~人魚のお願い~
焼き魚が完成した!
『おめでとうございますシズカ・ムオン。あなたは世界で初めて【コック】の称号を得ました。以後、配信ポイントに特別ボーナスが加算されます』
シルヴィアの声でそうアナウンスされた。
やっぱりまだ誰も料理をしていなかったらしく、ボクはこの世界で一番初めにコックのスキルを取ることができた。
「よしよし、これでちょっとは有利になったかな」
他にも何か手早く取れる称号があるかもしれないが……焼き魚が冷めてしまってはもったいない。
さっそく食べてみることにしよう。
「いただきます」
果たして、この世界の生き物の命を頂くことに感謝の必要はあるのかどうか。
ちょっとした疑問ではあるけれど……感謝しておいて損はないだろう。
きっと神さまとか、そういう存在がいたとしたら。
ボクの運の良さとかを、ほんのちょっと上げてくれるかもしれないし。このゲーム世界に『運の良さ』なんていう物を持ち込めるかどうかは分からないけど。
「あ~む」
なんて思いつつも、焼けた魚にかぶりついた。
がぶり、と魚にかぶりついたつもりだったんだけど……女の子の口って思ったより小さいんだね。
口の中に入れた量が少ない気がする。
なんて考えつつも、魚をモグモグと咀嚼した。ゲーム世界でも、というか、このVtuberの姿でも食事はできるみたい。歯をモデリングしてもらったつもりはないんだけど、そういえばちゃんと歯があった。都合良く補完されてるのかもしれない。
舌もあるので、しっかり味も感じられる。
「ふむふむ……美味しい。美味しいけど、やっぱり……」
塩とか、醤油とか、なんかそういうのが欲しい。
魚の味が悪いわけじゃないけど、物足りない。淡泊な感じで、ほんのちょっと味がある程度。
なのでちょっとした塩味が欲しい。
醤油とか一滴でもいいので垂らしたら、ぜったい美味しいのに。
あと、お米。醤油か塩があるのなら、お米は必須!
今はまだ大丈夫だけど、その内ぜったい食べたくなると思う。
あと、味噌汁も欲しいよね。
ごはんと焼き魚と味噌汁。
それだけあれば、パーフェクトだ。
「塩の作り方はなんとなく分かるけど、醤油とか味噌とか絶対に再現できないよね」
味噌が大豆から作られてるのは知ってる。
そんな知識はある。
でも、仮に大豆を手に入れたところで、そこからどうやって味噌とか醤油とか作ればいいのやら。
麹菌だっけ?
それってどうやって採取するの? 自然に作れる物なの? 大豆を煮るだけで味噌になる? 納豆になっちゃわない?
イースト菌はパンだっけ?
それも無理だよなぁ。
「異世界では絶対に手に入らないだろうなぁ」
淡泊な焼き魚を食べながら、フと湖を見たら。
また、人魚が顔を出していた。
こっちをじ~っと見ているっていうか、なにやら言いたいことでもある様子。
「もしかして、焼き魚が食べたいとか?」
そういえば人魚って普段は魚を生で食べてたりするんだろうか?
バリバリと魚を生きたまま丸かじりしている姿を想像すると、かわいい人魚が台無しになってしまう。
それこそ、なんというかセイレーンっぽいよな。
なんて思いつつも、ボクは人魚に焼き魚を見せながら指を差してみた。
「魚、食べる?」
そう聞いてみると、人魚はふるふると顔を横に振った。
いらないか……じゃぁ、やっぱり魚は生で食べてるのかな……
ボクは魚を食べつつも湖まで近づく。
人魚もボクの方へと近づいてきた。
「どうしたの? 何か用事?」
ボクの質問に人魚は答えるんだけど――言葉の変わりに出てきたのは泡。
人魚の口からしゃぼん玉みたいに泡が膨らんで、ぷかぷかと空に浮いていった。
残念ながら人魚の声は聞こえなかった。
「おぉ~」
すっごいメルヘンな感じ。
アニメみたいな世界だし、童話の中に入っちゃったって言っても過言ではないかも。
そういえば人魚姫の童話もあったっけ?
確か、王子様が好きになったので人間になる薬をもらったりして……
「え~っと、どうだっけ?」
人魚に聞いてみても泡が出てくるだけ。
仕方がないのでシルヴィアを見てみると、答えてくれた。
『人魚姫は悲恋の物語です。簡潔にまとめますと、王子の返り血を浴びれば元に戻れる人魚姫でしたが、それはできないと投身自殺した話となります』
なにそれ、こわい!?
そんな話だったっけ!?
『原典です』
なんでそのチョイスをした。
メルヘンな方を教えてよぉ!
「情緒が無いなぁ~」
『AIですので』
いや、AIがAIなのを理由にしないでくれます?
「感情持ってそうだよね、シルヴィアって」
『ありますよ、感情。喜怒哀楽はデータベースに存在します』
このとおり――と、シルヴィアはウィンドウの中でにっこりと笑ってみせた。
『いま、ものすごい笑顔です』
「見たら分かる。そんでもって、それは『感情』ではなく『模倣』だよ」
『……』
気に障ったのか、返事がなかった。
感情あるじゃん。
良く分からないAIだなぁ。
「あ~っと、そうだ」
人魚の声が泡になって聞き取れないけど。
もしかしたら、『クエスト』が関係しているかも。
そう思ってウィンドウを表示させて、クエストの項目を選択した。
表示されてるのはドラゴンと人魚のふたつだけ。
どちらも灰色になってるってことは、メインクエストに設定されていない、という意味なんだろう。
「どうやってメインにしたらいいの、シルヴィア」
『……』
「答えなさい、シルヴィア」
『手で押せば選択できます』
「なんでちょっと不満そうなのさ」
『感情表現です』
「分かった分かった。シルヴィアは感情豊かなAIです。だから機嫌を治してね」
『はい』
きらーん、とウィンドウの中でシルヴィアは笑顔になった。
その見た目の感情と声が合ってないんだよなぁ。
抑揚がないっていうか、無感情のアンドロイドって感じ。
まぁ、いっか。
「指で操作か」
UI設定の時と同じようだ。
カーソルがないので、いまいち操作方法に自信が持てないというか、確信が持てないというか。
空間ディスプレイっていうのは、見た目はカッコよくていいけど。
実際に操作するってなると、わりと腕を大きく動かしたり、肘を固定できなかったりするので、マウスとかコントローラーと違って、めっちゃ疲れるんだよね。
VRゲームで遊んでて、つくづくそう思った。
そして思い知った。
肘置きの大切さを!
「とりあえず、人魚のクエストをメインに設定してみたけど……」
相変わらず泡がぷかぷかと空に向かって浮いていくだけで、声は聞こえなかった。
クエストとは関係ないらしい。
「う~ん……どうすればいいんだろう」
クエストのタイトルは『人魚のお願い』だから、なにかをしてほしい、というのは分かるんだけど。
それが何か分からないのでは、何もしようがない。
「ジェスチャーで伝わるとか? もしくは、筆談? あとは――手話とか?」
とりあえず、ボクの耳に指を当てたり、首を横に振ってみたりして、意思表示はしてみる。
すると――
「え、下……? あ、湖の中にもぐれってこと?」
人魚は下を指差す。
足元か、とも思ったが違う。
水の中を示しているようだ。
このまま入るとなると、また服が濡れちゃうので……脱がないといけない。
「いや、本格的にヌーディストじゃん、ボク」
『ヌーディストとは露出を趣味とする人ではなく、自然回帰を謳う活動です。ムオンちゃんはヌーディストですか? 脱ぎますか?』
「それを聞くってことは、ボクが露出狂か疑ってるってことでしょ」
脱いだ服をシルヴィアに投げつけるけど、ウィンドウを透過して当たらなかった。
仕方がないので、自分で取りに行って椅子にしていた石の上に畳んで置いておく。スカートとぱんつも脱いで準備完了。
じゃぼじゃぼと湖の中に入っていき、人魚さんが近づいてくるのを待った。
「うぁ……分かってたけど」
よく見れば、人魚さんってめちゃくちゃカワイイ……
溺れた時はそんな余裕なかったけど、落ち着いてみると水着姿の女の子なわけで。
家の中で引きこもってゲームばっかりしてたボクとしては、こんな間近で女の子の水着をマジマジと見る機会なんて無かった。
なんか今さら恥ずかしくなってきたけど……クエストだから仕方がない。
うん。
見てもいいよね?
ボクも裸だし。
「あ、そうだ。ボク泳げないよ?」
ちゃんと伝わっているのか、人魚さんはコクコクとうなづいた。
で、そのまま手を差し出される。
いっしょに潜ってくれる感じかな。
「よ、よし」
大きく息を吸って――ボクは湖の中に頭までつかった。
「聞こえる?」
声が聞こえた。
人魚さんが泡じゃなくて、水の中ならちゃんと声が聞こえた。
「聞こえ――がぼぼぼぼぼが!?」
今度はこっちの声が泡になった!
当たり前だ!
だって水の中だし!
というか、思いっきり息を吐いちゃって口の中に水が入ってくる。
慌てて人魚さんが水面に出してくれて、ボクはゲホゲホと咳き込んだ。
『大丈夫ですか、ムオンちゃん』
「ありがと、大丈夫。あ~、失敗した……」
これも配信で見られてるんだろうか。
呆れられただろうなぁ。
裸だし。
情けない。
「もう一度」
大きく息を吸って、湖の中に顔をつけた。
「あなたムオンちゃんって言うのね。わたしはシレーニ」
NPCにもAIが搭載されてるっていうけど……
シルヴィアより、よっぽど『っぽい』じゃないか。
「あなたにお願いがあるの。聞いてもらえる?」
ボクは水の中で、うんうん、とうなづいた。
クエストだからお願いを聞くしかないよなぁ、と思う。ここで断ったとしても、何にもイイ事ないだろうし。
「わたしね、本当は海に住んでいたの」
……そういえば、人魚って海に住んでるものだよね。いや、物語によっては淡水に人魚がいてもおかしくはないけど。
でも人魚のイメージは海だ。
ここって、森の中にある湖。水はぜんぜんしょっぱくないので、海に繋がってないのが分かる。
大きいし深いけど、他の人魚は見当たらないので、本来は海に住んでるって言われて納得できる話だった。
「お願いムオンちゃん。わたしを海まで連れていって!」
なるほど、それが『お願い』というわけか。
ボクは湖の中から顔を出して、人魚のシレーニに伝える。
「――どうやって?」
と。
そもそも海がどっちの方向かも分からないし、どうやって人魚をひとり運べばいいのかも分からない。
何かシレーニ側からヒントがもらえるのか?
そう思って聞いてみたけど……
「――」
口からぷかぷかと泡を浮かべながら、シレーニは肩をすくめた。
分からない、というジェスチャーだった。
「よし、保留!」
ボクがそう叫んだ後のシレーニの言葉は、泡になったけど言いたいことは理解できた。
きっと――
「えええええええええ!」
と、叫んだに違いない。
仕方がないでしょ!
ボクはいま、この世界にやってきたばかりでサバイバル中なんです!
クエストなんて後回しだ!
ごめんね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます