あったかいクリスマス

 クリスマスの夜、俺たちは寒空の下をポテポテと歩いていた。

 町中に張り巡らされた小規模なイルミネーションが、街灯よりも明るく道を照らしている。

 ホワイトクリスマスというが、最近、あまり、クリスマスに雪が振っているのを見ていない気がする。

 少なくとも、今夜は降っていない。

 まあ、俺は寒いのが嫌いだから、雪など降らない方が助かるのだが。

「凄い人が多かったね。熱気で蒸されちゃった。ただのスーパーなのにね」

 彼女はモフモフのマフラーに埋められた目元を赤く染め、楽しそうに笑った。

 近所の少し高級なスーパーから、俺たちの家まで、徒歩で約十分。

 彼女と繋いだ手で暖を取りながら歩けば、あっという間にたどり着くことができた。

「まあ、皆、お祭りが好きだからな。買いたいものが買えてよかったよ。ほら、先に入りな」

 両手のレジ袋をガサガサと揺らしながら、玄関のカギをあけ、扉を開いてやる。すると、

「おおー! ありがとう。紳士、紳士!」

 と、彼女がはしゃいで家の中に入り、電気を点けた。

 そして、俺から袋を一つ受け取り、一足先に部屋に入ると、テーブルの上に品物を並べ始めた。

 二人用のあまり大きくない机上が、大きなパック寿司と、揚げ物の比率が多いオードブル、そして、パックに詰められたローストチキンのレッグなどで埋め尽くされる。

「あらら、ケーキは乗らないか。まあ、仕方ないよね。デザートだし、取り敢えず冷蔵庫で眠っていてもらおう」

 ホールケーキが入った箱を卵のパックの隣に滑り込ませると、彼女が俺の隣に帰って来て、ストンと座った。

「ふふ、買ったねぇ」

「そうだな。テーブルに隙間が無くなってしまった。これは、多分、食べきれないぞ」

 苦笑いを浮かべる俺に、彼女は得意げな笑みを見せた。

「いいのよ。そのつもりで買ったんだから。でも、できるだけ、お寿司は早めに食べようか。明日に持ち越すの、ちょっと、かなり、怖いし」

 頷き合って、食事が始まった。

 唐揚げは、彼女が作ってくれた奴の方が美味しいな。

 ローストチキンの絶妙な甘辛さは、お店じゃないと出せないね。

 普段は食べる機会が少ないけれど、スーパーのお寿司も美味しいわ。

 ネタが大きくて、けっこう鮮度が良いよ。

 そんなお喋りをして、楽しく飲食を続ける。

 ひとしきり食べて満足し、テーブルの上に転がる料理もまばらになった頃、彼女が可愛いキャラクターの描かれたシャンメリーを瓶ごとラッパ飲みして、中身を飲み干した。

 そして、今度はポテンと横になる。

 お酒ではなく、あえてシャンメリーを飲み、大人ぶったジュースを楽しむんだ! ワイングラスに入れちゃおう! と、はしゃいでいた彼女だが、最後は豪快な気分になったらしい。

 まあ、それも楽しくていいと思う。

「こういうクリスマスもいいね。いつもより豪華めなご飯をダラダラ家で食べてさ、眠くなったら横になるの。ふふ、家だから、こうやってホラー映画のサメのごとく、貴方に齧りつけるよ」

 そう笑って、ガバッと俺の腰に抱き着くと、そのまま這い上がり、太ももの上に頭を乗せた。

 そして、「幸せだね」と、目を細める。

 今年は、彼女と付き合って三年目のクリスマスになる。

 一年目は二人で有名なイルミネーションを見に行き、二年目は、予約したレストランでちょっといい料理を食べた。

 百万本の花束を君に、とか、星々のような夜景を贈るよ、みたいな著しいロマンティックは、俺も彼女も柄じゃない。

 だが、それでも、いつもよりもお洒落をして、ほんの少しの非日常感と甘い気分に浸るのは、結構楽しかった。

 今年も、何か特別な事をした方が良いのだろうかと思っていたのだが、彼女が、

「今年はスーパーで買ったごちそうを食べて、のんびりダラダラしたい!」

 と言い出したので、この形になった。

 去年、一昨年のクリスマスでも思ったことだが、その時間が自分にとってどのような価値をもたらすかは、結局、誰と、どのような過ごし方をするのかで変わるのだろう。

 彼女が隣に居なければ、イルミネーションは低予算で明滅するだけのミニ電球で、レストランの料理は、美味しいが、値段とドレスコードの緊張感に釣り合うかも怪しい、ただのメシだ。

 今だってそうだ。

 だらけたクリスマスは楽しいが、彼女がいなければ、心を満たし、穏やかな安心を与えるほどの温かさは存在しない。

 当たり前の話だが、隣で笑う彼女のおかげで、俺は定期的にそれを実感して生きている。

 それ自体が幸せな話だ。

 彼女も、そう感じていると嬉しいな。

「俺も幸せだよ。ハハ、それにしても、随分と食べたな」

 ポムポムと、頭ではなく、膨れた腹を撫でておく。

 すると、彼女はわざとらしく口を尖らせた後、

「コラ、お腹はやめなさいな。全く! ふふ、お腹もクリスマス仕様だからね! もうちょい入るよ! よし! そしたら、ケーキでも食べよっか。甘いものは別腹だし、ゴロゴロしてたら、胃に余裕ができちゃった。持ってくるよ」

 と、ドヤ顔で笑った。

 彼女は上機嫌に台所へ向かう。

 そして、少しすると「え!?」と、間抜けな驚いた声が聞こえてきた。

 笑いをかみ殺しながら、俺も台所へと向かう。

 するとそこには、最近あまり使っていなかった大きな鍋の蓋を開け、中に入った紺色の箱と赤い布の袋を前に、困惑している彼女の姿があった。

 紺色の箱は、彼女から俺へのプレゼントで、袋の方は、俺から彼女へのプレゼントだ。

 この間、気まぐれを起こして調理器具の棚を片付けていた時、鍋に潜む彼女からのプレゼントを、偶然にも発見してしまった。

 初めはそのまま見なかったことにしようかと思ったのだが、いっそのこと、この鍋を使って彼女にサプライズを仕掛けようかと思い直し、朝の内に袋を追加しておいたのだ。

 突如増えたプレゼントに驚く彼女へ、そう説明してやれば、

「おお……これが、サプライズ返し」

 と、何やら感銘を受けている様子だった。

 開けても良い!? と瞳を輝かせている彼女に頷いて見せれば、中に入っていたパジャマに、嬉しそうに顔を綻ばせた。

 寒がりな彼女のために、裏起毛になっている、とにかく温かくて可愛い物をチョイスした。

 早速、着替えるために寝室へと向かったところを見るに、かなり気に入ってくれたらしい。

 そして、彼女からの贈り物は、綺麗な黒のマフラーと耳あてだった。

 彼女は他人の寒さにも敏感なので、できる限り俺を温めようとしてくれたのだろう。

 モフモフな生地の手触りの良さだけではなく、そんな彼女の心を察して、自然と笑みがこぼれた。

「これが幸せフル装備! 私は今、日本で最も幸せで、贅沢な自信があるよ。とにもかくにも、温かくて癒される!! 美味しい!!」

 パジャマに着替えた彼女は、ブランケットを持ってリビングへ帰ってくると、俺にマフラーを巻き、ブランケットを被せた。

 そして、モフモフになった俺の胡坐の上に座り込み、抱き着きながら、「幸せの完成にご協力を!」と、自分の分のケーキとスプーンを差し出して来た。

 食わせろ、ということらしい。

 今は上機嫌にケーキを食べ、ニヤけている。

 いつにも増して甘えてくるのは、クリスマスだからだろうか。

 皿に乗ったケーキを平らげた後、今度は俺にケーキを食わせようとしてくる彼女に、ふわりと笑みをこぼした。

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