大学デビューな親友
私には中学、高校と同じ学校に通っていた大切な親友がいる。
のんびりと優しい性格をしていて目立つのが苦手だった彼女は、よく教室の端の方で気の合う友人たちとお喋りに興じていた。
そばかすが目立つが、それがかえってチャームポイントで、運動部に入っているわけでも無いのに誰よりも日焼けしてしまう己の肌によく文句を垂れていた。
高校卒業と同時に私は地元の大学へ進学したわけなのだが、友人が選んだのは都会の大学だ。
物理的に距離ができると精神的にも距離が生まれる。
忙しさも相まって、しばらくは連絡すら取っていなかったのだが、つい先日、友人から春の長期休みには実家に帰るのだと連絡があった。
一年くらい連絡を取っていなかったとはいえ、毎日放課後を共に過ごし、私と言ったら友人と担任やクラスメートから認識されるほど仲の良かった私たちだ。
電話でのおしゃべりは弾み、久々に会って食事をしよう、という話になった。
という訳で私は昼夜逆転生活に喝を入れ、真っ当な時間に起き、着替えをして久方ぶりの外に出た。
彼女が指定したのは、地元から少し離れた都市部にあるオシャレな喫茶店だ。
友人は少し遅れるとのことだったので、店員に「後からもう一人来ます」と、断りを入れ、先に店内に入った。
お洒落風チェーン店とは違い、個人経営のカフェは内装までしっかりとお洒落だ。
柔らかな照明に照らされるテーブルや椅子、壁の木目が何とも落ち着いていて、上品な高級感を放っている。
『おー? こんなシャレオツなカフェを指定してくるとは……随分とお洒落ぶっちゃって! さては、都会に染まったな!』
格式高い店内を見て冗談半分に笑い、席に着いたのだが、
「待たせてごめんね」
と、後からやって来て対面の椅子に座った友人は、変わったなどというものではなかった。
あまり手入れされていなかった黒いロングヘアーは、艶やかな金髪に染め上げられた上にバッサリと切られてショートカットになっている。
しかもキッチリとパーマが掛けられているのか、綺麗な外ハネになっており、動くたびにフルフルと揺れる。
また、高校生の頃は少しも化粧に興味など持っていなかったはずなのに、いつのまにか身に着けたらしいメイク技術を駆使して、流行の大人っぽいメイクを施していた。
服の趣味も変化したようで、厚手のセーターにチェックのスカートを身に着けてデニール数の高いタイツを履くという、高校時代の温かで可愛らしい服装から、真冬でもへそ出し上等! 足出し上等! な、スタイリッシュな服装をしていた。
上にモコモコのアウターを着ているようだが、あれではプラマイゼロ、むしろマイナスだろう。
綺麗で格好良い服であるし、よく似合っているが、お腹を壊す前に着替えた方が良いと思う。
何故、短いブーツの縁だけはモッコモコなのだろうか。
あれで一体、何を温めるつもりなのだろう。
何も分からない。
加えて彼女は両耳にピアスを開けているのだが、それがシャキンと鋭い針を持つ三角形のピアスだった。
開いている場所は両方とも軟骨の部分なのだが、風の噂によると軟骨こそがピアスで開けるのに最も痛い場所なのだとか。
四つも開いている。
彼女の両耳から並々ならぬ覚悟を感じた。
煌めくゴールドメタルなピアスに何故か威嚇されているような気分になり、そっと目を逸らした。
『何というか、変わったわね……』
雑な薄化粧に適当に束ねた髪、高校の頃から気に入ってきているパーカーとジーンズで決め、申し訳程度のお洒落でイヤリングをしている私には眩しすぎた。
「久しぶりだね、———ちゃん。外寒かったね、大丈夫だった?」
それを貴方が問うのか。
『私はヒートテックの上にホッ○イロを貼り、その上に厚手のパーカーを着て分厚いコートまで羽織っているんだぞ!? そんな私に胴体周辺と腕しか布を身に着けていない君が問うのかね!? 大丈夫か!?』
寒いね、はよくある話し始めの挨拶だ。
私だって生まれ落ちた時から日本人であり、日本人として生きてきたのだから、そのくらいのことは当然に知っている。
だが、言葉を出した人間が人間なだけに一瞬、戸惑ってしまった。
「大丈夫だよ。もう春が近いのに未だに寒いんだもん、嫌になっちゃうね。もう冬は終わったんだぞー! って、太陽と風に文句を言いたくなっちゃう。あ! 雪を降らせた雪雲にも!」
両手をガッと威嚇するように上げておどけると、彼女はクスクスとおかしそうに笑った。
「本当に文句をいえたらいいのにね。ねえ、今日は何を食べようか。私は、えっと、コレとホットカフェラテかな」
彼女に促されてメニューを確認する。
随分とお洒落そうな店だったので、微少のパスタや底の浅い皿に上品に盛られたスープばかりだったらどうしようかと心配になったのだが、メニュー表に載せられた写真を見るに、ボリュームの大きい食事も沢山あるようだ。
ハンバーグとオムライスとローストビーフ丼で迷ったが、折角の外出なので奮発してローストビーフ丼を食べることにした。
友人とそれぞれの大学生活で起こった珍事件や学食の出来栄え、最近みたオススメのアニメの話などで盛り上がり、談笑していたら、あっという間に料理が完成して運ばれてきた。
お洒落なカフェらしい小さなお盆には一人分の食事しか乗らないようだ。
まずは私側のテーブルにローストビーフ丼とコーラフロートが置かれた。
「わ、———ちゃんのご飯美味しそう! ローストビーフ丼かぁ、いいねぇ」
「そうでしょう、そうでしょう。そっちのは、何だろう。花? 綺麗だね」
料理自体はとっくに完成していたようで、すぐに友人の分も運ばれてきたのだが、やってきたのは白い皿に軽く盛られたレタスの群れといくつかの食用花だった。
時折、灯りに反射してテカッているのはドレッシングオイルだろうか。
量も少なく、まるで妖精さんの食事だ。
こういったお洒落な食事を好む女性は少なくないし、味付け自体は美味しいのかもしれない。
だが肉と野菜を好み、食事は量で選んでしまいがちな私にとってサラダを好んで注文する人種は未知の存在に思えた。
ちなみに、私にミニカルチャーショックを巻き起こした友人は、
「でしょ! 綺麗だと思って注文しちゃった! 早速イ○スタにあげようっと!」
と、はしゃいでいる。
黒い肩掛けバッグから取り出した口紅を差し、慣れた手つきで料理とともに自撮りをした。
撮った写真を確認したわけではないから確かなことは言えないが、横から見るに料理よりも友人の方が写っている割合は大きいのではなかろうか。
冷める料理ではないからいいのかもしれないが、その後も友人はサラダやカフェラテ、食器類の位置をずらし、何枚も写真を撮っていた。
その姿は、まるでプロのカメラマンだ。
待っていてあげたいが、お腹が限界に達してしまい、
「ごめん、料理冷めちゃうから先に食べるね」
と断って、友人よりも先に料理を頂くことにした。
ローストビーフ丼の丼ぶりは普段自宅で使っている物よりも少し小さいが、無理矢理折りたたまれた分厚い肉が白米を埋め尽くすように並べられており、器を持ち上げるとズッシリとした重量を感じる。
視覚的にも物理的にもボリューミーな一品だ。
積まれたローストビーフの天辺で輝く卵黄に箸を入れて軽く崩すと、たっぷりと黄身のかかったローストビーフで米を包み、一気に口の中へ押し込んだ。
分厚い肉を噛めば、初めは少しだけ血を感じる強い肉の味がするが、すぐにまろやかな卵黄や濃く甘い味付けのたれが染み込んだ米で中和され、ホクホクとした濃厚な旨味が口中に広がる。
米と一緒に食べるのは勿論、美味しいが、贅沢にローストビーフだけを食べて思う存分肉の味を噛み締めるのもまた一興。
真剣にペース配分を考えながらコーラフロートを一口飲み、スプーンでバニラアイスとコーラの境目にある部分を掬って口に運ぶ。
『フロート系は飲料とアイスの間にあるシャリシャリが一番美味しいわ! 氷みたいになってるけど、どういうメカニズムでこうなっているんだろう』
世界三大不思議に匹敵するほどの謎だと個人的には思っている。
友人そっちのけで料理を食べ進めていたわけだが、ふと彼女の様子が気になり、そちらに視線を向けてみた。
『おお……! そこまで行くと、もはや職人さんね』
流石の友人もサラダの撮影会は終わらせていたのだが、今度は写真の加工に熱心に取り組んでおり、非常に真剣な目つきをしていた。
彼女が「投稿終わった~! ご飯食べよ!」と、フォークを握ったのは私がローストビーフ丼を半分以上食べ進めてからのことだ。
その後、友人は美味しそうに花を頬張り、サラダを食べ進める。
そして、あっという間にサラダを平らげると、
「美味しかった! お腹いっぱいだよ。温かい飲み物が落ち着くな」
と、ゆっくりカフェラテを飲み始めた。
高校時代、かつ丼に海鮮丼、焼き肉丼と学校周りの定食屋の丼物を制覇し、小さく盛られたパスタなど邪道と笑い合っていた友人は消えてしまったんだろうか。
都会の忙しない生活が友人を早食いにし、高い物価が少量の食事でも胃を満足させられるように彼女へ進化を促したのだろうか。
冗談はともかくとして、何か寂しい。
寂しい、が……
『変わっちゃった~って思うけど、本当はちょっと違うのかも』
親友は大学進学を機に都会で一人暮らしを始めた。
深夜以外、常に人通りのある街に住み、昼も夜もピカピカと騒がしい都会だ。
流行のファッションも遊ぶ場所も沢山あり、煌びやかな人間に囲まれるからこそ自分もと着飾って街へ繰り出す。
そんな生活をしているうちにすっかり変わってしまったんだろうな、と最初は思っていた。
だが流行のファッションを語るなど、お洒落な話題に興味を持ち、キラキラと瞳を輝かせたり、美味しそうにサラダに乗っかった花を頬張ったりする友人の姿を見て、少し考え方が変わった。
きっと、友人は珍妙な存在に変わり果ててしまったわけではない。
友人は、狭い片田舎の停滞した、けれどのんびりと穏やかな世界だけでなく、忙しないがキラキラと輝く、美しい都会の世界を知って、自分の中にある世界を広げただけだ。
憧れて、自ら選択して、今の姿になったのだろう。
あるいはキラキラとした場所に住むために反強制で姿や習慣を変え、周囲に適応したのかもしれない。
変わったかと問われれば確実に変わっているが、それはきっと、寂寥を伴う変化ではなく進化的なものなのだと思う。
『最初はビックリして面食らったけど、でも、改めて見ると綺麗になったわね。お化粧頑張って、寒いのに頑張ってお腹も出して』
なんだろう。
妙にジーンとしてしまって、胸が熱くなる。
「……綺麗になったねぇ」
タレで汚れた口を紙ナプキンで拭い、しみじみと言うと友人は目を丸くした。
「え!? 何!? 急にお母さんみたいだね。———ちゃんは、あんまり変わんないね」
言葉だけで聞けば、高校の頃からあまり変わらずあか抜けないままの私を揶揄しているようにも聞こえる。
だが、ふんわりと笑う彼女の声色はホッと安心するような穏やかなものだった。
一人暮らしを始めれば当然、家事などはすべて自分でやらなければならなくなる。
授業の取り方や受け方を自分で選択できるため、大学生活は自由で気楽だが、慣れるまでは要領を掴めず苦戦する。
また、バイトを始めれば初の労働に肉体的、精神的負担がかかるようになる。
このような環境での変化に加え、日常的に関わる人間だって大きく変わる。
実家暮らしで田舎の大学に通う私ですら日常が大きく変化したように感じ、しばらくは忙しないような、大変なような気分に見舞われたのだ。
ふとした時に変わらないものや懐かしいものに触れ、ホッと安心する気持ちは私にも分かる。
変化の度合いが大きい彼女はなおさらだろう。
気持ちは分かるのだが、その後に出された、
「ねえ、———ちゃんは、あんまり変わらないでね」
という言葉には少々イラっとした。
『そっちは随分と変わった癖に、現金な奴め! 私だって、お洒落したくなったらお洒落するわよ』
染めたくなったら金髪にするし、ピアス……は怖いからやらないが、インナーカラーも入れる。
ネイルだってする。
夏になればお腹を出すのも良いかもしれない。
私だって変わる時は変わるぞ!
まあ、実行日は未定だが。
「やっぱ、あんま変わってないかも」
ジト目で出した意地悪な言葉は、おっとりとした喋り方と少しノンデリカシーなところが変わらぬ友人への、ちょっとした意趣返しだ。
「え? さっきは綺麗になったねって言ってくれたのに!? ええ!?」
慌てだす友人を見ていると、悪いニヤケが口元に浮かぶ。
こっそりと漏れた笑いをかみ殺すため、私は箸で持ち上げたローストビーフを一枚、ガブリと噛んだ。
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