ニーソメイド(男性)の罪は深い

 突然だが、俺の高校では約一週間後に文化祭がある。

 クラスでの出し物は「男女逆転! メイド・執事喫茶」に決まった。

 しかし、いかにメイド・執事喫茶といえど、公立高校の出し物である以上は限界がある。

 教室内で飲食物を作って提供することはできないし、ある程度は客の回転率も上げなければならないから、あまり長居をさせることもできない。

 そうすると、メイド喫茶定番のハートを描いたオムライスを出して「萌え萌えキュン」と唱えることができなくなってしまう。

 それに執事の方だって、紅茶を入れたり、焼いたスコーンを渡したりして、

「どうぞお召し上がりください、お嬢様にお坊ちゃま」

 と、颯爽と決めることができなくなってしまう。

 俺たちにできることと言えば、客にペットボトルの水かお茶、又はジュースをコップに注いだ物を渡し、ついでに菓子の入った小袋を一つだけプレゼントするくらいだ。

 これではあまりにも侘しい。

 そう考えた俺たちは、せめてメイドや執事との写真会だけは充実させようと張り切り、教室内の飾りつけや衣装の作り込み、キャストの演技力向上に精を出した。

 おかげで完成前の段階であるのにもかかわらず、俺たちの教室はコンセプトカフェとしての立派な風格を備えていた。

 その出来栄えは異質な空間として他の教室から浮き、入って来た教師が一瞬固まるほどである。

 中には家庭科の先生に衣装の出来栄えを聞くべく授業の前に衣装に着替え、授業終了後に感想を聞きに行った猛者も現れるほどだ。

 男女逆転のメイド・執事喫茶というギャグを決して馬鹿にせず、真面目に取り組んでこそ真の楽しさや面白さが生み出されるのだ。

 三年で最後の文化祭。

 クラスメート全員、今回の文化祭には命をかけていると言っても過言ではない。

 それは、クジ引きという平等かつ全ての不平不満を殺す恐ろしいシステムによって、「メイドさん」役になってしまった俺にも同じことが言える。

 ぶっちゃけた話、ラグビー部のガタイの良い男子高校生がフリルたっぷりの可愛らしいミニスカメイドになるのは恥ずかしい。

 恥ずかしいが、照れて衣装を突っぱねたり、中途半端なコスプレをしたりするのはナンセンスだ。

 今更メイドを突っぱねることはできないし、ヘタに恥ずかしがると余計に酷いことになり、本物の黒歴史を生み出すことになる。

 それに選ばれた以上、俺はエンターテイナー。

 客と仲間を喜ばせ、感動を与えるメイドになるしかない。

 いや、むしろなりたい。

 俺は自己暗示をかけて己のテンションを上げに上げると、素早くメイド服を着用し、ビヨンと長い無地のニーハイソックスを履いた。

 メイド服を着用するのが人生で初めてならば、ニーハイソックスを履くのも初めてだ。

 今日は人生初の経験をすることが多い。

 ところで、社会一般的に見てニーハイソックスを履くのは女性が多いと思う。

 俺が昨日、近所のスーパーで購入したニーハイソックスも女性用だ。

 男性用があれば、そちらを購入したかったのだが、野菜や肉、魚などの食料品をメインで取り扱い、お情け程度で洋服を売っている町の小さなスーパーでは、そこまでの品ぞろえを見せてくれなかった。

 それ故、女性のほっそりとした足を包むはずだった黒い布は、予定外にムキムキな男性の足を包むこととなったのだ。

 破けたらゴメン! と、心の中で謝罪をしながらニーハイソックスの縁を掴み、一気に引っ張り上げたわけだが、流石はメイドインジャパン。

 パッケージに「驚異の耐久性! よく伸びる! ずり落ちない!!」と書いてあっただけはある。

 黒い布は決して破ける事無く、みょいんと伸びてピタッと俺のお肌に張り付いた。

 伸縮性のある布が膝小僧を包み込み、太ももの下部までしっかりと覆い隠している。

 足全体がキュッと引き締められ、窮屈で違和感が甚だしいが、意外と悪くない。

 コルセットは上手く使うと姿勢が丁度よく矯正され、気持ち良いのだと姉から聞いたが、同じようなことが足にも言えるのかもしれない。

 ボヤっと広がっていた肉がピシっと引っ張られて正され、整えられたような気分だ。

 ただし、デニール数の低い物を選んでしまったので、太ももからつま先までの足全体のシルエットがピッチリと映し出され、筋肉マシマシのゴツさが浮き彫りになってしまっているが。

 また、いかにニーハイソックスが伸縮性に優れた品であるとはいえ、限度がある。

 ふくらはぎの部分なんかは膨張してパツパツになっているし、膝や踵、つま先などの要所で薄い布越しに肌が透けた。

 少しだけ、すね毛などの体毛が見える。

 大人しく制服用の生地が分厚い、縦線が入ったニーハイソックスにしておけばよかったかもしれない。

 俺は自らの足に圧倒され、昨日の己を恨んだ。

 何はともあれ無事に着替えが完了した俺は、客観的に見ればイケてるかもしれない! と希望を見出し、今度は姿見を使って自分の姿を確認した。

『俺がいる。ミニスカニーソメイド、いったいこれは誰得なんですか? な、俺がいる』

 きめ細やかな真っ白い肌に折れてしまいそうなほど細い手足、丸く可愛らしい瞳など、女子と見紛うほどの可愛さを持つ男子や、これまたスタイルの良いイケメンなんかが女装し、ニーハイソックスを履いたならば得をする人間も出てくるだろう。

 だが、現実は非情だ。

 ガタイが良すぎてムチムチだな、肩回り。

 剃るのを忘れていたぞ、太もものムダ毛。

 日焼けでこんがりだな、俺のお肌。

 果たして、こんな生命力の強いムキムキ美脚大根を誇るメイドに需要はあるのか。

『でも、服そのものの完成度は高いな。流石、俺の彼女』

 このメイド服を作ったのはクラスメートであり、俺の恋人でもある女性だ。

 彼女は手芸部に入っているのだが、その腕は顧問すらも超えると噂されるほどで、手芸関係のコンクールでも優秀な成績をおさめており、コスプレ衣装も作ることができる。

 多くの衣装係がサイズの大きいワンピースを改造してメイド服風にしている中、俺の専属衣装係として立候補した彼女は採寸を行い、型紙まで作成し、一から衣装を作り出した。

 彼女が眠る間も惜しんで衣装製作に励み、魂を込めて作り上げた俺のメイド服は、渾身の一品であり単なるメイド服を超えた芸術品だ。

 色合いは白いミニスカートのワンピースに黒いエプロンを身に着けるなど、スタンダードなメイド服とは逆転したカラーリングだが、デザインそのものは一般的だ。

 また、他の衣装には大胆に胸元を開いたものが多いのに対して、俺のメイド服は胸元がブラウスになっており、キッチリとボタンを閉めることになっているので比較的上品な雰囲気がある。

 そして、白いブラウスの胸元を彩るリボンやエプロンを飾るレースは艶やかな黒であり、手首に巻かれたブレスレットのようなカフスや半袖の縁、スカートの裾で踊るレースは純白である。

 スカートの裾は本来ならば膝よりも五センチほど上の位置にくるはずなのだが、フリルが贅沢にあしらわれたパニエを履いている影響で全体がふんわりと持ち上がり、裾が更に高い位置へと来ている。

 そして、本来スカートの裾が来るはずだった場所には、堂々と黒いニーハイソックスの縁がきていた。

 ソックスとスカートの間には、いわゆる「絶対領域」と呼ばれる五センチから十センチほどの隙間が形成されており、俺の健康的なお肌が覗いている。

 なお、彼女のこだわりにより、切りそろえられた短髪を飾るのはヘッドドレスではなくフリルたっぷりの三角巾だ。

 全体的にフリルもレースもふんだんに使われており、所々に刺繍やリボンもあしらわれていて、本当にデザインは可愛らしい。

 メイド服品評会があれば余裕で優勝できてしまう程の出来栄えなのだ。

 だが、衣装を着ているのが無駄に体格の良い俺であるせいで、本来はストンとしているブラウスが胸筋に押されてパツパツになっているし、服の袖やソックスの縁も筋肉に食い込んでムチムチになっていた。

 動くたびにキュッと行動を制限してくるため、ちょっぴり窮屈であるし、どうにもこうにも違和感が甚だしい。

 不快ではないが、なんとも言えない妙な感じがする。

 特に鏡を見ると、一瞬思考がバグる。

 むっちりムキムキなパツパツメイド、ミニスカとニーソの織り成す絶対領域を添えて。

 これが女子なら、むっちりも別の意味合いを持っただろうに。

 メイド服もゴツくて硬い俺ではなく、ふんわり柔らかな女子の身体を包みたかっただろうに。

 一部、布が無理をしていて瀕死状態じゃないか。

 嗚呼、無情……

『本当に、男女逆転にするって言った奴は一回しばきたいな。普通に女子のメイドが見たかった。そして、メイド服じゃなくて執事服を着て、彼女に褒められたかった』

 ボンレスハムをほうふつとさせるニーハイソックスの縁を引っ張り、パチンパチンとさせながら敗北を噛み締める。

 そうしていると、服の出来上がりと着心地を確認すべく試着室の外で待っていた彼女が痺れを切らして、

「ねー、着れたー? もしかして着方が分からない? 着せてあげようかー?」

 と、声を掛けて来た。

「ああ、ゴメン。大丈夫だよ。自分でも服の様子を確認していたんだ。着る前からわかってたんだけれどさ、俺にミニスカメイドは無茶ぶりだよ。ハハ、ハハハハ。笑ってくれていいよ……」

 俺は乾いた笑いを上げながら試着室のカーテンを開け、彼女の前に姿を現す。

 一度作り上げたエンターテイナーの魂が勝手に躍り出し、俺は特に意識することなく一回転してリボンやフリルを揺らすと、最後にスカートの裾を広げてお辞儀してみせた。

 同時に広がる絶対領域に、果たして価値などあるのか。

 ノリノリな行動とは正反対の心臓が静かに座禅を組んでいる。

 きっと彼女も、俺の悲惨な姿に何と声をかければよいのか分からず、困っている事だろう。

 先程から一言も言葉を発さぬ彼女の表情は、きっと苦々しいもののはずだ。

 お世辞でもいいから可愛いと言ってくれ。

 せめて、せめて笑ってくれ。

 無言は辛い!

 ウィンクもしてあげるから!!

 焦りつつ、チラリと彼女の表情を盗み見る。

 だが、俺の悲しい予想とは反対に彼女は瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべて俺の姿を見つめていた。

 頬を真っ赤にし、ニヨニヨと歪んだ口元は両手でしっかりと覆い隠している。

 まるで、プレゼントボックスのラッピングをビリビリに破いて中身を取り出した外国のお嬢さんのような反応だ。

「ああー! 私の彼氏がムチムキニーソミニスカメイドさんに!!! ありがとうございます! ありがとうございます! どうしてニーソで、すね毛の生えた筋肉質なおみ足を隠されてしまうのか疑問だったけど、そんな疑問を持った自分を殴りたい! ゴムっぽい布でギュッと引き締められて筋肉の形が浮き彫りになった美脚と、少しだけ露出するお肌が堪らないです!!! 出せばいいってもんじゃない! 隠されているからこそ引き立つスケベ! それを見越してのニーソだったのね!? 凄い、凄いよ、凄すぎるよ! それでこそ私の彼氏だよ!!」

 彼女が大興奮のまま、マシンガンのような早口で俺のメイド服姿を褒め称える。

 高速で両手を擦り合わせ、ありがとうございます! ありがとうございます! と礼をいう彼女は明らかに鼻息が荒い。

 たまに大興奮して暴れ出す彼女だが、これは先月にふざけて猫耳を付けた時の反応を超えてしまっている。

 大変だ。

「なんで興奮してるの!? 落ち着いて!? それと、確かにニーソを用意したのは俺だけど、そんな目的じゃないよ? たまたま検索したメイド服の画像がニーソだったから、それにならっただけだよ。俺も心は立派なメイドさんだからさ。郷に入っては郷に従えってね!」

 冗談を言うことができる辺り、俺にもまだ余裕があるのかもしれない。

 というか、こうなるくらいならばニーハイソックスにしなければよかった。

 まさか自らの手で、可愛い彼女をド変態にしてしまうことになろうとは。

 罪深い。

 某、大手検索サイトのGo○gle様に感謝を捧げ始める彼女を見て、そんなことを思ったのだが、

「男性があくまでも男性のままでメイドさんの格好をしている! そこに愛しさが止まらない! 胸の高まりを押さえられない!! 女装じゃないの! 腕毛もすね毛も生えた男性がミニスカメイドさん!! これが素晴らしい! そして、ニーソ! これもまた素晴らしい!! 筋肉質な足の魅力を引き立たせる最高のエッセンス! 男のニーソや絶対領域に価値がない!? そんなわけないだろうが! 百億カラットのダイヤモンドと同じ価値があるぞ!!」

 と叫んでいるのを見て、考えを改めた。

 俺が何か影響を与えるまでも無く、彼女は元から変態だったようだ。

 それも、紛うこと無き純なるド変態だ。

 持っていた性癖に新しい性癖がくっついて進化し、その過程で化学反応を起こして大暴れしているだけだった。

 というか、ここまで喜ばれてしまうと流石の俺も恥ずかしい。

「アハハ、照れるな。あんまり見ないでよ、恥ずかしい」

 頬が熱を持って赤くなるのを感じつつ、クシャッと後ろ髪を掻く。

 そして、特に彼女の熱い視線が集中する両足を隠すべく、正座をした。

 しかし、これが失敗だった。

 座ることで圧迫された筋肉がニーハイソックスを更に食い込ませ、変態のテンションをぶち上げる結果となったのだ。

「照れ笑いがスケベ可愛らしい彼氏のむっちりスケベ太もも!! あの太ももには愛と夢とロマンが詰まっている! ぜひとも寝転がりたい! 裁判官! 膝枕を要求します!」

 彼女が勢いよく挙手をする。

 俺は裁判官になってしまった。

「ここは学校だからね、駄目だよ」

 フルフルと首を振り、ずり落ちたニーハイソックスを引っ張ってパチンと鳴らせば、お代わりを要求される始末だ。

 耳まで真っ赤にしたまま、体育座りをしたり、崩した正座で座ってみたりと対応したのだが、結果は全て無情なもので、ひたすらに彼女のテンションメーターをぶち上げるだけに終わった。

 俺の選択したポーズは全て彼女を喜ばせるモノだったらしく、ほぼ常に写真を要求されてしまったのだ。

 今も元気に、

「筋肉浮き立つ足をニーソの上からペタペタしたい! だが、ノータッチメイドさん。そして、今の私はただの運営。いくら彼氏とはいえ、そんなことをしてはならない! 人間には超えてはいけない境界ってもんがあるのよ!! でも、触りたい! スカートも捲りたいです!! とりあえず、お写真を一枚!! ああ!!」

 と葛藤し、頭を抱えて悶絶している。

 彼女が変態であることについては前から薄々と気が付いていたし、褒められると照れるが不快感や嫌悪感は無いので別に構わない。

 楽しそうに暴走する彼女を眺めるのも嫌いじゃない。

 だが、少しずつ衆目を集めているのはいただけない。

 彼女に褒められ、はしゃがれるのはいいが、よく分からない女子に騒がれたり変に噂になったりするのは嫌だ。

 そろそろ本気で暴走機関車を止めねば、俺も彼女も怪我をする。

 大丈夫。

 俺は彼女と二年以上も付き合っているのだ。

 彼女の単純な思考回路くらい読める。

 俺が冷静な態度で、

「そろそろ静かにしてよ。その、大人しくできたら今度の休日に膝枕してあげるからさ」

 と交渉カードを切ると、途端に彼女がピタッと止まり、大人しくなった。

「……ニーソメイドさんで?」

 至極真面目な目つきになり、右手で口元を覆いながら真剣な声色で問うてくる。

 それにしても、メイド服は予想していたがニーハイソックスまで足してくるとは……

 よほど気に入ったらしい。

「いい子にできたらね」

 暗に肯定すると、彼女がコクコクと首がもげそうなほど激しく頷いた。

 よほど膝枕をされたかったのだろう。

 それ以降の彼女は先程までの騒ぎが嘘のように静かになって、真面目にメイド服の修正やガーターベルトを検討するなど、本来の衣装係としての職務を全うしてくれた。

 ちなみに、ニーハイソックスの良さに目覚めた彼女は密かに仲間へ布教を行ったらしい。

 後日、衣装にちょっとした変更が追加され、履くことができる者はニーハイソックスを身に着けることとなった。

 ごめん、メイド仲間の皆。

 俺と彼女が、何かごめん!

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