~UIと意識を切り替えよう~

「できた!」


 ふぅ、とボクは息を吐く。

 シルヴィアに質問していった結果、UIの表示方法が分かっだ。

 ユーザーインターフェースはゲームをプレイする上でも大事。というわけで、ほぼ表示されていなかったUIを、ちゃんと目に見えるように設定した。

 画面に表示させるっていう感覚かな。

 視界の中にゲージが見える。

 しかし――

 この設定するためのコマンドというかステータスオープン的なのが、プレイヤーに情報としては開示されていなかったのは恐ろしい話ではある。

 いや、もしかしたらあの真っ暗な空間でゲームマスターから説明があったのかもしれないけど。混乱していた中での説明だったので、思いっきり聞き逃していたかもしれない。

 なんにしてもウィンドウを開く方法が分かった。


「ウィンドウオプション」


 と、口頭で言えば開くオプション画面。

 画面というか、ウィンドウ。

 そこで項目がいろいろあるので、UI設定を開けるのだが――その数の多いこと多いこと。ズラ~っと多数の項目が並んでいる。


「製作者、馬鹿じゃないの?」

『誉め言葉として受け取っておきます』

「褒めてないよ、シルヴィア」


 都合のいい解釈をするAIだなぁ。

 AIなんだから言葉通りに受け取って欲しい。


「どう考えても必要がない項目とかあるじゃん」

『たとえば、どれでしょう?』

「これ!」


 ボクはとびっきりおかしい項目のひとつを指差した。

 ちゃんとシルヴィアに見えるようにウィンドウの向きも変えて見せてあげた。

 そこには燦然と輝く頭のおかしな文字!


『尿意ですか』

「いらないでしょ、ゲームに!」

『リアルさを表現するには必要だと判断されました』


 誰だよ、そんな提案したゲームクリエイター!

 日本人じゃないことを祈るばかりだよ!


『会議でムオンちゃんと同じような言及がされましたので、初期設定ではオフになっています。お好きであればオンにしてください』

「お好きじゃないです」

『ちなみにもうひとつの排泄行為も実装されそうになりましたが、批判が多かったので実装されたものは削除されました。お望みであれば要望として報告しますが?』

「むしろ尿意も消してくれるように要望を出しておいて」


 分かりました、とシルヴィアはウィンドウの中でうなづく。

 わざわざ動作で伝えてくる奇妙なAIだなぁ、ホント。


「ん? やっぱりこのゲームって、NPCは全てAIだったり?」


 ゲーム内容を発表されていく中でそんな記述があったけども。

 自動で会話を生成するというか、音声まで自動で付くので、NPCとプレイヤーの区別が付かないところを見せていた気がする。


『もちろんです。ムオンちゃんが現在進行しているクエストの人魚もAIで制御されています。それだけでなく敵として登場する魔物や動物も、それぞれが独自にカスタマイズされたAIで制御されています』

「あ、そうなんだ」


 そう返事をして湖を見てみるけど……人魚の姿はどこにもない。

 まぁ、尿意の設定は確実にオフになっているのを指差し確認してから、今度は『クエスト』の項目を開いた。

 あるのは『レッドドラゴンの討伐』と『人魚のお願い』のふたつだけ。

 それ以上の情報は何も書かれておらず、メインクエストに設定させるかどうかの表示だけがあった。


「人魚のお願いって言われても……話なんか聞いたっけ?」

『ゲーム攻略内容に関してはお答えできません』


 シルヴィアは瞳を閉じて首を横に振った。なんか人間っぽい動きを見せるなぁ。

 まぁ、いいや。

 あとは気になる項目として『スキル』がある。

 スキルページを開くと、現在取得しているスキルとそのレベルが並んでいた。

 ボクが今持っているのは【ヌーディスト】【ウェポン・クリエイト】【クロース・クリエイト】の3つらしい。

 正確には、取得する権利を得ている、という感じか。

 そう。

 恐ろしいことに称号がそのままスキルになるらしい。

 いや、逆か。

 スキルを取得するには、まず称号を取らなくてはいけない。称号を獲得して、はじめてスキルがレベル0になって、ポイントを割り振れば取得できるようになる。

 そういうシステムらしい。


「というかスキル【ヌーディスト】って何だよ……」

『裸で行動するスキルです』


 真顔でそのままの解説をされても困る。

 AIに感情は無いのか。

 無いんだろうなぁ。


「そんなもんスキルにするなよ……これぜったい尿意と同じヤツが考えたスキルだろ……」

『開発環境、また開発担当者については現在のシズカ・ムオンさまに開示できる情報はありません。残念ながらお答えできませんことを了承願います』


 されても困るし、名前を教えてもらっても逆にイヤだ。

 そいつ、ぜったいボクのこと見てるだろうし。


「はぁ~」


 しかも【ヌーディスト】のスキル、ちゃんとレベルアップできるのだから恐ろしい。

 ウェポン・クリエイトとかクロース・クリエイトがレベルアップできるのは理解できるし、レベルアップしたら作れる物が強くなったり出来栄えが良くなったりするんだろうなぁ、っていうのは分かる。想像できる。

 でも、ヌーディストのスキルレベルがあがったら、どうなるん?

 なに?

 何ができるようになるってわけ!?

 人前に出ても恥ずかしくない、とかそういうこと!?


「……って、そういえばもう配信で全てさらけ出してるんだった」


 今さら人前で裸もあったもんじゃない。

 というか――


「ホントにボク、BANされてないの?」

『ムオンちゃんのチャンネルは健在です。裸や性行為、殺人や自殺程度ではアカウント停止にならないと思ってください』

「いや、性行為って……」


 本来なら、それらの行為は即アカウント停止になるはず。

 今やURLをコメント欄に貼り付けたらアウトとも言われているほど厳しい……という話も聞いたことあるし、迷惑系Youtuberが暴れまわった結果、とも聞いたことがある。

 単純にスパム対策ってこともあるだろうけど。

 そういう、悪目立ちで自尊心を満たしたい愚かな人間を排除するのはすごく分かるんだが。

 でも、そういう悪目立ちでアカウントというか、プレイヤー停止にならないということは……運営側が特別に用意した場所で配信されていることになるわけだ。

 自由が売りのゲームって、そういうこと?


「シルヴィア。このテストプレイはいつまで続くんだ?」

『運営に関する質問はお答えできません』


 どうにも、そういった関連の質問になるとシルヴィアは答えてくれない。

 むしろ、シルヴィアじゃなく『ゲームマスター』が答えている感じがする。

 とりあえず、ゲームを終わらせるというか、脱出できるようなことは無理らしい。オプションウィンドウにもログアウトの文字は無いし。

 もちろん、電源ボタンはどこにも見当たらない。

 ボクがVR機を付けてベッドに横たわっている可能性はゼロというわけだ。


「ゲーム世界に転移したのか、閉じ込められたのか。ボクのもともとの体はあるのか、ないのか。それも分かんないんだよなぁ」

『現在のシズカ・ムオンさまに開示できる情報はありません』


 ゲームマスターの言い回しがすごく気になる。どうしてそれを教えてくれないのかも良く分からない。

 ここは確実にゲームの世界だし、VRゲームで肉体の感覚まで自由にできるなど、ボクの知っている技術では不可能だ。

 それこそ漫画やラノベ、アニメの設定でしか見たことがない。

 どう考えてもゲームの世界に入ってしまっている。

 肌の感覚はあるし、においもあるし、音もするし味もするし、水に濡れたりするけど……でも、ウィンドウは開いたりスキルがあったり、HPやMPの表示まである。

 でも見た目はまるでアニメの中。

 現実なのかゲームなのか、どこかチグハグだ。

 むしろ、現実にゲーム要素を足してアニメ化したものに、リアリティを引いているような……そんな感じか。

 なんにしても、どこかで情報を集めるしかなさそうだ。他のプレイヤーともはぐれちゃってる状態だし。


「村とか街の方向も教えてくれないんでしょ?」

『ゲーム攻略に関しては、一切お答えすることができません』


 というわけで動くに動けない。

 まだ、この世界で死んだらどうなるのか分かったものじゃないし。

 恐らくペナルティがあると思うんだけど……それが何を意味するのか、まだ分からないうちは下手に動けないわけで。

 いや、ペナルティなんて甘いのかもしれない。

 本当にゲーム世界に転移していたとしたら、死とはそのまま『死』の可能性もある。

 ホイホイと簡単に死ぬわけにもいくまい。

 まぁ、さっき溺れて死ぬところだったのは、え~っと、その、危なかったのかもしれないということで肝に銘じておこう。

 なんにしても、そろそろ服が乾いたっぽいかな。


「生乾きだ……いや、生乾きを実装するゲームってなんだよ……」


 まったくもって意味分からんところにこだわりがある製作者たちがいたものだ。

 というか、そんなゲームは容量とかどうなってるんだ?

 サーバーとか恐ろしいことになってるんじゃない?


「はぁ~……」


 そんなことを考えても意味ないか。

 とりあえず、生乾きがあるんだ。やっぱり食中毒とかありそうだし、ステータス異常で動けなくなった、なんて。ひとりぼっちの状態じゃシャレにならない。

 ひとまず葉っぱの服のまま、ボクは再び森に入って大きな葉っぱとツルを調達する。

 その大きな葉っぱを重ねたり端を折りたたんだりして、ツルで縫っていく。

 いわゆる器を作ってみた。


「……これはスキルにならないんだ」


 ウィンドウを開きっぱなしにしていたけど、シルヴィアは何も言わない。

 食器クリエイター、みたいな称号があるかと思ったけど……ちゃんと木とかで作らないとダメなのかな。

 とりあえずいくつか葉っぱの器を作ってツルで持ち手を作っておく。

 それを枝に通して、ぶら下げるようにして焚き火の上に吊るせるようにした。


「よし」


 風船の中に水を入れて、火で炙っても消えない理論。

 理論?

 現象?

 まぁ、とにかく、こうやって水は煮沸することができる、と漫画で見たことがある。

 ボクは湖で葉っぱの器に水を汲むと、焚き火の上に並べるように吊るした。


「これで飲み水は確保できるとして……」


 あとはやっぱり食べ物が必要だよな。

 UIには、ちゃんと空腹ゲージがあった。尿意とは違って、こちらは機能オフにすることができない。

 つまり、ちゃんと食べることを推奨されているゲームってわけだ。

 ただ残念ながら感覚として空腹を感じることはない。

 いまいちお腹が減っているという感覚がないので、物を食べたい、と思わないのがなんとも奇妙な感じだ。


「それとも、今はあまりお腹がすいてないからか?」


 その可能性は多いにあるので、やはり食べる物は考えておいたほうがいい。


「やっぱり魚かな」


 森の中に入れば木の実とか果物とか、食べられる野草とかがあるかもしれない。

 でも、同時に魔物とか危険な動物と遭遇する可能性がある。

 手持ちは礫器しかない状態だ。

 一応は武器として設定されているみたいだけど。これで戦えるとは思えない。

 せめて槍でも作れれば、草食動物程度にはなんとかなるかもしれない。

 とてもじゃないけど、モンスターに勝てる気がしなかった。

 考えてもみろ。

 平和な日本で普通に生きていた人間が、こっちに向かって襲ってくるモンスターに勝てるはずがないだろう。


「ましてや、ボクだぞ?」


 自嘲気味に笑う。

 武術どころかスポーツすらやっていない、ゲームばっかりしていたインドアな人間だ。ボタンひとつで剣を振り回したり、銃を撃てるゲームとは違う。

 しかも、今はかわいい女の子だったりする。

 そんな人間が、ゴブリンとかに勝てると思う?

 答えはノー。

 たぶん、たぬきが襲ってきても負ける自信がある。

 というか、動物を槍で刺せるかっていうと、たぶん刺せない。

 魔物も、たぶん、人型だったら無理なんじゃないかなぁ……と、思う。もしもゴブリンとかがいたとして、人間っぽい見た目だったら攻撃できる気がしないよね。

 あと――もしかしたらゴブリンの肉体を持ったVtuberの可能性だってあるし。

 なんなら、ぬいぐるみとか、動物の姿をしたVtuberはそれなりにいた。

 そういった人と魔物との区別はちゃんと付くんだろうか。

 心配だ。


「いや、そもそもひとりぼっちだし、そんな心配する必要もないか」


 もしもドラゴンに引っかからず、ボクもみんなと同じ位置に落ちていたら。

 ちゃんとコミュニケーションを取れていただろうか?

 なんかこう、ぼっちになってしまう気がしないでもない。むしろ、そっちのほうが余計に寂しい気がするんだけど。


「ねぇ、シルヴィア」

『なにか用事でしょうか、ムオンちゃん』

「しばらくウィンドウ開きっぱなしでもいい?」

『もちろんです。何か分からないことがあれば、自由に質問してください』

「雑談とかしてもいい?」

『努力します』


 努力してくれるんだ。

 すげぇな、AI。

 まぁ、今は寂しさをまぎらわせている場合じゃない。

 さっさと魚を釣らないといけな――


「針ないじゃん」


 釣り針なんて石とか木で作れるわけがない!


「も、銛か」


 礫器を枝に括りつけて、それで突くしかないけど……

 果たしてボクにそんなことができるかどうか。

 スキル云々っていうより、プレイヤー自身のスキルが必要なゲームだろう、これ。


「いや、もうゲームってレベルじゃないよな」


 切り替えよう。

 これは現実だ、と思って行動したほうがいい。

 ボクはゲーム世界転生をしてしまった。

 この状態をサバイバルしないといけない。

 そう思ったほうがいい。

 じゃないと、すぐに痛い目を見そうだ。


「これは現実これは現実、これは現実!」


 そう目を閉じて唱えた。

 よし。

 意識をしっかりと切り替えて、目を開けると――


「いきなり現実感を無くすのやめてもらえる?」


 人魚が湖面から顔を出して、こっちを見ていたのだった。

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