~ワールド・クリエイト~

 そのゲームが発表された時、ボクが思ったのは――


「何の冗談だ?」


 というものだった。

 冷笑したいわけでも、冷めた感想を持ったわけでもない。

 たぶんだけど、世界中のゲームが大好きな人間が、ボクと同じ感想を持ったんじゃないかな。

 ワールド・クリエイト。

 世界創造。

 単純明快にそう名付けられたゲームを発表したのは、それこそ世界中のゲームメーカーだった。

 そう。

 何の冗談か、世界中のゲームメーカーが会社とか国とかそういう壁なんか全てを取っ払って作るゲームを発表した。日本やアメリカ、中国や韓国、ヨーロッパの国々もそうだし、アジアの国だって除け者にはされてない。なんだったらインディーズで有名なクリエイターの名前まであった。

 どのメーカーの名前も聞いたことあるものばかり。もちろん、聞いたことのないメーカー名だってそこに含まれている。

 だが、それらの作ったゲームで、知らないようなゲーム名なんてひとつもなかった。必ず、聞いたことがあるタイトル名がズラリと並んでいる。

 国内メーカーから国外メーカーまで、ありとあらゆる制限を取っ払って作られるゲームが『ワールド・クリエイト』だった。

 いったいどういう契約と思惑でこんなゲームが作られることになったのか、さっぱり分からないけど。いったい誰がリーダーとなって、こんなバカげた企画が動いたのか、想像もつかないけど。

 とにかく発表されたワールド・クリエイトというゲームは、そんなお祭企画を通り越したとんでもない代物だった。

 最新のVR機で開発されるそのゲームに世界中は湧いた。

 湧かない理由がないだろ。

 ボクもその中のひとりだった。

 なんだって自由にできる、というプロモーションに加えて、戦闘シーンは大迫力だったし、NPCは魅力的だった。最新のAI技術を使っていることもオープンにされたし、売り上げの一部は環境保全や慈善事業に使われることも発表された。

 何せ世界レベル。

 それこそゲームメーカーが集結して作っているのだから、マップの大きさは地球規模ほどあり、お城や街、村や集落はもちろん、数々のダンジョンや洞窟などなど、あらゆる冒険が準備されている。

 最新の物理演算を用いた専用エンジンで開発され、水の一滴一滴すら表現できる最新映像には心が踊ったものだ。

 ボクはワールド・クリエイトの新しい情報が報告されるたびに嬉しくなった。

 待ちきれなくて、いろいろなVRゲームに手を出してしまったくらいだし、良い練習にもなっていたと思う。

 更にワールド・クリエイトは開発が進むごとに規模を大きくしていき、ついにはゲームメーカー以外にも撒き込んだりして、どんどんパワーアップしていった。

 むしろ、それで計画が破断していないのが不思議なくらいだ。

 しまいには医療関係まで含まれたらしく、なんでも人間の運動能力や病気や、そういったものをプレイヤーにリアルに反映させるとかなんとか。

 とにかく、とことんリアルな世界を作り上げて、そこで冒険したり生産したり、遊んだり、生活したり。

 なんでもできるのがワールド・クリエイトというゲームらしかった。

 そしてワールド・クリエイトのテストプレイヤーを募集することが発表された。

 もちろんボクは応募しようと思ったんだけど、これがなかなかのハードルの高さだったわけで。

 まず日本から参加するプレイヤーはVtuberであること。

 収益化などの制限はないが、最低限の活動をしていることが条件とされた。

 まぁ、早い話がテストプレイと同時に広告を担ってもらおう、というわけだ。もちろんバグとかも分かりやすく可視化されるので、テストプレイ以上の効果を狙っているに違いない。

 あとは献血とか募金とか、ボランティア活動をしていると、テストプレイヤーに選ばれやすい、という情報もあった。

 その時点で、すっかりとワールド・クリエイトに夢中だったボクは、迷うことなくVtuberになることを決めた。

 いわゆる『ママ』に頼んでキャラクターデザインをしてもらって、いわゆる『パパ』にお願いして3D化してもらった。

 できあがったのは、セーラー服を着た女の子。黒いセーラー服に黒髪。身長はちょっと低め、という設定。あくまで設定なだけで、誰ともコラボする予定がないので意味はない。

 女の子のアバターなのは……まぁせっかくなのでバ美肉したかったのだ。

 現実の自分とは、まったく違う存在。

 元気でかわいい女の子。

 少しの憧れみたいなのが、あったのかもしれない。

 もしくは、人生の裏返しか。

 とにかくVtuberとしてデビューしたボクは、稚拙ながら手探りな感じで配信をやってみたりしたけど……まぁ、登録者数は10人もいなかった。

 誰も見ていないのだから、喋ることもない。

 ひとりでポツポツとゲーム配信をして、ときどき見に来てくれた視聴者と一言二言話す程度でしかなかった。

 名前の通り、静かで無音なチャンネルだったのでぴったりのネーミングだ、と満足はしていたっけ。

 それでも、と献血に行ってみたりして、祈るような気持ちでテストプレイヤーに受かることを願ったのを覚えている。

 迷惑になるだろうから、ボランティアには参加できなかったけどね。


「……それから、どうなったんだ?」


 テストプレイに当選した、とか、特別な会場に案内、とか……そういう記憶は一切ない。

 ただ、気が付けばあの真っ暗な空間に立っていた。

 そして、ボクの体はVtuberの『紫塚夢音』のものになっていて。

 ちゃんと歩けるようになった時には、みんなと同じように立っていたんだ。

 あの真っ暗な空間には、他にもVtuberがいて……ちらほらと見たことのある姿もあった。

 有名企業に所属しているVtuberもいたし、ゲーム配信で有名なVtuberもいた。人間だけじゃなくて、動物の姿で立っている人もいたし、妖精の姿だからか空を飛んでいる人もいた。

 みんな驚いているみたいで、自分の手とか足とか服を見ていたっけ。

 そして突然、ゲームマスターがスクリーンに投影された。

 今思えば……アレは目の前にウィンドウが表示されていたのかもしれない。

 銀色の長い髪をツインテールにして、少し眠たそうな表情で、SF作品に出てくる女の子みたいな服装をした少女が、ゲームマスターと名乗って説明を始めた。

 正直、ほとんど内容を覚えていない。

 とにかく分かったのは、この世界が『ワールド・クリエイト』そのものであり、ボクたちはプレイヤーとして外部に配信されている、ということくらいで。

 自分の体はいつもとは違うことに驚いたりしていて、声も違ったりして、ザワザワと騒がしく、みんなあんまり説明を聞いていなかった。

 ボクもそれどころじゃなかった理由があったので。

 なにがなにやら、まったく理解不能な状況だ。


「はぁ~……」


 パチパチと爆ぜる音が聞こえる焚き火を見ながら、ボクは大きくため息をついた。


「いきなりだもんなぁ」


 念願のワールド・クリエイトをプレイできてる!

 っていう感覚はあんまり無い。

 むしろ、なんというかリアル過ぎる感覚があって、プレイしているっていうよりも、現実感のほうが凄い。

 でも目の前に広がっている光景は、まるでアニメの世界に入ってしまった感じだ。3Dのリアルな感じではなく、むしろ二次元的。平面なようで立体がある。アニメの超絶作画のような、そんな感じか。

 これがゲーム体験……な、わけがない。

 むしろ、ゲーム世界に閉じ込められてしまったような感覚だ。もしくはアニメの世界。ボクがアニメ化されているとか、意味不明な状況だ。


「……ゲームと言えば」


 酸素とかスタミナのゲージ、今はまた見えなくなってしまっている。

 必要な時だけ表示されたりするんだろうか?

 それとも、何か設定……


「ゲームだったらコンフィグぐらいあるだろうけど」


 そういうコマンドとかって、どうやるんだ?

 コントローラーもないし、キーボードもない。なんかこう、手話みたいな感じでわちゃわちゃと手を動かしてみたけど、何も表示されなかった。

 う~ん。

 あと、できる事と言えば……声?


「音声?」


 ボクの声は、なんかカワイイ女の子の声になっちゃってるけど。

 それぐらいしか思いつかない。


「え~っと……コマンド!」


 なにも起こらない。


「コンフィグ!」


 何も起こらない。


「オープン! ウィンドウオープン! ウィンドウ化! 最小化! ステータス! キーコンフィグ!」


 何も起こらない!


「システムオープン! システム! 運営! ブロック! イグジット! アウト! サインアウト! ログアウト!」


 何も!

 起こらない!


「GM! ゲームマスター! 質問! 運営! おーい!」

『はい』

「うわぁ、びっくりしたぁ!?」


 目の前にウィンドウが現れて、画面いっぱいにゲームマスターの顔がうつった。


「あ、あの……ゲームマスターさん?」

『はい。ワールド・クリエイトのプレイヤー担当を任されておりますAI、ゲームマスターです。すでにシズカ・ムオンさまにはご挨拶をしたはずですが、もう一度ご挨拶を申し上げましょうか』


 あ、はい。

 ボクは思わずそううなづいてしまった。


『皆さまへの報告やワールドアナウンス、ヘルプなどを担当させていただきます、ゲームマスターです。どうぞよろしくお願いします。よろしければシルヴィアとお呼びして頂ければ幸いです』

「シルヴィア?」

『銀色のシルバーから付けられた名前です』


 なるほど、とボクはうなづいた。


『ではシズカ・ムオンさま。用件をどうぞ』

「ログアウトするにはどうしたらいいの?」


 手っ取り早く、このゲーム世界から脱出する方法があるのなら教えて欲しい。


『その情報は現在のシズカ・ムオンさまに開示することはできません』


 ……その言い方だとログアウトする方法はある、ということか。

 というか、ログアウトできるんだな。


「ログアウトすると、どうなってしまうの?」

『ログアウト状態になるだけです』


 そりゃそうだよな、という答えだった。


「え~っと……じゃぁ、これからボクはどうすればいい?」

『ご自由に。ワールド・クリエイトはあらゆる行動を推奨しています。魔物を倒すのもいいですし、アイテムの製作を始めるのもいいです。NPCから依頼されるクエストを攻略するのもよろしいでしょう。遺跡や洞窟、ダンジョンの中にある宝物を探すこともできます。せっかくですから、世界を旅するのはいかがでしょうか。シズカ・ムオンさまには向いています。その足があるのですから」


 なにか。

 含みのある言い方だなぁ……


「シルヴィア。あなたは本当にAIですか?」

『はい。私はAIです』

「何か嘘をついてみて」

『今日は西暦3000年の元旦です』


 突拍子もない嘘だった。

 むしろAIらしい……のかもしれない。


「はぁ~……え~っと、じゃぁ、これが配信されてるって本当? ボク裸だったけど、BANされない?」

『ご安心ください。独自の配信サイトにて、プレイヤー各々の専用の配信を行っております。現在、シズカ・ムオンさまのチャンネルには複数人の視聴者が登録をされています。この調子で視聴者数を伸ばすことをおススメします』


 ほえー。

 ボクのこと見てる人がいるんだ。

 まぁ……半裸というか、裸だし……?

 そりゃ見るよね。

 ボクだって、いきなりヌーディストの称号を手に入れたプレイヤーがいるって言われて、それが女の子だったら見に行くもん。


「視聴者が増えるといいことあるの?」

『配信によって受け取れるポイント数が増加します。ポイントはあらゆることに使用することができます。初めはスキルレベルアップに使用することを推奨しております――が――』


 ん?

 シルヴィアの言葉が止まった。

 ラグが発生した、というよりは思考中のような感じか。

 なるほど、本当にAIっぽい気がする。


『現在のシズカ・ムオンさまの状況を鑑みるに、スキルよりアイテムの取得に消費したほうが良いかと思われます』


 ボクの状況を把握してくれるとは。

 便利なAIだなぁ。


「ポイントは買い物に使えるってことか」


 シルヴィアは画面の中で、ハイ、とうなづいた。


「買い物ってどこで出来るの?」

『街や村、NPCから買い物をすることができます。また特殊なアイテムは買い物では手に入れることはできず、クエストの達成報酬やダンジョンの宝箱から入手することができます』

「……いや、この状況でそれをおススメされても」


 街や村から遠く離れた状態からスタートしてしまったせいで、スキルよりもアイテムに重点を置くのは理解できるが……

 そのアイテムを買う方法が街や村っていうんだから、意味ないじゃないか。


「ポンコツAI」

『シズカ・ムオンさまの批判を甘んじて受け入れます。また、この会話は今後の学習にも使用されますので、改善の余地が残されていることを報告しておきます』

「それじゃ遅いよ。今すぐ成長してくれ」


 簡単にバージョンアップできないのは重々承知だけどさ。

 それでも、そう言わずにはいられなかった。


『承知しました。シズカ・ムオンさま専用のカスタマイズを用意します。少々お待ちください』

「へ?」


 ウィンドウが真っ暗になった。

 いや、なんか右下にメーターみたいなのがある。バージョンアップ中っていうことだろうか。文字もなんにも表示されていないので、ひごく不親切な表示だ。


『お待たせしました、シズカ・ムオンさま』


 メーターはすぐに右いっぱいにまで進み、再びシルヴィアの顔がドアップに映し出された。


「何か変わったの?」

『いいえ。ですが、多少のカスタマイズはできます。ご要望はありますか?』

「じゃぁムオンって呼んで」

『はい、ムオンさま』

「さまはいらない。サンかクンで」

『では、ムオンちゃんで』

「なんで!?」


 AIなのに要望を無視しないで欲しい!


『そのほうが、ムオンちゃんのアバターに似合いますので』

「あぁ……」


 そうだった。

 今のボクは、かわいい女の子。

 ちゃん付けで呼ばれるのが一番『らしい』呼ばれ方なのは、間違いない。


「はぁ~」


 まぁ、いいや。

 とにかく、ゲームマスターのシルヴィアにいろいろと聞くことができそうだ。

 服が乾くまでの間。

 ボクはシルヴィアへ質問していくことにした。

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