「お節介さん」の裏事情(かわいい二人)

「うわぁ! 佐藤!? なんでここに?」

 黒坂は寝癖だらけのモチャモチャとした頭髪に、三日くらい着続けている中学時代のジャージを着用し、裸足にクロックスを履くという駄目コンボでキメていた。

 どう考えても、意中の女の子の前に出る格好ではない。

 大慌てで家に引っ込もうとする黒坂の腕を、佐藤がガシッと掴んで引き留めた。

「落ち着きなさいよ。病人のだらしない恰好見たって、引かないって。というか、風邪なのにマスクもつけず、冷たい風と微小の雪が降る中で裸足って、チャレンジャーね……ん? 明君、もしかして仮病使った? 最近のやつって、全部そうなの?」

 佐藤がジトッと睨むと、黒坂はそっと目を背けた。

 目を逸らし続ける黒坂を佐藤はしばらく睨み続けていたが、やがて大きなため息をついて首を振った。

「そう。そうまでして、私に会いたくなかったの。じゃあ、いいわよ。ほら、コレ。これだけ渡して、帰ってあげるわ」

 佐藤が黒坂に手渡したのはコンビニの買い物袋で、中にはスポーツ飲料が数本と、パウチのゼリーやおにぎりが入っている。

「明君、前に両親が共働きで、あんまり家に居ないって言ってたじゃない。風邪拗らせて家にボッチでいると、家庭内の備蓄や病気の状況によっては結構危ないし、そういう訳で、買ってきてあげたのよ。でも、悪かったわよ。お節介焼いて……学校でも話しかけてほしくないなら、そうする」

 寂しげに言って黒坂に背を向けたのだが、足を踏み出す前に胸を押さえ「いだだだ!」と悲鳴をあげると、涙目で彼の方を振り返った。

「ちょっと! あんたの方が寂しくて痛くなるって、どういう了見してるのよ! 悲しいのは私でしょうが! 全く! でも、ふーん、さっきの私の言葉に、何か悲しくなることがあったのね。へー、どれかしらね? 私、見当もつかないな~。どれかな~? こんな寂しい子を放っておいたら、余計こじらせて、数か月前の二の舞だな~。ねえ、ねえ」

 理由など察しているだろうに、佐藤はわざとらしくニヤニヤとした笑みを浮かべると、ねえ、ねえ、と真っ赤になる黒坂の顔を覗き込み、揶揄った。

 そして、意地でも口を割らないのを見ると、両手をワキワキとさせ、

「言わないとお尻を揉むわよ!」

 と、脅し始めた。

 黒坂の方へパシュッ、パシュッ! と手を伸ばし、鷲掴む動作をする。

 とんでもない女子高生がいたものだ。

「わ! 止めろって、佐藤! なんですぐにお尻を揉もうとするんだ! や、止めろって! 言う! 言うから! 言うって言ってるのに、本当に揉みやがった! 痴漢だからな! この痴女! お巡りさん、ここに痴漢がいます!!」

「うるさいわね。そんな可愛いお尻を、二つもつけてるのが悪いんでしょうが。周囲の女の子を誘惑して危ないわ。同級生誘惑罪で逮捕されるわよ。危ないから、ちゃんとしまっておきないなさい」

 お尻を両手で隠し、真っ赤になって狼狽える黒坂に佐藤はふてぶてしく言い放つ。そして、

「全く。お巡りさんにはいっそ、明君を逮捕してもらいたいものだわ」

 と、呆れ交じりのため息をついた。

「コイツ! 俺が公道でお尻を出したみたいに言いやがって! ちゃんとジャージに仕舞われてるからな! このスケベ佐藤が!!」

 そう言いながらも、なんだか自分のお尻が気になってしまったようで、黒坂はズボンの裾を引き上げ、すでにしっかりと仕舞われているお尻を仕舞い直した。

 それに対し、怒られた佐藤は逆切れをして、むくれている。

「何よ。いいじゃない。減るものじゃないし。大体、その辺の変質者と一緒にされちゃ困るわね。私は、明君のお尻のみを狙い、明君のお尻のみを揉むわ。なんでもいいわけじゃないの。そして、私はフェアな精神を持っているから、明君がお望みなら、ワンタッチさせてあげますけど? うっ! 緊張で気持ち悪い……」

 流れるように、こじんまりとした柔らかなお尻を向けられ、不覚にも心臓が跳ねあがった。

 一瞬、揉み返してやろうか迷い、緊張と混乱で胸がドコドコと鳴ってしまったわけなのだが、佐藤はそれを共有してしまったようで、無駄にダメージを食らっている。

「勘弁してくれよ……」

 さまざまな意味で疲弊した黒坂は頭を抱えた。

「さて、ふざけるのはここまでにして、本当にどうしたの? もしかして、私が定期的に明君のお尻を狙うから貞操の危機を感じたの? あのね、明君、私、嫌がる明君に無理やり悪い事なんてしないわよ。あ、お尻モチモチはノーカンね。だって、モッチンしても別に痛くならないってことは、そんなに怒ってないんでしょ? 何なら、ちょっとよろこ……」

「それ以上言ったら、本当に家に引きこもるからな! ほんと、佐藤の能力って厄介だわ!」

 黒坂は大慌てで言葉を遮ると、真っ赤になって顔面を覆った。

 自分以上に自分の感情を把握し、見透かされるというだけでもキツイものがあるのに、その相手が好きな女の子なのだから目も当てられない。

『佐藤が好きって、俺、Mなのかな……』

 羞恥心でドコドコと鳴る心臓を押さえつつ、観念した黒坂は、佐藤を避けていた理由を話し始めた。

「要するに、最近メンタルが回復してきて、これ以上回復しちゃうと、私に構ってもらえなくなっちゃうかもしれないのが怖かったと。いや~、相変わらずこじらせてるわね。ドラマだったら、主治医に『どうして、こんなことになる前に受診しなかったんですか』って怒られてるところよ。私を避ける前に、お悩み相談しなさいな」

 佐藤は両手を広げ、ヤレヤレと首を振る。

 だが、黒坂は目の下にやんわりとクマができるほどの悩みをあっさりと笑い飛ばされてしまったのが面白くなくて、そっぽを向いた。

 それに、メンタル回復後も佐藤が近くにいてくれるかについては半信半疑のままだ。

 今まで通り友達として関われなくなるのも寂しいが、それよりも、今まで自分を気にかけて仲良くしていたのが負の共有をしたくないからという理由のみで、彼女にとって黒坂など、その他大勢の内の一人でしかないのだと突きつけられるのが怖かった。

「いや、だって、悩みってほどじゃなかったし。言い難かったし。それに、実際そうなんだろ? 俺と違って、佐藤は友達いっぱいいるし。俺にかかりっきりだから、最近はお友達グループとも一緒にいないじゃん。なんか、ハブられるまでは行かないけど、俺と一緒にいるせいで友達が減ってる気配がするし。俺に関わるのはショベルカーを背負いたくないからなんだろ。いいよ。週に一回だけ話してくれたら、肩にリンゴが乗るくらいで治まるよ」

 ズーンと落ち込んで、一番言われたくない言葉を自分からブツブツと話すと、ため息をついた。

 話すたびに自分の面倒くささを再確認し、余計に落ち込んでしまう。

 グルグルと回って熱を持ち始める黒坂の頭に、佐藤はポンと優しく手を置いた。

「そう言ってる明君は、既にダンベルを乗せてるけどね。全く。本当に困ったちゃんだわ、明君は。安心しなさいよ。こんな寂しんぼの拗らせちゃん、怖くて放置できないから。いや、それはちょっと違うわね」

 視界に入った佐藤は、明るく裏表のない笑みを浮かべている。

 その姿と言葉にホッとすると、黒坂は先程とは全く違った明るい気分のまま、何故か照れている佐藤の追加の言葉を待った。

 彼はあまり自覚が無いが、どんよりと俯きがちだった表情から一転し、穏やかでニコニコとした笑みを浮かべて佐藤を見つめている。

「明君にとって私が、本音を話せる数少ない友達であるみたいに、私にとっての明君も大切な友達なのよ。こんなに私が素を出せる人、明君以外にいないわ。それと、負を共有するのが辛いからっていうのはもちろんだけれど、それ以上に、明君が痛かったり、苦しかったりするのが嫌なの。だから明君のストレスを消してるのよ。酷いことを言うなら、今いるどの友達よりも、明君が大切だしね。だから、私が嫌なわけじゃないなら、そんな風に避けないで。流石の私も、ちょっと悲しかったわよ」

 寂しそうに目線を下げれば、黒坂もバツが悪そうに頭を掻いた。

「それは、悪かったよ。なあ、その、プロジェクターとかって片付けちゃったか? 時間も早いし、まだなら、一緒に映画を見ようかと思うんだけど」

 どうかな? と首を傾げれば、佐藤は明るく笑って頷く。

「ふふ、いいわよ! 今回は渾身の怪獣映画だからね! なすすべもなく倒される人類と建物を見て、ストレスを殺すわよ!!」

 ホラー映画やサメ映画も好むのだが、佐藤が好んでいるのはいずれも敵側が強い作品だ。

 サメがビーチにいる人々を次々に食らっていくさまを佐藤は前のめりになり、画面にかぶりついて見ていた。

 また、墓を荒らすタイプの登場人物が悪霊に襲われている時、佐藤が持つ感情は「行け! そこだ! その無礼者をやってしまえ!」である。

 かなり物騒な鑑賞者だった。

「目的が怖いわ」

 苦笑いを浮かべた黒坂は、流石にまともな服を着るのだと家の中に引っ込んで行った。

 外で待つのは寒いからと、玄関に入れてもらったわけなのだが、そこから浮かれた足取りで階段を上る黒坂を見て佐藤はふわっと笑みを溢した。

 脳内では、少し前の安心しきった黒坂の笑顔を反芻はんすうしている。

『相変わらず明君はかわいいわね。良い笑顔だわ。私、明君が喜んだりした時に放つ、優しい感情が好きなのよね。もっと一緒にいて、幸せにしてあげたくなっちゃう。だから、嫌われてなくて安心したわ。それどころか、あの反応。もしかして私のこと好きだったりして……なんてね。そんなわけ、ないか』

 初めは負の感情を共有するのが嫌で、面倒くさい奴だな、女々しいな、と思いながらも彼にかかわっていた。

 しかし、そうやっている内に、気が付けば黒坂のことを考え、能力に関係なく彼と関り、同じ時間を共有したいと思うようになっていた。

 要するに彼女も黒坂に恋をしたのだ。

 また、自分の心や感情を守るため、常に周囲に気を遣い、己を偽らなければいけない佐藤にとって、自宅や家族ですら本当の安らぎは与えてくれない。

 彼女の言葉通り、黒坂だけが素の自分を見せられる存在で、彼の隣だけが安心できる居場所だったのだ。

 黒坂を想い、佐藤は小さくため息をついた。

『私は、正直あんまりいい性格をしてないし、この面倒くさい能力だって抱えている。黒坂だって、私みたいな女性は願い下げよね。こんな私でも友達として大切にしてくれているのは、まだ誰も、明君の良さに気が付いていなくて、友達や恋人になろうとしないからだわ。だって、明君、笑顔が世界遺産レベルで可愛いし、格好良いし、かわいくて優しい性格してるし。駄目だわ! あんなにかわいい明君が、平然とお外を歩っていたら、癒しに飢えた獣たちにガブガブッとされてしまう! 私の明君なのに!!』

 黒坂の平均程度の容姿を脳内で褒めちぎり、面倒くさい性格にかわいらしさを見出すと、特に現れる予定もない架空の敵に怯え、頭を抱えた。

『うう、もしも、もしも、明君が私以外にお尻をワンタッチされて、満更でもなさそうにしてたら……嫌過ぎる!! やっぱり、明君は皆に好かれてない方が……って、そんなこと思っちゃだめよ! ダークサイドに墜ちてはいけないわ! うう、明君をイケメンだって言いふらしたい欲求はあるのよ。でも、モテて彼女でも作られたら死……ああ!』

 一人でムンムンと思い悩み、隣に彼女を侍らせる想像をした段階で限界に達し、佐藤はモチャモチャと髪をかきまぜた。

 せっかくのストレートな髪に若干のパーマがかかったところで、黒坂が帰って来た。

 黒坂は少し格好つけたい思いと、あまり待たせてはいけないという思いが混ざり、少々迷った結果、パーカーにジーパンという無難な服装になっていた。

「待たせてごめん。どうしたの? せっかく、可愛い髪にして来たのに、モッシャモシャになってるよ。ほら、直してあげるから」

 変に意識をしなければ、あっさり可愛いと言ってやれるようだ。

 黒坂はニコッと笑うと、軽く手櫛で佐藤の髪を整えた。

 癖のない素直な髪が黒坂の指に従って、あっさりと真直ぐに戻る。

「ありがとう、明君。ふふ、お礼に、お尻を格好良く整えてあげるわね」

 佐藤は黒坂のお尻が好きだが、ジーパンに包まれた彼のお尻はもっと好きだ。

 衣服のチョイスにテンションが上がり、両手を構えて空中をモチモチと揉めば、黒坂が溜息を吐いて首を振った。

「バカなこと言ってないで、行くよ。コラ! 今日は回数が多いって!! 一日一回まで!」

 躾のなっていない佐藤の手に文句を飛ばすが、彼女的には別の発言が気になる。

「え!? 一日一回までなら許されるの!? げ、言質とったからね!! 明日から覚悟してね!!」

 両手をワキワキさせる佐藤に一瞥をくれると、ため息をついて、黒坂は先に家を出た。

 佐藤はお尻は触れても手は繋げない。

 黒坂は「寂しいから一緒にいてほしい」がバレるのは平気だが、恋慕がバレるのは恐ろしい。

 行動や言動が大胆な割に、やけに慎重派で、変なところを意識してしまう二人だ。

 両片思いが両想いになるまで、あとどのくらい期間が必要になるだろうか。

 最長で一年、最短で……。

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