始めた。

 楽しい。

 めっちゃ楽しい!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る