「お節介さん」の裏事情(おまけ ウキウキ映画準備の佐藤さん)

 佐藤節はご機嫌だ。

 楽しそうに鼻歌を歌いながら兄に借りたプロジェクターを設置し、ミニソファーを並べたり、事前に購入していたお菓子やジュースを持ってきたりして、リビングを快適な空間へと整えていく。

 すっかり映画館風になった室内を満足そうに眺めて頷くと、最後にポップコーンの袋を抱えて親指を立てている姿を自撮りした。

 この写真を送る相手は、片思いの相手でもある黒坂明だ。

 できるだけ可愛い写真を送りたい。

 そんなことを思った佐藤は、こっそりと肌補正などを入れて写真を盛る。

『兄さんのプロジェクターで映画でも見ない?』

 メッセージと共に写真を送信すると、心臓がギュッと締め付けられて思わずスマートフォンを抱き締めた。

 いてもたってもいられなくなるような甘酸っぱいトキメキに、小さくため息が漏れる。

 佐藤が甘い感情に浸っていると、彼女の兄である佐藤太郎がドアから身を乗り出してリビングの中を覗いた。

「お! 本格的だな。それにしても節、随分と可愛い仕草しちゃって。お相手はアレだろ、節が俺のプロジェクターをパクってまで一緒に映画を観ようとしてる明君なんだろ。いいなあ、青春で。兄ちゃんは節とおんなじ年の頃、テレビの画面にキレ散らかしながらス○ラトゥーンをやってたぞ」

 どうやら、自分が貸したプロジェクターがどのように設置されたのかが気になってやってきたらしい。

 太郎はうんうんと頷き、佐藤を羨ましがると同時に過去の自分を懐かしんだ。

 しかし、太郎のス○ラトゥーンへのキレ散らかしは現在でも継続中だ。

 帰宅後にビールを煽り、仕事へのストレスを発散しながら仲間と騒ぐ快感は何ものにも代えられないらしい。

 たまにテンション高く台パンする日もあってうるさいので、佐藤を始めとする家族が直接、文句を言いに行く時がある。

 ちなみに文句を言われた太郎は意外と素直で、大人しくゲームを続行しているようだ。

 佐藤はしみじみと頷いている太郎に呆れを感じ、苦笑いを浮かべた。

「ほんと、兄さんには悔い改めて欲しいわ。そんなんだから未だに彼女いないのよ。ブチ切れス○ラ仲間しかいないのよ」

 氷のように冷ややかな視線に太郎がウッとたじろいだ。

「だって、友達と騒いでると脳汁が出るんだもん。それに、女の子の友達もいるし。まあ、その子もキレ散らかしてるけど」

 太郎の視線がどんどん下へと落ちて行く。

 なんだか切ない様子だ。

「まあ、兄さんが楽しいならそれでいいけどさ。でも、うるさくし過ぎないでよね。それと、絶対にリビングに茶化しに来ないでね。出来るだけ明君と二人きりがいいし、良いムードが台無しだから」

 ヤレヤレと両手を広げて首を振る佐藤だが、彼女が黒坂と観ようとしているのは恋愛映画でも感動映画でもなく、町で怪獣が大暴れをする爽快なアクションSF映画だ。

 何故、想い人と観る映画のチョイスが数年前の怪獣映画なのか。

 最初に「襲撃! トゲトゲ怪獣大暴れ! 東京都心破壊の真実とは!?」という、なんとも表現しがたい映画の題名を聞いた太郎は驚き、

「ちょっと古いけど、恋愛系の名作を貸してやろうか?」

 と、心配そうに問いかけていた。

「節、本気で怪獣映画で良いムードになろうとしてたのか!? 怪獣映画だぞ、怪獣映画! しかもB級感漂う迷作で! ちょっと無理くね? 流石、俺の妹。なんかコレじゃない感が半端じゃないな」

 ウチの妹は大物だな、と両腕を組み、しみじみと頷いている。

 すると、兄の様子にご立腹の佐藤がムッと口を尖らせ、

「なれるわよ、多分。こう、なんか良いタイミングで明君に抱き着いたり、お尻を揉んだりするのよ!」

 と反論したのだが、その言葉には不安要素しかない。

「抱き着く云々は置いておいて、お尻を揉む? お尻を、揉む……? 兄さん、明君のことが心配になってきたよ。リビングの端っこの方でス○ラやりながら、二人のことを見守ってようかな」

 実は太郎、定期的に佐藤から話を聞かされる黒坂の事や二人の空気感が少しだけ気になっていた。

 それに社会人四年目の太郎には、失われた青春の甘酸っぱい空気や高校生との新鮮な会話が恋しい。

 妹の発言が引っ掛かったのもあるが、黒坂に会ってみたいというのが本音のようだ。

 そんな思いもあり、チラチラと佐藤の顔色を窺ってみたのだが、

「だーめ。兄さんは大人しく部屋にいてよね」

 と、ばっさり切り捨てられてしまった。

 ガックリと項垂れる太郎を横目で眺めていると、不意に通知音が鳴る。

 画面に映し出される「黒坂明」の文字に胸を弾ませ、いそいそとロック画面を解除したのだが、そこに映し出されるメッセージを読んで、しょんぼりと肩を落とした。

 咲いた花が一気に枯れ落ちるようなテンションの乱高下を見て、太郎がどうした? と首を傾げる。

 すると、佐藤は落ち込んだまま無言でスマートフォンを差し出した。

 そこには、体調が悪いので遊べない、という内容のメッセージが映し出されていた。

「最近、ずっと体調が悪かったみたいだから、風邪を引いたのかも。明君のこと心配だし、ちょっとお節介かもだけど、何か差し入れを買って持って行くね」

 ガッカリした感情を隠すように明るい声を出して笑う。

 すると太郎が尻ポケットから財布を取り出し、スッと五千円札を抜き取って佐藤に渡した。

「そっか、それならコレでなんか買ってあげな。明君、よくなるといいな」

 励ますように大きな手でポンと頭を撫でると、佐藤が嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。

「ありがとう。兄さんって、こういう時ちょっとイケメンだよね」

 冗談めかして礼を言う佐藤に、太郎はグッと親指を立ててドヤ顔で頷く。

「そうだ、帰ってきたら俺とYou○ubeでス○ラの実況でも観るか? 意外と盛り上がるぞ。消費されなかったお菓子も、食べられたいよって泣いてるし」

 シャカシャカッと開いていないポップコーンの袋を振ると、佐藤がゆるりと首を振る。

「いや、遠慮しとく。じゃ、行ってくるね」

 さっぱりとした様子で家を出る佐藤だが、やはり、その後ろ姿はどこか寂し気だ。

 しょんぼりとした背中を、太郎はなんだか切ない気分になりながら見送った。

 そして、落ち込みながら帰宅するだろう佐藤を励ますべく、テレビにSW○TCHを繋いだり、自室から新たな菓子を持ってきたりして、太郎なりの楽しい空間を作り出し始めた。


 数十分後、太郎の予想に反して佐藤は非常に機嫌よく帰宅した。

 隣には初めて訪れた女性の家に照れて少しだけ顔を赤くし、若干、挙動不審になりながらもリビングに入る男性がいる。

 小声で、

「お邪魔します」

 と、誰にともなく挨拶をする姿は初々しく、なんだか真面目そうだ。

 パーカーにジーンズという学生らしい姿も相まって、その姿を一目見た太郎は、彼こそが噂の黒坂明なのだと直感した。

 少し気は弱そうだが、優しい癒し系の雰囲気を発する黒坂に太郎の好感度が爆上がりしていく。

 将来的に「お兄ちゃん」か「兄さん」と呼ばれたい。

 格好つけよう!

 そう意気込んだ太郎が話しかける前に、周囲をプレーリードッグのごとく見回していた黒坂が彼に気が付いたらしく、軽く会釈をした。

「こんにちは。俺は佐藤節さんの友達の黒坂明です。えっと、急にお邪魔してしまって、すみません」

 眉を下げて困り笑いを浮かべ、申し訳なさそうに頭を下げる黒坂に太郎は爽やかな笑顔を見せる。

「気にしなくて大丈夫だよ。急に家に呼んだのは節の方だしね。それよりも、風邪は平気なのかい? もしかして、妹が無理をさせちゃったかな?」

 ごめんね、と謝り返すと、黒坂は慌てて首を振った。

「あ、いえ、大丈夫です。なんか急に治って。風邪でもなかったみたいです」

 アハハと乾いた笑い声を出し、眉を下げながら頭を掻く黒坂に太郎は驚きで目を丸くした。

「そんなことが!? まあ、元気そうだし、細かい事はどうでもいいか。早まって部屋を片付けなくてよかったよ。今日はゆっくりくつろいでいってね。俺はあの辺の角でス○ラやってるから、気にしないで」

 スッとSW○TCHを抜き取り、当然のようにリビングの隅へ移動しようとする太郎だったが、佐藤に襟首をつかまれて阻止されてしまった。

「何バカなこと言ってんのよ。青春の甘酸っぱい雰囲気にビールの染み込んだおじさんは立ち入り不可能よ。兄さんは大人しく部屋に帰って」

「ええ!? せっかく兄さん秘蔵のお菓子まで出したのに。端っこにいさせてくれても良くないか? わあ! 押される! 色ボケの妹に兄さんの権利が迫害される!!」

 ギャンと喚く太郎だったが、両腰に手を当てて仁王立ちする妹には勝てない。

 あっさりとリビングから追放されると大人しく自室へ帰って行った。

 リビングから追い出される太郎を眺め、「全く兄さんは……」とため息を吐く佐藤に黒坂が、

「でも、優しくて面白い素敵なお兄さんじゃん。俺は一人っ子だから、お兄ちゃんって羨ましいな」

 と、柔らかな笑みを浮かべ、佐藤どころか太郎の胸まで鳴らしたのは別の話だ。

 さて、兄を追い出してまで黒坂と二人きりの空間を作った佐藤だったが、それによって「良い雰囲気」が出来上がったのかと問われると、答えはNOだ。

 上映開始と同時に佐藤はあっという間に映画の世界に夢中になり、大迫力のスクリーンに映し出される、いかにもCGな怪獣が町を破壊し、人々を蹂躙していく様子を大興奮で前のめりになって鑑賞した。

 武器を搭載したヘリコプターが尻尾で粉砕され、最終兵器が少しも怪獣にダメージを与えることの出来ないまま鉄くずに成り下がるのを見て、歓声を上げるほどの盛り上がりぶりだ。

 その挙句、B級感の漂う感動シーンや恋愛的な場面は休憩時間として使い、飲み物を飲んだりお菓子を食べたりしながら、

「この安っぽい人間ドラマが良いわね。これでこそB級。そしてB級だからこそ感じる、何とも言えない爽快感。素晴らしいわ」

 と、致命的な感想すら出してしまう有様だ。

 良い雰囲気になろうと意気込み、せっかくプロジェクターの光だけが周囲を照らす薄暗い空間で二人きりになれたというのに、何故ことごとくチャンスを捻り潰していくのか。

 恋人たちがキスをするシーンに便乗して手を繋いでみようとか、黒坂の方を見つめてみようとか、考えないのだろうか。

 黒坂は少しだけドキドキしながら佐藤の方を見てみたのだが、彼女がポップコーンを鷲掴んで頬張り、

「明君も食べる?」

 と首を傾げたのを見て、佐藤ってこういう奴だよな、と呆れてしまったようだ。

 怪獣映画を選んだこともひっくるめて、佐藤の行動には疑問とツッコミどころしかない。

 結局、恋愛的な雰囲気になることは一切ないまま、時間だけが過ぎていった。

 しかし、怪獣が派手に動くごとにはしゃぎ、キラキラと瞳を輝かせて笑う佐藤は非常に楽しそうであるし、それにつられて笑う黒坂も楽しそうだ。

 それに、映画鑑賞後は感想を語り合ったり、兄から奪ったSW○TCHで遊んだりしながら非常に幸福な時間を過ごした。

 そして二人とも「良いムード」とは全く関係のない瞬間に、ひっそりと互いの笑顔に惹かれて胸を鳴らしていたりする。

 少し分かりにくいが、これが佐藤と黒坂にとって居心地の良い、甘酸っぱい距離感なのだろう。

 二人の関係が、また一歩、恋人へと近づいた。

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